16話 三人の転生者
エリアナから流れてくる冷たい魔力に触れ、エイミーが体を震わせた。
シーベル殿下の腕をギュッと掴み、恐怖心を逃がしている。
呼吸を整えながら心で自分を叱咤する。
(そうよ、大丈夫!私には竜人の王子であるシーベルがいるもの!)
エイミーはキッと壇上に立つエリアナを睨みつけた。
「ここは王族もいるのよ。魔法を使う気?不敬罪になるわよ」
エイミーの口から出る「不敬罪」の言葉が出た事に、エリアナは冷めた視線を向けた。
「不敬罪って言葉を知っているのですね」
エリアナから告げられた一言に馬鹿にされた事を感じたエイミーに火がついた。
「馬鹿にしてるの?あんたが転生者なんて私もイザベルも認めないんだから!
私からセドリックも殿下達も奪い取ったくせに!何がSSランクよ!ただの男好きじゃないのよっ」
はぁはぁと、肩で息を吐きながらエイミーはシーベル殿下の腕を離しエリアナの前で叫んだ。
会場は水を打ったような静けさのなか、エイミーの言葉だけが響き渡る。
エリアナから流れる冷たい魔力は消えてはいない。
「言いたい事はそれだけですか?」
「っ!」
エリアナは表情を変える事なくエイミーへと問いかけた。
「私はシーベル殿下の婚約者なのよっ!」
エイミーがシーベルの腕を掴むとエリアナを再び睨みつける。
シーベルは小さなため息を吐き、エイミーの手をポンポンと軽く叩いてエイミーを落ち着かせていた。
「エイミー、今は式典の最中です。静かにして下さいね」
エイミーをあやすように宥め、エリアナへとシーベルは視線を向けた。
静かな怒りと氷を纏うエリアナはキラキラと輝いていた。
王族の前でも堂々と振る舞うエリアナにシーベルは暫し見惚れていた。
「エリアナ嬢、申し訳ありません。式典を続けてください」
王族然りの笑みを浮かべ謝罪を口にするシーベルだが……。
「関係のない殿下は口を挟まないでください。それと、私に指示をしないように」
エリアナはシーベルには視線を向けず、エイミーだけを見ている。
「っ……エイミー嬢は私の婚約者です。関係ない事ではなっ……」
シーベルが言い終える前にエリアナが視線を向けた。冷たい視線は王族を敬うものではない。
「関係ないと言いましたが、聞こえませんでしたか?たかが竜人国の王族でしかない殿下は入って来ないでください」
「なっ!」
竜人国の王族であるシーベルが下に見られるなどあり得ない。
「あんた、何様よ!シーベル殿下は竜人国の王族なのよ!」
エイミーは大きな声で叫び、シーベルはエリアナの言葉に絶句して動けずにいる。
「そうですね、王族ですね。だから、なんなのです?私はSSランクの冒険者です。子爵家の令嬢だけの身分ではないのですよ?その意味が、まだ分からないのですか?」
シーベルは顔色がさっと悪くなり、エイミーの腕を強く後に引いた。
腕を引かれたエイミーだが、不満気な表情からはSSランクの意味を正しく理解していないようだ。
SSランクの冒険者はどの国にも縛られない。それは、王族と対等な身分とされ時には王族より立場は上になる事もある。
SSランクの冒険者を罰する事が出来るのは、同じSSランクの冒険者のみ。
この場でエリアナが不敬だと罰する事が出来るのは、会場で黙ったまま静かにエリアナを見ているエルランドだけである。
(エルランド殿は動かないのか)
シーベルはエルランドが動かない以上、非は自分達にあると判断した。エイミーの前に強引に割って立った。
「申し訳ありません」
エリアナはシーベルの謝罪は受け入れず、背中に隠されたエイミーに声をかけた。
「私が転生者である事を証明する事が出来ますよ?モブである私が物語の話をしましょうか?なぜ男爵令嬢でしかない貴女が殿下や側近達と親しく出来たのか。イザベル様となぜ仲良くしていたのか。
ここで話しても構いませんよ。
だって、私はただのモブですから」
淡々と話すエリアナの話の内容を理解したエイミーは顔色を悪くし、カタカタ震え始めた。
(エリアナは恋ダンを知っていたの?知ってたなら、なんで動かなかったのよっ)
「貴女はなぜ今更転生者だと公表するのか。そう言いましたね。
私は静かに暮らしたかったからです。カーマイン子爵領を豊かにし、家族と領民のために尽くしたかったからです。
転生者だと名乗ると騒がしくなるのは目に見えています。だから、黙っていたのです」
エリアナの発言に会場がざわつき始めた。
転生者だと名乗れば、子爵領などもっと豊かになるものを。
それよりも、静かな暮らしを選ぶと?
騒がしいのが嫌だと?
貴族達はエリアナの考えが理解出来ずにいる。
「私達が生きていた世界は身分制度がありません。この世界の平民と変わらないけれど、文明も発達した豊かな国でしたから」
エリアナの少し後に立ったイザベルが会場に向けて言葉を発した。
「私は公爵令嬢として転生し、手に入らない物はないと思っていました。前世より窮屈な世界でしたが、公爵令嬢として自由に過ごせました。私はその自由と言う事を履き違えましたが……」
イザベルは視線をエリアナへと向けた。
「エリアナ様は転生者です。前世も私達より聡明に生きられた方だと思いますわ」
イザベルは軽く頭を下げ、 殿下の隣に立った。
エリアナはイザベルが下がるまで視線で追っていた。
(イザベル様が私を擁護した?)
疑問に思いながらも、エリアナはエイミーへと視線を戻した。
「りゅ、竜人国を敵に回すのよっ!いいのねっ!」
エイミーがエリアナへとまだ反論をする。
(メンタル強すぎるでしょう……)
エリアナは心の中でため息を吐いた。
「竜人国は敵にはなりません。なぜなら、私とセドリックは竜人王に会っています。それに、シシュリー王女は私と顔見知りですから」
エイミーよりも驚いたのはシーベル殿下だった。
エリアナも竜人王とシシュリー王女の名前を出すつもりななかった。
先にエイミーが竜人国と敵対するのかを口にされては、竜人国と対立する理由がない事を伝えなければ、式典に来ている人々は恐怖でしかない。
「エイミー様。貴女は確かにシーベル殿下の婚約者かもしれません。ですが、以前も夜会で申し上げたと思いますが。
権力者と縁を持ったとしても、婚姻するまでは貴女は男爵令嬢でしかありません。
子爵令嬢である私に対して無作法をする事は本来許されないのですよ?
シーベル殿下が婚約者になろうと、エイミー様は男爵令嬢です」
エリアナの話は当然の事。
何度伝えても理解してもらえない事に呆れてしまう。
なぜ理解出来ないのだろうか……。
エリアナはエイミーの考え方が全く理解出来ない。
「嘘よ……竜人王に会ったなんて」
「父上に会ったなど聞いていないっ!」
エイミーの呟きと、シーベル殿下の声が重なる。
「竜人王に会ったからと、シーベル殿下にお伝えする理由はありません。スヴァルト王国と竜人国とのお話のなかで、私の知識が必要となり向かったのです。国の密約を誰かしに話すほど愚かではありませんので」
エリアナが竜人王に会った理由は話さない。そうシーベル殿下に伝える。
「シークかっ……」
シーベル殿下の表情が怒りの表情へと変わった。
「シーク殿下には会いましたが、挨拶をしただけです。直ぐにシーク殿下は戻られたので」
(シーベル殿下は緑竜を連れているから、私達に緑竜の事が知られているかもと疑問に思われては困るのよね)
「竜人国の事は式典には関係ありません。今日は国に貢献した方が主役の催しです。これ以上、竜人国の話は致しません。
それと、エイミー様。貴女様には冒険者ギルドから正式に男爵家へ抗議の書面を送らせていただきます」
エリアナは魔力を流すのをやめて、踵を返すと陛下の隣へと並び立った。
「エイミー・コーエン。それと、婚約者であるシーベル殿下にはスヴァルト王国の王である私からも抗議の書面を送らせてもらう。
貢献者を祝う席を台無しにし、SSランクであるエリアナ嬢を貶めた事。特にエイミー・コーエン、転生者であっても優遇されると思わないことだ」
陛下の厳しい叱責をエイミーはどれだけ理解出来ているのだろうか。
そして、竜人国の王子だからと大事になることは無いとエリアナを軽く扱った愚かな行動を、シーベル殿下はどう受け止めるのか。
それはエリアナには関係ないと、切り捨てる事にした。
(もう迷わないし、逃げない。売られた喧嘩はどんな事でも買うことに決めたもの)
エイミーとシーベル殿下の周りから人が少し離れ、式典の続きが再開される。
貢献者には報奨と爵位が与えられる。
エリアナは学生である事を理由に報奨は学園と孤児院への寄付をと提案し、自身が受け取る事を辞退した。
「この一年の平和と、翌年の平和を祈り式典の結びとする。また、本日の夜会は盛大な宴となる。皆の参列を期待しておる」
陛下の挨拶をもって、式典は幕を閉じた。
エイミーはずっとシーベル殿下の影からエリアナを睨み続けていた。
シーベル殿下の表情は無となっていた。
エリアナはシーベル殿下が何を考えていたのか様子を伺っていたが、予測はつかなかった。
壇上では両陛下が退席され、アーノルド殿下が退席しようとしていた。
イザベルもアーノルド殿下に続くとエリアナとセドリックは退席するのを待っていたが、イザベルはアーノルド殿下に続く様子が見られない。
イザベルは何かを言いたげに、エリアナを見つめていた。
エリアナはイザベルに声をかけて良いか解らずセドリックへと姿勢をむけた。
セドリックは小さく首を振り、チラリと会場に視線を向けた。
(エイミー様の前で接触しない方が良いって事ね)
エリアナはイザベルへ視線を向け、殿下の方へ視線を向けた。
イザベルはエリアナから視線を外された意味を理解し壇上から下がった。
セドリックにエスコートされ、エリアナが壇上から下がり幕の先に足を出した瞬間、
イザベルに腕をとられた。
「エリアナ様、シーク殿下に会われたのですか?容態はどうでしたか?挨拶したのなら、シーク殿下は歩かれたのですか?」
イザベルに両腕を掴まれ、前後に揺すられながらシーク殿下について捲し立てられた。
「ちょっとっ、まっ…て」
エリアナを抱きしめセドリックがイザベルから引き離し、アーノルド殿下もイザベルの腕を後に引き距離をとってくれた。
「イザベル、落ち着いて。エリアナ嬢に何をしているんだ」
アーノルド殿下がイザベルを窘めると、イザベルは我に返り、あたふたしている。
クラクラする頭を抱え、エリアナはセドリックの胸に体を預けた。
「イザベル嬢、エリアナは大役が終わり疲れているのに、何をするのですっ」
セドリックはエリアナの体を支えながら、イザベルを睨みつけた。
エリアナはクラクラする思考でイザベルがシーク殿下について聞いてきた事を思い出す。
「イザベル様はシーク殿下を知っているのですか?竜人国に行った事があるのでしょうか」
エリアナがイザベルに確認をすると、イザベルは表情を暗くした。
「お願いがあります。エリアナ様、私と話をしていただけませんか?セドリック様も 殿下も一緒で構いません。お願いしますっ!」
イザベルがエリアナにバッと、勢い良く頭を下げた。
エリアナはイザベルの姿に驚いていた。
転生者だから、公爵令嬢だからと自分の思い通りに行動をし、エリアナを見下していたイザベルが深く頭を下げていた。
エリアナだけではなく、アーノルド殿下もセドリックも驚いている。
「分かりました。建国祭が終わってからでよろしいのなら、お話を伺います」
エリアナの言葉に顔をあげたイザベルは目を潤ませていた。
「ありがとうございます」
再び頭を下げると、イザベルは 殿下に先に邸に戻る事を伝え、その場から離れた。
離れる時に見えたイザベルの表情は、どこか安堵した表情をしていた。
「もしかしてエイミー様にシーベル殿下との面会を取り次いで貰いたかったのは、シーク殿下の事を聞きたかったからかしら?」
去って行くイザベルの後ろ姿を見て、エリアナはエイミーとのいざこざの事を思い出していた。
「そうかもしれません。でも、なぜでしょうか……」
セドリックとエリアナが 殿下に視線を向ける。
「私の記憶では、イザベルは竜人国に行った事はないはずです。イザベルがもし竜人国に向かうならば私に報告があるはずです。長く婚約者が国を留守にする際には報告する義務がありますので」
アーノルド殿下の話を聞く限り、竜人国を訪問した事はないのだろう。
ならば……。
「キャシーの書いた物語を知っているのかしら……」
残された三人は、それ以外イザベルがシーク殿下を知る術がないと結論付けた。
「とりあえずは、今夜の夜会と明日の式典をどうするのかを考えましょう」
セドリックの言葉にエリアナは頷いたけれど、イザベルが気になって仕方なかった。
(この後で話すことにすれば良かったなぁー)
少し後悔はするけれど、一つずつ解決すると決めた以上は今夜の夜会を乗り切る事に全振りする事にした。




