お休み前は、身体を綺麗に
ルストの街に着く頃には、すっかり日も暮れて夜になっていた。
普通の街なら日暮れと共に城門が閉じられ、翌日に再び城門が開くまで門の近くでひたすら待つか、何処かで野宿をしなければならないことが多いが、ここルストはこの世界にしては珍しく夜になってもすぐには眠らない街で、深夜近くまで中に入ることができる。
幸運にも今日の門番は先の事件で知り合いになった兵士で、俺たちのことを覚えてくれていて思ったよりあっさりと街の中に入ることができた。
門番の兵士のよると、ラドロさんが経営している酒場はまだ営業しているとのことだったが、流石に今日は長距離の移動で疲れているので宿を取って休むことを優先した。
「はぁ……疲れた」
以前と同じ宿の同じ部屋に入った俺は、抱えていた荷物を部屋の隅へと下ろして大きく嘆息する。
「よし、これで最後だな」
続けてやって来たシドが、俺が持っていた三倍ほどの巨大な荷物を床に下ろすと、衝撃で部屋全体が揺れる。
ついでに床がミシミシと音を立てるのを聞いた俺は、思わず肝を冷やす。
「……下の人に怒られないよな」
「さあな、ただ文句を言おうとしたところで。、どうせすぐに帰るだろうよ」
「確かに」
シドと一緒に振り返れば、ロキが入り口を壊さないようにおそるおそる入って来るのが見える。
「わふっ?」
「何でもないよ。お疲れ様、今日もありがとうな」
「わん!」
嬉しそうに飛び込んできたロキを受け止めた俺は、感謝の意を伝えるために頭をわしゃわしゃと撫でる。
「…………」
臭うな。
ロキから漂ってくる強烈な獣臭に、俺は思わず顔をしかめる。
いや、臭いのは俺も同じか。
当たり前の話だが、砂漠の移動中は体を洗うことなんてできない。
途中、何度かオアシスによってその度に体を洗ってはいたが、ここ二日ほどは着の身着のままだ。
本当なら今すぐ食事を摂って体を休めたいところだが、この体のまま酒場に行ったらそれはそれで他の客に迷惑だろう。
「シド……」
「わかってる。ソラとミーファが今、お湯をもらいに行ってる」
「そうか」
やはり女性陣は、俺よりもその辺の事情には敏感なようだ。
ただ、宿からもらえるお湯の量は限られているし、とてもじゃないがロキの体を綺麗にできるはずもない。
それにロキを洗うには室内はあまりにも狭すぎる。
結局、今夜ゆっくりと眠るためには、俺が一肌脱ぐのがベストなようだ。
「シド、ロキと一緒に、水浴びしてくるよ」
「わかった。飯の方はあたしたちで準備しておくから」
「任せる」
阿吽の呼吸でお互いにやることを確認した俺は、疲れたのか大あくびをしているロキに話しかける。
「ロキ、メシの前に体を洗おうな?」
「……わふぅ」
手を差し伸べると、ロキは「仕方ないな」と言いながらのっそりと立ち上がり、俺の横にピタリと寄り添う。
「……あたしが洗ってやるという時は、滅茶苦茶不満そうなのにな」
「ハハハ、まあ、人には向き不向きがあるから」
納得いっていない様子のシドを慰めながら、俺はロキと一緒に部屋を出る。
実をいうと、ロキは水浴びが好きだけど体を洗われるのがあまり好きではない。
理由は顔を洗われるのが嫌だからということだが、俺とミーファから頼まれたら仕方ないといった様子でしぶしぶ了承してくれる。
洗う時の力加減とか、細かい注文をつけられるのがロキにとっての妥協案のようだ。
……まあ、俺の場合はアニマルテイムの力が働いていると思うけどね。
途中、すれ違う人たちに驚かせて申し訳ないと謝罪しながら歩き、宿の裏手にある井戸までやって来た。
滑車を回して桶に水を汲んだ俺は、着ている衣服を脱いで下着一枚になる。
「さて、一緒に洗おうぞ」
「……わふ」
ロキからの「お手柔らかにね」という言葉に頷きながらも、俺は思いっきり巨大狼の背中に水をぶちまける。
「わふわふ」
「待ってろ。とにかく全身を濡らすから」
ロキからの「冷たい」という抗議の声を遮って、俺は何度も何度も水を汲んでは水を撒くという行為を繰り返していく。
それから俺は何度も水を汲み、石鹸を必死に泡立ててロキの全身を丁寧に洗ってやった。
「はぁ……はぁ……お、終わったぞ」
「わんわん!」
「あ、ああ、少し離れておくよ」
俺が距離を取ると、ロキは全身をブルブルと激しく震わせて水を飛ばす。
「わん!」
「はいよ」
ロキの「終わったよ」の声に、俺は持ってきたタオルで全身くまなく吹き、丹念にブラッシングしていく。
ロキの毛は降り注ぐ矢を弾くほど硬いのに、直に触れると不思議にフワフワで、ブラシの通りも悪くない。
だが、
「……抜け毛凄いな」
「わんわん」
一抱えもある抜け毛を見せると、ロキは「気持ちいい」と嬉しそうに双眸を細める。
そんな幸せそうな顔を見せられたら、応えてやらなきゃと思わずにいられない。
「よし、こうなったら徹底的にブラッシングしてやるからな」
「わふぅ」
「おう、任せろ!」
ロキの体と一緒に自分の体も洗うはずだったのに、そんなことも忘れて俺は一心不乱にロキの体をブラッシングしていく。
巨大な狼を前に、パンツ一枚の男が必死にブラッシングする姿は傍から見ると、不審者そのものかもしれない。
だが、他人にどう思われるかよりも、ロキを満足させたい。
この世界に来て、鍛えに鍛えた筋肉を駆使してロキを最高に美しい狼にしてみせる。
そんなことを思いながらブラッシングをし続けていると、背後の扉が開く音がする。
「おわっ!?」
驚いた声に振り返ると、上半身裸の男性が目をまん丸にしてロキを見ていた。
「ど、どど、どうしてここに魔物が……あんた、大丈夫なのか?」
「えっ? ああ、驚かせてすみません」
鍛えているのか、シュッとした細身のマッチョの男性に、俺は気持ちよさそうにゆらゆらと揺れているロキの頭を撫でてみせる。
「この子は魔物ではなくて、俺の相棒のロキと言います。心配しなくても、むやみに人を襲うことはないので安心してください」
「そ、そうか……じゃあ、井戸を使っても?」
「勿論です……あっ、その前にもう一杯だけ水を汲ませてください」
俺は男性に断りを入れて、自分の体を洗う分の水を汲ませてもらう。
「それじゃあ、俺たちはこれで……」
ここにいたら男性がロキのことが気になってしょうがないから、自分の体は部屋に戻ってから拭くだけにしよう。
「ほら、ロキ。行くよ」
ロキを促して立ち去ろうとすると、
「……兄さん、いい身体してんな」
「えっ?」
男性から身の危険を感じるような一言が聞こえたので、俺は思わず自分の体を抱いて一歩後退りする。
「あ、あの、俺、婚約者がいるんで……」
「ああ、ゴメンゴメン。そういう意味じゃないんだ」
男性は顔の前で手を振って愛の告白ではないことを告げると、俺にある話を切り出す。
「もしかしてだけど、君もハリド・サルタートルに出るためにルストに来たのかい?」
「えっ? ハリド……何ですか?」
「ハリド・サルタートル、年に一度ルストで開かれる踊り手の一番を決める大会だよ」
そう言って男性は、ルストで開かれる祭りについて教えてくれた。




