すぐにはダメなんですよ
エリモス王国が湧いていた理由は、入国して程なくして明らかになる。
「ガッハッハッ! 新王子誕生、バンザーイ!」
「エリモス王国に栄光あれ!」
「今日の酒は、全て前王からのおごりだそうだ。皆、好きなだけ飲め! 飲め!」
どうやら今朝方にエリモス王国に新王子が誕生したようで、昼過ぎから国を挙げての大宴会が開かれているということだ。
「いや、まあ……そうか……そういうこともあるか」
「何だ。意外か?」
「うん、驚いた……」
シドに脇腹をつつかれ、俺は呆然としながら頷く。
「確かにセシリオの母親は見た目は若かったけど、決して若くないだろうから、出産のリスクはそれなりにあっただろうなって……」
女性の年齢を聞くのは失礼なので聞いてはいないが、王妃様の年齢は少なくとも四十代だと思われる。
別に王位を息子へと譲ったからと言って、世継ぎを作ってはいけないなんてことはないし、夫婦仲が良いことはいいことだ。
そんなことを思っていると、
「コーイチ、お前、マジで言ってるのか?」
「……えっ?」
シドの声に顔を上げると、彼女は目を真ん丸にして固まっている。
まるで信じられないものを見るように固まるシドを見て、俺は不安になって尋ねる。
「な、何? 俺、変なこと言った?」
「いや、言っただろう」
「そうですね。今のは私もちょっと驚きました」
シドに追従するように、微苦笑を浮かべたソラが俺の勘違いを指摘してくれる。
「コーイチさん、出産したのは前王妃様ではなく新王妃様の方ですよ」
「えっ、嘘……」
全く想定していなかった言葉に、俺は念のためにシドに確認する。
「新王妃ってセシリオの奥さん……メリルさんのことだよね?」
「当たり前だろう。姉さん以外の女を妊娠させたとなったら、それはそれで大問題だろう」
「えっ、ええええええぇぇっ!?」
突然のことでがパニックになっているが、必死に頭を巡らせながら言葉を探す。
「で、でも……人と獣人ってすごく子供ができにくいって……」
「そうだな。だから皆これだけ喜んでいるんだろう」
そう言ってシドは、酒を浴びるように飲んではしゃぐエリモス王国の人たちを見る。
新王子誕生に沸く人々は、多くの人が「新王子の誕生は奇跡」と口にしている。
人間と獣人の間には子供ができにくい。
それは同じ人でも厳密には違う生き物だからか、それとも遺伝子の違いなのか。
厳密なところはわからないが、メリルさんが王妃になってからエリモス王国の人たちは、世継ぎが誕生するのは何年も……下手したら十年以上は待たされると思っていただろう。
だが、そんな世論の思惑とは違い、二人が頑張ったからなのか、それとも本当に奇跡が起きたのか、周囲の思惑に反してメリルさんはあっさりとご懐妊に至ったというわけだ。
「でも、森で再会した時にセシリオはそんなことは一言も……」
「そりゃあ、戦いの最中に言うはずがないだろう。それに、セシリオが帰る時はコーイチは死んだように眠っていたじゃないか?」
「そう……だね」
それを言われると、俺としてはぐうの音も出ないのだが、それでもセシリオ王から親友と呼ばれる間柄なのだから、何かしら教えてほしかった。
「ちなみにだが、あたしたちは言われなくても、森で再会した時点で何となく察していたけどな」
「えっ、そうなの?」
思わずソラの方へと顔を向けると、彼女は困ったように笑って頷いて見せる。
それはつまり、ソラもメリルさんの妊娠に気付いていたということだ。
「ど、どうして?」
「簡単な話だ、援軍の中に姉さんがいなかったからだよ」
驚愕する俺に、シドが気付いたことを話す。
「王が前線に出るのに、それを守る騎士だった姉さんが出張ってこないなんて普通に考えて有り得ないだろう。となれば考えられることは、そう多くない……だろ?」
「…………ソウダネ」
一応、返事をしてみたが、当然ながらそんなことまで考えていないし、何ならメリルさんがいなかったのも、ライハ師匠がいるから彼女に任せたのだと思っていた。
とにかく、シドたちはメリルさんの懐妊の話は事前に聞いていたということだ。
流石にミーファまで知っていたということはなさそうだが、それでも一人だけ除け者にされたみたいでちょっとだけモヤモヤする。
とはいえ、国中に広がるお祝いの雰囲気を壊したくない。
それに、せっかくセシリオ王たちに子供ができたのなら、グランドに戻る前に一目だけでも見ておきたい。
何より人と獣人の間にできた子供は、どちらの特徴を強く受け継ぐのかは大いに興味ある。
特に耳は人、獣人、どちらの耳を持つのか、それとも耳が四つあったりするのか。
将来のためにも、その辺の知見は広めておきたい。
そう思った俺は、タダでもらえるという酒を飲みたいという衝動を抑えながら、皆に話しかける。
「それじゃあ、セシリオたちに挨拶がてら生まれた子供を見せてもらいにいかない?」
「はぁ!? 何言ってんだ」
気楽に話す俺に、シドが有り得ないと大きくかぶりを振る。
「生まれたばかりの子供っていうのは、一番危険なんだ。そう簡単に他人に見せるわけないだろう」
「そ、そうなの?」
「そうだよ。特に生まれて一ヶ月ぐらいは、ちょっとしたことで命の危機に陥ったりして、予断を全く許さないんだよ。せっかく生まれた新王子だ。今、王宮内では全員がピリピリしているだろうから、下手に近付かない方がいいぞ」
「そう……なんだ」
何やら色々と心得ている様子のシドに、俺は素直に感心する。
「教えてくれてありがとう。流石はソラとミーファのお姉さんだね」
「まあな、あたしもソラの時にめちゃくちゃ怒られたからよ」
「でも、そうなるとな……」
セシリオ王たちに挨拶に行けるのは、少なくとも一ヶ月先ということだ。
「別にいいじゃねぇか」
すると考えを見透かしたように、シドが俺の背中をバシッ、と叩いて笑う。
「せっかくだから姉さんたちの赤ん坊に挨拶していこうぜ。何、一ヶ月ダラダラ過ごすのも悪くないだろう」
「そうか、そうだね」
ダラダラ過ごす、なんて魅力的な提案を示されたら、抗えるはずがない。
実はカナート王国を発つ前に、フリージア様から謝礼としてかなりのお金をもらったりしているので、旅費の心配は必要ない。
「それじゃあ、暫くゆっくりするとして、今日は宴会に参加させてもらおうかね」
「だな。今日はたらふく酒を飲もうぜ」
「やった! お肉だ~!」
「わふわふぅ!」
「ぷぷぅ!」
「……もう、その前に宿も忘れないで下さいね」
そんなわけで、俺たちは暫くエリモス王国に滞在することになったのだった。




