誓いの言葉を君に
その後、セシリオ王とメリル王妃から色々と話を聞いた。
主な中心はエルノ王子がいかに可愛いかだったが、それ以上にためになったのは、子育てがいかに大変か、親としてどれだけ覚悟が必要かを聞かせてもらった。
わかっていたことだけど、子育ては可愛いだけじゃない。
泣くことでしか自分を表現できない赤ん坊は、こちらの都合などお構いなく盛大に泣くので、気が休まる時がないというのは、セシリオ王たちの疲れ切った表情が物語っていた。
意外だったのは、エルノ王子の面倒に関しては、お城の人の助けを借りずにセシリオ王とメリル王妃の二人で殆ど見ており、他の人の手助けは殆ど受けていないということだ。
勿論、二人とも子育ての経験がないので、アドバイスを受けることはあるそうだが、それでも直接的な面倒は必ず二人で行っているという。
「僕がそうだったように、エルノには愛情はたくさん注いであげたいんです」
というセシリオ王の言葉通り、彼もある程度大きくなるまでは両親からたくさんの愛情を注いでもらったようで、エルノ王子にも同じように育てたいという強い想いがあるようだ。
政務の方は、先代のエリモス王や側近の人たちが率先してやってくれているそうで、当面は子育てに専念できるということだ。
王族であっても、育児休暇はあるというのはとてもいいことだよね。
何よりセシリオ王たちはじめ会う人誰もが幸せそうだったから、エルノ王子の誕生はエリモス王国にとってとてもいいことだったようだ。
王宮でたっぷり幸せな気持ちを浴び、十分なもてなしを受けた後、俺は三姉妹に所用があると言って別れてある場所に寄ってから宿に戻った。
「ただいま」
「おう、戻ったか」
宿に戻ると、室内で荷物整理をしていたシドが出迎えてくれる。
「ソラとミーファなら、ロキとうどんと一緒に風呂に行ったぞ」
「そうなんだ。また、明日から暫く入れなくなるからね」
「まあな、ベッドとも暫くお別れか」
「……それが一番つらいよね」
そう言って俺たちは、揃って寂しそうにベッドを見やる。
もう既に気付いているとは思うが、俺たちは明日にはエリモス王国を発つことになっている。
ここから先ルストの街までは、また二頭のラクダを引き連れての砂漠越えが待っている。
途中までのオアシスまではエリモス王国軍の人たちに送ってもらえることになっているが、それでも厳しい道程になるのは間違いない。
野宿をするのも久しぶりなので、何日かは大いに苦労しそうだ。
「それでコーイチ。用って言うのはなんだったんだ?」
「えっ? あ、ああ、そうだね」
本当は三姉妹揃ったところで話を切り出そうと思ったが、俺は気持ちを切り替えてシドに話しかける。
「シド、ちょっといいかい?」
「ん? 何だ。 藪から棒に……」
かしこまった俺に首を傾げながらも、シドは手を止めて俺に向き直る。
「何だ。準備は済んだのか?」
「まだだけど……実はシドにこれを渡したくてさ」
そう言って俺は、サイズの違う箱を三つ取り出し、その中の一番小さな箱をシドに差し出す。
「実は、ミーファがスールからもらった鉱石を割って、中に入っていた鉱石を加工してもらったんだ」
「ああ、そういや宝石が入っていたって言ってたな」
石の処遇については既に話してあるので、シドは特に驚いた様子もなく小さな箱を開ける。
「…………あっ」
中を見た瞬間、シドが大きく目を見開いてこちらを見る。
「うん、受け取ってくれるかい?」
「あ、ああ、もちろん……」
シドはコクコクと何度も頷きながら、小さな箱の中身を取り出す。
それはアイスライトアズールをあしらった指輪だ。
ライハ師匠から宝石をどうしたいかと聞かれた時、俺はそれを指輪、ブレスレット、ネックレスの三つに加工して三姉妹に送ろうと思ったのだ。
出発の日までに完成するかどうかは微妙なところだったが、ギリギリ前日に完成したのは僥倖だった。
シドに送ったのは、活発な彼女が付けても邪魔にならないようにシンプルなデザインで、宝石も二人の姉妹のものと比べてサイズは小さいが、メリル王妃の指輪も作ったというエリモス王国の職人の技術の粋を詰め込んだ手の込んだ彫刻が施されたものとなっている。
「……綺麗だ」
ガサツガサツと皆から言われるシドではあるが、そんな彼女も手の中の指輪に目を奪われている。
「…………」
ただ、いつまでも眺めたままで身に着けてくれないので、俺は気になってシドに声をかける。
「あの、着けてくれないの?」
「着ける……あたしが?」
「うん、そのために用意したんだけど……気に入らなかった?」
「い、いやいや、そんなことないよ。嬉しい……とても嬉しいけど……」
シドは激しくかぶりを振った後、困ったように笑う。
「こんな綺麗な指輪、あたしなんかが着けていいのかなって思って……」
「何言ってんだよ」
この手の話になると、シドってば途端に自己評価が下がるんだよな。
シドの姉的存在であるメリル王妃がプロポーズされた時もそうだったけど、こんなところまでそっくりだと笑うしかない。
それに、そういう恋愛に苦手過ぎるところも含めて、俺はシドを魅力的だと思ってる。
俺はシドのすぐ隣に腰を下ろすと、彼女に向かって手を差し出す。
「いつも言うけど、シドは本当に魅力的だよ。だから「あたしなんか」何て悲しいこと、言わないで欲しい」
「でも……」
困ったように眦を下げるシドから指輪を受け取った俺は、右手を差し出してきた彼女にかぶりを振る。
「こっちじゃなくて、左手を出して」
「えっ? わ、わかった」
困惑しながらも差し出されたシドの左手を取った俺は、彼女の薬指に指輪を嵌める。
「どう? サイズは合ってる?」
「うん、ピッタリだ。でも、どうしてこの指に?」
「そ、それはね……」
自分から指輪を嵌めておいて恥ずかしいが、シドの疑問に応えなければと正直に話す。
「俺の世界では、左手の薬指に嵌める指輪には特別な意味があるんだ」
「特別な……意味?」
「うん、俗に結婚指輪って呼ばれていて、パートナーの左手の薬指に指輪をして永遠の愛を誓うんだ」
「――っ!?」
途端、瞬間湯沸かし器のように顔を真っ赤にさせるシドに、俺は畳み掛けるように一気に告げる。
「この世界でシドと出会えて、今日まで過ごしてきて色々……本当に色々あったけど、俺は君と一生添い遂げたいと心から思ったんだ。だから……」
そこで一度大きく息を吸って、シドの目を真っ直ぐ見つめて一世一代の宣言を口にする。
「シド、俺と結婚して欲しい」
本当はグランドの街に帰って落ち着いてからプロポーズしようと思っていたのだが、幸せそうなセシリオ王たちを見たのと、指輪という決定的なアイテムが手に入ったので、勢いに任せて想いを告げてみた。
「どう……かな?」
固まったままのシドに念を押すように尋ねると、彼女の目からポロポロと大粒の涙が溢れ出す。
「シ、シド!?」
「ち、違う。これはそうじゃないんだ」
てっきり断られるかと思う俺に、シドは大きくかぶりを振りながら目を覆う。
「嬉しくて……まさかコーイチにそんなことを言われる日が来るなんて思わなくて」
「そ、そうなの?」
「だってエルフの森でようやく結ばれたと思ったのに、その一度きりで後はちっとも求めてこないから……だから、やっぱりあたしに魅力がないのかと……」
「そ、それは違うよ!」
思いもよらない言葉に、俺は慌てて言い訳をする。
「戦いが終わってから、俺はずっとロキの治療に専念しなくちゃいけなかったし、夜も人数分家がないから皆と一緒に雑魚寝するしかなくて……だから……」
「わかってるよ。わかってるけど……コーイチが普通に接してくる度に、あたしのことをどう思っているか気になって仕方なかったんだ。変わらず好きでいてくれるのか、特別な関係でいられるのか聞きたくて仕方なかったんだ」
「シド……」
「ゴメン……そんな訳ないのに、コーイチのこと疑ってゴメン。あたしも……あたしもコーイチと一緒にいたい。うぅ……」
俺の胸に飛び込んで静かに泣くシドを慰めながら、俺は自分の愚かさを思い知る。
シドとはずっと一緒にいるし、戦いでは言葉を交わさなくても意思疎通ができるくらい親密な関係になれているから、特に何も言わなくても気持ちは通じ合っていると思っていた。
だけど当然ながらそんなはずはなく、シドと特別な関係になった後も俺が普通に接することで、彼女を知らない間に傷付けてしまっていたようだ。
円滑な人間関係は、想いを素直に口にして伝えることが大事。
わかっていたはずなのに、シドに甘えて失念していた。
だからここは、改めて一からやり直す必要がある。
「シド……」
俺はシドの両肩を掴んで少し身を離すと、彼女の目元の涙を拭ってやって真正面から目を見つめる。
「改めて言うけど君が好きだ。愛してる。だからこれからもずっと一緒にいるために、俺と結婚して下さい」
「……はい、喜んで。あたしも……あたしもコーイチのことが大好き」
安心したように破顔したシドが飛び込んでくるのを受け止めた俺は、そのまま彼女の唇に自分の唇を重ねていった。




