番外編3 片づけ(男の母編)
同じことがもう一度あったら、私は同じようにします。
あの日、教会で、私は泣かないと決めました。決めたのは、あの子が立ち尽くしているのを見た、その最初の五分です。
母親が泣いてしまったら、あの子は泣けません。あの子はそういう子です。人の顔色を見て、自分の順番を後ろに回す。私が取り乱せば、あの子はまず私をなだめる側に回る。それだけは、させたくありませんでした。
だから私は、控室に移って、まずお料理の話をしました。
九十人分です。もう作ってあるものは仕方がないけれど、お持ち帰りにできるものはないか、式場の方に聞きました。おかしいと思われたでしょう。でも、誰かがそれを聞かなければならなかった。
主人は使いものになりませんでした。あちらのお父さんに詰め寄って、それで終わりです。男の人はああいうときに、怒ることしかできません。怒るのは片づけではありません。
次の日から、私は順番に回りました。
まずご近所です。町内の十四軒。うちは長くいますから、みなさん式のことをご存じでした。玄関先で「事情がありまして」とだけ申し上げて、頭を下げて帰りました。中に入れていただこうとするお宅もありましたが、全部お断りしました。上がってしまえば、詳しく話すことになります。
親戚は電話です。二十二件かけました。同じことを二十二回言うのは、思ったより難しいことでした。三回目くらいから、言い方が決まってきます。決まってくると楽になります。それはそれで、あとから嫌な気持ちになりました。
写真館、貸衣装、美容室、印刷屋さん。それぞれに事情を説明して、後日の分は取り消していただきました。
全部で四日かかりました。
ご祝儀は、名簿を作りました。
パソコンの表計算というものを、私はそのとき初めて使いました。隣の奥さんの娘さんに教えていただいて、本も買いました。九十行あります。お名前、金額、ご住所、お返し済みかどうか。
四日かかりました。私はそれまで、電源の入れ方も知りませんでした。
あの名簿は、いまも残してあります。消す理由がありません。
「いいから」とおっしゃった方が十一人いました。ありがたいことです。ただ、正直に申し上げると、そのうち三人はご自分のときにうちがお包みした額より少ない方でした。そういうことを覚えている自分が嫌でしたが、覚えてしまうものです。
写真は、私が全部処分しました。
アルバムも、写真屋さんに預けてあったデータも、あの子の携帯に入っていた分も。携帯は、あの子が寝ている間に開きました。悪いことをしたとは思っていません。
あれを持っていて、いいことは一つもありません。持っていれば見ます。見れば戻ります。だから、なくすのがいちばんです。
捨てる前に、私は全部見ました。一枚ずつ、最後まで。
あの子には見せませんでした。私が代わりに見たのだから、それでいいと思っています。
主人は、あれから町内のあちらの話を一切しなくなりました。同じ町内ですから、道で会うこともあるはずです。何も言いません。男の人はそうやって、なかったことにするのが上手です。
封筒は、私が受け取りました。
あの子は突き返しました。控室で、主人と私のところにあちらのお父さんがいらして、また置いていこうとされたので、そのときに私が受け取りました。あの子には三日後に、式場の分だと言って渡しました。
実際には、もう少しありました。
その残りは、あの子が二度目に一緒になるときの内祝いに使いました。八人分のお食事と、ご近所とご親戚へのご挨拶の品です。
筋は通っていると思っています。あちらのご迷惑でうちが出したお金ですから、うちのお祝いに戻ってくるのが道理です。あの子には言っていません。言えば断りますから。
一か月ほどして、私はあの子に「もう終わったことにしよう」と言いました。
早すぎるとお思いになるかもしれません。でも、外から見たら一か月です。一か月経てば、周りは忘れます。忘れかけているところに本人が引きずっていると、今度は「あの子はまだ引きずっている」という話になります。そちらのほうが長く残ります。
私は、あの子が「そういう人」になるのが嫌でした。
弁護士に相談すると言い出したときは、反対しました。
みっともないと申しました。お金の話をすれば、こちらまで同じところに降りることになります。それに、あちらのお父さんは払うと言ってくださっていた。もう十分でした。
あの子は、聞きませんでした。
あの子が私の言うことを聞かなかったのは、あのときが初めてです。三百万と言ったそうです。私は金額を聞いて、何も言いませんでした。
いまでも、あれは要らなかったと思っています。
転勤の話が来たときは、ほっとしました。町を出るのがいちばんです。
いまのお嫁さんは、しっかりした方です。式はしないと聞いたときも、私は何も申しませんでした。あの子が決めたことです。写真だけ撮って、八人でお食事をしました。
あのお嬢さんは、あの話を一度もお尋ねになりません。よくできた方だと思います。
孫が生まれて、いまは年に何度か来ます。物置に荷物を出しに寄られたこともありました。
あの子は、あれから一度もあの話をしません。
忘れられたのだと思います。私が全部片づけたからです。片づけというのは、そういうものです。跡が残っていなければ、なかったのと同じになります。
私は、あの日から一度も泣いていません。
それが母親の仕事だと思っています。
(了)
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