この子の将来のためにも
セシリオ王から話を聞いた俺は、改めてエリモス王国の新王子、エルノ王子に挨拶させてもらう。
「……可愛い」
シドの腕の中ですやすやと眠るエルノ王子を見て、俺は自然と笑みが零れるのを自覚する。
「赤ん坊ってこんなに小さいんだな」
「何だ。コーイチは子供を見るの初めてか?」
「こんなに近くで見るのはね……」
エルノ王子が起きないように小声で話しながら、そっと耳を確認してみる。
事前に聞いていたが、エルノ王子の耳は俺たち人間と同じ耳をしており、頭の上にはシドのような三角形の特徴的な耳はない。
「何だ。この子の耳が気になるのか?」
すると、俺の視線に目敏く気付いた様子のシドが、エルノ王子に視線を落としながら話す。
「心配しなくてもこの子には尻尾もないよ。よかったな、半端者にならなくて」
「半端者って……」
そんないい方しなくてよくないじゃないか、と思うと、シドは「プッ」と小さく噴き出して笑う。
「そんな顔するなよ。あたし、そんなに変なこと言ったか?」
「だって、まるでエルノ王子にメリルさんの特徴が出なかったことを……獣人の特徴がなかったことを喜んでいるようだったからさ」
「違うよ。あたしが言っているのは、どっちかの特徴が半端に出なくてよかったと言ってるんだ」
「半端に……それってつまり、獣人の耳があるのに尻尾がなかったり、人の耳なのに尻尾があるってこと?」
「そういうことだ。そういう奴は半端者扱いされて、イジメの対象になったりするからな」
「そんな!? 俺は子供がどんな特徴で生まれても気にしないよ!」
「あたしたち大人はな。だが、他人や同い年の子供やそうはいかない。そうだろ?」
「それは……うん」
皆まで言わなくても、シドが言いたいことは理解できる。
子供が成長する中で多くの人に出会い、付き合っていくと自分に対して決して友好的ではない人と出会うことになる。
その時に心ない言葉を浴びせられ、傷付けられることもあるだろう。
特に子供は、悪気がなく心を抉るような言葉を浴びせてくる。
そしてその多くは当人の見た目に関するものが多いだろうから、エルノ王子が普通の人として生まれてきたことは喜ぶべきことなのだろう。
「じゃあさ、人間と獣人の子供がどちらの特徴を生まれて来るのは?」
「さあな。だけど人間と獣人の子供だからといって、獣人の要素を引き継がないなんてことはないはずだぜ」
「そう……なんだ」
人間と獣人の間の子にも獣人の特徴を持って子供が生まれると知って、俺は心底安堵する。
だってそうだろう?
もう知っていると思うが、俺は獣人というキャラクターに特に強い思い入れを持つケモナーだ。
そんな俺にとって、獣人のシドと恋仲になれただけでも嬉しいのだが、彼女と子供を作った時に獣人の特徴が消えてしまうとなったら、ほんの少しだけ悲しい気持ちになる。
「そうか、子供にもちゃんと獣人の特徴は出るんだ」
すると、すぐ俺の後ろからセシリオ王の安堵したような声が聞こえて来る。
振り返ると、おとがいに手を当てて真剣な表情で何かを考えているセシリオ王が見える。
もしかしなくても、早くもメリルさんと次の子供を作ることを考えているのだろう。
確認しなくてもわかる。
何故なら俺がセシリオ王と同じ立場であったら、全く同じことを考えているだろうからだ。
「あっ……えへへ」
すると俺の視線に気付いたセシリオ王が、恥ずかしそうに笑う。
セシリオ、次の子供を作る算段を立てるのはいいが、エルノ王子のことを忘れちゃダメだぞ。
口には出していないが、セシリオ王はまるでこちらの意図を察したかのように真顔になって頷く。
うん、なら問題ないな。
俺はセシリオ王と互いに頷き合って友情を確かめ合うと、再びエルノ王子へと向き直る。
「しかし、本当に可愛いな」
改めて見てみると、エルノ王子の顔はメリルさんの凛々しい目元と、セシリオ王の癖のある頭髪を受け継いでいることがわかる。
しっかりと二人の血を受け継いでいることがわかるのも見ていて楽しいし、ギュッと握られた手も信じられないくらい小さくて、こんな愛らしい生き物が存在していいのかと思ってしまう。
「へぇ……凄い……可愛いな……」
可愛いと連呼しながら色々な角度で見ていると、
「何ならコーイチも抱いてみるか?」
呆れた様子のシドが、思わぬことを言ってくる。
「そんなに興味があるなら抱いてみればいいじゃないか」
「えっ? い、いやいや、いいよ……危ないし」
「危なくなんかないって、コーイチもいつか親になった時、子供の抱き方一つ知ってるのと知らないのじゃ、全然違うだろ?」
「それは……そうだけど」
そんなこと言われても、やはり他人の子供をいきなり抱くのは怖い。
それに、それを決めるのがシドなのがどうかと思い、俺は念のためにメリルさんに聞いてみる。
「シドがこんなこと言ってるのですけど、いいんですか?」
「何、構わないよ。コーイチ殿にもいい経験になるだろう」
「ええ……」
流石はシドの姉として、師匠として君臨するメリルさん、思考回路が妹分とそっくりだ。
「心配するな。あたしが正しい抱き方を教えてやるからよ」
「我が子はそこらの子供より丈夫だ。安心して抱いてくれ」
「わ、わかりました」
二人にここまで言われたら、俺としても腹をくくるしかない。
「ほら、しっかり支えろよ」
シドに指示を仰ぎながら、エルノ王子の頭と首をしっかり支え、自分の胸に密着させるように腕全体で横向きに抱く。
「わぁ、温かい……それに、柔らかい」
「だろ? そんな小さな体で一生懸命生きようとする意志が伝わって来て、感動するだろ?」
「うん……うん……」
何度も頷きながら、俺は自分の中に初めての感情が芽生えるのを自覚する。
もしかしなくても、これが父性というやつだろう。
ミーファに抱く感情とは違う新たな感情に、俺は生まれ初めて供が欲しいと思った。
こんなこと、シドに言ったらどう思うかな?
きっと百面相するか、呆れられるか怒られるか……
どれもあり得るな、なんて思っていると、
「……ふぇ、ふええええぇぇぇぇぇ」
腕の中のエルノ王子が僅かに身じろぎ下かと思うと、大きな声で泣き出してしまう。
「ふええええぇぇぇぇぇ! ふええええぇぇぇぇぇぇぇぇん!」
「わ、わわっ、どうしよう……どうしたら」
「全くしょうがないな。ほれ、貸してみろ」
困惑する俺に、シドが手を伸ばしてきてエルノ王子を引き受けてくれる。
「コーイチの持ち方が不安定だから、王子がびっくりしちまったんだよ……どれ」
シドはエルノ王子を優しく胸に抱くと、ゆらゆら揺らしてあやす。
だが、
「ふええええぇぇぇぇぇん!」
「あ、あれ?」
シドがゆらゆらとエルノ王子をあやすが、幼い王子は全く泣き止む様子はない。
「お、おかしいなミーファの時はこれで泣き止んだのに……」
「……やれやれ、貸してみろ」
四苦八苦しているシドに、横から細い手が伸びて来てエルノ王子をかすめ取る。
鮮やか過ぎる手際に俺とシドが驚きながらそちらを見ると、仕方ないなと苦笑しているメリルさんと目が合う。
「ほらほら、大丈夫だよ。ママならここにいるからね」
エルノ王子を抱いたメリルさんは、慈母のような優しい笑みを浮かべて我が子の胸をポンポンと優しく叩く。
「大丈夫……大丈夫だからね」
「ふええええぇぇぇぇぇ……ふえぇぇ…………」
メリルさんの言葉に従うようにエルノ王子は徐々に泣き止んでいき、またすやすやと眠りに落ちていく。
やはり赤ん坊にとって、母親に抱かれるのが一番安心するのだろう。
眠ってしまったエルノ王子を見つめるメリルさんは俺たちに見せる表情とは全く違う、母親の顔をしていた。
「メリルさん、変わったね」
「ああ、母は強し、だな」
俺はシドと顔を見合わせると、自分たちはまだまだ未熟だと互いに苦笑を漏らした。




