第三話
「奥様!!何故こんなところで寝ているのですっ!!!」
旦那様の補佐官ヴォイス様の絶叫で目が覚める。
澄んだ冷たい空気と暖かくて柔らかい感触。どこか懐かしい土の香り。生き物の息づく気配。青ざめた顔のメイドと驚愕した美形の青年。私が目覚めたのは、夜中の内に潜り込んだ屋敷の裏庭にある馬小屋でした。
もともと動物が好きで、こちらに嫁いでくる前は村で馬や牛、豚、鶏など家畜の世話をしていた。寝床を探すためメイドさんの手を煩わせるのも忍びなく、屋敷を彷徨っていたらいつの間にか裏庭に出てきてしまっていた。見上げる夜空は満点の星でいっぱいで、村にいた頃よりはすこし少なくなった気がするけれど、十分見惚れる綺麗な空だった。
ちょうどいい、ちょっと散歩でも…と散策しているうちにこの馬小屋を見つけた。懐かしさと好奇心からそろりと中を覗いてみると真新しい藁がたくさん敷き詰めてあり、馬たちも気持ち良さそうに寝ていた。だからつい潜り込んでしまった。
いえ、最初はさすがに馬小屋で寝るつもりなんてなかったのよ?空き部屋を探して一晩だけ過ごして、明日旦那様とは別の部屋を用意してもらおうと思っていたの。だけど、なんていうか、こう、眠気に勝てなくて・・・。
そんな私の貴族の夫人らしからぬ行為に、それはもう盛大に口煩くしこたまヴォイス様に怒られた。メイドさんたちには大慌てで風呂に入れられ、個室はすぐさま用意してもらえた。連れてこられた部屋を見回すと、一番最初に目についたのは大きなベッド。私なら5人は寝転がれそうなビッグサイズ。床は淡いピンク色のふわふわな絨毯が敷き詰められてあり、白地にうっすらと浮かぶ繊細なバラ模様のチェスト。猫脚のかわいいテーブルとチェア。正面のテラス付きの大きな窓には触り心地の良いシルクのカーテン。こんな素敵なお部屋があるなんて、どこのお貴族様のお部屋でしょうか。あぁ、そういえばここは旦那様、レイン=ウォーカー男爵家のお屋敷でした。
「起きているメイドなんてそこらにいたでしょうに!貴族の、仮にも当主の奥方様がなんたることを!馬小屋で寝かせたなどレイン様の、ひいてはウォーカー男爵家の恥になりますので今後このようなことが無いようにしてください!」
「ごめんなさい。」
ヴォイス様が怒っていた理由は馬小屋に寝ていたことの他にもう一つあって、私がくっついて寝ていた馬というのが特にいけなかったらしい。なんでも旦那様の愛馬で、(飼い主に似て、※ヴォイス様談)非常に気性が荒く気まぐれで旦那様とヴォイス様以外には慣れていないらしい。扱いが難しく飼育係も困る程だとか。下手したら寝ている間に蹴られて死んでいたと言われ、想像するだけでゾッとした。だけど潜り込んだときにこの旦那様の愛馬は起きていたような…と思い出す。
黒毛でしなやかな躰の雌馬。その懐に入っていいか聞いたときは渋る様子も機嫌を損ねる様子も無かった。じっとこちらを見て私という人間を探っていたけれど、しばらくするとぷいっと顔を反らして「勝手にすれば?」と言っているようだった。まぁ・・・昨夜がたまたまだったかもしれないから次からは気をつけようと思う。
今後の夫婦関係についての話し合いはまた一週間、旦那様の仕事が落ち着いてからしましょうとの説明を受け、それまで屋敷でおとなしく「奥様」をしているように言われた。
はい、と二つ返事で了承してしまったけれど、奥様らしくってどんなかしら。初心者の私に是非説明してほしい。