17話 迷惑ばかりかけているなぁ
急げ!急げ!
会場を出た後のエリアナとセドリックは廊下を走っていた。
なぜなら、エリアナは会場から誰にも見つからずに逃げなければならないから。
式典に参加を終えた後、業者専用の出入り口に向かうように宰相に言われていた。
エリアナが転生者と公表されたならば、必ず多くの貴族が接触をしに来る。
そうなると、囲い込まれ逃げる事が出来なくなる。
「リア、あと少しです」
冒険者であり鍛えているエリアナには良い運動にはなった。
業者専用の出入り口の前には家門のない普通の馬車が三台止まっていた。
その一台からは外を気にかけているアーネットが見えた。
窓から身を乗り出し必死に手を振っている。
アーネットが扉を開け、エリアナに手を差し出す。
エリアナとセドリックが馬車に乗り込むと、ゆっくりと動き始めた。
馬車に乗り込んだけれど、全員が床に這いつくばっている。
床に伏せたまま、会話が始まる。
「エリアナもセドリック様も、お疲れ様でした」
ケイシーがエリアナとセドリックに労いの言葉をかけてくれた。
「綺麗だったわ!エリアナもセドリック様もお似合いで、素敵でしたわ」
メレニーはうっとりしながら先ほどの式典を思い出しているようだ。
「それにしても、エイミー様って理解しているのですかね?色々と」
アーネットがエリアナに問いかける。
「エイミー様の考えが全く分からないわ。何度説明しても理解してもらえないから、疲れてしまいます」
エリアナはガックリとなり、大きなため息を吐いた。
セドリックはエリアナの頭をポンポンしながら労っていた。
御者が馬車をコンコンと叩いた。
その音で、全員が体を起こして座席に座った。
「皆まで避難させることになってしまって、本当にごめんなさい」
エリアナは皆に頭を下げた。
エリアナと親しい人は全員が隠れる事になる。
アーネット達は勿論、式典に参加するために王都にきていたコート伯爵夫妻とメレニーの生家のトレス侯爵家。
エリアナの両親のカーマイン子爵夫妻もである。
エリアナと接触するために、必ず他家がコート伯爵家、トレス侯爵家、カーマイン子爵家に接触してくるはず。
一つ二つ程度ならば問題はない。
それに、公爵家は接触してくることは無い。でも、侯爵家や伯爵家からの取り次ぎを無視する事は出来ない。
ならば、取り次がなくて済むように隠れる事を王家から提案された。
滞在先は、王族が密かに使う別邸。
その邸の場所は秘匿とされ、魔術で隠されているので見つける事は不可能。
「気にしないで。それだけ私達のお友達であるエリアナが凄いって事だから」
アーネットの言葉にケイシーもメレニーも同意してくれた。
エリアナが座席の背もたれに体を預けようとすると、窓のカーテンがゆっくり動き始め勝手に閉められた。
「うひゃっ!」
エリアナは変な声をあげると、アーネット達も動くカーテンを見て驚き口元を手で覆った。
「異世界にスマートカーテンがあるの?」
エリアナは自動で閉まるカーテンを見続けた。
「王族の別邸の敷地に近付いたのでしょう。道を知られないための措置ですね」
セドリックの説明を聞いて、王族の別邸なんてとんでもない場所に行くことに少しの恐怖心が湧いてくる。たかが子爵令嬢には畏れ多い。
「接触しようとしてくる貴族達は驚くでしょうね。どの邸も人がいないのですから」
セドリックが意地の悪い顔で笑いながら話をする。
三家の邸の使用人には不在にするため休みを取らせた。きちんとその分の賃金は出している。
長期休暇として別に賃金を出し、ゆっくり過ごすように伝えてある。
邸の主人達が戻った後、大変になる事は間違いない。
今のうちに休んで貰う。
「誰もいない邸に文を届けても意味はありませしね。ただ、学園を休まなければならないのが少し退屈ですね」
「休むのは嫌だけれど、行ったら大変な事になるものね。少し落ち着くまで仕方ないわよね」
学園長から休むように言われれば休むしかない。学園が騒がしくなると、学業に影響してしまう。
「三人も休む事になったし……」
「私とケイシーは嬉しいわよ?お父様とお母様とゆっくり出来るもの」
アーネットとケイシーは不満はない。
メレニーも不満はない。
「エリアナの暇な時でいいから料理を教えて欲しいの。お弁当を自分で作れるようになりたくて」
メレニーが照れくさそうにエリアナにお願いを口にした。
(もしや……恋ですか?)
「いいわよ。その変わり、理由をいつか教えてね?」
エリアナの言葉にメレニーは理由がバレたかと、顔を真っ赤にした。
アーネットはチラリとメレニーを確認すると、エリアナに視線を向けた。
「私達には婚約者がいないでしょう?無理な釣書が来そうで怖いわ」
エリアナはアーネットの言葉を聞いて顔色を悪くする。
(婚約にまで影響が行くのね……)
落ち込んでいると、馬車がゆっくりとなり止まった。
別邸に着いたようだ。
馬車の扉がノックされ、御者によって開けられた。
そこには大きな邸が建っていた。
王城からそんなには離れていないのに、邸の周りには森がある。
「空間が歪んでいる?」
エリアナがポツリと呟くと、耳に届いた御者が人差し指を口にあてた。
(口にしたらいけなかったのね!)
エリアナは御者にコクコク頷くと、御者はニコリと微笑みエリアナ達を邸の中へと案内した。
応接室の扉が開かれると、そこにはコート伯爵夫妻、トレス侯爵夫妻、カーマイン子爵夫妻が子供達を待っていた。
それぞれの両親の側に行くと挨拶を交わす。
「皆様にはご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
エリアナは頭を下げて謝罪をした。
「エリアナ様、気にしないで下さい。私は貴女様に命を救われました。妻も娘も守っていただけた。感謝こそすれ、謝罪される必要はありません」
コート伯爵がエリアナの肩に手を置き体を起こす。
「私も娘から話を聞いております。不作法をした娘を守っていただいたと。こちらこそ、娘のためにありがとうございます」
トレス侯爵夫妻はエリアナにそう言葉をくれる。
「エリアナが誰かのためにした事が、こうして縁となり繋がって行くのだ。こんなに立派な娘に育って私は嬉しくて仕方ないよ」
ギルベルトはそう告げるとエリアナを抱きしめた。
「式典は立派だった。難癖をつけるあの娘には困ったもんだが、エリアナは他の貴族達にも認められている。大丈夫」
エリアナは父の腕の中でやっと息が楽になった。
「式典の後での夜会は開催時刻は遅くなる。まだ時間はあるようだから、少し皆様で話をしよう。何か聞きたい事や相談があれば話し合ってみませんか?」
ギルベルトの提案に全員が同意した。
部屋に控えていた使用人にお茶の準備を頼んで席に着く。
喉が渇いていたエリアナは、紅茶に口をつけホッと息を吐いた。
「学園へはここから通うのかい?」
トレス侯爵がメレニーに問いかけた。
「学園長からは暫く休むようにと。課題を宰相に渡すのでこちらに届けて貰えるようになっています。学園の誰かに連絡をしたい時も宰相へまず話をする事になります。ここは王族が使う別邸ですので、情報が漏れないように管理されます。不便でしょうがご理解下さい」
セドリックが各当主に説明をする。
「疚しい事はないので、領地に連絡する内容も宰相に確認されても問題はない」
トレス侯爵もコート伯爵も異議はなかった。ただ、ギルベルトとエリザだけは申し訳なさそうにしていた。
「あの……私から質問があります」
エリアナは気になる事を聞いて確かめたかった。
「アーネットやケイシーにメレニーは婚約者がいないから、その婚約者探しに私が影響しますか?」
不安な眼差しでコート伯爵とトレス侯爵を見る。
エリアナの言葉を聞いた後、二人は渋い顔をした。
(やっぱり影響あるのね……)
エリアナは自分を好きだと言ってくれるセドリックと婚約している。お互いに好意を持ち良好な関係でいる。
エリアナは三人に政略的な婚約者ではなく、好いた相手と婚約して欲しかった。
貴族令嬢である事は理解している。
家のためであり、三人が納得するのであればそれはそれで良い。
でも、エリアナのせいで整う婚約だけは避けて欲しかった。
もしかしたら婚約する相手はエリアナを優先する行動をするかもしれない。
エリアナと縁を繋ぐための婚約は三人を傷付ける相手である可能性が高くなる。
エリアナは短い間に色んな可能性が頭を過った。
コート伯爵もトレス侯爵もどう答えて良いのか思案する。
エリアナが口にした状況になる可能性が高いからだった。
「私が父に相談してみましょう。転生者であるエリアナとの縁を繋ぐためにと、企む貴族はいると思います。転生者を守るためだとか、黒竜が守護する者と親しい者の監視だとか理由は幾らでもつけられるかと。陛下から命を出して頂くのが一番影響は少ないでしょうね」
セドリックがハーマン公爵家や陛下の名を口に手をする度に、大人達は顔色を悪くする。
沈黙が広がるなか、応接室の扉がノックされた。
セドリックが返事をすると、執事が入室し礼をとった。
「クリストフ・エスリン伯爵家ご嫡男様と、婚約者のマリナ様がご到着されました」
執事が壁に背を向け案内してきた二人を応接室へと迎えた。
杖をつきながら入室するクリストフを支えているマリナ。
マリナの姿を視界に入れたエリアナが勢い良く立ち上がった。
「お姉様っ!」
エリアナは走り寄り、マリナとクリストフへと手を伸ばした。
執事が下がったのを確認すると、クリストフは杖を突くのを止めた。
アーネット達はマリナの姿を初めて見た。
薄い緑の髪に薄い金色の瞳。
エリアナより大人びたマリナの容姿も整っている。
エリアナとマリナ。二人の姉妹を並んで目にする事は社交界でもほぼない。
「妖精姫ってエリアナだけじゃないのね……」
メレニーの言葉に、アーネットとケイシーはブンブンと頷いた。
エリアナはクリストフとマリナをソファーへと案内した。
「初めての方もいらっしゃいます。エスリン伯爵家嫡男のクリストフと申します。こちらは、カーマイン子爵令嬢のマリナです」
二人並んで礼をとった。
「マリナ達も呼ばれたのだな」
ギルベルトがクリストフとマリナへ声をかけた。
「あの後、大変でしたのよ?エリアナと私が姉妹なのを思い出した方々に囲まれて質問攻めにあいましたわ」
クリストフとマリナは思い出したのか、うんざりな表情を浮かべた。
「宰相からの遣いで近衛騎士の方々に助けられるまで、揉みくちゃにされました」
クリストフは腕を上げ袖を見せると破けていた。
「ごめんなさい……」
エリアナが謝罪するが、クリストフが手で制した。
「アナが悪いわけじゃないでしょう?謝る必要はないわ。それにクリストフを治療してくれたのは、転生者の知識もあったのね。秘密にされていたのは悲しいけれど、アナは目立つのを嫌っていたから仕方なかったのよね」
マリナの言葉にエリアナは小さく頷いた。
「色々と話すことは尽きませんが、女性達は夜会の支度を始めなければ間に合いません。ドレスはこちらに届いているようですので、支度を始めましょう。男性陣はもう少し話をしてからで」
トレス侯爵の言葉で、女性達はそれぞれ部屋に案内され夜会の支度をする。
これから始まる男性陣の話しを聞く事はない。
大切な妻や娘に婚約者。
守るためにどうするべきか……。
エリアナの事情を詳しく聞いて、対抗策を練ることになった。
夜会が始まるまで後数刻。
何も事が起こらないように全員が心の中で祈っていた。




