21話 イレーネの恋
建国祭が終わり、静かな日常が訪れるのはもう少し時間がかかるんだろうなぁー……。
と、目の前で繰り返される押し問答を見て、エリアナは深いため息を吐いた。
「駄目よっ!エリアナちゃんの胸元はもう少し見せて、黒竜様の紋を見せびらかさなきゃ!」
「駄目に決まってます!そんなに胸元が開いていたら、不埒な視線を集めてしまいますっ!」
セリーヌ夫人とセドリックがエリアナの衣装のデザインで喧嘩を始めたのだ。
【エリアナは意見はないのか?】
エリアナは黒竜を膝に抱えマリーのお店のソファーで親子喧嘩を見学している。
「私の意見なんて通ると思う?」
【うむ……通る気はせぬな……】
エリアナと黒竜が親子喧嘩を見学していると、マリーのお店に母のエリザと姉のマリナが訪れた。
エリザとマリナも衣装を新調するからと、セリーヌ夫人に呼ばれていたようだ。
いつまでも終わらない親子喧嘩をエリザとマリナもソファーに座り一緒に見学をする。
「衣装で喧嘩なんて、アナは愛されているわね」
「セリーヌ夫人はお母様にも良くしてくださるし、お姉様にも衣装を贈りたいって言ってくださったんだけど……」
いい加減終わって欲しい。
エリアナがそう思っていると。
【おい。まだ決まらんのか。我はエリアナと遊びたいのだ】
少しだけ怒り気味の黒竜の魔力にあてられ、セリーヌ夫人がピシリと固まった。
セドリックが黒竜に視線を向けると、セドリックをジト目で睨んでいた。
「では、黒竜に決めてもらいましょうか。母と私のデザインはどちらが良いと思いますか?」
セドリックはデザインが描かれた二枚の紙を黒竜に見せた。
セドリックは黒竜がエリアナの紋が胸元にあるのを嫌がっていた事を知っている。きっとセドリックのデザインを選んでくれると考えたのだ。
【そっちの紋が見えるやつだな。よし、決まったな。エリアナ帰るぞ】
セドリックが今度は固まり、セリーヌ夫人がにこやかな笑顔でこちらに歩いてきた。
「エリザ夫人、マリナさん。よく来てくれたわ。お披露目の衣装を作るから、マリーに作りたいデザインを言ってちょうだいね。エリアナちゃんのお披露目なのだから、遠慮せずにね」
遠慮したようなドレスを作らないように……。
笑顔に圧をかけたセリーヌに、エリザもマリナもコクコク頷くしかなかった。
「あの子はまだ暫く動かないでしょうから、先に別邸に帰ってなさいな。黒竜様は待ちくたびれているでしょうしね」
(セドと夫人の親子喧嘩のせいですよ?)
なんて言えるはずもなく、エリアナは黒竜を抱きかかえてソファーを立った。
「お母様、お姉様。時間が取れたらゆっくりお話をして下さい」
エリザとマリナと別れ、マリーのお店を後にした。
先にエリアナだけ戻って来たのを見て、アーネットとケイシーとイレーネが馬車の扉まで迎えに来てくれた。
「暇だから別邸を散策中なの」
三人はちょうど玄関前にさしかかったところだった。
「あら?セドリック様は?」
いつもエリアナにベッタリのセドリックがいないことに、不思議そうにしていた。
「お茶でも飲みながら話をしましょう」
四人でソファーに座りエリアナが一人で帰って来た理由を説明した。
「親子喧嘩の原因がエリアナのドレスのデザインなんて、理由が平和よね」
アーネットが呆れた声で答えた。
「最近は色々あったから良いんじゃないかしら?気の抜けた話題は有難いもの」
(気の抜けた話題って……まぁ、そうなんだけど)
あの夜会の日から、四日が過ぎていた。
学園にはアーネット達も通えていない。
セドリックの話によると、魔法科と貴族科が大変らしい。
魔法科の一学年はエリアナを攻撃した生徒がいたため、学園長と宰相が一人一人面談をしていた。
貴族科の三学年は裏で画策していた生徒達と親しかった生徒が面談をされていた。
シーベル殿下とエイミーのその後は教えては貰えない。
夜会での話は学園中に広がり、エイミーを支持していた生徒達は落ち着かない様子。
そんな中でも魔術科の一学年がダンジョン踏破を後数組を残すだけだと聞いた。
頑張っているクラスメイトにエリアナは会いたかったけれど、別邸に引き篭もっているので叶わない。
「魔術科の皆に会いたいな……。ダンジョン踏破のお祝いの言葉を伝えたかったな」
エリアナは黒竜を撫でながらポツリと呟いていた。
「手紙でも書く?セドリック様に渡せば魔術科に届けてくれるんじゃないかしら?」
エリアナは提案をしてくれたイレーネをバッと見つめ手を握った。
「そうよ!手紙よ!イレーネ、ありがとう」
イレーネの手をブンブン振ったかと思うと、使用人に便箋を用意してもらえるようにお願いしていた。
イレーネは振り回され痛む腕を擦りながら、
「馬鹿力なんだからっ!」と、愚痴を漏らす。
「皆も書かない?」
と、近況を伝えたい人に手紙を書く事になった。
手紙は宰相か学園長に先に読まれるけれど、疚しい事はないので気にはならない。
エリアナが手紙を書き終え羽根ペンをインク壺に置くと、イレーネが便箋を眺めている姿が視界に入った。
「イレーネ?」
エリアナが名前を呼ぶと、ハッとなり少しだけ慌て始めた。
別に何も言っていないのに、いきなり挙動不審になるのは怪しい……。
エリアナはじっとイレーネを見つめると、イレーネは天井に顔を向け「ふぅー」と、息を吐いた。
「あのね、私はどうしたら良いのか分からなくて、ずっと悩んでいるの……」
イレーネの言葉にアーネットケイシーは羽根ペンを置き、イレーネへと視線を向けた。
「私は侯爵令嬢でしょう?次女だから、政略的な婚約は今のところはないの。でも、家門のためにいつ婚約者が出来るのか分からない……」
貴族の子供達は悪い言い方をするならば、家門の駒の一つとなる。
家門を発展させるために、婚約が結ばれるのはよくある話。
「でも……気になる人がいるの。身分が低いのに一生懸命恩返しのために頑張っているの。年下なんだけど、しっかりしていて頼られてるその姿を見てたら、いつの間にか気になってたの……」
アーネットケイシーは婚約者のいない貴族令嬢としてイレーネの気持ちが理解出来た。
好きな人が出来ても、自由に想いを伝えられないもどかしさを。
エリアナはイレーネの言葉から、ある人物を想像していた。
でも、貴族令嬢の立場では実らない恋かもしれないと……。
「もしかして、一学年の特待生の誰かなの?」
エリアナの言葉にイレーネは涙を浮かべた。肯定は出来ない。想いを寄せる相手が平民だから。
男爵令嬢であれば、何とかなったかもしれない。イレーネは侯爵令嬢。身分差があり過ぎる。
イレーネはポロポロと泣き出してしまった。辛い恋心をずっと隠してきて、気の許せるエリアナ達の前で気持ちが決壊してしまった。
今のエリアナの権力を使えばイレーネの想いを叶える事は出来るかもしれない。
でも、平民と貴族が結ばれるのは社交界では良しとしない。
イレーネが平民になると、理由はどうであれ侯爵家の立場は悪くなる。
「ご、ごめん。皆の前だから気が緩んだわね……」
イレーネは鼻をすすりながら三人に謝罪をした。
ただの貴族令嬢の立場でしかない四人は、どうする事も出来ない。
「叶わない恋だときちんと理解しているわ。ただ、もう少しだけ彼を……ジルを見ていたいだけだから」
無理に笑うイレーネは儚げで、でもとても綺麗で。
「わかったわ。以前イレーネが言っていた、お弁当作りをしない?皆で料理をして暇つぶしをしましょう」
エリアナは早速使用人に厨房を借りたいと話をつけ、別邸に避難している両親達の夕食に出そうと全員で厨房に向かう。
【結局遊べぬのだな?だが、恋を応援するのは我は嫌いではない。綺麗な魔力を我は好むのでな】
「恋の魔力は綺麗なの?」
【勿論綺麗だが、汚い魔力もある。だが、そやつの魔力はとても綺麗だぞ】
黒竜はイレーネを指差し、魔力が綺麗だと伝えた。
【純粋に想うそなたの魔力は美しい。そなたの幸せを我は祈ろう】
黒竜の言葉に、イレーネはしゃがみ込んで泣き出してしまった。
想う事は自由でも叶う事がない恋を、どうして良いのか分からないのだ。
ただ、黒竜の言葉が胸に染み込んでいた。
アーネットもケイシーも、エリアナも……イレーネの傷む心を思い、涙を流すしか出来ない。
「イレーネ、好きな気持ちは捨てなくて良いんじゃないかしら。今はただ好きな気持ちを大切にしましょう」
エリアナもそれしか言葉を告げる事は出来ない。頑張れも、諦めろも言えない。
「ジルを好きになった私は凄いと思うの。いつか離れる時まで、好きな気持ちは捨てないまま大切にするつもり」
一頻り泣いたイレーネは想い人であるジルの名前を口にしながら、先ほどとは違い綺麗な笑顔で伝えた。
「よし!今日は沢山料理を作りましょう!」
その日の別邸での厨房は賑やかな声が漏れ聞こえた。
厨房では黒竜が料理を作る様子をパタパタと飛びながら見学している。
料理人達も一緒になり料理を教えてくれた。エリアナが作る料理を初めて見た料理人達からは「是非ご指導を」と、頼み込まれたりと。ずっと何かに負われる忙しさを全員が忘れ料理作りに没頭していた。
「イレーネは手先が器用よね……」
エリアナは包丁を器用に使い野菜の飾り切りをしていた。
アーネット達が教えて欲しいと言うので、切り方を指導して三人は練習をしている。
日本料理によくある人参を花にしたり里芋を六方むきにしたりと、綺麗な飾り切りを作っていた。
「そう?普通な気がするけど?」
そうイレーネが言いながらアーネットとケイシーの手元に視線を向けると、ボロボロとなった野菜がちらほら視界に入った。
「イレーネは器用だと思うわ。私は無理だもの」
アーネットが包丁を置き、ケイシーもコクコク頷く。
「貴族令嬢が包丁を持つ事はないのに、持ったのも初めてなイレーネは綺麗に切ってる。器用意外ないわよね」
エリアナは綺麗な花の人参を手にした。
「イレーネさえ良ければだけど、新しいデザートを出す事を考えていてそれに携わって欲しいんだけど。どうかな?」
エリアナがそう提案をしてみる。
「商会を手伝うの?」
「違喫茶店ルーエとセリーヌ夫人の秘密のお店で出す予定のデザートなの。私しか上手く出来なくて、頻繁には出せないのよ」
エリアナがお店の名前をだした瞬間、イレーネが目を丸くした。
「気を使ってる?ルーエに行けるのは嬉しいけれど……」
イレーネは気不味そうにしながら包丁と野菜を台に置いた。
「気を使ってくれるのは有難いけれど……」
「違うけど、違わないか。特待生の三人がルーエにいつも来るのなら、ルーエにいれば少しは一緒にいれると考えたわよ。
ただ親友のためだけだからと、お客様に出すデザートを任せる気はないわ。お金を頂いている以上、きちんとしたデザートを提供するのは当然でしょう?」
エリアナの言葉でイレーネは経営をする者に対して失礼な言葉を言ってしまったと気が付いた。
「イレーネなら新しいデザートを綺麗に仕上げる事が出来るんじゃないかと思って。
ルーエでは厨房での作業になるけれど、セリーヌ夫人のお店で催すお茶会では目の前で仕上げるの。出席者の顔ぶれを見たら驚く人ばかりのお茶会。
そのデザートをイレーネと私しか作れないならセリーヌ夫人はイレーネを離さないわよ」
笑いながらエリアナは話すけれど、イレーネの顔は青褪めている。
エリアナは顔色を悪くするイレーネに気が付き、慌てて言葉選びが悪かった事を謝罪した。
「イレーネ、悪い意味で離さないって事じゃないのよ?セリーヌ夫人は新しいデザートを兎に角気に入っているの。私しか作れないから、諦めているのよ。
ほら!私って忙し過ぎるでしょう?でもイレーネが作れるなら、イレーネを重宝するじゃない?そうしたら、セリーヌ夫人への対応で忙しいとか理由をつけて学園に通う間は婚約者を作らなくて済むんじゃないかなー?とかも考えたのよ」
イレーネにエリアナが考えていた事を伝えた。
学園に通う間だけでも、一緒に過ごせる機会を作ってあげたかったと……。
「ただ見つめるだけを過ごすより、少しでも側にいて沢山楽しい思い出を作れたら良いかな?って。余計なお世話だから、イレーネが断ってくれても構わないからね?」
イレーネはエリアナの気遣いだと理解すると、顔色を戻してジト目を向けた。
「まるで失恋前提の言い方ね」
そうイレーネが言うとエリアナはハッとなり、慌ててイレーネに「ごめんなさい!」「違うのよ!」
と、必死に伝えている。
「プッ……フフフッ」
慌てる姿のエリアナを見て、イレーネが笑い始めた。
「SSランクの冒険者で黒竜様との契約者なのにっ……フフフッ」
エリアナはイレーネに揶揄われた事に気が付いて、頬を膨らませた。
「ありがとう、エリアナ。そのお話受けるわ。彼のためだけではなく、自分の将来のために受けるわ」
エリアナはイレーネからの良い返事にとても喜んでいた。
イレーネが口にした「将来」の言葉の重みをエリアナは勿論、アーネットもケイシーも気が付かない。
イレーネはエリアナの頑張る姿を見て、自分の生きる道を自分で切り開いてみよう。
そう考え始めていた。
一人の少女の未来が切開かれた瞬間でもあった。
(イレーネには余計なお世話だったかもしれないけれど、少しくらい力になれたかしら……。セドが戻ってきたら新しいデザートのパフェを作るのに必要な物を厨房に届けてもらわないと)
三人は再び料理を作り始め夕食の支度も料理人達と一緒に作り終えた。
それぞれの両親達は夕食のテーブルに着くと、娘達が作ってくれた料理と聞き驚いていた。
その日はいつもの夕食より賑やかで楽しい夕食となった。
セドリックとセリーヌ夫人は、マリーのお店でエリザとマリナがお店を出る時もエリアナの衣装で揉めていたらしい。
夕食が中ほどになる頃、ようやくセドリックが別邸に戻ってきた。
セリーヌ夫人も一緒にダイニングに顔を出すと、エリアナ達が作った料理だと聞き二人は落ち込んだ。
早く帰って来ていたら……と。
セドリックがエリアナの隣に座り嬉しそうに笑顔で食事を始めた。
その幸せそうなセドリックの姿を見て、イレーネもアーネットもケイシーも。エリアナが関わる女性には良い縁に出会って欲しいと、願っていた。
その為に使える権力は使おうと心に決めた。
ただ、使い方には気をつけようと。




