第16話 「ちょっと怖いわね……。」
第16話 「ちょっと怖いわね……。」
次の日、夜が白々と明ける頃、3人が東門から外に出るとグラビスが、
「今日は、手袋をしたほうがいいわ。」
と言って、3人は手袋をつける。
今日はマジックボードでの移動になる。だから、木を手で押したり、枝を掴んだりすることになる。沙月もシエラも納得のはずだが、シエラは"アニメーターの設定が大変なのよ、、"とか"手袋もマジッククロスにすべきよ、、"などとブツブツ言っている。沙月とグラビスはニコニコ笑いながらも放置することにしたようだ。
沙月がマジックボードを取り出して2人に渡す。
「じゃあ、行くわよ。……ファイ、監視よろしくね。」
グラビスがそう言って、すーーっと移動しはじめる。シエラ、沙月が続く。
しばらくは平地だ。グラビスはほとんど直線に進む。つまり、道は無視だ。草むらに入ったり抜けたりする。沙月とシエラは上がったり、下がったりする感触を確認しながら進む。グラビスの言ったとおり、衝撃はほとんどなくてフワッとする感じだ。何度かやってるうちに、何とかなりそう……と沙月は思っているようだ。緊張した表情の合間に笑顔も見られる。スピードもかなりゆっくりで、ほとんど何もしなくても大丈夫なくらい。それに、グラビスが昨夜言っていた、上がる時は軽くジャンプする感じ、下がる時は膝を曲げて衝撃を吸収する感じ……。これも特に意識することなく自然に出来ている……。そう沙月は感じているようだ。それに、沙月は何となく体が軽いと感じた。運動神経にはあまり自信はなかったが、体が軽く感じるので、運動神経のレベルが2つくらい上がったように感じる。
(「アングラビが付与されてるってこういうことなのかな?……」) と思っている。
グラビスは時々、チラチラと後ろを振り返って2人を確認している。平原が終わる頃には沙月もシエラも大分慣れてきたのか、ほぼ笑顔だ。大丈夫そう……ということを確認して、グラビスはそのまま森の中に入っていく。坂道を登っているのにスピードも落ちない。時々、木を手で押したり、枝を掴んだり、足で蹴ったりして進む方向を変える。シエラと沙月も見様見真似で、やっている。グラビスと全く同じコースを進んでいるので、グラビスが曲がればシエラも沙月も曲がる。まあ、当然だ。シエラと沙月、はじめはぎこちなかったが、何度もやってるうちにだんだん慣れてきたようだ。
途中、川も渡ったが、全く問題なかった。沙月的には、"あっ、川だ……、あっ、渡れた……。"そんな感じだ。ほんの数秒の出来事なので緊張してる暇もない。
沙月的には、あっという間に、崖の下までやって来たという印象だ。実際に歩きより圧倒的に早いし、マジックボードに集中していたためでもあっただろう。グラビスがボードを止めて、ボードから降りる。
シエラはブロウを発動して止まる。問題は最後尾の沙月だ。"あっ……、あっ……、あっ……"という感じに戸惑っている。それで、シエラが沙月の手を掴んでくれてなんとか止まる。
「シエラ、ありがと。……そう言えば、止まり方って習ってなかったわ……。ククク。」
沙月がそう言って、笑っている。グラビスも笑顔だ。
「止まり方は色々あるんだけど……。今くらいのスピードだったら飛び降りてもいいわ。」
「そ、そうなの!……飛び降りるかどうしようか?って考えちゃって。」
「うん。後は……、ほら、マジックボードは直進しようとするでしょ?……だから、マジックボードの向きを変えればいいの。クイって左足を中心に右足を回す感じね。……まあ、徐々に出来るようになるわ。……でも良かった。2人とも大丈夫だったわね。」
うん。と2人がうなずく。2人とも笑顔だ。思ってた以上に何とかなった……、という手応えを感じている。……いや、それだけではないだろう。スピードが遅かったとは言え、飛ぶのは楽しかった……。そういう笑顔のようだ。
そして、崖を登る準備を始める。これはもう沙月もシエラも慣れたものだ。
---
一方、こちらは商店街だ。
八百屋のおばさんと、たこも焼き屋のおばあさん、お肉屋のおばさんが八百屋の店先で立ち話をしている。
たこも焼き屋のおばあさんが言う。
「いやー。ほんとに助かったよ……。ほんとに器用な子だねー。……お客さんの評判もいいしねー。」
お肉屋のおばさんが続く。
「いや、ほんとだよ。昨日はね、ポポちゃんのおかげで、休ませてもらえて、腰もだいぶいいのよ……。久しぶりにぐっすり眠れたわよ。」
八百屋のおばさんが続く。
「それは良かったよ……。あの子ね、料理もほんとに上手でね。いやーほんとにびっくりしたわよ……、あんなに美味しく作れるなんてね。おじいちゃんもおばあちゃんも、おいしいおいしいって言ってペロッと食べちゃったしね……。旦那なんて、"もう、お前は作らなくていいから"って言うのよ。」
フフフフフと3人が笑う。分かる分かる……、という表情だ。
一方、ポポはたこも焼き屋の厨房でネギのようなものを切っている。コンコンコンコン……。小気味良いリズムが響いている。
---
沙月とシエラとグラビスのトレジャーハントは順調だった。薬草をカゴいっぱいに詰め込んで、森を抜けて平地に出てきた。沙月とシエラも大分、慣れて余裕な表情だ。そして自然と3人が手をつないで横一列……、という形になる。沙月を中心に左右にシエラとグラビスだ。
で……、ここまでは良かったのだが、シエラがブロウを発動してスピードを上げ、沙月とグラビスを引っ張る形になる。
(「ちょっと……、シエラ!?」)
はじめは、沙月も笑顔だ。未体験のスピードだが何とか対応できる。
でも、シエラは容赦ない。さらに、ブロウを発動して加速したり方向を変えたり自由自在に沙月とグラビスを引っ張って行く。スピードはどんどん加速する。
(「さすがに……、これは……」)
沙月の笑顔が徐々に固くなっていく。平地とは言え、多少の上下動が発生する。そして、沙月はもうそれに対応できていない。2人の手を握っているので落ちないものの、一人だったらバランスを崩して落ちているだろう。今沙月に出来ることは、しっかりとシエラとグラビスの手を握っていること……。そんな感じだ。
(「もう……、どうにでもなれ……」)
恐怖が諦めに変わって、とうとう悟りの境地に到達したようだ。
…
……
東門付近に来てようやく減速だ。シエラがブロウを連発して徐々にスピードが落ちてくる。
東門に到着すると、沙月はクククと笑っている。
「ククク……、シエラ……、ククク……、ちょっと、怖かったわ……、ククク」
どうも、沙月にはツボだったようだ。笑いを抑えられない。
その様子につられて、シエラとグラビスも笑い始める。ククク……、ククク……。
沙月はなかなか笑いから立ち直れない。しばらく、ククク……、ククク……、と笑っている。
いつものようにカラカスのところに売りに行く。薬草は18シート5コインで売れた。グラビスも上機嫌だ。思ってた以上の値がついたようだ。部屋に戻ってお金を配分し終わってグラビスが言う。沙月とシエラに向かって……、というより沙月に向かってだ。
「疲れてないように思えて疲れてるの。午後は家でゆっくりすることをおすすめするわ。」
「うん。分かったわ。」
沙月が答える。午後を少し回った……、という時間だ。今回は薬草で近かったということもあるが、きのこと比べると4、5時間は短縮されてる。エリスがお昼を用意しましょうか、と聞きに来る。お昼には少し遅いがそんな時間な訳だ。グラビスが一応、2人とアイコンタクトをしてから、お弁当を食べたからいらないわと断ると、じゃあ、お菓子を用意しますね……、と言ってお菓子、ジュースを持ってきてくれた。
シエラがポトとミーシャを抱いてくる。ポトは遊んでもらえると思って嬉しそうだ。
何となく夕食後の自由時間……。そんな雰囲気になってきて、お菓子をつまみながら……、ポトとミーシャをなでながら……、ゲームでもする?ということになる。こんな時間にゲーム……、というのは初めてのパターンだ。
すると、シエラが言う。
「沙月、スフィアメイズはだめよ。今は体力を温存しなきゃね。……悔しいのは分かるけど。」
沙月とグラビスが吹き出したように笑う。
……どうも、昨夜も勝ったのはシエラらしい。
それで、3人はボードゲームをすることにしたようだ。サイコロを使った陣地取りゲーム。ちなみに、このゲームは戦略が必要でグラビスが強い。沙月とシエラが2位争いをするという展開になる。
---
ゲームが終わって、沙月の猫じゃらしにミーシャが果敢に挑んでいて、シエラの投げたボールをポトがダッシュで追いかけていると、1階に行っていたグラビスが戻ってきて言う。ニコニコしている。
「明日は休み。……ねえ、エストフィールドに行きましょう。」
「エストフィールド?」
沙月がそう言って顔を上げる。ポトと遊んでいたシエラの動きも止まってグラビスに注目する。
「そう。エストフィールド。元は軍の施設があった場所なんだけど、今は一部が国民の運動場になってるの。スポーツイベントとか音楽イベントなんかが行われる場所なの。……で、今は"The Fly"っていうイベントが行われてるわ。」
「"The Fly"?」
「おーう。おもしろそうね。」
今は、シエラが沙月の隣に座って、沙月の左腕を抱えている。
「うん。……飛ぶの!。……"とにかく、飛ぶ"っていうアトラクションね。」
「"とにかく、飛ぶ?"……おもしろそうね。」
沙月は、さっき飛んだばかりだ。あまり驚きはない。(「……でも、イメージは全く出来ないけど……。」)と思っている。
魔法を使えない人も出来る……、となると、マジックボードではなさそうだ。
「すごく人気があって、今は予約制になってるの。……セバスチャンに追加できない?って無理言っちゃったわ。」
「追加?」
「あっ、そうなの。この近くに孤児院があって、その子達用に予約してたのよ。……それで、私達の分を追加ね。……かなり競争率が高いから、無理かなって思ってたんだけど……。解約が出て取れたってセバスチャンが言ってたわ。……残念ながら全部は回れないけどね。」
孤児院……、という言葉は沙月には意外ではなかった。これまでも、グラビスとセバスチャンが話している時に漏れ聞こえていた言葉だった。"さすが、名主……、ううん。これは言い訳ね……。"と沙月は思う。
グラビスが続ける。
「明日は孤児院に寄ってから一緒に行きましょ。引率ね。」
「おーう。"とにかく、飛ぶ"アトラクション。楽しみだわ。」
シエラはそう言って沙月の左腕をきつく抱いて揺らす。……ね?、沙月!、という意味だ。
沙月はシエラ、グラビスを順に見て笑顔で言う。
「うん。"とにかく、飛ぶ"アトラクション。……楽しみだわ。」
沙月は、アトラクション……、と言われると、やはり、ジェットコースターを想像した。でも、怖い物にわざわざ自分から乗りたいとは思わない……。それで、おとなし目のに乗ると、なんだか物足りない……、という感じになる。確かに、一瞬、きれいだったり、真っ暗な空間だったり、怖かったり、といった非日常を味わえるんだけど、それほど楽しい……、という記憶は正直なかった。それだったら子供の時にやった、アスレチックのほうが楽しかったな……、と思った。どうやったらクリアできるか……、ということを考えながら自分の体を動かす。そういう方が沙月は好きなようだ。
(「椅子に座ってるだけ……、っていうのがちょっとね……、でも、今はもうアスレチックは無理かな……。あれ?……、トレジャーハントってアスレチックみたいなものか……。」) そんなことを考えていた。
---
「沙月、沙月、ごはんよ。」
グラビスの声に沙月が目を覚ます。ベッドに横になって、そのまま寝てしまったようだ。
「あ……、うん。寝ちゃってたのね……。」
沙月は少し体が重いという感じがした。マジックボードの上で体が軽いと感じたのと対象的だ。反動みたいなものかな……、とも思ったが、グラビスが言うように魔法力を使った事による疲れ……、なのかもしれない。確かに魔法力……、ということだと、ファイを発動していること以外でははじめて大量の魔法力を使ったことになる。
夕食後、沙月はいつものようにお風呂に入る。ファイと2人?きりになれる貴重な時間だ。
「はあー。やっぱり、お風呂は気持ちいいわ。……今日も順調だったし。……ファイもありがと。」
「はい。」
「ふー。それにしても、面白かったわ……、マジックボード。……もっと、練習しなきゃだけどね……。」
「それは良かったです。いい、移動手段になりそうですね。」
「うん。……街中で使えないのが、残念だけどね。……スピードに慣れること……、曲がり方……、止まり方……。私もシエラみたいにブロウが使えればいいのに……。」
「グラビスさんはブロウを使わずに止まってましたね。」
「え?、そう?……ちょっと、見てなかったわ。……自分のことでいっぱいいっぱいだったから」
「はい。多分、曲がるということも出来ると思いますよ。あのボードは基本的にまっすぐ進むように出来てるようですから、進みたい方向にボードを向ければ良さそうです。」
「うん。……何となくは感じたわ。木に当たりたくないなって思ったら、ちょっとコースが変わったの。」
「はい。沙月様は魔盗なので、器用なはずです。」
「……魔盗ね……。ちょっと、忘れてたわ。……ねえ、私、何も盗んでないけど。……大丈夫なの?」
「はい。今の収集……、つまりトレジャーハントですけど、盗賊としての経験になっていると思います。」
「……そう……、確かに、マジックロープって、家に侵入する時に使えそうだわ。……うーん。家に人がいるかどうかはファイに確認してもらって……、マジックボードで移動すれば足音もしない……、簡単な鍵なら開けられそうだし……、うん。いけそうだわ。」
「……それは泥棒ですね。」
「うん。分かってるわ。……でも……、こうやって考えると、私も少しは成長してるのね。……っていうか……、ちょっと怖いわね……。やろうと思えば、泥棒も出来そうなんて。」
「はい。持っている才能をどう使うかを決めるのはその人次第です。このことは、どんな才能を持っているかということより重要ですね。」
「……なるほど、そうかもね。……どんな才能を持っているかということより重要なことがある。……勉強になります。ファイ先生。」
「……」
---
所変わって、ポポの部屋だ。少し説明をしておこう。
ポポの部屋は八百屋の2階にある。窓からは商店街が見下ろせる。今、外は真っ暗で、商店は閉まっていて、誰も歩いていない。そして、部屋の中は驚くことに和室だ。6畳くらいの大きさで押入れがある。床には絨毯が敷かれていて小さな丸テーブルがある。ベッドはないので、布団を敷いて寝る……、ということのようだ。元々は荷物置き場のような使われ方をしていたが、荷物はすべて別の所に移してポポのために空けてくれたようだ。……物語に戻ろう。
ポポが座ってノートに何か書いている。レシピだったり、お客さんの名前のようだ。
すると、突然、ドドドドドードドドドドードドドドドーという音が聞こえてくる。
ポポが慌てて襖をあけて、小さな端末のようなものを取り出し、テーブルの上に立て掛ける。
「は、はい。ポポです。」
「あー。ポポさん。わたしです。」
画面に映し出されたのは悪魔見習い学園のゴツゴツした先生だ。
「あ、先生……、こんばんわ。」
「はー。今日はね、校長先生にディナーに誘われたんですよ。それでね、ビックリすることに割り勘でした。ほんとにビックリしましたよ。結構いいお店ですからね、ラッキーって思ってたのに……。しかもね、話の内容が次の予算会議のことだったんですよ……。残業代つけれるんですか?って聞きたくなりましたよ。……まあ、残業にしちゃうんですけどね。だってそうでしょ、お仕事の話なんですもの……、誰にも分かりゃしませんからね。それでね、"サウナが欲しい"って言うんですよ……、"何とかならないか"ってね。それで私こう言ってやったんです。"マッサージチェアの方が良くないですか?"って……。最近ね、肩こりが酷いんですよ……、それに腰も痛いんです。だってそうでしょ、この地獄にサウナなんていらないじゃないですか、溶岩の近くで寝てりゃいいじゃないですか。でもね、"最近お腹の周りが気になってね……"、とか、"家にもあるけど、勤務中に入りたい……"、とかって言うんですよ。それでね、"じゃあ、交際費を少し減らして、サウナとマッサージチェアを入れましょう"って言ったのよ……、そしたらね、"もうお酒は注文しちゃったし、お偉いさんを接待しなきゃいけない、これは私の楽しみでもある、だから交際費は減らせない"って言うんです。そんなこと、百も承知ですよ、何より重要ですからね……。学校の予算でおいしいお酒、おいしい食事……。これくらいのことは許されてもいいはずですよ、だって、」
ここで、通信が途切れる。画面がプチッと切れて真っ暗になる。
「ピーピーピー……、魔力切れです。」
ポポは端末のスイッチをオフにして、押し入れにしまって、ノートの続きを書き始める。
ポポがつぶやく。
「お漬物……、おいしく浸かるといいんだけど……。」
---
沙月がお風呂から上がると、シエラとグラビスはポトとミーシャと遊んでいた。2人は沙月が寝ている間に先にお風呂に入っていたので沙月だけが入っていた訳だ。シエラがいつものようにドライで沙月の髪を乾かしてくれる。
明日のミーティングは終わったし、寝るには早すぎる……、ということで1ゲームすることになる。
今日はカードゲームだ。トランプのダウトに似たゲームで、ウソをついたりしながら、場にカードを出していく。ウソが見破られたら、場のカードを引き取る。手持ちのカードが少ない人の勝ちだ。
そして、このゲームで最弱なのがシエラだ。沙月とグラビスが言う。
「今の……、ウソくさいわ……。」
「うん……。私もそう思った。」
そして、ウソがバレてシエラが言う。
「なんで、分かるのよーー」
沙月とグラビスがケラケラと笑う。シエラの手にはいっぱいカードがある。
16話完




