隠し事はなしで
――翌日、しっかりと休みを取って少し遅めの朝食を食べ終えた俺たちは、ラドロさんたちに助っ人として戦いに来てくれたお礼を言うために、彼等が経営している店に向かっていた。
ちなみに昨晩、ハリド・サルタートルという踊り手一番を決めるお祭りに参加するためにやって来た男性から聞いた話は、皆には話していない。
その理由は、ハリド・サルタートルに参加するための条件にあった。
ハリド・サルタートル……この世界の言葉で『光の担い手』という意味を持つ踊り手一番を決める祭りは、この世界を創ったと言われるリブラという女神様に捧げる踊る男女のペアを決める祭りだ。
……そう、参加条件は男女のペアであるということなのだ。
昨晩、男性から話を聞いた時、祭りについてソラに話してみようかと思ったのだが、参加が男女のペアと聞かされた時点で、全くその気がなくなってしまった。
もし、祭りにソラが参加したいと言ったら、そのパートナーとなるのは普通に考えたら俺しかいない。
いくら鍛えて運動能力が上がっても、根は超インドア派のゲームオタクなのだ。
人前で踊りを披露するなんて絶対に嫌だし、だからと言ってソラが他の知らない男と密着して踊る姿を見るのも嫌だ。
シドという婚約者がいるのにも拘らず、ソラが他の男と一緒にいるところを見たくないなんて、我ながらわがままで気持ちが悪いとは思う。
だけど、ルストに滞在している以上はいつかわかることだと思うので、少しでも決断の時を引き延ばしたいという俺のささやかな抵抗だと思ってくれ。
今日はラドロさんたちに挨拶する以外にも、ヘムヘムとポポーイの二頭の馬を引き取りに行く任務もあるしな。
そんな女々しいことを思いながらルストの街を歩いていると、シドが賑やかな周囲を見て小首を傾げる。
「前に来た時より人が多いし、変に騒がしいような気がするけど、何かあるのかな?」
「えっ、そ、そうだね」
「…………」
突然話を振られて思わず口ごもってしまったからか、シドが三白眼で睨んでくる。
「コーイチ、何か知ってるなら早めに話した方がいいぞ」
「はい……」
隠し事があっさりとバレた俺は、素直にルストの街で開かれる踊り手の祭典について話す。
「……なるほどな」
賑わう目抜き通りの人々を見ながら、シドが納得したように頷く。
「どうりで浮かれた奴がたくさんいると思ったら、その祭りを見に来た客が多いのか」
「浮かれた……ああ」
そこで俺は、ようやくシドが言っていった変に騒がしいという言葉の意味を理解する。
ルストの街は流通の要として機能している街で、遠い異国からやって来た多くの商人と、商品を求めて買いに来た商人で溢れた街である。
だが、今は訪れている人の毛色が前に来た時と明らかに違う。
具体的に言えば、血眼になって商品を探しているというよりも単にウィンドウショッピングをしている人……つまり観光客が明らかに多い。
対する店主も、相手が商人ではなく観光客とわかっているからか、バチバチに商談をやり合うような真似をせず、適当に相槌を打っている。
「確かにシドの言う通り、観光客が多いね」
「ああ、エリモス王国とはまた違う賑わいだな……それで」
「ん?」
シドは俺の肩に置いている手に力を籠めると、ずいと顔を近付けて来る。
「コーイチ、お前まだ何か隠しているな?」
「えっ?」
「あ、あた……あたあたあたしたち、ふ、夫婦になるんだろ! だったら、くだらない隠し事はよそうぜ」
「あ、う、うん、そうだね」
できればそこはどもらないで欲しかったが、確かにシドの言う通りだ。
浮気をするつもりは毛頭ないが、それでもシドに対しては可能な限り誠実でありたい。
「実はね……」
俺は昨晩、ハリド・サルタートルに参加するという男性から聞いた詳しい情報を話す。
「だからソラが参加すると言ったらどうしようと思って、言えなかったんだよ」
「ええっ!? そうだったのですか」
俺の独白に、ソラの驚いた声が聞こえる。
「前にも言いましたけど、私は自分の踊りを人に見せるつもりなんてありませんから」
「じゃ、じゃあ……」
「はい、間違ってもそのハリド・サルタートルというお祭りには、参加しませんから安心してください」
「そ、そう……」
困ったように笑うソラを見て、俺は安堵すると同時に少し後悔する。
俺が余計なことを言ったせいで、ソラに余計な気を遣わせてしまった。
俺が黙っていなければ、今も祭りの雰囲気を楽しんだり、色んな踊りを見て楽しみながら学びを得たりできたのではないだろうか?
そんなことを言ったら、またソラに余計な気を遣わせてしまうだろうから絶対に口にはしない。
「まあ、その……何だ」
俺は後頭部を掻きながら、シドとソラに改めて向き直る。
「もうこんな馬鹿な真似はしないから、皆でお祭りを楽しもう…………いいかな?」
最後に念押しするように尋ねると、シドとソラは顔を見合わせて小さく嘆息する。
「全く、最初からそう言えよな」
「この借りは、おいしいごはんで許してあげますよ」
「も、勿論、皆に奢らせてもらうよ」
俺がもろ手を挙げて全面的に幸福の意を示すと、
「やった! お肉だ!」
「わっふぅ!」
「ぷぅぷぅ!」
話を聞いていたミーファ、ロキ、うどんが揃って歓喜の声を上げる。
「あっ、うん……任せて」
うどんはともかく、ミーファとロキには「お手柔らかにね」と付け加えたいところだが、ここはグッと堪えて我慢することにする。
嘘を吐いた授業料は、思った以上に高くつきそうだった。
そんなちょっとしたゴタゴタもありつつ、俺たちは改めてラドロさんの店へと向かう。
夜は飲食以外にも色々と……それはもう色々とやっている店ではあるが、最近はランチもやっているそうなので、挨拶がてら昼食を食べに行くところだ。
「あっ、見えてきた」
久しぶりにラドロさんの店を見て、当時の記憶が………………余りないな。
以前、ルストの街に来た時は、当時街を支配していたグリードという男に怪しい薬を飲まされ、そこからの記憶は殆どないからだ。
……ああ、そういや俺の記憶が戻ったきっかけは、ソラのキスだったんだよな。
そんなことを思い出しながらソラの方をちらと見る。
「な、何ですか?」
「……いや、何でもないよ」
同じことを思い出していたのか、顔を真っ赤にするソラを見たらこっちまで恥ずかしくなってきて堪らず顔を逸らす。
「と、とにかく行こうか。あまり遅いと混んで待つことになるかもしれないからね」
「そうですね。わぁ、私も早くアイシャさんに会いたいな」
俺とソラは示し合わせたように頷き合うと、怪訝そうな顔をしている皆から逃げるように足早にラドロさんの店へと向かって行った。




