第17話 「……私はそういう大人にはなりたくないの。」
第17話 「……私はそういう大人にはなりたくないの。」
次の日、沙月達は朝食後すぐに家を出て孤児院に向かう。途中、グラビスを先頭に人一人くらいの幅の路地を抜けたりする。
(「近道なんだろうな……、一人じゃ来れないな……。」)と沙月は思う。それで、急に思いつく。
(「あっ、そうか、ファイに上空から見てもらえばいいのか……、忘れてたわ……。」)
そんなことを考えながら歩いている。
孤児院はグラビスの家からそう遠くはなかった。奥に一階建ての建屋があって、小さな土のグラウンドがある。
(「ちょっと大きめの幼稚園……、そんな感じね。」)と沙月は思う。
グラビスは躊躇なく、グラウンドを突っ切って行く。すると、建屋から子供達がうじゃうじゃと出てきて、走ってくる。あっという間に子どもたちに囲まれて、場が一気に騒がしくなる。
子供1「来るの、遅いよ!」
子供2「昨日は、全然寝れなかったわ!」
子供3「このお姉ちゃん誰ー?」
子供4「わあ、変わった服ー、……かっこいい!」
子供5「わあ、きれいな髪ねー!」
グラビスは慣れたものだ、気にせずニコニコしながら建屋に向かって歩いていく。
「遅くないわよ。……時間ぴったり、予定通りでしょ。」
建屋からセリーナが出てくる。いつもはシスターの衣装だが、今日はパンツ姿だ。
「グラビス様。お待ちしておりました。」
「こんにちわ。セリーナ。……えっと、紹介するわ。」
グラビスはそう言うと、2歩ほど後ろに下がって大きな声で言う。子どもたちにも、まとめて紹介するつもりのようだ。
「はい。みんな注目ー!」
そう言って、手をパンパンと2回叩く。子どもたちが静かになって、グラビスに着目する。
「みんなにも紹介するわ。……こっちが、沙月。……それで、こっちが、シエラよ。私のパーティーメンバーなの。」
子ども達がまた、思い思いに喋り始める。
子供3「パーティーメンバーって何ー?」
子供2「ほら、あれよ、パーティードレスって言うでしょ!」
子供4「えー?、……これって、パーティードレスなの?」
子供6「もっと、ヒラヒラしてるんじゃないのー?」
子どもたちが沙月とシエラを珍しそうに見る。シエラの服を指で掴んだりしている。
グラビスは無視して続ける。
「沙月、シエラ。……それで、こちらがセリーナ。ここの責任者よ。」
「はじめまして。沙月です。」
「こんにちわ。私、シエラ。よろしくね!」
沙月はいつものように、少し緊張ぎみだ。シエラはいつも通り、物怖じしない。
「こんにちわ。私、セリーナです。お二人にお会い出来るのを楽しみにしてました。今日は1日宜しくおねがいします。」
一通り、紹介が終わる。子どもたちはマイペースだ。
子供6「ねえ、ねえ、これで、パーティーに行くの?」
「え?……、これはパーティードレスじゃないのよ……。普段着なの。」
子供7「普段着?……、普段着ってなあに?」
沙月は当惑ぎみだ。子供の扱いにはあまり慣れていないようだ。
一方のシエラは笑顔いっぱいだ。
「おーう。みんな!、今日は飛ぶわよ!、……楽しみね!」
「うん!、楽しみー!」
子どもたちも興奮気味に答える。
子供……というのは不思議だ。金髪の小さな女の子はシエラに興味があるらしい。来たときからずっとシエラを見上げている。一方、赤い服を着た女の子は沙月に興味があるらしい。沙月から離れようとしない。
さっそく出かけることにする。グラビスが大きな声で言う。
「じゃあ、みんな!、……出発するわよ!、……はぐれないようについてきてね!」
グラビスが沙月とシエラに小声で言う。
「私、前行くから……。後ろ、お願い。」
「分かったわ。」
沙月が答える。シエラもうんとうなずく。
グラビスとセリーナが先頭を歩く。子どもたちは2列に並んで歩く、最後尾に沙月とシエラという隊列だ。
外出する時は、2列に並ぶ……、ということを子どもたちも知っているようで、特に指示すること無く、そういう隊列になった。
沙月は人数を数えてみる、、1,2,、、、11,12、全部で12人いる。
(「一番小さい子が幼稚園児くらい?、大きい子が小学校5,6年生くらい?……かな。時々、数えないとダメね……。」)
そんなことを沙月は考えている。
子どもたちの行進は順調だ。ただ、小さい子供は遅れがち、あと、沙月とシエラが気になる……ということもあるようで、今は沙月とシエラは小さい女の子と手をつないで歩いている。ワイワイ、ガヤガヤと騒がしいが、ずんずん歩いている。
沙月が(「子どもたちにはちょっとキツイんじゃ?……」)と心配し始めた頃、小さな公園があって一休みすることになった。
大きな樹の下に半円形の石のベンチがあって、子どもたちが座る。
セリーナが大きなカバンから水筒とコップを取り出して、1つ1つ手渡していく。コップは取っ手のついていないものだったが、それぞれデザインが違っていて、子どもたち専用のコップがあるようだ。セリーナがコップを手に子供を探しては手渡ししている。沙月も手伝おうか……、と立ち上がろうとしてやめたのはそのせいだ。手伝えそうにない。グラビスも男の子3人に囲まれて話をしている。
子どもたちは、一気に飲み干して、おかわりが欲しい子はセリーナに注いでもらっている。おかわりが要らない子は、セリーナの隣にコップを置いていく。自分のことは自分でやる……、ということが徹底されているようだ。
沙月が隣の小さい女の子に話しかける。
「疲れた?」
「ううん。大丈夫よ。これくらいなら、まだ大丈夫なの。」
女の子の額には汗が出ている。沙月はハンカチで汗を拭いてあげる。
公園には飲料水が出るところがあって、セリーナとグラビスがコップを洗う。
2人が戻ってきてグラビスが大きな声で言う。
「さあ、みんな、出発するわよ。……あと、もうちょっとだから、がんばってね。」
しばらく歩いて、先頭を歩いていた子どもたちが大声で叫ぶ。
「着いたー!」
子どもたちが一気に騒がしくなる。
門には横断幕が掛けられている。黄色の下地に赤い文字で、"The Fly"と書かれている。色とりどりの大きな看板やのぼりも見えて華やかだ。
エストフィールドは大きなグラウンドだった。サッカーだと、2,3面くらいは取れそうな大きさで、地面は短い芝で青々としている。そして、その上に今は様々な物、大きなテントや建造物を建てたようだ。
グラビスとセリーナのところに蛍光黄緑色の制服を着た女性2人が駆け寄ってきて話をしている。所々にこの制服を着た人が見えるので、このイベントのスタッフということがすぐに分かる。グラビスがチケットのようなものを女性に見せながら話をしている。
その後、セリーナが子どもたちを3つのグループに分け始める。そして、制服の女性の一人が小さな旗を掲げる。黄色いカメが描かれている旗だ。
「はい。じゃあ、みんなは、お姉さんについてきてね。」
そう言って、左側に向かって歩き始め、第一グループの子どもたちがワイワイガヤガヤと後に続く。
もう一人の制服の女性も小さな旗を掲げる。こちらは赤い鳥が書かれている。
「はい。じゃあ、みんなも、お姉さんについてきてね。」
そう言って、グラウンドをまっすぐ歩いていく。第二グループの子どもたちが後に続く。
セリーナは残った小さい子どもたちに囲まれている。
グラビスが言う。
「じゃあ、セリーナ、後でね。……セリーナも楽しんで。」
「はい。グラビス様も。……みなさんも、楽しんでくださいね。」
セリーナがそう言って、子どもたちを引き連れて右側に歩いていく。
沙月とシエラとグラビスの3人だけになると、グラビスが振り返って言う。
「じゃあ、私達も行きましょ。……まだ、ちょっと、時間はあるけどね。」
そう言って、ゆっくり左斜めにグラウンドを歩いていく。
沙月は改めて、グラウンドを見渡してみる。一番目立つのは、グラウンドの対角線上に建てられた骨組みだった。
オレンジ色のベストを着た若い女性が真横に飛んでいる。命綱などは全く見えない。スーパーマンのように真横に飛んでいるのだ。骨組みには4箇所、大きな石のようなものが取り付けられているのが見える。
左手には大きなテントの下に出店が見える。テーブル、椅子が並べられていて、20人くらいの人影が見える。あそこで、軽食が取れそうだ。
そして、グラビスが向かっている先には30mくらい?の高さの骨組みが見える。近づいて分かったことだが、上下に大きなトランポリンのようなものが設置されていて、オレンジ色のベストを着た男性が上に向かって飛んでいる。男性は空中で体勢を入れ替えて、上のトランポリンを足で蹴る。今度は男性が真っ逆さまに落ち始める、男性が体勢を反転する。下のトランポリンを足で蹴る。
かなり、近づいたところで、グラビスが立ち止まって説明を始める。
「ほら、骨組みの上下に大きな石が見えるでしょ。……上に4つ、下に4つね。……あれは魔鉱石なの。立方体の頂点ね。それで、みんな、オレンジのジャケット、足にも付けてるでしょ。あの中にも魔鉱石が埋め込まれてて、立方体の中に入ると、重力が無くなるの。」
沙月が思わず、声を上げる。
「あっ!、……ファイに聞いたことがあるわ。大きな8つの魔鉱石。……ファイ。これのこと?」
「はい。そうですね。」
グラビスがニコッと笑ってファイを見つめる。グラビスが続ける。
「この仕組を使って、いろんなアトラクションがあるのね。……で、あれは"Fly Fall"ね。」
グラビスに言われなくても分かる。大きな看板があって、"Fly Fall"と書かれている。
周りに人だかりが出来ていて、時々、"おー"という歓声や笑い声や拍手が起こる。
3人はまだ時間がある……、とのことで、人だかりに混じって見学することにしたようだ。
スタート時は足にロープのようなものが結び付けられている。ロープは下のトランポリンの真ん中まで続いている。ロープがゆっくり引っ張られて、トランポリンの真ん中に誘導される。その後、トランポリンが大きくしなって、"3,2,1,Go"でトランポリンに弾かれて上昇していく。
終わりは係の人が大きな虫あみのようなものを差し出す、この虫あみを掴んでもらって立方体の外に誘導する。
しばらく見ていると、小さな男の子が器用に体勢を変えて上下のトランポリンを足で蹴り続ける。その男の子が終了すると、観衆から拍手が巻き起こる。どうやら、正解はこれらしい。……でも、人によって様々だ。頭からトランポリンに突っ込んでいく人もいるし、ずっと逆さまの状態で飛ぶ人や、途中で失速してしまうという人もいる。ちなみに、失速した場合は係の人がプカプカと近づいてきて掴んで上または下に投げてくれる。幼稚園くらいの子供が途中で泣きはじめて係の人に回収されたりもする。観衆はそのたびに笑ったり、"おー"と言ったり、拍手したり……、という感じだ。
沙月は"これ……、私、今からやるの?"と思うと、少し緊張しはじめる。そこそこの観衆だ。
一方、シエラは"おー"、"おー"、"おー"と"おー"を連発して嬉々として見ている。
しばらくして、シエラが2人に質問する。
「ねえ、2人はどういう作戦で行くの?、……私は、全部、頭から突っ込んでみるわ。」
グラビスがニコニコしながら考えて答える。
「うーん。……一応、足で蹴る……、を目指してみるわ。……難しそうだけどね。」
沙月は、"ずっと逆さまもありかな……"、と思う。なかなか、頭から真っ逆さまに落ちることなんてないからだ。……でも、やっぱり無難?……、と思い直す。
「私もかな……。足で蹴る、を目指してみるわ。」
3人の順番が近づいてきて、蛍光黄緑色の制服を着た係の人が3人にオレンジ色のベストを着せる。ベルトでしっかと締め付ける。足にもレッグカバー?レガース?のようなものがベルトで締め付けられる。
魔鉱石が埋め込まれている……とのことで、ずっしりと重い。
1番手はグラビスだ。
グラビスはかなり器用だ。トランポリンを蹴るタイミングもいい。かなりスピードも上がる。でも、スピードを出しすぎて何度か頭からトランポリンに突っ込んだ。それでも、沙月は"さすが、グラビス。……上手だわ。"と思って笑顔だ。
グラビスが虫あみのようなものを掴むと、観衆からはそこそこ大きな拍手が巻き起こる。
グラビスが沙月とシエラとすれ違いながら言う。やはり、興奮気味だ。
「ちょっと、スピード出し過ぎちゃたわ。」
2番手は沙月だ。
"3,2,1,Go"。上昇しながら、体勢を変える。足で上のトランポリンを蹴る。真っ逆さまに落ち始める。
(「……何これ?……、新感覚!!……」)
沙月は真っ逆さまに落ちるのが気に入ったようだ。そのまま、頭から下のトランポリンに突っ込む。
その後、逆さまで上昇するのも気に入ったようだ。どんどん地面が遠くなる。
(「、、新感覚!!、、、」)
"体勢を変える"というのも何度かやってみたが、ほとんど逆さまの状態を楽しんだ。
沙月が虫あみのようなものを掴むと、観衆からはパラパラと拍手が巻き起こる。
観衆の評価はイマイチらしい。……でも、沙月は大満足だった。ちょっと怖いかな……、と思っていたが、終わってみるとニコニコしている。シエラとすれ違いながら興奮気味に言う。
「シエラ!、……おもしろいわ!」
「私の華麗な飛行見ててね。」
「うん!見てる!」
沙月がベストを脱がされて、グラビスと合流すると、シエラがスタート地点に誘導されたところだった。
沙月が大きな声で叫ぶ。
「シエラー、がんばってー」
シエラが手を振る。
シエラがスタートする。
さすがシエラだ。期待を裏切らない。直立不動の姿勢で頭からトランポリンに突っ込む。慌てて、体勢を変えて、また直立不動の姿勢で頭から突っ込む。スピードもかなりゆっくりだ。ゆっくりしたスピードで頭からトランポリンに突っ込むので、観衆から笑いが起こり始める。体勢を変えるのも慣れてきたようだ。グラビスと沙月もクスクス笑い始める。最後、虫あみを差し出されてもシエラは無視して飛び続ける。最後は虫あみに捕まって外に出される。観衆から笑いと大きな拍手が巻き起こる。
沙月は何で虫あみ?と思っていたが、その理由を理解した。
シエラが2人に合流する。シエラが言う。
「どうだった?」
「最高だったわ!」
「うん。最高!」
3人がケラケラと笑う。
セリーナと子どもたちと合流して、少し遅めの昼食を食べる。お好み焼きに似た食べ物だ。制服を着た係の女性2人も少し離れたところで昼食を取っている。
子どもたちはやはり、興奮気味だ。
「"Fly Dome"、おもしろかった!」
「"Fly Long"も良かったわ。ホントに飛んでるみたいだった!」
「えー。ホントに飛んだんだよー。」
「"Fly Maze"、3位だったんだー。最後、迷っちゃった。」
思い思いに喋っているが、食事のペースは早い。早く食べ終わって次に行きたい……、そういう感じだ。
沙月はやはり、セリーナとグラビスに感心している。ワイワイ騒ぐ子どもたち、口の周りがソースで汚れている小さい子。全く動じる様子がない。いつものこと……、ということのようだ。
後で拭いてあげなきゃ……。そう思っていたら、先を越された。年長の子どもたちがやってきて拭いてあげている。
昼食後、またグループごとに目的地に向かう。カメさんチーム、鳥さんチーム、セリーナチームがそれぞれ、別の方角に向かって歩いていく。3人だけになると、グラビスが言う。
「ごめんね。私達はあと1つだけなの。……あれ。"Fly Long"ね。」
グラビスが指差す先はグラウンドの対角線に組まれた足場。真横に飛ぶアトラクションだ。
「まだ、時間があるから、見学だけしない?」
グラビスの提案で、見学だけすることにする。はじめに行ったのは"Fly Maze"だ。三次元の迷路。スフィアメイズと同じだが、こちらは、球ではなく人が自力でゴールを目指す。看板があって、タイムトライアル制で、ある時間内で1位の人は賞金1シート。と書かれている。"3位だったんだー"と子供が言っていたのはそのためだ。プカプカ浮きながら、手や足を使って迷路を進む。一部分が透明になっていて、中が見える。オレンジ色のベストを着た男性がプカプカ浮かんでいて、足で壁を蹴ろうとするが何度も空振りしている。
次に回ったのは、"Fly Ball"。こちらにも看板があって、"ボールの気持ちが分かる!"というキャッチフレーズが書かれている。こちらは中が完全に見える。大きな透明なボールの中に男の子が入っていて、ボールとして扱われている。中には制服を着た係の人が、3人いて、その人達が野球のようなことをしている訳だ。投げられる……、バットで打たれて飛んでいく……、といった具合だ。
それを見ながらグラビスが説明をはじめる。
「"Fly Dome"っていうのが一番人気らしいの。これに似てるわね……。大きな透明なボールの中に入るんだけど、足だけ少し出てるのね、それで、壁を蹴ったり出来るらしいわ。それで、こっちは10人ぐらいが同時に入っていて、お互いにぶつかって飛ばされたりするの。それが面白いって評判らしいわ。足だけだけど、ちょっとはコントロールも出来るしね。」
もう、そろそろ時間……、ということで、"Fly Long"の出発地に向かう。
やっている人を見ていると、人によって様々だ。スーパーマンのように飛ぶタイプ。逆に空を見上げながら飛ぶ人、ぐるぐる回転しながら飛ぶ人、立ったままの人、座ったような姿勢で飛ぶ人……、などがいる。特に正解はないようだ。
近づいて、看板を読むと、速度が早、中、遅で選択できると書かれている。スタートは太いゴムのようなものを引っ張って離す……、という仕組みだ。どの程度引っ張るかが選択できる訳だ。高さは5mから10mくらいでそれほど高くないように見える。
シエラが考え込んでいる。
「これは……、難しいわね……、何が正解なのかしら?」
沙月は聞こえたが、放置することにしたようだ。
確かに人だかりはスタート地点ではなく、ゴール付近にある。つまり、遥か向こうだ。観衆の反応はここからは分からない。
3人の順番が近くなって、また、制服の係の人がオレンジ色のベスト、レッグカバーをベルトでしっかりと締め付ける。
足場を登っていくと、かなり高い、と感じる。それほど高くない?……と思って、いざ上がってみると高いと感じる。よくあるパターンだ。
シエラが1番を志願して、1番手だ。係の人に"遅でお願い"と告げる。
太いゴムが引っ張られてカウントダウンが始まる。"3,2,1,Go"。シエラが飛んでいく。シエラが手足をバタバタさせているのが分かる。どうも、平泳ぎを選択したようだ。ゆっくりと平泳ぎで泳ぎながらシエラが小さくなっていく。沙月とグラビスが目を合わす。お互いにニコッとする。ちょっとは緊張が解けた感じだ。
2番手は沙月だ。沙月は係の人に"中でお願い"と告げる。ちょっとはスピードを上げたい。でも、なるべく長く飛んでいたい……。そう思ったからだ。
"3,2,1,Go" 沙月が飛び始める。
沙月は飛んでみるまでどの体勢にするか特に決めていなかった。立ったまま飛んでいるのも悪くない。かなり高く感じるので相当怖い。体勢を変えてみる。スーパーマンのポーズだ。地面の芝が流れていく。"うん。これも悪くない。"スピード感を感じる。体をひねって、空を眺めてみる。骨組みは早く流れていく、でも空はゆっくりと流れる。"うーん。これはイマイチかな。"次に座った姿勢になってみる。立ったままの時に似てる。次に、くるっと回転して背中を前側にしてみる。"……おお"、後ろに向かってふっ飛ばされたような感じだ。これも悪くないと思っているようだ。笑顔が広がっている。そんなことをしているうちに"そろそろゴールかな……"、と考え始める。体の向きを変える。前方のゴールの大きな網がどんどんと近づいてくる。網に当たる直前にくるっと回転して背中からゴールする。
沙月がベストを脱がされてシエラと合流する。少し興奮気味に言う。
「ちょっと、怖かったけど、おもしろかったわ!」
3番手のグラビスはスピードが早い。グラビスも沙月と同じでいろんな体勢を試しているようだ。立った状態で後ろ向き、と思ったら、体勢を変えて、くるくると前転し始める。器用なものだ。グラビスも最後は沙月と同じ様に背中からゴールする。
3人が合流する。3人とも興奮気味だ。"ほんとに飛んでるみたいだった。"というのが3人の一致した意見だった。
3人は既にマジックボードで飛んでいる。でも高さが全く違う。それに様々な体勢が取れる。
命綱なし。正直、沙月は少し怖いと感じていたが、(「これが無重力……」)(「高い所を飛ぶのはこんな感じなのね……」)、などと思って、新体験を楽しんだようで終始、笑顔だ。
それから、ゆっくり合流地点である出店エリアに向かう。向かう途中で、孤児院の子どもたちが"Fly Long"で飛んでいるのを見かける。セリーナのグループだ。しばらくしてセリーナが飛んでくる。グラビスが"セリーナー"と大声で呼びかける。セリーナも気がついたようで手を振る。
出店エリアに着いて、テーブルに座ってみんなが帰ってくるのを待つ。しばらくして、第1グループ、カメさんチームが帰ってくる。
グラビスが制服の女性にお礼を言って、女性が帰っていく。グラビスは子どもたちに向かって言う。
「みんな!疲れたでしょ、飲み物頼んでいいわよ。どれがいい?」
「私、いちごー。」
「僕、めろんー。」
グラビスが子どもたちに飲み物を買ってあげて、子どもたちがテーブルで飲み始める。冷たいシェイクのような飲み物だ。
しばらくして、第2グループが帰ってくる。鳥さんチームだ。沙月が立ち上がる。グラビスに近づいて言う。
「グラビス、次は私の番ね。」
グラビスは何か言おうとするが思い直したようだ。
「……じゃあ。……お願い。」
そう言ってグラビスもニッコリ笑う。
沙月が第2グループの子どもたちに言う。
「みんな!疲れたでしょ、飲み物頼んでいいわよ。どれがいい?」
「私、いちごー。」
「僕、ばにらー。」
沙月が子どもたちに飲み物を買ってあげて、鳥さんチームがテーブルで飲んでいる子どもたちに合流する。
子どもたちも、興奮が冷めてないようだ。ワイワイガヤガヤ、色々、報告しあっているようだ。
しばらくして、第3グループが帰ってくる。セリーナチームだ。シエラがグラビスと沙月をみてニッコリする。
「じゃあ、次は私の番ね。」
そう言って、第3グループを迎える。
「みんな!疲れたでしょ、飲み物頼んでいいわよ。どれがいい?」
「私、ばにらー。」
「僕も、ばにらー。」
すると、シエラとセリーナが少し揉めている。"セリーナどれがいい?"、"私はいいですよ"なんていうやり取りだ。結局、セリーナが負けたらしい。セリーナもいちごシェイクを手にテーブルに座って飲み始めている。
沙月とシエラはこの世界に来てはじめてお金を使った。沙月は何か変な感じがした。小さな子どもに何か買ってあげるなんてはじめてだと思った。でも、このお金の使い方はきっと正しい……。そんなふうに思った。
帰りの行進が始まる。子どもたちは1日遊んで疲れているはずだったが、興奮もあって元気に歩く。
ちょうど中間あたりのところで一旦、休憩を挟む。公園ではなくて、街路樹が植わっているエリアだ。
もう、夕方近くて、大分涼しくなったとは言え、子どもたちの額にはうっすら汗が光る。
また、セリーナがコップを一人ひとりに配る……、という流れだ。
どうも、1人、"Fly Maze"で1位になって、1シートをゲットした子供がいるらしい。ちいさな、小太りの男の子だ。
あと、"Fly Fall"が終わってから、泣いてしまった女の子もいるみたいだった。
沙月も同調する。
「うん。……私もちょっと怖かったわ。」
子供1「僕は、怖くなかったよ!」
子供2「私も……、怖かった。でも、泣かなかったわ。」
再出発して、孤児院に着いて"バイバーイ"と言って3人は家に向かう。辺りが赤く染まり始める。急に静かになって、3人は無言だ。でも、お互いに顔を合わせると笑ってしまう。そんな感じだ。
沙月は改めて子供がいないとこんなに静かなんだ……、と思っている。
しばらくして、グラビスが言う。
「明日は、トレジャーハントでいい?」
沙月とシエラがうなずく。沙月は一気に現実に引き戻された気分だ。
「マジックボード……、もっと練習しなきゃね。」
そう言ってシエラを見る。シエラもコクリとうなずく。
「おーう。稼ぐわよー。」
---
夕食を終えて、沙月はいつものようにお風呂に入る。
「ねえ、ファイ。ちょっと試してみたいことがあるんだけど。」
「はい。何ですか?」
「今日、孤児院に行く時に気がついたんだけど……。ほら、細い道を通ったりしたでしょ、私一人じゃ迷うのは確実だわ。……それで思ったんだけど、ファイに上空からの映像を見せてもらえばいいんじゃないかって。」
「ああ、はい。出来ますよ。やってみますか?」
「うん。お願い。」
ファイが上昇する。壁も難無くすり抜けていく。
沙月は手早くパーソナルステータス画面を表示する。画面右上の画面ボタンを押す。トレジャーハント中に何度もやっているので手慣れたものだ。
画面上にチス国の夜景が映し出される。夜景はお世辞にも綺麗……、とは言えないものだったが、チス国は街灯が明るいのでそこそこきれいだ。
道を確認するのには高度が高過ぎ……、と沙月は思う。
「ファイ。もうちょっと高度を下げてくれる。」
「はい。徐々に下げますので、合図して下さい。」
そう言って、徐々に高度が下がってくる。
「そこ!」
沙月がそう言って画面が固定される。グラビス家の屋根の少し上くらいの高さだ。沙月が十字カーソールで方向を変える。少し、倍率も大きくする。グラビス家の裏側の細い道路が確認できる。
(「……うん。何とかなりそうね……。まあ、当然か……。」)などと考えながら操作している。
その時、画面に窓が映し出される。窓は開いていて部屋の中にベッドや机が見える。部屋の感じから、女性の部屋のようだ。幸い部屋には誰もいなかった。
(「……ま、まずい……。」)
「ファイ。もういいわ。」
ファイが戻ってくる。沙月はパーソナルステータス画面を閉じる。
「そ……、そうか……、まずいわね。」
「部屋の中が見えたことですか?」
「うん。……見るつもりはなかったとは言え、……まずいわね。」
「実は、私には良くわからないんですが、人の感覚では、まずいということになるんでしょうね。」
「うん。そうかー……、街中では使わないほうが良さそうね……。」
「そうですか。」
「うん。……これも、同じね。人を監視する能力がある。でも、その能力を使うか使わないかを決めることのほうが重要なの。」
「はい。そうですか。それで、沙月様はその能力を使わないという方を選択するんですね。」
「うん。……私はそういう大人にはなりたくないの。」
「そうですか。それは良かったです。」
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沙月がお風呂から上がって部屋に戻るとグラビスがポーチの中身を確認している所だった。ポトとミーシャもいる。お風呂場の方からカタコトと音が聞こえている。シエラが入浴中な訳だ。
グラビスが立ち上がってドライで沙月の髪を乾かしてくれる。いつものことだ。
ありがと、と言って、沙月はポトの頭を撫ではじめる。しばらく撫でて、撫でるのをやめると、ポトが少し回転する。次は体を撫でて……、という意味だ。
沙月が体をしばらく撫でて、撫でるのをやめると、今度は沙月の手を鼻でツンと突き上げる。もっと撫でて……、という意味だ。
沙月はポトを撫でながら、話しはじめる。
「ねえ、ちょっと、気になったんだけど……。セリーナが一人であの子達の面倒をみてるの?」
グラビスが沙月を見る。沙月の視線の先はポトだ。
「え?……、ああ、そういうことね……。それは心配しなくても大丈夫よ。ボランティアが来てくれるの……。周辺の婦人会の人たちとか、教会のシスターとか、その信者の人とか……、近くに、教会があるの。セリーナはその教会のシスターなの。でも、教会の仕事と両立は出来ないから……、ほぼ、専任って感じね。……いつも、2人くらいは手伝いに来てくれて、食事の準備とかをしてくれるの。……勉強をみてあげたりもしてるわ。」
グラビスはミーシャの頭を撫でながら答える。グラビスの視線の先はミーシャだ。
「そう。」
沙月は少し安心する。グラビスが続ける。
「私、あんまり、料理は得意じゃないから……。まあ、スープくらいは作れるんだけどね……、だから、私は遊び専門のボランティアって感じね。あまり、戦力にはなってないの。」
いつの間にかシエラも合流して、沙月の隣に座って、ポトを撫で始める。
「ボランティア……。盛んなのね。」
グラビスがミーシャを抱き上げてベッドに座る。ミーシャはグラビスの膝の上で気持ちよさそうにしている。
「盛ん……、なのかな……。えっと、チス国の西にアトラ国っていう国があるの……。この辺りでは最も歴史のある国でチス国もアトラ国から派生したの。……そのアトラ国にケラードスって言う人がいて、その人が孤児だったんだけど、魔鉱石から光を取り出せることを発見したの。"光の父"って言われて多くの人に尊敬されてるわ。この話が有名だから、孤児も重要な戦力、資源、って考えるのが一般的なのね。……うーん。違うかな?……。子供は重要な戦力、資源って考えるのが一般的って言ったほうがいいかもね。」
沙月は少し驚く。なんとなく、自分の子供は可愛がる……、でも、他人の子供には無関心……、というのが一般的だと思っていたからだ。でも、チス国は違う?……。でも……、と沙月は思う。そもそも、子供は親の所有物でも何でも無い。経済的には依存しているかも知れないが社会という視点から見ると、一個の個人であり、同胞であり、仲間の一人だ。グラビスの言うようにすべての子供はチス国にとっての重要な戦力、資源になる。子供達が将来、社会を発展させるという可能性を重要視するなら大事にするのは当然とも言える。誰の子供か?なんてことは重要ではなくなる。
沙月は、益々、自分の普通に自信がなくなる気がした。どこで、間違っちゃったんだろ?……、そんな風に思ってしまう。
沙月は少し空気が重くなった?と感じて、話題を変えることにする。
「そういえば、今日、思ったんだけど……、空を飛ぶってトレジャーハントに生かせないかな?」
グラビスがすぐに応じる。
「うん。それは私も考えたわ。……でも、見たと思うけど……、問題は2つあるわ……、正確には3つかな……。まず、あの魔鉱石は大きくて重いってことね……、あと、下の4つはいいとして、上の4つをどう固定するか。……あとは、相当レアってことね。」
……相当レア……ここは少し補足しておく。この"The Fly"というのはチス国だけで行われているイベントではなくて国際的なイベントのようだ。グラビスも詳しくは知らないようだが、アトラ国、チス国、ガートランド王国、この3国から魔鉱石をかき集めて実施されている。ガートランド王国の興行主が企画してアトラ国、チス国が協力している訳だ。はじめにガートランド王国で実施されて、次にアトラ国で実施されて、そして、今、チス国で実施されている。グラビス曰く、「あれらの魔鉱石は国宝級。だから、チス国だけでは出来ないわ」とのことだ。会話に戻ろう。
沙月もすぐに応じる。予想通りの回答だからだ。
「うん。普通に考えると、難しいんだけど……、使える状況もあるかなって……。」
シエラが"うーん"と考えはじめる。
「あっ!。……2階に4つ置けばいいわ。……それで、1階に4つ。……居間で飛べるわ。」
グラビスが想像しながら言う。ちょっと笑顔だ。
「あー。……そうね……、居間で飛べるわね……。何の役に立つかは想像できないけど……。」
沙月もクスッと笑った後、真面目な顔で言う。
「でも、そういう感じ……。きっと、使える状況もあると思うわ。……ほら、例えば、高いところに重いものを運びたい時とか……。」
グラビスがコクリとうなずく。
「うん。そうね……。建物を建てる時とか……、便利そうだわ。」
シエラがまた思いついたようだ。黙って、右手を上げている。
グラビスがそれに気がついて固まる。沙月も横目で見て、黙っている。
「……」
「……」
コントの始まりらしい。グラビスが姿勢を正してから始める。
「えーっと、……他に意見のある人はいますか?、……シエラさん、何ですか?」
先生口調だ。
「はい、先生!、私思ったんですけど……、職人街まで飛んでいく、っていうのはどうですか?」
「職人街まで飛んでいく?……、あー。いいわね。」
「あー。……うん。……いいかも。」
短いコントだ。もう終わったらしい。グラビスも沙月も、なるほど……、という顔だ。
職人街まで歩くと2時間はかかる。飛んでいければ、隨分、短縮できるはずだ。
沙月は壊れた橋を連想した。橋の代わりにならないかな?……。出来なくはなさそうに感じる。魔鉱石を設置する骨組みは必要になる。……でも、それなら……、橋を修理したほうが早いかな……、などと瞬間的に考える。
そして、すぐに思い直して、つぶやく。原点に戻ったようだ。
「大きくて重い……、どう固定するか……、レア……。」
すると、ファイだ。
「沙月様。魔鉱石は収納出来ますよ。」
「え!?、……そうなの!?」
ファイの言葉に驚いたのはグラビスだ。大きな声だったので、沙月とシエラはちょっとびっくりしてグラビスを見る。グラビスは、大きな声出してごめん……、という顔で目をパチクリしている。
沙月は思い直して、ファイを見つめる。
「魔鉱石も収納出来るの?」
「はい。出来ます。魔鉱石もエーテルから生み出されたものですから。」
「魔道具と同じ扱いになるのね。」
「はい。ただ、すみません。何種類になるか……、は私にもわかりません。魔鉱石は一見、同じに見えても、別種と判断されることがあります。魔鉱石の種類はとにかく多いですから。8個の魔鉱石は、多分、2種類か4種類と判断されるんじゃないかと思います。」
グラビスとシエラは黙って聞いている。沙月が聞く。
「種類って重要なの?」
「はい。沙月様の収納は8種類まで可能です。現在、マジックロープとマジックボードで2種類使っています。なので、あと、6種類の収納が可能です。今日見た魔鉱石は……、あくまで予想ですが、上下で2種類、または2つずつのペアで4種類と判断されるじゃないかと思います。」
「8スロットあって、今、2スロット使ってる……、って感じね。4種類でも、収納は出来る。」
「はい。そうなります。」
沙月がグラビスとシエラを見つめる。ファイとの会話はとりあえず終了……、という意味だ。
グラビスは一点をぼんやりと見つめながら考えはじめる。そして、独り言のようにつぶやく。
「魔鉱石も収納できる、は予想外だわ……。戦略の変更が必要……、いえ、可能だわ……」
沙月とシエラは、戦略?……、という顔だ。グラビスの続きを待っている。
グラビスがそれに気がついて、説明する。
「えっと……、ほら、私、魔鉱石の収集もしてる、って言ったでしょ。……そう言えば、まだ話してなかったわね。……魔鉱石の採取場はもっと山奥で、高度が高いところにあるの。だから、泊まりになるの。2泊3日とか3泊4日って感じね。時期は冬なの。雪が積もって、川が凍る。それで、魔物が麓の方に降りていくの。……生息地が変わるのね。だから、冬は高度が高いほど、安全になるの。……でも、冬だしテントを背負ってって感じになるから、荷物が多くて、大きな魔鉱石は持ち帰れないの……。小さいのをいくつか持ち帰る、って感じね。……だから、魔鉱石も収納出来るとなると、大きな魔鉱石も持ち帰れるわ。」
沙月は少しとまどう。どこに着目すべき?……、冬山の登山?、冬山の泊まり?、大きな魔鉱石も持ち帰れること?……。
そんな、沙月の様子をグラビスが悟って続ける。
「ごめん。ちょっと、突然よね……。今日はこの話はこの辺までにしましょ。……私もちょっと、考えたいし……。でも、ちょと、楽しみにしてて……、テントなんだけど、今、コットさんにバージョンアップしてもらってるの……。そろそろ、終わるんじゃないかしら。」
沙月は、テントをバージョンアップ?……、というのを聞いて、少し笑ってしまう。
(「グラビス……、どれだけ働き者なの……、ちょっと、ビックリするわ……。」) という感じだ。
グラビスの提案通り、話はここまで……、として寝る前に1ゲームだけすることにする。1度だけだが、3人で遊んだボードゲームで、世界を旅する……、という内容だ。ボードには山、海、平原、川、火山、雪山などが描かれていて、様々なアイテムや乗り物を使ってコマを移動させる。早く、たくさんの場所を巡った人の勝ちというゲームだ。
当然……のようにグラビスが強い。沙月は得意ではないがお気に入りのゲームだ。ボードに書かれた絵がきれいなので、本当に旅をしているような気分になれる。ボードに書かれた雪山の絵を見ながら、思う。
(「雪山……、か。」)
17話完




