第20話 「はふはふ」
第20話 「はふはふ」
次の日、沙月が起きたのはお昼近かった。
いつものように、グラビスとシエラのベッドは空だ。
(「また、最後……。」)
今日は休みとは言え、沙月は少し反省しながら、朝の支度を終えて1階の居間に行くと、2人ともソファーに座っている。
グラビスはいつものようにテーブルに書類を積んでいて、シエラはその横に座って……邪魔をしていたようだ。右手に持っているのはグラビスの書類だ。何となく手にとって眺めていたようだ。
3人が朝の挨拶を済ませると、グラビスが言う。
「午後から、ちょっと商店街に行かない?、……特に欲しいものはないんだけど、隨分、行ってないの。」
「う、うん。」
沙月は特に予定はなかった。シエラは少し考えてから慌ててうなずく。
何か別のことでも考えてたのかな?……と沙月は思うが、すぐに思考を商店街に戻す。
(「商店街……。欲しい物は特にないな……、ウインドウショッピング……。でも、明日、魔鉱石……」)
ようやく沙月の頭も回ってきたようだ。沙月が聞く。
「私達……、明日の準備しなくて大丈夫?」
「うん。3日分の食料はエリスに頼んだし。後はそれを持って……、あっ、リュックなんだけど、家にあるからそれを使えばいいんだけど。あんまり、おしゃれじゃないの……。アングラビも付与されてないし……。そうね、道具屋もあるから、ちょっと寄ってみましょ。気にいるのがあれば買えばいいし……、あっ、失敗したな……、昨日、コットさんのところで、見ておけばよかったわね。」
グラビスがそう言って、やっちゃった……という表情だ。
「リュック……そうね、荷物入れるのに必要だわ。……アングラビが付与されてるのもあるの?」
「ええ。重さが1/5減、1/4減、1/3減……って感じね。……うーん……。」
そう言ってグラビスが考え始める。沙月とシエラはグラビスの"考え"が終わるのを待っている。こんなグラビスは珍しい。
グラビスが2人に気づいて、説明する。
「……あっ、ごめん。……ほら、私達、金を運ばないとダメでしょ。"リュックに入れる"も候補の1つなの……、だから、買うなら1/3減を買ったほうがいいかな……って思って。……いずれにしても、衝動買いはしないほうがいいわ。明日はそんなに重くはならないし。……十分、検討してから買うべきね。」
「えっと……。30kunが、20kunになるのね。10kun減るのは確かに大きいわ。」
「うん。でも、"マジックボードに載せて引っ張る"も有りかな、って思ってるの。……アルクにもう一個頼んであるし……、あっ!でも、これはアイカちゃんの分になるわね……。もう1個?……、というか……、荷物運搬用に作ってもらうのがいいのかな?……、うーん……。」
そう言って、また、グラビスが考え始める。
沙月は少し申し訳なく思う。いつも考えるのはグラビスだ。でも、沙月にはグラビスを助けることも出来ない。いつもグラビスは沙月の想像以上の答えを出すからだ。それでも、沙月も考える、リュックかマジックボードか……。でも、情報が足りない、ということにすぐに気がつく。
「金33kunって、リュックに入るくらいの大きさなの?」
沙月は思わず声に出してしまう。
「え?……、うん。そうね。入るわ。多分……入れようと思えば60kunぐらいは入るんじゃないかな。……つまり、半分くらいの容積ね。」
グラビスが我に返って答える。
「なるほど……。リュックに入れるのも候補の1つなのね。」
「うん。……心配なのはリュックの耐久性かな……。かなり重いから、丈夫な方がいいわ。あとは、金の形状かな……。形状は小さいのから大きいのまでいろいろあるから、どれであっても対応出来ないとダメね。」
(「形状?……そうか、今のところ形状も分からないのね……。」)
と沙月は理解する。
「うん。分かったわ。……じゃあ、やっぱり、リュックで運べるという引き出しがあったほうがいいのね。」
グラビスに笑顔が戻ってくる。少し考えて答える。
「そうね。引き出し……、引き出しは多いほうがいいわ。」
旅先では何が起こるか分からない。いろいろな場面を想定して準備をしておくしか無い。沙月とグラビスが到達した結論はこれだった。
昼食を食べてしばらくしてから、3人は商店街へと向かう。
今日は3人の歩くスピードが遅い。特に目的がないからだ。結果として、グラビスが商店街の人に声を掛けられて、しばらく立ち話……という流れになる。
あと、沙月にとって驚きだったのはシエラに声を掛けたおじさんが2人いたことだった。"また、酒飲もうな……ハッハッハッハッハ。" 2人とも同じことを言う。
とは言え、この商店街では沙月のこともみんな知っている。"グラビスのパーティーメンバー"……それだけで、十分な話題になるようだ。
「まあ、グラビス様、こんにちわ。今日はお休みかい?……沙月ちゃんも、シエラちゃんも、こんにちわ。」
そんな感じだ。話をしたこともないおばさんに"沙月ちゃん、こんにちわ"なんて言われて、沙月はちょっと、うれしいような恥ずかしいような、複雑な気持ちだ。
シエラの様子が変わったのはやはり、たこも焼き屋の前を通りかかった時だった。
「こんにちわ。シエラさん。」
ポポが笑顔でシエラに呼びかける。
シエラは少し戸惑っているように見える。不機嫌でもなく照れでもないような表情で答える。
「こんにちわ。」
(「え?……、シエラ……、知り合い?……」) 沙月がそう思ってシエラを見ると同時に、グラビスがポポに声を掛ける。
「こんにちわ。あなたがポポちゃんね。私、グラビスって言うの。よろしくね。」
「あっ、はい。私はグラビスさんも沙月さんも知ってます。……私、ポポって言います。こちらこそ、よろしくおねがいします。」
沙月は自分の名前が出てきて慌てて挨拶する。
「こんにちわ、ポポちゃん。私、沙月です。よろしくね。」
「いえ、こちらこそ、よろしくおねがいします。」
ポポは丁寧なお辞儀を2、3度繰り返して、恐縮している。
一通り、挨拶が終わったところで、シエラがモジモジしながら言う。
「それで……、サービスなんだけど……。」
「あっ、はい。ありがとうございます。一舟でよろしいですか?」
ポポが容器を用意しながら言う。
シエラが横目で、沙月の様子を伺っている。沙月はシエラがたこも焼きを食べたいことをすぐに察して、
「あっ、じゃあ、私ももらおうかな……。」
たこも焼きは沙月も以前から気になっていた。
(「多分、あれだよね……。鉄板で焼いてるし、丸いし……。でも、"たこも"って何?」) という感じだ。
グラビスも2人に続く。
「じゃあ、私も……、ポポちゃん、3舟お願い。」
「あっ、はい。ありがとうございます。」
ポポはそう言って、手際よく3つもしくは2つを金属製の串で突き刺しては、たこも焼きを舟に詰めていく。グラビスは少し離れてストールに座っているおばあさんと話を始める。
ポポが3舟にたこもを詰め終わって、ソースやマヨネーズを振りかけ終えて言う。
「じゃあ、1つ、おまけしておきますね。」
「3つよ。」
シエラが速攻で訂正して、ポポはクスッと笑う。
「クスッ……はい。分かりました。3つ、おまけします。」
そう言って、3舟、それぞれに3つづつ追加で載せていく。
…
沙月はちょっとビックリだ。目が大きく見開いて固まって、横目でシエラの様子を伺っている。
……確かに、この商店街では値切り交渉はよく見かける。でも、シエラがするとは思わなかった。
(「ちょっと、シエラさん……どういうこと?……いや、シエラならあり得る?……」) などと頭はフル回転だ。
それぞれが、お金を払って商品を受け取ると、ポポが言う。
「あそこのテーブルで食べれますよ。温かいうちに食べて下さいね。」
ポポが指差したのはスイーツを売ってるお店の前に並んでいるテーブルだ。確かに、そこで1組の中年の夫婦がたこも焼きを食べている。
「うん。ありがと、ポポちゃん。また来るわ。」
グラビスがそう言って、3人はテーブルに向かう。3人はそのお店で、飲み物を買ってテーブルにつく。
沙月は席に着くやいなやグラビスに3つのおまけの話をする。
「ねえ!グラビス!聞いて!」
グラビスはニコニコ笑って聞いている。
確かに開けてみると3つ上に乗っている。少しぺちゃんこになっているが……。
グラビスへの説明が終わって、次はシエラだ。沙月は真面目な顔だ。
「シエラ!、ダメよ!。ポポちゃんの給料から引かれるかも知れないでしょ!。」
「そ、そうかしら……でも、1つ増量って何よ……、全然、増えてる感じがしないじゃない……。」
シエラは少し反省したような様子だが、そう言って、グラビスを見つめる。助けを求めているようだ。
「ククク……、多分、給料から引かれるってことはないと思うわ。それに、値切るのは一般的ね。ククク……、まあ、みんな会話を楽しんでるって感じだけど。」
グラビスがニコニコしながらそう言うと、シエラが一気に元気になる。形勢逆転のようだ。
「でしょ!。そうよ、一般的なの。……沙月。あれよ、あれ!……、郷に入りては郷に従えよ!。」
沙月はまだ納得できない……、という表情でシエラを睨んでいる。
(「でも、ポポちゃんの給料から引かれることはない……ということなら、まあ、いいか……」)
と思って最後は納得したようだ。
沙月はやはり気になって聞く。
「"たこも"って何?」
グラビスによると、たこもというのは貝のある部位のことらしかった。チス国には海はない。だから貝で代替しているようだ。
「元々は"たこもどき焼き"だった……って聞いたことがあるわ。……詳しくは知らないけど。」 とのことだ。
貝か……、と思いながら沙月が食べてみると、驚くことに、沙月の予想通りの味だった。柔らかくてコリコリしている。タコと言われても分からないくらいだ。ちょっと、こっちのほうが甘みが強いかな……と沙月は思う。
一方のシエラはテンションが上っている。時々、独り言のようにつぶやく。
「一度食べたかったのよ……、熱っ……」とか、
「ほら、アニメでは定番でしょ……、はふはふ……、夏のお祭りとかね……、はふはふ……。」とか、
「失敗したわ……、たこも2倍にすればよかったわ……。」
などと言いながら、食べている。反省はしていないようだ。
グラビスには馴染み深いようで、
「子供のおやつとして人気なの……。」とか、
「たまに食べたくなるのよね……、はふはふ……」と話している。
3人はその後もウィンドウショッピングを楽しんでいる。沙月にとって意外だったのは、衣料品店や食器や小物などというお店に目が行き始めたことだった。
(「かわいい服とかあるかな……」)とか、(「かわいいマグカップあるかな……」)などと考えながら、お店を回っている。
この世界にも慣れてきて、そういうことを考える余裕が生まれてきているようだ。
沙月がおもしろい……と思ったのは、文房具屋に入った時だった。一般的な文房具がほとんどだったが、店の一角に「魔文具コーナー」と書かれた案内板が掛かっていて、自然とそこに引き寄せられる。いくつか手にとって説明を読んでいる。
(「なんだろ?……これ?。」)
そんな感じだ。説明によると、ノート……と言っても1ページしかないが、そこに文字を書いてスイッチのようなものを押すと、文字が消える。またスイッチを押すと文字が現れる。……ということのようだ。
(「……正直……、何の役に立つのかは分からないけど……」) そんな感じだ。
あるペンは紙に文字を書いても何も書かれない。書かれた部分を指で撫でると文字が浮かび上がってくる。
あっちにあるのは光るペン、光る消しゴム……、といった具合だ。
(「……正直……、何の役に立つのかは分からないけど……」)
これが沙月の総括的な印象だったが、
(「……子供達には魔法は身近にあるのかな……。」)とも思ったようだ。
グラビスの言った通りに、3人は道具屋も覗く。
「ここ、リュックとかもあるんじゃないかな?」
グラビスがそう言って、沙月の思考が一気にトレジャーハントモードになる。
道具屋……と言ってもコットのお店とは隨分雰囲気が違う。コットの店の倍以上はある大きなお店だったが店内は明るくて綺麗だ。数組の家族連れが買い物を楽しんでいる。キッチン用品や工具といった見慣れた商品が綺麗に棚に陳列されている。普通の商品がほとんどで、魔道具ではないものが多いようだ。
3人はキョロキョロしながらゆっくりと奥に進んでいる。ランタンなどのキャンプ用品のようなコーナーを見つける。この辺りにありそうだ。でも、やはり魔道具ではなくて普通の商品がほとんどのようだ。こういった、いろんな商品を見て回るのは楽しかった。でも、沙月は、
(「期待薄かな……」)
そんな予感を感じはじめている。
店の一番奥に、作業服やかばん、リュックなどが置いてあった。しかしやはり、普通のものがほとんどで、主力は子供の学校への通学カバン?……という感じだ。唯一、アングラビ1/5減のリュックを1つだけ見つける。そして、沙月は値段を見てビックリだ。6シート8コイン。他のは高くても1シートくらいなので、相当高い。
(「魔道具になると、5倍以上の値段?……って感じ?」)
と沙月は思う。そして、グラビスだ。
「うーん。やっぱり、いいの無いわね……。職人街にいくつかあるから、そっちを回ったほうが良さそうね……。最悪、自分で作ったほうが良いかもしれないわ……。」
すると、シエラがすぐに反応する。
「おーう。そうよ、それがいいわ。マジッククロスで作るべきよ。リュックでかわいいは難易度が高いわ。……今のアニメーターのレベルじゃ無理ね。」
……
沙月とグラビスは笑いを堪えている。
ようやく、グラビスが笑いから復活して言う。いつものように"アニメーター"という言葉は無視だ。
「マジッククロス……。やって出来なくは無いけど……、100シート超えるでしょうね……。」
……
これを聞いて、シエラは沈黙だ。沙月はクククと笑っている。沙月にとっても唖然とする値段だ。
(「あのポーチ……、幾らくらいするんだろ……」)
沙月もそう思うが話を変える。
「ククク……自分で作れるの?」
「あ、うん。でも、私もゼロから作るわけじゃないの、自分なりにちょっと変える、って感じね。」
3人はとりあえず、リュックは後回しにしたようだ。ゆっくりと店内を見歩いている。
沙月も今は、トレジャーハントで他に必要になりそうなものないかな……そんなことを考えている。
「ねえ、ランタンとかは無くても大丈夫?」
すると、グラビスが小声で答える。
「私、ルーモスが使えるの。光の魔法ね。……シエラも使えるでしょ?」
シエラはうんとうなずく。それを確認してグラビスが続ける。
「基本的に夜は動かないほうが良いわ。夜行性のほうが多いと思うし。」
沙月がこくりとうなずく。沙月は思い出す。
(「そうだ……。外ではトレジャーハントの話は控えないと……。」)
ガートランド王国のアイカとヨウコは荷馬車に揺られている。大きなクッションに座って足をブラブラさせながら外を眺めている。遠くにガートランド王国の城壁が見える。
少し説明しておこう。2人に与えられたスペースは畳1畳ほどで、頭の上にハンモックが架かっている。寝る時はアイカがハンモックで寝るのだろう。
商隊は全部で3台で、アイカたちが乗っているのは一番最後の荷馬車だ。先程、出発したばかりで徐々にガートランド王国が小さくなっていく。
アイカにとってははじめての外の世界、ヨウコにとっては懐かしい外の世界だ。
「ねえ、おばあちゃん。道ってちゃんとあるのね。……ほとんど人が通らないから無くなってるのかと思ってたわ。」
「ん?……そうだね……。道の管理も商隊の仕事だね。木が倒れて通れなくなってたら、困るのは自分たちだからね。」
「ふーん。」
「ガートランドとチス国、アトラ国は元々、関係が深いからね。大きな道が整備されたし、ルートも何本もある。……まあ、"先人に感謝"ってことだね。」
「ふーん。……魔物がいなかった世界ね……。」
「そうだね。魔物がいなかった世界……、魔法師もいなかった世界……学校で習ったかい?」
「うん。……そういう説もあるって。」
「そうかい。その説が正しいのか間違ってるのかは私にもわからないね……。でも、その説の重要なところは、魔物の進化が人の進化より早かった、だから、今の状況がある。だから、人も進化すべきだ。っていう点にあると思うね。」
「うん。……でも、進化しろって言われても……、どうすればいいか分からないわ。」
「ん?……そうかい?……。私にはこう思えるね……。居心地がいいところで温々してちゃダメだって。居心地がいいところから抜け出せってね。……そういう意味じゃ、アイカがやろうとしてることは同じじゃないかね。……私は意味もなくアイカを応援してるわけじゃないからね。」
「う、うーん。……そうなのかな?……。自分では良く分からないの……。でも、そうだといいな……とは思うわ。」
「そうかい。それはよかったよ。……さすが、私の孫だね。」
そう言ってヨウコはケラケラと笑う。アイカは、
(「あれ?……、からかわれたのかな?……。」)
とも思ったが、つられて笑っている。
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沙月、シエラ、グラビスの3人は公園の噴水に座って、アイスクリームを食べている。いちごやらオレンジが入っていて色鮮やかだ。
"とりあえず、お店の一番人気を食べてみましょ。" ということのようだ。
「あっ、クリームが入ってて、おいしい。」とか「あっ、このカリカリしてるのも楽しい。」などと一通り感想会が終わると、沙月だ。
やっぱり少し気になってシエラに聞いてみることにしたようだ。
「シエラ、ポポちゃんのこと知ってたの?」
「え?……、うん。1度だけ会ったことがあるのよ。……いつだったかな?……、沙月がシェリー王立学園に行ったって時かな……。」
「ああ……、散歩……そう。」
「……そうだわ!……重要なことを思い出したわ。あの子、焼き鳥屋でも働いてるのよ。……サービスするって言ってたのよ……。何本かしらね……。」
「……」
沙月とグラビスが笑顔になる。
沙月は無言だ。コメントしないことにしたようだ。グラビスが言う。
「多分、お昼はたこも焼き屋、夕方は焼き鳥屋なんでしょうね。……夕食にたこも焼きはあまり食べないからね。」
するとシエラだ。真顔で言う。
「分かったわ。……夕方に行けばいいのね。」
沙月とグラビスがアイコンタクトしてクスクス笑う。
(「……いや……、そういう意味じゃないんだけど……」)という意味だ。
3人に沈黙が訪れて、沙月は何となく今までのことを思い出していた。特に深く考えること無く声にしてしまう。
「3人がはじめて会ったのってここだったね。」
シエラとグラビスが沙月を見る。うん……。そうね……と言う意味だ。
「あの時は、シエラとここで野営だ……って思ってたの。」
沙月はそう言ってシエラを見る。シエラは笑顔だ。グラビスも笑顔で言う。
「あの時、沙月、私のこと"女神さま?"って言ったわ。」
そう言って、クスクス笑う。沙月とシエラも笑う。
「うん。……夕日でね……、すごく綺麗だったの……。」
沙月が少し恥ずかしそうに言う。綺麗……と言われてグラビスも照れたようだ。
そんな2人を見てシエラは乗っかることに決めたようだ。
「おーう。そうよ!……グラビスはいつだって綺麗だわ……。"綺麗すぎる"、と言っても過言じゃないわ。」
「……」
沙月とグラビスはククク……と笑い始める。
笑いが収まって沙月が続ける。
「ほんと、すごく最近のはずなのに、すごく昔のことのように思えるわ。……ありきたりな言い方だけど。」
グラビスも同意する。コクコクうなずきながら言う。
「ほんとね……。私も、最近は準備が追いつかなくなってきてるわ。……予想以上のスピードで事が進んでる……って感じね。」
シエラも独り言のように続く。
「そう、順調……。さすが私の沙月だわ。」
沙月は"私の沙月"にちょっと引っかかったものの、金100kunの運搬のことを考えている。
(「超展開……。グラビスにとってもそうなのかな……。考えることが沢山あって、グラビスでさえ準備が追いつかなくなってきてる……。」)
沙月がつぶやくように言う。
「ちょっと、ペース落としてもいいかもね……。」
3人は別に急いでやってるわけではなかった。自然に任せているだけだ。
でも、"ちょっと、ペース落としてもいいかも"と考えると、肩の力も抜けて、悪くないと思った。
3人はニコリと笑ってお互いを見ている。
明日は魔鉱石。しかも、グラビスでさえ未知の領域だ。
(「でも、きっと、この3人ならなんとかなる……。」)
沙月はそう思っている。でも、緊張、期待、楽観、悲観……何とも言えない気持ちがした。
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家に帰ると夕食には時間があったのでいつものように先にお風呂に入る。沙月はいつものように湯船に浸かりながら今日1日を振り返る。
「ふー。いよいよ、明日は魔鉱石ね。……ファイ、頼りにしてるわ。」
「はい。」
「はー、テントでお泊りか……。ちょっと、遠足みたいで楽しみだわ。」
「そうですか。それは良かったです。」
「基本的に魔物には会わないようにして、最悪の場合はテントに逃げ込む。……どう?」
「はい。いいと思います。問題は長期間の籠城があるかどうかですが、私はないと思います。長くて数日でしょう。」
「そうなの?」
「はい。グラビスさんのデータもそうですが、モンスターには行動パターンがあります。テントの前に居続ける……ということにはならないと思います。」
「なるほど……。ごはんも食べないとダメだろうしね。」
「ごはんを食べてるかどうかは私には分かりませんが。」
「そ、そうなんだ……。確かに、ファイアーラビットの情報もあやふやだったわ。何々の模様……って感じで。」
「はい。魔物の情報は極めて少ないです。情報を取るのが大変ですから。」
「ふーん。……それで、運搬の方法はどう思った?」
「はい。沙月様と同じです。リュックとマジックボード、どちらでも使えるようにしておくのがいいと思います。」
「そう。それは良かったわ。……あとは……、あっ、そうだ、ねえ、"魔鉱石の種類はとにかく多い"……どうやって判定するの?」
「はい。沙月様の収納に関して言えば、ツール-収納で、名称が表示されます。例えば魔鉱石101なんて感じです。一方、一般的に行われているのは試してみる……ということになります。」
「なるほど……。魔鉱石101と魔鉱石102は違う種類ってことね。」
「はい。そうなります。……なので、一般的な方法とは違う結果になります。例えば、照明に使っている複数の魔鉱石を沙月様が判定すると別種と判断される可能性があります。」
「……なるほど……。そうなんだ……。それで、何個まで収納できるの?」
「はい。99個です。」
「ふーん。……ということは、同じ種類のものをたくさん集めるか、レアなものを集めるか……。どちらかになるのね……。」
「はい。そうですね。」
「うーん。ちょっと分からないわね……。需要がありそうなのは光るとか発熱するとかだけど……、私達が使うということなら、レアね。……テレポートとかが出来るようになったら、可能性が広がるわ。……売ってお金にするより、自分たちで使うほうがいいような気がする……。うーん。……まあ、ここから先は、行ってからね。」
「はい。そうですね。」
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夕食後、いつものように沙月とシエラは部屋に戻ってポトとミーシャと遊ぶ。グラビスは少し遅れて合流だ。セバスチャンまたはエリスと明日の確認でもしていたのだろう。
明日の準備……ということでは、リュックとなる。先程、グラビスにリュックを見せてもらったが、それほどダサいものではなかった。……いや……、むしろ、沙月には高級に思えるものだった。さすが、元貴族の持ち物……という感じだ。グラビスが愛用しているのは白に黄色、シエラのは紺と赤、沙月のが黒に赤というデザインだ。グラビスのリュックにはアングラビが付与されている。リュックの中には明日、食料を詰めればいい……とのことで、1階に置いてきた。
グラビスはポーチを3つ並べて確認している。
「一応、魔蓄石も入れておくわ。ちょっとだけど、疲れにくくなるの。……まあ、気休め程度だけど。」
そう言って、小さな魔畜石を1つずつ、ポーチに入れる。
確認はすぐに終わって、いつものようにミーティングが始まる。
「明日は予定通り、魔鉱石を取りに行くわ。朝はいつも通りね。ルートは直線ルート。テントで1泊する予定ね。」
沙月とシエラが同時にうなずく。それを見てグラビスが続ける。
「それで、魔鉱石なんだけど、きのこや薬草とはちょっと違うの。そこを説明しておくわ。」
沙月とシエラがうなずく。
「魔鉱石はカラカスさんのところでも買ってくれるわ。でも、もらえるのは、手付金になるの。魔鉱石の価値がすぐにはわからないからね。それで、値段が確定してから、後で残金が支払われるの。」
沙月とシエラがうなずく。
「あと、魔鉱石は直接、魔道具屋に持ち込んでもいいわ。手付金になるのはこちらも同じね。」
グラビスは少しだけ間を空けて続ける。
「それで、私の場合は、コットさんの所に持ち込んで、鑑定してもらうことも多いわ。……コットさんが必要ならそのまま使ってもらって、不要なら、これはどこに持って行け……って言われるから、その魔道具屋に売りに行くって感じね。コットさんの鑑定書が付くから取引もスムーズだしね……。ほら、魔道具屋って言っても、それぞれ特徴があるの。必要なところに持っていくのね。……それで……、私はコットさんとお金のやり取りはしないの……。魔鉱石の代金は受け取らない……。その代わり、いろいろお願いして作ってもらってる……。そんな、関係ね。」
これを聞いて沙月はすぐに理解したようだ。グラビスはコットさんを本当のおじいさんのように慕っている。その2人の間に金銭のやり取りがない……これはむしろ自然に思える。
グラビスと沙月の目が合って、グラビスが慌てて付け加える。
「あっ、でも、大丈夫よ、沙月。……コットさんが損してるってことは絶対にないわ。」
…
……
グラビスはそう言って沙月の様子を伺っている。沙月は思わず笑みが漏れる。ポポちゃんのおまけの件だ。シエラを横目で見ると、シエラも横目で沙月を見ている。
……沙月……、怒ってないかしら……という顔?だ。
(「まったく……、まったく……、まったく……、」)
沙月は心の中で無意味に繰り返している。
(「でも、何て言えばいいの?……、何が正解なの?……、何よこれ……、何よこれ……、」)
沙月が怒ったような顔でグラビスとシエラをにらむ。沙月の腹は決まったようだ。
「それならいいわ。許すわ。」
そう言うと、グラビスとシエラは吹き出したように笑い始める。沙月も笑っている。
3人の笑いが収まって、沙月が話を戻す。
「私もそれでいいわ。魔鉱石はコットさんに渡す。代金は受け取らない。」
シエラもうんうんとうなずく。それを見てグラビスが言う。
「うん。ありがと。……今は併用かなって思ってるの、一部はカラカスさん、残りはコットさんかな……ってね。」
明日は早い、でも寝るにはちょっと早すぎる……ということで、ボードゲームをすることにする。
プレーヤーは魔道士になって様々な魔法やアイテムを収集して究極魔法を習得するのが目的になる。プレーヤー同士で競い合うものではなくて、協力してクリアを目指す。というゲームだ。そして……、相当、難しい。特に終盤が。そのため、終盤を見込んで魔法をセーブする必要がある。場合によっては1人を犠牲にすることもある。
……
そして、今の沙月たちの状況は、あまり、役に立ちそうにないシエラの駒が牢屋に収まっている状態で沙月とグラビスが終盤に挑んでいる。
2人では無理だろーな……、と思っていたら、やっぱり、瞬殺されたようだ。
すると、シエラが満足そうに言う。
「やっぱり、私がいないとダメね。」
沙月が言う。
「シエラ……、ろくなカード持ってないんだもん。」
グラビスが言う。
「このゲーム……、最低4,5人くらいでやらないと、クリアは無理ね。」
シエラが言う。
「おー。じゃあ、アイカちゃんが来たら、またやればいいわ。」
グラビスが応じる。
「あー、ほんとね……。4人いればなんとかなるかも。」
アイカちゃんか……と沙月は思う。
(「もう、寝たのかな……。馬車での旅か……、きっと、大変なんだろうな……。」) そんなことを考えていた。
20話完




