18話 シーベル殿下の誤算
応接室ではセドリックが当主達に今後起こるであろうエリアナを取り巻く状況を説明した。
「私は神の加護を受けています。建国祭が終わってから神殿で鑑定を受けることになります。聖女、聖人は神殿預かりとなり婚約者は神殿が決める事になります」
セドリックの言葉に、カーマイン子爵夫妻以外は青褪めている。
想い合う婚約者がいると言うのに、引き裂かれてしまうとは……。
セドリックにかける言葉が見つからずにいた。
「ですが、大丈夫です。私とリアの婚約は白紙にはなりません。今はお話出来ませんが心配をおかけする事にはならないので、安心していただきますように」
セドリック本人が言うのならば大丈夫だろう。
エリアナの両親のカーマイン子爵夫妻も落ち着いている様子。
「これから起こるであろう事態に、慌てずとも良いと。静かに流れを見ていれば良いとの事で宜しいですか?」
トレス侯爵の言葉にセドリックが頷く。
「今夜の夜会は皆様に近付く貴族がいるでしょう。それを防ぐ盾として、四大公爵家の当主夫妻が側につかれます。皆様に他家から声がかからず夜会に参列するには、四大公爵家が動く事が良いと決まりました。
私とリアは両陛下と王太子殿下が側におります。安心して夜会に参列して下さい」
セドリックは安心して夜会に参加が出来ると、そう説明をする。
が、エスリン伯爵、コート伯爵、トレス侯爵は顔色を悪くする。
「四大公爵家に盾になっていただく事など、出来るわけがない……」
トレス侯爵が頭を抱え、ため息とともに言葉を漏らす。
エスリン伯爵もコート伯爵も同意するように何度も頷く。
「では、皆様方だけで夜会に参列なさいますか?縁を結びたい猛獣の中に入って行けると?」
セドリックの言葉に夜会でどうなるかを想像してみる。
「「「………」」」
揉みくちゃにされる。エスリン伯爵の袖以上に……。
「「「お願いいたします」」」
三人は公爵家に盾になって頂く決心をした。
夜会へ向かう馬車は別邸を出て、王城へと向かう。
(いきなり街に現れる馬車を道行く人は全く気にしないのよね。不思議……。隠蔽魔法かしら。まだまだ勉強不足ね)
エリアナは馬車の中をキョロキョロ眺めたり、中の壁を触ったり落ち着かない。
セドリックが馬車の仕掛けにエリアナが興味を持った事がおかしくて、クスクス笑う。
「笑わないで!仕方ないでしょう?魔法も魔術も全く見抜けないのだから。気になって仕方ないのよ!」
頬を膨らませセドリックに抗議するエリアナをセドリックは愛しく思う。
(知らない事を知ろうとする努力家で、他者に優しく自分に厳しい私の婚約者は、なんて可愛いのでしょうか)
返事もしないセドリックは、ただエリアナを見てニコニコしているだけ。
エリアナは「もうっ」と、怒って馬車の外に視線を向けた。
向かいの席に座るメレニーがエリアナに問いかけた。
「エリアナとセドリック様が婚約した時から仲良かったのですか?セドリック様からの申し出だったと聞きましたから。いつ頃から、仲良くなったのか気になってしまって……」
メレニーは誰かに恋をしている。エリアナが予測するに、身分差があると感じた。
エリアナとセドリックは貴族社会では良しとされない身分差があるから。
「私はずっとリアが好きでしたから、最初からこんな感じでしたかね……」
「私は最初は身分差もあったし、周りから色々言われたりしていたから距離はあったかもしれない。でも、セドはそんな私の側にずっといてくれたし、私の希望を叶えてくれようと動いてくれたから。それに、公爵家の当主の座を捨てて、私のために子爵家に婿入りしてくれるのよ?好きにならない理由が一つもなかったわ。気持ちはちゃんと伝えないといけないって事も学んだの。相手を不安にさせるくらいなら、恥ずかしくても想いを口にした方が良いわ」
メレニーはエリアナの言葉に納得したのか、拳を小さく握っていた。
「伝えなければなにも始まらないものね」
メレニーの小さな呟きを拾う人はいない。
メレニーの決心はメレニーだけのものだから。
馬車は賓客が通される門へと入る。
馬車から降りると、侍女が控えていた。
トレス侯爵夫妻、コート伯爵夫妻、カーマイン子爵夫妻とエスリン伯爵とマリナが先に王城に入って行く。
各部屋に案内され、扉を開き中へと入る。
カーマイン子爵夫妻とエスリン伯爵とマリナはエリアナと同じ部屋に案内される。
中に入り目の前で並び立っていたのは、ハーマン公爵とセリーヌ夫人だった。
ギルベルトとエリザは礼をとり挨拶をするが、エスリン伯爵であるクリストフとマリナはハーマン公爵夫妻とは初めて顔を合わせるのだ。四大公爵家の筆頭を前に、体が強張るのがわかる。
「あらあら!貴女がマリナさんね。なんて美しいのでしょう!」
挨拶をしようと礼をとりかけた時に、セリーヌ夫人がマリナの両手を取りうっとりとマリナの顔を眺めている。
「コホン。セリーヌ、こちらに」
パトリックがセリーヌを呼び戻した。
セリーヌはマリナとエリアナを交互に見て、満面の笑みを浮かべ上機嫌。
「会場では私達の側を離れないようにしてください。離れる時は必ず私に一言伝えて頂き、近衛を連れて離れるように。
でなければ、散々な目に合うのを覚悟して下さい」
パトリックの注意事項に頷き、
「宜しくお願いいたします」と、礼を述べた。
「他のニ家はヨルダン公爵家とアクトン公爵家が側につく。アーカート公爵家はイザベル嬢と一緒に参列するそうだ」
それぞれがしっかり守られる事に、エリアナは申し訳なさを感じながらも安堵した。
コンコン
控えの部屋がノックされ、夜会へ向かう時間となった。四大公爵家は王族の前に会場入りをする。
エリアナは家族と別れ、セドリックと王族が控える場所へと向かう。
両陛下と王太子殿下が既に待っていた。
「遅くなり申し訳ありません」
セドリックが謝罪をするが、陛下から制された。
「我々も落ち着かなくてな。そわそわ落ち着かぬので、早くに来て話しておったのだ」
優しく笑う陛下の気遣いに緊張が少しだけ解れた。
会場では四大公爵家の名が呼ばれた。
会場が静寂に包まれた事が裏にいたエリアナにもわかった。
静まり返る会場の様子を想像するだけで、恐怖心が湧いてくる。
次に両陛下と王太子殿下が呼ばれた。
セドリックがエリアナへ手を差し出すが、エリアナの手が震えていた。
「大丈夫ですから」
セドリックの言葉でも震えは止まらなかったが、お腹に力を込めて会場入りをする。
王族が入場すると拍手が沸き起こる。
その後をセドリックにエスコートされたエリアナがついていく。
会場にセドリックとエリアナの姿が現れると、大歓声が上がった。
悪意の魔力がないわけではないけれど、好意の魔力で会場中が溢れている。
好意の魔力を受け取りポカポカする胸のおかげか、エリアナの震えもなくなった。
「夜会を開催する。皆楽しまれよ」
陛下の挨拶で各々社交に動きだす。
貴族達の視線は三つに別れた。
エリアナに親しい貴族であるコート伯爵家とトレス侯爵家と、エリアナの家族のカーマイン子爵家。
その三家には四大公爵家が側にいる。
(((近付く勇気はないっ!)))
壇上には主役のエリアナとセドリックがいるけれど、両陛下に挟まれて談笑している。
(((不敬罪は遠慮したい!)))
各当主達は社交をしつつ、三方に忙しなく視線を動かしている。
「陛下、新たなる転生者様と聖人様にご挨拶の許可を賜りたく」
頭を下げてそう言葉をかけてきたのはスタンリー神官長だ。
後ろには後継者としてカールが控えていた。
カールからは以前のエリアナに対する攻撃的な視線は向けられず、視線を合わせないようにしている。
「聖人とはセドリックの事か?まだそうと決まってはおらぬ。口を慎め」
陛下が叱責するも、スタンリー神官長は気に止めてはいないようだ。
陛下が挨拶の許可を出すとスタンリー神官長はエリアナには軽く頭を下げ、セドリックの前で深々と礼をとった。
その姿を目にした貴族達も、セドリックが聖人となる事を予測した。
(((新たな婚約者が選定される)))
当主達の思惑をよそに、セドリックがスタンリー神官長を完全に無視した。
そんな態度をされてもスタンリー神官長は不愉快さを出すこともなく淡々と述べた。
「神殿での鑑定を迎える日を心待ちにしております。聖人様の新たなる道を作りますのは神殿でございますので」
そう告げると、陛下へと礼をとりスタンリー神官長は下がった。
カールはエリアナをじっと見つめたが、目を伏せ視線を外すと父である神官長を追って行く。
スタンリー神官長の周りは貴族で溢れかえっていた。
「あの余裕に腹も立ちますが、いずれやり返させてもらいましょう」
セドリックの言葉にエリアナも同意する。まだその時ではない。聖教様の立場を今は守らなければならない。
「エリアナ」
壇上の下から声をかけてきたのはエルランドだった。隣には美女と美男子が並んでいた。
エリアナが美男美女に向ける視線に気がついて、二人を紹介する。
「シシュリーとミラールだ」
エルランドの言葉に、エリアナは「なるほど」と、納得した。
「エリアナを祝いたいと、魔導具をつけている。シーベル殿下がいるからな」
と、会場にエリアナが視線を向けた。
シーベル殿下はエイミーと参加しているようで、エイミーの取り巻きと談笑している。
「お疲れ様でした。式典は立派でしたよ」
シシュリーとミラールに会えて労いの言葉も貰い、エリアナが笑顔をようやく見せた。
エリアナが笑顔になったので、セドリックが手を差し出しダンスに誘う。
セドリックとエリアナが向かい合い、一歩踏み出す。
エリアナは社会の場でダンスをする事があまりなく、その姿を見る者は少ない。
冒険者で鍛えた体幹を使いこなし、セドリックと優雅に踊り続ける。
見惚れて足が止まっていた人達も、エリアナと一緒に踊れる事に幸せを感じながらお互いのパートナーの手をとり踊り始める。
(エリアナ嬢が転生者であるなら、私が貰う。エイミーなど使えぬ転生者はいらない。私の精神と魅了の魔力が効かないのならば、特別に緑竜の魔力をあげるよ)
シーベル殿下は手に魔力をため、ポケットからこっそり緑の魔力石を出した。
自身の魔力痕跡を消しながら緑竜の魔力石をシーベル殿下の魔力で包み込む。
(君は魔力に敏感だけど、竜人は魔力を無色にも出来るんだ。知らないよね)
シーベル殿下が口元をあげ、エイミーの背後に隠れながら緑竜の魔力石をエリアナに飛ばした。
(もうすぐ美しい君は僕のものだ)
魔力石の行く先をじっと見つめ、エリアナの背中に吸い込まれた事を確認した。
魔力が馴染むまで少しの時間を要する。シーベル殿下はエイミーと暫し談笑しながら時間を稼いだ。
「エイミー、少し離れるけど待っててね」
エイミーの頬を撫で甘く笑顔を向ければ、エイミーは大人しくなる。
自分に靡くであろうエリアナの元に数歩足を運んだ瞬間、エリアナが倒れセドリックに抱きとめられていた。
(え?倒れた?)
シーベル殿下が歩きを止めた瞬間、首元に剣があてられた。
警告ではない。殺意を持って首に剣をあてている。
「シーベル殿下、貴方を拘束させていただきます」
魔力で縛り上げられ、腕を掴まれたまま歩かされる。周囲の貴族達が倒れたエリアナに悲鳴をあげていたが、目の前を拘束されたシーベル殿下が通っていく。
シーベルは暴れるも、力強い力に引き摺られるように連れて行かれる。
人集りを抜けた先にはエリアナの胸に手を押し当て人命救助をしている青い髪の女性がいた。
女性の側に放り出されたシーベルは、不敬な扱いをする者を睨もうと振り返ると、そこに立っていたのは竜人国の近衛騎士団長のミラールだった。
「ミラール……なぜここに……」
王子である自分に冷ややかな視線を向けるミラールの姿に、シーベル殿下の背中に冷や汗が流れる。
隣でエリアナの心臓を押している女性を見ると、シーベル殿下の動きが固まった。
「シ……シュリー姉上……」
シシュリーは腕を上下に動かしながら、ジロリとシーベル殿下を睨みつけた。
「愚かな事をしたな、シーベルよっ。お前の命がっあるかっ……わからないからなっ。死を賜わる事もっ…覚悟しておけっ」
汗をかきながら、必死に腕を上下に動かすシシュリーの先には倒れたままのエリアナと、その向こうにはエリアナの手を握り必死に名を呼ぶセドリックの姿が見える。
「なぜ……」
シーベル殿下は緑竜の魔力石を埋め込み、エリアナを自分の意思に従わせようとしただけだ。
(殺そうとしていたわけではないっ!)
シーベルはただ目の前の光景を呆然と見ていた。




