第14話 「まあ……、なんてこったい。」
第14話 「まあ……、なんてこったい。」
次の日、沙月が起きたのはやはり昼近かった。そして、シエラとグラビスのベッドは既に空だった。シエラに負けた……、と思いながら服を着替えて1階の居間に行くと、グラビスはいつものように、書類に囲まれていて、シエラは窓の外を眺めている。
「おはよう。シエラ、グラビス。」
「おはよう。」
二人の声が重なる。
「沙月。来るわよ。かなりでかいわ。」
シエラが真剣な顔で言う。
「嵐?」
「そう。」
沙月がグラビスを見ると、グラビスがニコリと笑う。らしいわね……、という顔だ。
沙月が窓の外を見ると、まだ雨は降っていないようだが、空一面を雨雲が覆っていて暗かった。
(「今の所、曇りって感じね……。」) と沙月は思う。
3人が昼食を食べていると、ザーという音が聞こえてくる。沙月が気がついて言う。
「あ、降ってきたみたいね。」
グラビスも耳を澄まして答える。
「あ……、ほんとね。」
昼食を終えて居間に行くと、雨戸が閉じられていて、暗かった。沙月とシエラは部屋に戻ることにする。2階も雨戸が閉じられていて暗かった。シエラが明かりを点ける。ちなみに、この世界の灯りは、部屋の片隅に小さな魔鉱石が置いてあって、その向きを変えると照明が点くという仕組みだ。原理はよくわからなかったが、スイッチのように付けたり消したり、向きで光量も調整できる。
少し遅れて、グラビスがやってくる。手に小さな箱を持っている。
「届いたわよ。」
(「昨日、言ってた、いいもの……、ね。」) と沙月とシエラは理解する。
沙月とシエラが見守る中、グラビスが箱を開ける。取り出したのは楕円形の物体でフットボールを半分に切ったような物だ。それに、小さなスティックのようなものが4つ。沙月とシエラはその物体を凝視しているが……、何だろ?……、という感じだ。
「確かに……、実物を見ても何かわからないわね……。」
沙月がニコリと笑ってつぶやく。グラビスもニコリと笑って、説明書のようなものを取り出しながら説明を始める。
「スフィアボウルって言うの、今、子どもたちに人気のゲームなの。私もやったこと無いんだけどね。」
ボールでは無くてボウル、つまり鉢、どんぶり、のことだ。
「ちょっと、暗くするわ。」
そう言って、グラビスが立ち上がって、照明を暗くする。
「じゃあ、行くわよ。」
グラビスが2人に確認する。沙月とシエラは何が始まるのか分からず、無言だ。
グラビスが、スイッチのようなものを押すと、沙月の目の前に青い大きな光の球体が現れる。
「え?……、す、すごい。」
沙月が球体を見上げながら、つぶやく。
青い大きな光の球体だ。球体の内部に"スフィアボウル"という立体文字があって、ゆっくりと回転している。その下には赤、青、黄色、、など、様々な色の星、こちらも立体だ、そのたくさんの星が花火のようにゆっくり上昇してはパンと弾けて広がっては消えていく。噴水のよう……、という表現のほうが近いかも知れない。
しばらく、3人は球体を見上げている。
「きれいね。」
シエラが微笑みながらつぶやく。沙月、グラビスも笑顔だ。
グラビスが説明書を見ながら、スイッチのようなものを操作しはじめる。
「えっと……、人数は3人……、色は、このままでいいとして……、まずは、スフィアパズルね……。」
「あっ!……、」
っと思わず、沙月の声が漏れる。
スフィアの模様が一気に変わって驚いたようだ。青いグリッド及び赤、白、黄色の小さな球体がたくさん現れる。小さな球体はグリッドの交点に配置されている。グラビスが説明書を見ながら、続けて説明する。
「まずは、スフィアパズルっていうのをやってみましょ。……えっと、三次元パズルね……、赤、白、黄の球がランダムに配置されていて……。えっと……、ルールを読むわ。……1回に2つの球を移動できます。同じ色の球を連続させると、得点がカウントされます。2つ隣り合うと1点、3つ隣り合うと3点、、という具合に連続数が大きいほど得点が上がっていきます。球は進む方向を決めたら行けるところまで、進ますことが出来ます。球は手で移動できます。ターン回数は設定できます。初期設定は50回です。……ってことだけど、どう?」
グラビスが説明書を読み終えて、沙月とシエラを見る。
「うん。球を連続させればいいのね。」
沙月が答える。シエラも答える。
「おーう。私も多分、分かったわ。」
「あ、ここに得点が表示されるのね。」
沙月がスフィアの下に赤、白、黄、という文字の下に0と書かれているのを見つけて言う。その下に50という回数カウンタもある。グラビスとアクアも確認する。
「じゃあ、やってみましょ。」
ゲームが始まる。赤が沙月、白がシエラ、黄色がグラビスだ。
沙月が赤い球をちょんと弾くと球がスーッと移動する。行き過ぎたら、球に指先を入れて移動して、指先を抜く。という感じだ。
ゲームが開始されて、すぐに分かったことだが、3次元なので、3人はスフィアの周りを行ったり来たりしながら次の手を考えている。
シエラが"ごめんね"と言いながら沙月を後ろから抱っこしながら肩越しにスフィアを覗き込む。
グラビスが"ごめんね"と言いながら沙月の前に割り込んできて、沙月の視界を遮る。
何となく、スフィアの中心に球を集めれば良さそう……、と思うが、そうでもないようだ。グリッドは不規則に途中で途切れていて、特に中心付近は途切れが多い。中心付近では高得点にならなさそうだ。
沙月が5連続を達成して、1位に躍り出る。すると、シエラが片側を塞いで、グラビスも片側を塞ぐ。
沙月が笑みを浮かべながら2人をにらんでいる。
何となく、沙月vsシエラ、グラビスという構図になっているようだ。
終盤になって、沙月とグラビスの1位争いが繰り広げられていたが、ラスト2ターンというところで、シエラが7連続を立て続けに2つ完成させて大逆転勝利を収める。
「やったー!、……勝ったー!」
シエラが満面の笑みだ。
スフィアが終了を告げるように、赤、黄、緑、青、紫、、というように次々に色が変わる。
「む……、難しいわね……。」
沙月が笑いながら言って、グラビスも笑いながらうんうんとうなずく。
なかなか、体力を使うゲームだ。立ったり、しゃがんだり、ベッドの上に登ったり、移動したり。3人はほとんど、立ったままスフィアの周りをグルグル回っていた。
沙月が床にペタリと座り込んでスフィアを見上げる。
(「さすが、魔法ね……、仕組みはわからないけど……、こうじゃなくっちゃ。」) 沙月は感心している。
グラビスの提案でお茶にすることにして、1階の居間に向かう。
居間は暗くて、もう夜?と錯覚しそうになる。沙月が照明を点けて、グラビスとシエラは台所に向かう。時折、雨戸がガタガタと音を立てる。風も強くなっているようだ。
(「ちょっと、不謹慎だけど……、こういうのって、ちょっとワクワクしちゃうわ……。」) と沙月は思う。
3人でお菓子をつまみながらお茶を飲む。話題はスフィアパズルだ。グラビスが言う。
「うん。得点を狙いに行くのと、防御?……、相手の邪魔をするのとの配分が難しいわね……。」
優勝したシエラは"そうでしょ、そうでしょ"という余裕の表情だ。
沙月も思い出しながら言う。
「途中で、4連続をくずして、別の場所に移動したのが、失敗だったかな……。」
優勝したシエラは"そうでしょ、そうでしょ"という余裕の表情だ。
そんなシエラの満足そうな表情を見て、沙月が笑う。グラビスも笑いを押さえられない。
沙月は不思議な気持ちだった。ゲームとは言え、負けるのは気持ちのいいものではない。でも、シエラのこの満足そうな顔を見ていると、全く悔しいと思わなかった。
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山の中の草原を一人の少女が歩いている。ドス黒い雲が空を覆っている。激しい雨で少女はベチョベチョだ。少女の背後の雲の中では雷が発生していて、時折、不気味に光る。
黒のダッフルコートに赤のインナー、紺色のショートパンツに黒のロングソックス。
服を着たまま泳いだ後のように、鼻、髪、服からポタポタと水滴がしたたり落ちる。
背は沙月と同じくらいの小柄な女の子で、少し、ぽっちゃりタイプだ。黒い髪が途中から赤色に変わっている。
地面を見つめながら歩いていた少女が立ち止まって、顔を上げて辺りを見渡す。顔に雨が当たるのを防ぐように手でひさしを作る。
悪魔見習いのポポだ。
ポポがつぶやく。
「うーん。……こっちでいいのかな?……。」
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一方の沙月たちは、夕食を終えて、いつものようにお風呂に入る。沙月が湯船に浸かると、ゴゴゴゴ……、という地響きのような音が聞こえる。もう、ひっきりなしに雷が鳴っている。
「アイカちゃんの言う通りになったね。」
「はい。」
「やっぱり、魔法ってすごいわ。さっきのゲームもビックリしちゃった。」
「そうですか。日本にはありませんでしたか?」
「うん。あれは無理ね……。多分、空中に投影するっていうのが無理なんだと思う。」
「投影ですか……、なるほど、あれは、エーテルに作用して発光させてますからね。」
「ん?……、そう……。投影ではなくて、発光なんだ……。この世界はエーテルで満ち溢れている……、ってやつね。……日本にはなかったのかな……、あれ?……、ファイも同じ原理?」
「いえ。全く違いますね。私はエーテルその物の形、濃度を変えています。」
「ふーん。そーか……、あのゲームは魔法力が無くても遊べるのね。」
「はい。魔法力が無くても見えます。」
「ふーん。……ねえ、こんな便利な魔法があるのに、移動が歩きしかないのはなぜなの?……、馬が貴重なのは分かったけど……。」
「はい、確かにそうですね……。優先順位が低いだけかもしれません。まず、照明、湯沸かし器、調理道具などが普及し始めている……、という感じですかね。」
「そう……、ヌビ暦970年の80年後……、だから、今は1050年くらい……、まだ、歴史が浅いってことかな……。」
「はい。それに、発光や発熱の効果がある魔鉱石は多いので、これらの普及から、というのは納得できます。」
「ふーん。供給量が多くて、みんなにとって便利……、効率がいいってやつね。」
「はい。」
沙月の頭の中にあるのはファイヤーラビットの件だ。どうやって移動するか? ファイはグラビスがアイデアを持っていると思う……、と言うが、だからといって、考えなくていいとも思えなかった。
(「つまり……、かなり、レアな魔鉱石が必要ってことね……。」) と沙月は思う。
沙月がお風呂から上がって部屋に戻ってみると、グラビスが窓の外を見ていた。グラビスが沙月に気がついて近づいて来る。
「乾かすわ……、"ドライ"」
「ありがと。」
グラビスの右手が青白く光って、沙月はほんのり頭が暖かくなるのを感じる。グラビスが沙月を窓際に誘う。
「雷がすごいの。」
風向きが反対側なのか、窓を開けていても、雨は殆ど入ってきていない。
沙月が窓際に立って、空を見上げると、ほんの10秒ぐらいで雷が発生する。しかも、ものすごく広い範囲に何10本も光る。辺りが昼間のように明るくなるくらいだ。
「わあ……、ほんとだ……、すごい……。」
沙月が驚く。しばらくして、パキン……、ゴゴゴゴー……、という地響きのような音が聞こえて窓がビビる。
沙月は改めて興奮している。目を見開いて言う。
「こんなすごいのはじめて見たわ!」
「私も!」
グラビスも笑顔で答える。
しばらく見ていると、シエラが合流する。
「なになに?、……どうしたの?」
「雷がすごいの。」
沙月が振り返って答える。
シエラが沙月の隣に来る。窓の外を見ようと沙月にピッタリくっついて沙月の腰に腕を回す。
沙月もグラビスにくっつくように少し移動して、グラビスの腰に腕を回す。しばらくしてまた空が光る。稲妻は30くらいはあるだろうか、しかも当然ながら先程とは違う形だ。
「わあ……、ほんとね……、すごいわ。」
シエラも笑顔で沙月とグラビスを見る。
そして、しばらくして、パキン……、ゴゴゴゴー……、という地響きのような音が聞こえて窓がビビる。これも先程とは少し違う。
雷は1,2分に1回くらいのペースで発生していて、見ていて飽きない。
「あっ……、あっちに落ちたわ。」
「うーん。今のはイマイチ?」
「わー。今のはすごい!」
3人はしばらく時間を忘れて空を眺めた。
30分以上は眺めていただろうか、もういい?という顔でグラビスが2人を見る。2人が無言でうなずいて、グラビスが窓と雨戸を閉める。
沙月が部屋の中を見る。見慣れたベッド、机、壁、床に置かれたスフィアボウル。急に現実に引き戻されたようで不思議な気持ちになる。
グラビスがミーティングを始める。
「明日も無理ね……、トレジャーハント。アイカちゃんも言ってたし。」
うん。と沙月とシエラが同時にうなずく。
「……ということは、今夜も夜ふかし出来るわ。」
グラビスが笑顔でそう言うと、沙月とシエラも笑顔になる。
グラビスが続ける。
「……ということで、兵糧を仕入れに行きましょ。」
そう言って、3人は台所に向かう。お菓子は用意されているが、いろんな味のお菓子が食べたくなるものだ……、ということを3人は学んでいた。台所にはエリスがいて、いろいろ、棚から出してくれた。
兵糧の準備が出来たところでグラビスが始める。
「スフィアボウルで、別のゲームもやってみましょ。」
そういいながら、部屋の照明を落としてスイッチを入れる。沙月の目の前に再び青い大きな光の球体が現れる。
グラビスが説明書を見ながら操作する。
「スフィアメイズって言うの。三次元の迷路ね。……えっと、こうかな……」
すると、スフィアの中に未来都市のようなものが現れる。
「あー、これは未来都市みたいね……、他には、古代遺跡、幾何学オブジェ、海中など理論的には無限のパターンがあります。……って書いてあるわ。」
(「高層ビル?……、空中ハイウェー?……、地下鉄?……、イメージする未来都市って似てるのね……。」) 沙月はどこかで見たような未来都市が現れて、少し驚く。
「ああ、これは川かしらね……、橋が架かってるわ。」
シエラが指差しながらつぶやく。
迷路はその未来都市の隙間を埋めるように張り巡らされている。青一色ではなくて濃い青、薄い青、灰色、薄い黄色、薄い赤色、、などとランダムに色分けされている。
高層ビルの向こう側は見えない。……つまり、またスフィアの周りを行ったり来たりすることになりそうだ。
一方の端に"スタート"と書かれていて、赤、白、黄色の球がある。反対側の下の方に"ゴール"という文字が見える。
「……操作は付属のコントローラーで行います。……これね……、」
そう言って、グラビスが沙月とシエラに縦長楕円の形のコントローラを渡す。
手の中にちょうど収まるくらいの大きさだ。
「……スイッチを押して、進みたい方向に傾ければ、その方向に進みます。動かしたくない場合は、スイッチをもう一度押します。……ふむふむ、……ちょっとやってみるわ。」
グラビスがそう言って、沙月とシエラは着目だ。
「スイッチを押して傾ける……、」
少し大げさにスイッチを押して、コントローラを前方に傾けると、スフィアの黄色い球が前方に動く。
「スイッチを切ると……、動かない。」
少し大げさにスイッチを押して、コントローラを後方に傾けても、黄色の球は動かなかった。
「スイッチを入れると……、動く。」
少し大げさにスイッチを押して、コントローラを後方に傾けると、黄色の球がスタート地点に戻ってくる。
グラビスが、沙月とシエラに目で合図する。やってみて……、という意味だ。
2人もやってみる。沙月の赤い球とシエラの白い球が動き始める。
しばらくして、グラビスが言う。
「ルールは簡単よね。ゴールに早く辿り着いた人の勝ち……。」
「うん。スピードを競うゲームね。」
沙月が言う。グラビスが続ける。
「でも、チョット待って。……説明書を読むわ。……いろんな仕掛けがあります。道を切り替えたり、落ちたり、別の場所にワープしたりします。これらを利用してゴールを目指して下さい。……だって。」
「仕掛けがある。……分かったわ。」
沙月が言う。シエラがうんうんとうなずく。
「まあ、とりあえず、やってみましょ。」
グラビスがそう言って、よーいドンでスタートする。
スピードゲーム……、ということもあってスフィアの周りを行ったり来たりする3人のスピードが上がる。
「沙月……、ちょっと、邪魔よ!」
「シエラこそ!」
「あーもう、グラビスそこに立たないで!」
そんな感じだ。
「……なにここ、……1,2,3,4,5、……5分岐もある、……どっちに行けばいいのよ!」
「……わあ!、……今、下に落っこちたわ!、……行き止まりかと思ったら……、」
「あっ、これね……、これで道の切り替えができるのね……、」
「あ!……、ワープしたわ……、ここ!」
3人がそれぞれ、思い思いにしゃべるが、他の2人はそれどころではない。
すべての会話がスルーされる。
なかなかゴールに辿り着けない……、かなりの難問みたいだ。
沙月が"もう無理かも……、"と諦めかけていた時だった。
「あ!…………、あ!…………、あ!…………、あ!…………、ゴーーール!!」
スフィアが色とりどりの色に変化してゲームの終了を告げる。
満面の笑みを浮かべて両手を高く上げているのは…………、シエラだった。
沙月とグラビスが笑いながらお互いを見る。また、やられた……、という表情だ。
「やったー!、……勝ったー!」
1ゲームやっただけで、かなり疲れた。3人は少しブレークにすることにして、ジュースとお菓子を頬張る。
その後も、ボードゲームやカードゲームをやったりして、3人は遅くまで遊んだ。
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ポポが暗くなったチス国の商店街をとぼとぼと歩いている。雨は激しく降り注いでいる。雷も鳴っている。商店はすべて閉まっていて、誰もいない。
2階の雨戸を閉めようとしていた女性がポポに気がつく。中年の太ったおばさんだ。
「まあ……、なんてこったい。」
14話完




