20話 スヴァルト王国を護るために
建国祭の最終日。
各国の大使と伯爵家以上の昼食会にエリアナが参列する事はなかった。
エリアナだけでなく、エリアナと親交がある者は参列した際に身の危険が危惧される。と、参列を控えたのだ。
本人不在のままではあるが、昼食会ではエリアナの話以外ほとんど話題に上がらなかったようだ。
黒竜を抱きながら眠るエリアナの髪をセドリックが優しく撫でている。
セドリックは昨夜はほとんど眠っていない。自分の目の前でエリアナが倒れ心臓が止まったのだ。
再びエリアナに何かあるかもしれないと、不安で眠る事が出来なかった。
黒竜が先に目覚め、エリアナを眺めているセドリックと目が合った。
【寝ておらぬのか?】
黒竜の問いかけにセドリックは眉を下げた。
【心配はいらぬ。もう暫くすれば我の魔力も全て戻る。今の我は魔力が暴走するゆえ、エリアナには負担をかけてしまった】
「黒竜には非はないのでは?シーベル殿下が全ての元凶なのですから」
【まぁ、そうではあるが、本来下位の竜の魔力など一瞬で霧散出来るのだ。だが、今の我では多少手こずる。それがエリアナへの負荷となり倒れたのだ】
セドリックは少し考えたが。
「黒竜の魔力の減少の原因は、隣国とやはりシーベル殿下のせいです。黒竜には非はないと思います。リアも同じ考えだと思いますよ」
黒竜はエリアナの腕の中から抜け出し、パタパタと羽ばたくとセドリックの目線の高さで止まった。
【お主らは、優しすぎるな】
そう言う言うと黒竜はセドリックの頭を撫でた。
「子供扱いですね」
セドリックは子供扱いされる事に拒否はせず、黒竜から撫でられる事を受け入れていた。
【エリアナの体はきちんと回復しておる。安心しろ】
黒竜は再びエリアナの腕の中に潜り込むと、ピーピーと寝息を立てた。
セドリックは暫くエリアナと黒竜を眺めていたが、朝の支度をするために部屋から出て行った。
「うーっんっ」
間延びする声でセドリックはエリアナの目覚めに気が付いた。
部屋に朝食を運び準備をしていたセドリックは、急いで寝台に向かう。
「おはよう、リア」
「おはよう、セド」
互いの頬に口付けを落とし、セドリックはエリアナの身支度を始めた。
朝食が用意されており、二人で朝食をとる。セドリックは黒竜の朝食も用意してくれていた。
大きなフォークで果物を刺して食べる姿は可愛らしいが、フォークが大きすぎる。
「そういえば、幼児むけのカトラリーや食器って見かけないわよね……」
エリアナは黒竜を見ながら、ふと気になった事を口にした。
「幼児むけとは?」
セドリックがエリアナの言葉に反応して問いかけた。
「小さい頃は乳母や使用人が食事を与えてくれるでしょう?テーブルマナーを学び始めると大人と同じフォークやナイフを持つじゃない?子供の手の大きさに合ってないなぁ……って、思ったのよ」
「元の世界は違うのですか?」
「小さなカトラリーはあったわね。食器も子供の大きさにあった物が売られていたわ」
「販売してみるのも良いかもしれませんが、それは追々としましょう」
今は問題が山積みなので、暇が出来た時に考える事にした。
朝食を終えゆっくりしていると、シシュリーとミラールの訪問を侍女が知らせに来た。
エリアナが滞在する部屋に案内してもらうように伝え、セドリックがお茶の準備を始めた。侍女達を置くわけにはいかないので、二人で準備をする。
扉がノックされシシュリーとミラールが部屋へと入ってきた。
エリアナがお茶を準備する手を止め振り返ると、膝を突き頭を下げるシシュリーとミラールがいた。
「何をしているのです!止めて下さい!」
エリアナはシシュリーとミラールの前に同じように膝を突き、頭を上げるように訴えた。
おろおろするエリアナにシシュリーが謝罪をする。
「弟が許されない事を仕出かしてしまいました……申し訳ありません」
震える声でシシュリーが謝罪を告げた。
「シシュリー殿下、ミラール殿。その辺で謝罪は終えてください。リアが困っていますよ。紅茶を飲みながら話をしましょう」
セドリックがそう声をかけると、ようやく二人は頭を上げた。
シシュリーの目は泣き腫らした痕があった。
四人はソファーに座るとエリアナが先に口を開いた。
「シシュリー様、ミラール様。これ以上の謝罪は不要です。罪を犯したのは竜人国の王族ですが、シーベル殿下は成人されています。責任はシーベル殿下にあって、シシュリー様が背負う必要はありません。
それに、シシュリー様は私の命の恩人なのですから。ね?」
「わかりました……ありがとうございます。エリアナ様」
エリアナはシシュリーが受け入れてくれた事にホッと息を吐いた。
「これから竜人国へ帰り陛下に今回の事を報告することになります。スヴァルト王国の天門を開いてくれるとのご厚意を受け、ミラールと早速帰国し対応を協議する次第です」
「あの……シーベル殿下は一体何がしたかったのでしょうか」
エリアナは昨日の夜会の後、用意された部屋で体を休めることになった。
その後からは両親や姉達が会いに来てくれた。勿論、大号泣された。
一度は心臓が止まったのだから、両親や姉が心配するのも無理はない。
エリアナも逆の立場なら大号泣したはず。
ずっと心臓マッサージをしてくれていたシシュリーのことは、「命の恩人だ!」
と、感謝の言葉をずっと口にしていた。
そして、シーベル殿下に対して、恨み辛みの言葉を吐いていた。
(部屋には家族とセドしかいなかったし、まぁ仕方ないわよね。私、一度死んじゃったし?)
昨日の家族のことを思い出しながら、シーベル殿下のことを考えていた。
何がしたかったのか、エリアナには全く分からなかった。
「エリアナ様を狙ったのは、転生者だからだと思います。シーベルは転生者であるエイミー嬢よりエリアナ様が欲しかったのでしょう。でも、エイミー嬢が婚約者となっている以上、エリアナ様を望めない。ならば、魔力で支配して側に置こうと考えたんだと思います。
それに、あの時は黒竜様と契約しているとは知らなかったけれど、守護しているならば結果的に黒竜様をも手に入れる事が出来ると考えたのでしょう」
シシュリーがため息を吐きながら答えてくれた。
「それと同じで、竜人国のキャス公爵が動きを見せました。キャス公爵は以前話をした竜人と魔力至上主義者の筆頭で、竜人国の一部の貴族を集めているようなのです」
シシュリーはようやく竜人国の公爵の名を教えてくれた。
「その公爵は竜人王と仲が悪いのですか?それに、シーベル殿下は魔力が少ないのに、なぜキャス公爵が後ろ盾みたいになっているの?」
エリアナは竜人王がシーク殿下を大事にしている姿を見てきた。なら、公爵とやらの考え方とは異なるはず。
シーベル殿下やシーク殿下に危害を加えるとかならば話は理解出来るけど……意味がわからない。
「シーベルは魔力を欲している。竜の魔力、特に上位種の魔力を求めている。それをシーベルが取り込む事が出来たならば、陛下より上の立場になる。
キャス公爵はシーベルを取り込み、自分の主張する魔力至上主義を国の柱にするつもりなのでしょう。竜人を世界の頂点にするために、あらゆる事を裏でやっていますから……」
シシュリーが苦い顔をしながらも説明をしてくれた。
「竜人国の中だけでなく、他国にも手を出してるって事よね。スヴァルト王国にはシーベル殿下が来られた。ならば、 国や他の国にも手を出してるって事よね?」
シシュリーはエリアナの問には答えてくれなかった。でも、答えなかった事で答えをくれた。
「スヴァルト王国は私が護りたいと思います。私には強い味方の黒竜様がいるわ。契約者である以上、簡単に私が住むスヴァルト王国には手が出せないもの」
エリアナは迷うことなく「国を護る」と口にした。
シシュリーはエリアナから出た言葉に驚いた。
「エリアナ様は静かな暮らしをしたいのではなかったのですか?」
「静かな暮らしは夢よ!普通の生活をしたいと今も思っているわ。
人と争う事は好きじゃないし、戦争になるのも嫌よ……。でも、私が表に立つ事で戦争は避けられるなら立つしかないじゃない?争いを避けられるのが私の役目なら、矢面に立つつもりです」
エリアナは真っ直ぐにシシュリーを見つめた。
「竜人国との戦争を避けられるように、私に動けと言ってますか?エリアナ様との立場を利用して、国内を静かにさせろと。そう受け取りますよ?」
エリアナはニッコリ笑顔を向けた。
「シシュリー様は凄いですね。そうです。私と親密な関係であると竜人国で公に口にして構いません。ミラール様とも仲良しだと。竜人王に近い二人が仲良しならば、竜人王とシーク殿下は護られますよね?それに、竜人王は私とセドリックに竜人国への渡航の許可をくださりました」
シシュリーは泣きそうな表情を浮かべてエリアナと、隣で黙ってエリアナを支えるセドリックを見て頭を下げた。
「お二人には感謝しかありません。帰国し、陛下にこの話をしようと思います。必ずキャス公爵を抑えてみせます。
シーベルがどちらの国で裁かれるのが良いか、陛下の考えを聞いてこなければならない。数日はかかると思いますが、スヴァルト王国に戻った時に詳しくお話します」
シシュリーとミラールは最後に礼をとると部屋を後にした。
「セド、竜人ってそんなに凄いものなの?」
シシュリーとミラールが出て行った扉を見つめながら問いかけた。
「身体能力は高く、魔力も高いのは事実です。体も人族よりも大きいですし、寿命も遥かに長い。人族よりも優れていると主張したくなる気持ちは理解出来ますね」
「確かに人族よりも優れてはいるわね。セドの話を聞く限り……」
エリアナは竜人と人族を比べてみた。確かに竜人の方が優れてはいる。
「でも、魔力がただ多いだけじゃない?魔術を扱えないだけで不器用なのは分かるし、不愛想だし感情が極端だし……。所謂、脳筋なだけじゃないかしら?」
セドリックはエリアナが言いたい事は理解出来たが、一つ理解出来ない言葉があった。
「リア、脳筋とはなんですか?」
ん?と、セドリックの質問の意味を再度頭で繰り返した。
「脳筋って言葉はこの世界にはないのね……」
エリアナは騎士団長子息のパトリックを例えに説明をした。
「パトリックの例えで理解しました」
(理解したのは良いけど、パトリック様は完璧な脳筋よね。って、パトリック様を最近見かけないわよね?)
「そう言えば、パトリック様を見かけないけど学園は辞めていないのでしょう?どこにいるのかしら?それに、エアハルト様も見かけないし……。それに、昨日の夜会でカール様も態度が変だったじゃない?元側近の人達のそれからが不明過ぎじゃない?」
エリアナからの問いの答えをセドリックは知っている。
けれど、今のエリアナには全く関係ないことだと、教えるつもりはない。
セドリックはニッコリ微笑み紅茶に口をつけた。
それを見たエリアナは、セドリックをジト目で見つめる。
(全部知ってるって事よね。紅茶を飲んで、話す気はありませんよーって意地悪するのね)
エリアナも紅茶に口をつけた。
(教えてくれるまで絶対に口を利いてあげないんだから!)
意気込むエリアナは、紅茶を飲み終えてからセドリックの話を無視していた。
セドリックも最初こそ戸惑ってはいたが、最終的に破廉恥攻撃を仕掛け、エリアナから折れるように仕向けた。
エリアナはセドリックには策略では勝てないと、反抗する態度をしないと心に決めた。
セドリックはセドリックで、反抗するエリアナをじわじわ支配していく楽しさを知ってしまい、時折反抗しやすく餌を撒くがエリアナが食いつかないことに残念そうにする時があった。
エリアナはそんなセドリックのことを心の中で「エロ魔王」と読んでいる事はセドリックには絶対に秘密である。
竜人国に戻ったシシュリーは早急にグルドア王との謁見に臨んでいた。
「シシュリー、書簡は見た。シーベルの事は誠であるな」
シシュリーが執務室の扉を開くと同時に、グルドア王が声をかけた。
シシュリーは入室しながら答えた。
グルドア王もソファーへと歩み腰を下ろす。
「私もミラールもこの目で見ております。緑竜様の魔力石は黒竜様により出されました。魔力石は婚約者であるセドリック様に預けてあります」
「そうか……」
グルドア王は渋い顔で返事をするのがやっとの状態。
「スヴァルト王国はなんと?」
「アルベルト王からは、スヴァルト王国の名の下にシーベルを拘束すると。所謂人質の形にはなります。アルベルト王は賢王です。人質として身柄を王国に残す事で、竜人国に返した際に有耶無耶にされる事を避けられたのだと思います。
そうする事で、直ぐに争いが起こることは避けられると時間稼ぎをされていると考えられます。現に、私やミラールの帰国を了承し天門まで使わせてくださいましたから」
シシュリーの話を聞き、グルドア王がホッと息を吐いた。
「エリアナ様がスヴァルト王国を護るために表舞台に立たれます。竜人国から見れば、黒竜様に手を出した竜人国への牽制ととられてしまいます。
ですが、エリアナ様が考える事は逆で戦争をしない為に立たれると。
私とミラールがエリアナ様と親しいと公にし、陛下ともエリアナ様やセドリック様が親しいと公言してもらいたいようです」
グルドア王は初めて娘であるシシュリーの前でポカーンとしていた?
「あの……陛下?」
初めて見る父でも竜人王でもない表情を目にしたシシュリーは、どうしたら良いのか分からずにいた。
ミラールは以前エリアナとセドリックとの面会の席で見た事があり、耐性があった。
ミラールが「コホン」と、咳払いをしグルドア王を正気にもどした。
「エリアナ様は竜人国を許すと言うのか?」
グルドア王の言葉にシシュリーは頷いた。
「エリアナ様は戦争を嫌っておられます。私達に動くようにも言われています」
シシュリーの言葉にグルドア王は目元を手で覆った。
「人が良過ぎるな……」
ポツリと呟いた言葉にシシュリーもミラールも同意する。
「お人好しのエリアナ様のために、こちらはこちらで対処しなければなりません」
グルドア王は立ち上がり指を鳴らす。
現れたのは宰相と宰相補佐二人。
「これから国を揺るがす可能性がある話を伝える」
宰相と補佐の二人はシシュリーとミラールの存在を確認した。
グルドア王の言葉に、スヴァルト王国へ行ったはずの二人が執務室にいる。
顔色を悪くしながら宰相や補佐達はグルドア王の話を聞くことになった。




