喜びの雨
砂漠イルカと戯れながらダルムット船で過ごすこと五日、ずっと快晴続きだった空に変化が現れる。
無限に広がると思っていた明るい青空に陰りが見えたと思ったら、あっという間に曇天の雲に覆われる。
程なくして、ポツポツと雨粒が甲板を叩き始める。
「雨だ!」
ダルムット船の先端で景色を見ていたミーファが、恵みの雨に嬉しそうにクルクルと回り出す。
「お兄ちゃん、雨だよ!」
「うん、雨が降って一気に涼しくなったね」
「気持ちいい~、ねっ? ロキ、うどん」
「わん!」
「ぷぷぅ!」
ミーファの呼びかけに、ロキとうどんも一緒になって甲板の上ではしゃぐ。
「う~ん、可愛い……」
仲睦まじい光景に、俺だけじゃなく仕事で甲板にいる船員たちもデレデレとした表情になる。
「こりゃいいな。一気に涼しくなったな」
雨が降って一気に気温が下がったからか、シドを先頭に船倉から次々と人が現れて気持ちよさそうに雨に身を委ねる。
甲板の密度が一気に増す中、シドが隣にまでやって来てニコリと笑う。
「雨が降ったってことは、もうすぐエリモス王国ってことでいいんだよな?」
「多分ね……というか、そろそろ着いて欲しいよね」
前方へと目を向けてもそびえ立つような砂丘が見て取れるだけで、少なくともあの丘を越えなければ、先がどうなっているのか伺うことはできない。
徒歩で砂漠を渡っていた時は、砂丘を一つ越える度に新たなる丘が現れ、何度も心が折れそうになったものだが、今は斜面など全く意に介さずに進める砂漠イルカがいるので、その辺は心配する必要はない。
ただ、あまりにも急斜面に差し掛かると、砂漠イルカが兵器でもダルムット船が傾きに耐えられずにひっくり返る恐れがあるので、多少遠回りになっても丘を無理に登るような真似はしない。
「でも、今日中に着くって話だから、これはひょっとしたら俺たちを歓迎してくれる雨だったりして」
「ハハハ、流石は自由騎士様だ。面白いことを言うな」
俺の声が聞こえたのか、ダルムット船の船長が豪快に笑い出す。
「セシリオ王にとって騎士様は特別な人であるのは確かだけど、この雨は予定されている雨だよ」
「そ、そうですよね」
もちろん忘れていたわけではないが、エリモス王国では雨を機械的に降らせる技術があるのだ。
だからエリモス王国では俺たちの世界であるような天気予報が発表されており、その正答率は百パーセントというわけだ。
「う~む……」
優しく心地よい雨を降らせる雲を見て、船長が低い声でうなる。
「といっても実は、まだ雨が降る日じゃなかったはずだけどな」
「えっ、予報がはずれたということですか?」
「いや、そんなはずは……いや、そうか!」
何か思い当たることがあるのか、船長は柏手を打ってニヤリと笑う。
「このタイミングで雨が降ったということは、きっと国ではとんでもないことが起きているはずだ」
「とんでもない……」
「こと?」
一体何だろうと小首を傾げる俺たちに、船長は「チッチッ」と言いながら口の前で人差し指を振る。
「そいつは着いてからのお楽しみだ。いや、そうか……ついにか……」
状況が理解できていない俺たちを他所に、船長はエリモス王国があると思われる方を見て、感慨深そうにため息を吐く。
どこか哀愁を漂わせる表情になるどころか、何故か泣きそうな表情になっている船長を見て、俺はシドと顔を見合わせる。
「な、何が起きたんだろう?」
「さあな、とりあえず泣くほどいいことがあったんだろう」
「そう……だね。流石にもう厄介ごとはないよね?」
「そうだといいけどな」
何て不安なことをいって肩を竦めるシドであったが、流石にもう何もないよね?
そんな一抹の不安を抱きながらダルムット船は快調に進み、壁のような丘を越えると、最早懐かしいと思えるエリモス王国のオアシスが見えてきた。
ダルムット船を降りて砂漠イルカたちにたっぷり餌と共に感謝を伝えた後、船を所定の場所に戻してくるという船長たちと別れた俺は、大きく伸びをして改めてエリモス王国を見やる。
「おっ……」
するとすぐに、以前との違いに気付いて町をぐるりと囲む城壁を指差す。
「以前と比べて、水の量が凄い増えてる」
初めて訪れた時は、水不足で城壁の下の方まで剥き出しになっていたが、今は水嵩《みずかさ》がかなり上がり、水面に大きな葉の水草がいくつも見て取れる。
「これがきっと、エリモス王国の本来の姿なんだね」
「はい、砂漠の真ん中にあって自然豊かな水の国……噂に聞いた通りのエリモス王国です……本当に綺麗ですね」
旅立つ前にグランドの街で調べていた通りの光景に、ソラも感心したように「ほう」と息を吐く。
「おっ、本当に綺麗だな。それに魚もいるじゃないか……あれって、食べられるのか?」
「もう、姉さん!」
情緒をぶち壊すようなことを言うシドに、ソラが怒ったようにたしなめる。
「お願いですからはしたない真似はしないで下さいね。それより、早く国に入りましょう」
放っておけばシドに続いてミーファも余計なことをしそうだと感じたのか、ソラは姉の背をグイグイ押して先を促す。
「ほら、中が随分と賑やかなようですし、早く行きましょう」
「確かに……」
ソラの言う通り、城壁の向こうから陽気な音楽と楽しそうな歌声が聞こえて来る。
待望の雨が降った時も国を挙げてのお祭り騒ぎになったこともあったが、今日はあの日よりさらに賑やかな感じがする。
「ねえねえ、お兄ちゃん」
中の様子が気になってしょうがないのか、ミーファも頭の上の耳をピクピク、尻尾をわさわさと忙しなく動かしている。
「みんな喜んでいてお祭りみたい……とってもいいことがあったのかな?」
「聞こえたの?」
「うん、みんなおめでとうって言ってるよ」
「へぇ……」
ということは、船長の読み通りということだ。
少なくともトラブルの類ではないことを確認した俺は、息を吐いてミーファに笑いかける。
「とりあえず中に入って近くの人に何のお祭りか聞いてみようか?」
「うん!」
「後、はぐれたら大変だから手を繋いで行こうな」
「わかった」
大きく頷いたミーファと手を繋いだ俺は、皆と一緒にとっても賑やかなエリモス王国内へと入って行った。




