荒野の街を想って
二度目の砂漠の移動は、行きと比べて随分と余裕があった。
道中はエリモス王国軍のサポートもあるので水や食糧、そして道に迷う心配をする必要がないのはありがたかった。
さらに、行きはラクダと共に徒歩での移動だったが、帰りは竜の一種だというリャールに乗っての移動でこれが本当に楽だった。
リャールは砂地でも歩く速度が速いので、一日の移動距離がラクダとは桁違いだ。
キツイ傾斜の砂丘を超える時は流石に徒歩での移動をしなければならなかったが、そこはライハ師匠の言葉通り、砂漠での特訓の甲斐もあってエリモス王国軍の人たちよりも早く丘を登ることができた。
さらに完全復帰したロキも砂地での移動を苦にすることなく、背中にミーファとうどんを乗せてリャールに負けまいと歩いてくれたので、僅か十日ほどで砂漠を超えることができた。
砂漠の終わりでエリモス王国軍の人たちに礼を言って別れ、そこからは徒歩でルストを目指すことになった。
風景が砂漠から荒野へとなり、体感温度も十度以上は下がってちょっと肌寒いぐらいだ。
砂から身を守るために纏っていた外套の前をしっかり閉め、荷物を背負い直してから隣で大量の荷物が乗った荷車を引くロキに話しかける。
「ロキ、重くないか?」
「わんわん」
ロキは「へっちゃら」と言って、足を軽やかに上げてリズムカルに歩いて見せる。
「ぷっ、ぷぷぅ!」
ただ、弾むように歩く度に背中で荷車を見ているうどんが「荷物が崩れるからやめて!」と悲鳴のような声を上げるので、俺はロキを宥めるようにそっと撫でる。
だけど流石にこのままグランドの街まで戻るにはロキの負担が大き過ぎるので、ルストに着いたら預けた馬と馬車を回収したいところだ。
「そういやあの馬たち……元気かな?」
「ヘムヘムとポポーイだよ」
俺の呟きに、ミーファから素早い捕捉が入る。
「お兄ちゃん、まさかヘムヘムとポポーイのこと忘れちゃったの?」
「い、いや、覚えているよ」
名前は忘れてたけど……何て余計なことは言わない。
「でも、まさか戻るのにこんなに時間がかかるとは思ってなかったからさ。待ちくたびれて馬の方が疲れちゃってるかもって思っただけだよ」
「むぅぅ……確かに」
かなり強引なこじつけだと思ったが、ミーファは納得したように唇を尖らせる。
「じゃあ、ミーファがヘムヘムとポポーイの疲れを取るためにお世話してあげるよ」
「それはいいね。丁寧にブラッシングして上げると喜ぶから一緒にやろう」
「うん! いっしょにやろうね」
ミーファは大きく頷いて「エヘヘ」と歯を見せて笑う。
……うん、我が家の天使は今日も可愛い。
確かに二頭の馬には随分と待たせてしまった。
厩を管理している宿屋には十分な金を支払っているのと、ネロさんが時折面倒を見てくれることになっているので、万が一はないと思いたい。
「そういやラドロさんとネロさんにも、お礼を言わないとな」
「だな。あの二人の力、本当にヤバかったからな」
すると先頭を歩くシドが首だけ振り向いて、ニヤリと笑う。
「噂には聞いていたけど、鬼人の実力は獣人以上だったぜ」
「そんなに?」
驚く俺に、ラドロさんたちの戦いを間近で見たであろうシドが大きく頷く。
「ああ、弟の方はまだまだだったけど、姉の方は力の使い方が格段に上手かった。こと魔物との戦闘においては、クラベリナより数多くの敵を倒してたぜ」
「へぇ……」
ネロさんがそれだけの実力者だというのも驚きだが、それをクラベリナさんが知ったら、間違いなく決闘を挑むのではないのだろうか?
ライハ師匠にも喧嘩を売っていたクラベリナさんであったが、流石にあの激戦の後で戦うだけの余力はなかったと聞いている。
だが、それでもクラベリナさんはグランドに帰る最後の最後まで、ライハ師匠と戦おうとしていたそうだから、ネロさんと鉢合わせしたら同じことになりそうだ。
クラベリナさん、ネロさん、ライハ師匠の三人によるバトルロイヤル……
もし、そんなことが起きようものなら周囲はとんでもないことになるだろうし、泰三、ラドロさん、セシリオ王の嘆きの声が止まりそうにない。
こう考えると、俺の周りの女性たちって強過ぎではないだろうか?
ついでに言うと、全員が血の気が多いが、それぐらい勝気な性格をしているから常人を遥かに凌ぐ強さを備えているとも言える。
「…………」
俺の中で強い女性筆頭のシドを見ると、
「ん、何だ?」
不思議そうに彼女が小首を傾げるので、俺は小さくかぶりを振って嘆息する。
「間違ってもシドは、バトルロイヤルに参加しないでね」
「な、何だよ。いきなり……ば、ばとる……何だって!?」
バトルロイヤルという単語の意味は分からなくとも、失礼なことを言われたと察して怒りを露にするシドを、俺は笑いながら宥める。
俺が冗談を言っていることはシドも理解しているので、彼女も本気で怒ってはいない。
「わふぅ」
「ぷぷぅ」
「ううぅ、ミーファを仲間外れにしないで!」
俺たちのじゃれ合う姿に、ロキとうどんの呆れたような声が聞こえ、ミーファが甘えるように突撃してくる。
この後はソラからの呆れた声が聞こえるかと思ったが、
「……あれ?」
いつもならソラの声が聞こえるはずなのに、彼女の声が聞こえないどころか姿が見えない。
「ソラは?」
一体何処にいるのかと思うと、ソラは少し先で彼方を見ている。
何だろうと思ってソラの視線の先を負うと、地平の先ににルストの街を囲む巨大な城壁が見えていた。
「ああ、もうルストが見える位置まで来ていたんだな」
とはいえ、見えたところで実際に辿り着くまでにはまだ数時間は歩かなければならない。
俺は腰にしがみついているミーファを抱きかかえてソラの横に並ぶと、城壁に熱い視線を送り続けている彼女に問いかける。
「ソラ、どうしたの?」
「いえ、私にとってルストは、とても思い入れがある街でしたので」
「ああ、そうか……」
そういえばあの街では、ソラの思いもよらない才能が開花したのだった。
「アイシャさん、元気でいるかな?」
「いますよ。次に会ったら、とっておきの踊りを教えてもらう約束してますから」
踊り子の衣装が入った荷物をギュッと抱き締めるソラを見て、俺は堪らず笑みを零す。
「それじゃあ、ソラが新しい踊りを覚えたら、また見せてくれるってことでいいんだよね?」
「えっ? そ、それは……」
「前の踊りも凄く綺麗だったからなぁ……」
くるくると華麗に回る天女の姿を思い出し、俺は何度も頷く。
「こりゃあ人前で踊るようなことがあったら、ルストの街の人たち全員が魅了されて大変なことになりそうだな」
「もう、何を言ってるのですか!。そもそも私は、大勢の人の前で踊るなんて真似とてもできませんよ」
「そうなんだ。あんなに上手なのに勿体ないな」
「もう……知りません」
ソラは顔を真っ赤にさせると、パタパタと一人先にルストに向かって駆け出してしまう。
「もう、お兄ちゃん。ソラお姉ちゃんをイジメないで!」
「ゴメン、ゴメン、でも悪気はないんだって、本当だよ」
確かに少し調子に乗り過ぎたと、俺はミーファに平謝りしながら先に行ってしまったソラを追いかける。
だが、この時の俺は、適当に口にした一言が、思いもよらない事態を引き起こすなんて微塵も思わなかった。




