19話 夜会は大騒ぎ
セドリックに手を差し出され、エリアナはドキドキしながら手を添えた。
社会の場で踊る事の少ないエリアナは、ほんの少しだけ緊張していた。
「誰よりも美しい貴女と踊れることが何より嬉しいです。何も考えず楽しく踊りましょう」
セドリックがエリアナの腰に手を添えると、二人で一歩を踏み出す。
周りを見ずセドリックだけを見つめ踊り始める。
ホールを一周する頃にはエリアナの緊張も解れ、セドリックとのダンスを楽しみ始めた。
笑顔で踊るエリアナを見て周りも次々と踊りだす。
エリアナと視線が合った夫人や令嬢達からの微笑みに、エリアナも笑顔を返す。
会話はないけれど視線が合った人達は優しく温かな視線をエリアナに向けてくれた。
幸せなダンスを踊るエリアナの背中に、
トン
と、何かが当たった。
踊りの最中に衣装が触れたり、フロアクラフトに慣れない人とぶつかる事は稀にある。
エリアナは気にすることなくステップを踏む。
「え?」
エリアナは体の力が急激に抜けていくのを感じた。
膝を折り、セドリックに手を添えた腕が落ちる。
「リア?」
セドリックが抱きとめた瞬間、エリアナの胸元が熱を持ち小さく光った。
エリアナの体はぐたりとなり、セドリックの腕の中で倒れた。
セドリックがエリアナの顔色を確認し、名前を必死に呼びながら治癒魔法をかける。
「エリアナ様っ!」
名を呼び駆け寄って来たのはシシュリーだった。
シシュリーはほんの一瞬だけ感じた竜人独特の魔力を感知したため、会場中を警戒をしていた。
そんななか、エリアナが倒れていた。
エリアナに触れるには身分を明らかにしなければならないと瞬時に判断し、魔導具のブローチを毟り取るとエルランドに投げた。
「セドリック殿、少し容態を見せてもらいます」
エリアナの手を握るが全く力が入っていない。
「心臓が止まっている……」
ポツリと呟いた言葉にセドリックは顔面蒼白でシシュリーを見る。
心臓が止まっていれば治癒魔法など意味がない。
「人命救助をするのでエリアナ様を横にして欲しい」
セドリックは直ぐにエリアナを横にすると、手を握りエリアナの名前を叫んでいる。
周囲は状況が分からず、ただ倒れたエリアナと涙浮かべ必死に叫ぶセドリックを呆然と見ていた。
シシュリーがエリアナのお腹に跨り、両手を重ね心臓を押し始めた。
「不味い……黒竜様が飛んでっ来るだろうなっ」
シシュリーは人命救助を行いながら魔力鑑定を同時にしていた。
(竜人の無色の魔力と緑竜様の魔力か……シーベルだな)
「ミラールっ!」
シシュリーがミラールを呼ぶと、青褪めた顔のミラールが側に来た。
ミラールは痛ましい光景に心を痛めていた。
「シーベルっを連れてこい!逆らうなら斬ってでも連れてこい!黒竜様は必ずやってくるっ……」
シシュリーが必死にエリアナの心臓を押すなか、ミラールがシシュリーに確認をとる。
「この状況を生み出した犯人は、シーベル殿下なのですね?」
「そうだ!竜人国の第二王女の名にかけて偽りではないと告げる。行けっ!」
ミラールは拳を握り怒りの表情のまま高く跳躍し、シーベル殿下の背後に立ったのだった。
シーベル殿下がミラールに連れてこられ、シシュリーから死の宣告を告げられた瞬間。
夜会の会場の壁が爆音とともに吹き飛んだ。魔法師や騎士が王族を護り、会場からは悲鳴が上がった。
壁の煙から出てきたのは小さな黒い何か。会場にいる人々は息を呑んだ。壁を壊し現れたのは黒竜だった。
【エリアナに何をした。我の魔力に何をしたのだ】
黒竜の怒りの圧に会場の人達は立つことが出来ず、床に座り込んでしまう。
屈強な騎士達ですら、膝を突き始めた。
シシュリーは黒竜の圧に負けず、必死にエリアナの心臓を動かし続けた。
「黒竜様のお怒りは最も。ですが、今はエリアナ様の命を優先していただきたいっ……。黒竜様っ…緑竜様の魔力を抜いて貰いたいっ」
黒竜は声をかけてきたシシュリーに視線を向けた。シシュリーの下で横たわるエリアナを視界に入れるとエリアナの顔の側に飛んできた。
【そこの女、エリアナの胸元にある紋を出せ】
「今は私は手を離せない。セドリック殿、エリアナ様の紋を出してくれ!」
セドリックが隣にいる事に気が付いた黒竜がセドリックに早くしろと急かした。
セドリックは気をつけながらエリアナの胸元を開いた。
近くにいた者には見えてしまった。
エリアナの胸元に黒い何かがある事に。
黒竜はエリアナの胸元に近付くと鼻を寄せ魔力を引き抜く。
ゆっくりと異物の魔力をエリアナの体から吸い上げた。
黒竜がセドリックの目の前にパタパタと飛んでくると、短い手をセドリックの右手に伸ばして引っ張り手のひらを出させた。
黒竜は口を開くと、緑の魔力石をセドリックの手のひらにコロンと落とした。
【この魔力石がエリアナの体内に入っていた】
セドリックの手を離し、エリアナの元に飛ぶと再びエリアナの胸元の紋に鼻を寄せた。
黒竜は暫く鼻を寄せたままじっと目を閉じ魔力をゆっくりと注いでいた。
自身の魔力とエリアナの魔力を馴染ませていく。
黒竜が目を開きシシュリーに離れるように伝えた。
【エリアナ、目を開けろ】
黒竜はエリアナの胸の上に座り頬を小さな手でペチペチと叩く。すると、エリアナの体がビクッと跳ねた。
【エリアナ、大丈夫だ。もう心配はいらぬ】
頬をペチペチしていると、エリアナの瞼が揺れゆっくりと目を開いた。
「黒竜……」
エリアナは黒竜を撫でたくても、指一本動かす事が出来なかった……。
エリアナの目尻から流れる涙をセドリックが優しく拭う。
「セド……」
エリアナが視線を向けると、瞳を真っ赤にし泣き腫らしたセドリックの顔が見えた。
「おかえりっ……リアっ」
セドリックはエリアナの頭を抱き込み、嗚咽を我慢する事なく涙を流す。
シシュリーは膝を突き黒竜に頭を下げていた。隣にはミラールが同じく膝を突き頭を下げている。
その側には放り投げられたまま、呆然と黒竜を見上げるシーベル殿下がいた。
【お前はグルドアの娘か?】
「グルドアの娘、シシュリーと申します」
【誰がエリアナに魔力石を入れたのだ?縛られている、こいつか?】
黒竜がギロリとシーベル殿下を睨んだ。
シーベル殿下は体を跳ねさせ、ガタガタ震え始める。
「同じくグルドアの息子のシーベルです。この者は緑竜様が守りしシークの双子の兄です」
【ほう……緑竜のな】
「わ……私はエリアナ様を害するつもりはなかったのです。この様な事になるなんて……知らなかったのです」
ガタガタ震えながらも、黒竜にそう告げる。
【竜は他の竜の魔力を取り込むと反発する。我は上位種、下位の竜の魔力はただの異物でしかない。我の魔力が異物に反発し排除にかかる。我には何も影響がない。
だがな、エリアナは我の契約者なのだ。我の魔力と繋がっておる。我は竜だが、エリアナは人族。今の我の反発する力に契約者であろうと体が耐えられるはずがないのだ】
黒竜の言葉に、会場にいる多くの者が息を呑んだ。
黒竜がエリアナを「契約者」そう呼んだのだ。
会場中が静寂に包まれる。
誰一人、声を発する者がいない。
【お前は緑竜をどこにやった?隠しておろう?何を企んでおるのだ?】
黒竜がシーベル殿下の目の高さに降りた。
「私は……緑竜の居場所は知らないのです……」
黒竜はじっとシーベル殿下を見つめ、視線を外さない。
【死ぬか?エリアナを殺そうとしたのだから、死んでよいぞ】
黒竜が魔力を高めようとすると、
「駄目よっ!」
エリアナが黒竜を止めた。
会場にいる者は生きた心地がしない。
黒竜の怒りを買い、国の未来が潰える恐怖で震える事しか出来ない。
((国の未来はエリアナ様にかかっている))
聡い者はエリアナの重要性に気が付いている。
セドリックの聖人の立場など霞むほどに。
「黒竜、殺すのは止めて。シーベル殿下に罪があるのならば、きちんとスヴァルト王国か竜人国の法の下で罪を償わせて。お願い」
セドリックの胸に背中に体を預け、座ったままのエリアナが黒竜に懇願する。
【相分かった。エリアナの言う通りにしよう】
黒竜が魔力を消し、エリアナの胸に飛び込んだ。
震える腕をゆっくりあげ、エリアナは黒竜を優しく抱きしめた。
「助けてくれて、ありがとう。黒竜」
【礼はあの青い女に言うと良い。あやつが心臓を押し続けなければ間に合わなかったやもしれん】
エリアナは「青い女」と呼ばれた女性がシシュリーだと気が付いた。
魔導具を外し、王女の姿で頭を下げていた。
「シシュリー様っ、ありがとうございました」
エリアナの感謝の言葉に、シシュリーは頭を下げたまま首を振る。
床に落ちる雫に気が付いたエリアナが、セドリックにシシュリーの側に連れて行って欲しいとお願いをした。
「シシュリー様、貴女が心臓マッサージをしてくれたおかげです。命の恩人です」
シシュリーはゆっくりと顔をあげ、濡れた瞳でエリアナを見つめた。
泣き顔は艶っぽく妖艶な雰囲気を纏っている。その表情にエリアナはドキッとするが、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
エリアナとシシュリーの側に両陛下がみえた。
「エリアナ嬢、部屋を用意した。今日はそちらで休まれよ。ご家族も後で案内させるゆえ、先に部屋に入り体を休められよ」
セドリックが直ぐに立ち上がり、陛下へと頭を下げると足早に去ろうとする。
エリアナはセドリックの肩越しに声をかけた。
「シシュリー様、ミラール様。明日、必ず私の部屋に来てくださいね!」
セドリックはエリアナが話しているにも関わらず、足を止める事なく案内する近衛騎士を急かし会場から退出して行った。
それを見ていたセドリックの両親であるパトリックは大きなため息を吐いたが、セリーヌ夫人は扇子で顔を隠して笑っていた。と、部屋にきたギルベルトとエリザから聞かされた。
話を聞いたエリアナは、多くの人達にセドリックに連れ去られる姿を見られたのだと恥ずかしくなり、暫く社交界には顔を出さないと決めた。
残された者達は暫く沈黙の中にいた。
「シシュリー第二王女殿下。竜人国の王子であるシーベル殿下を我が国の名の下に拘束させていただく」
「はい。異議はありません。竜人国の王族を代表して、スヴァルト王国の方々にご迷惑をおかけした事を深く謝罪致します。
また、竜人王には私と近衛騎士団長ミラールからお伝えします」
陛下は頷き近衛騎士にシーベル殿下を貴族牢に連れて行くように指示をだす。
ざわめく人々の間から出てきたのは、エイミーだった。
「シーベル殿下は竜人国の王子なのよ!牢なんて酷いっ」
エイミーが突然現れ自分達の近くになった貴族達は、サッと距離をとった。
エイミーを追って来た取り巻きの令嬢や令息も、陛下とシシュリーの会話を聞き数人がゆっくりと後退して行く。
だが、後退した令息令嬢の背中に何かがあたり、振り向いた者達は顔を青くさせた。
背中にあたったのは、騎士だった。
自分達とエイミーの取り巻きをゆっくり騎士達が囲い始めていた。
数歩後退したからこそ目にした光景に、気を失いたくなる。
騎士達の包囲が終わった瞬間、陛下が手を振った。
エイミーを筆頭に、侍っていた令息令嬢が騎士により拘束された。
「なっ!離してよ!私はシーベル殿下の婚約し……っ」
煩いエイミーの口は塞がれ、十人以上の人が連れ出された。
「皆も黒竜様のお言葉にて気が付いた者もいるだろう。エリアナ嬢は黒竜様と正しく契約しておる。自分の領地を、この国を滅ぼされたくなければどうすれば良いのか。聡い皆ならば分かるであろう。
本日の夜会は閉幕とする。いずれきちんと披露目を行う」
陛下のお言葉をもって、夜会は幕を下ろした。
夜会が途中で終わろうと、人々は全く気にしてはいない。
上位の竜である黒竜様との契約を成した者を目にしたのだ。
興奮する人々は早く邸に帰り、家族に、誰かに、早く伝えたいと噂好きの貴族達は会場を早々に後にした。
貴族達が会場を後にするなか。
エイミーの生家であるコーエン男爵夫妻と、連れて行かれた令息令嬢の家門の者が、密かに連れ出された事に気がつく者はいなかった……。




