表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バージンロードの途中で、花嫁は僕の横を通り過ぎた  作者: 桜野結


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/9

第三話 自由

車の助手席に乗ってから、私は髪を留めていたピンを抜いた。三十本近くあった。窓の外に投げようとして、やめて、ドアポケットに入れた。ヴェールは教会の駐車場に落としてきた。

 先輩は何も言わずに運転していた。私が笑い出すと、先輩も笑った。

 ドレスのまま高速に乗った。サービスエリアで先輩がスウェットの上下を買ってきてくれた。トイレで着替えて、ドレスは紙袋に押し込んだ。あんなに重かったものが、袋ひとつに入った。

 あの日のことを、私は何度も思い出す。思い出すのは、たいてい、その紙袋のことだ。

 最初のホテルで、宿泊者名簿に本名を書いた。書いてから、書くべきではなかったかもしれないと思った。誰も追ってこなかった。当たり前だった。私は成人していて、犯罪を犯したわけでもない。誰も探しに来ない。

 自由というのは、こういうことか、と思った。

 先輩の部屋は、ワンルームだった。

 都内で一人暮らしをしていると聞いていたので、そういうものだと思っていた。実際に住んでみると、二人には狭かった。私の荷物は何もなかったから、最初の一週間は問題にならなかった。

 最初の二ヶ月は楽しかった。嘘ではない。本当に楽しかった。昼まで寝て、二人でスーパーに行って、安い酒を飲んだ。先輩は私の話をよく聞いてくれた。

 彼は、よく聞いてくれる人ではなかった。彼は、私の話を聞く前に答えを持っている人だった。

 最初につまずいたのは、住民票だった。

 仕事を探すのに住所が要る。区役所に行って、転入届の用紙をもらった。前住所の欄で手が止まった。

 窓口で聞いた。転入するには前の市町村の転出証明書が必要だと言われた。実家の役所で発行してもらうか、郵送で請求するか。郵送で請求すれば、実家の役所で処理されて、返信は登録上の住所に届く。実家に届く。

 それに、転入すれば戸籍の附票に新しい住所が載る。附票は直系親族なら取れる。父が取り寄せれば、私がどこにいるかは一週間もかからずわかる。

 窓口の人は親切だった。三十代くらいの女の人だった。私の顔をしばらく見てから、声を落とした。

「もし何かご事情がおありでしたら、支援措置という制度があります。DVやストーカーの被害がある場合は、ご親族からの請求でも住所をお出ししないようにできます」

「そういうのではないです」

 そう答えるのに、少し時間がかかった。

 そういうのでは、なかった。私は誰にも殴られていない。追われてもいない。私が勝手に逃げただけだ。制度は、勝手に逃げた人のためには作られていない。

 私は用紙を返して、区役所を出た。

 住民登録がなければ、国民健康保険には入れない。会社の社会保険に入るには、まず会社に入らないといけない。会社に入るには、履歴書に現住所を書かないといけない。書いた住所は、どこにも登録されていない住所だ。

 面接には何度か行った。現住所の欄には先輩の部屋の住所を書いた。

 一社目は落ちた。理由はわからない。

 二社目は受かった。小さな会社の事務だった。制服の採寸までした。入社手続きの案内に、住民票の写しと年金手帳と前職の源泉徴収票、と書いてあった。

「取りに行けなくて」と私は言った。

 人事の男の人は困った顔をして、「ご家庭のご事情ですか」と聞いた。私は頷いた。頷いてから、それ以上何も説明できないことに気づいた。

 三日後、辞退の電話を自分からかけた。相手はほっとしたような声を出した。

 結局、住所を聞かれない仕事にした。

 日払いの倉庫。弁当工場の夜勤。手渡しの店。そういう仕事は、探せばいくらでもあった。誰も履歴書を見なかった。名前が本当かどうかも、たぶん確かめていない。倉庫では番号で呼ばれた。四十二番。三日いて、四十二番のままだった。

 時給は悪くなかった。ただ、休めば収入はゼロになる。有給という言葉を、私はもう使わない。

 奥歯が痛み出したのは、その年の秋だった。

 保険証がないので十割だった。受付で「保険証を忘れました」と言えば次回精算にできると教えられたが、次回はない。その場で全額払うことになる。

 見積もりを聞いて、その日は帰った。次の月も帰った。

 痛みは、ある日、消えた。神経が死んだのだと、あとで知った。

 それからは風邪をひいても行かなくなった。市販薬で治す。二週間治らなかったときは、治るまで待った。治った。だいたいのことは待てば治る。治らないものだけが、残っていく。

 先輩が不機嫌になる日があると気づいたのは、半年目くらいだった。

 特別なことは何もなかった。仕事で嫌なことがあった日、コンビニの袋を音を立てて置く。私が何か聞くと「別に」と言う。三十分もすれば戻る。

 普通のことだった。誰にでもある。

 彼にもあった。

 彼にもあったということを、私はそのとき初めて思い出した。彼のそういう日を、私は「重い」と呼んでいた。先輩の同じ日を、私は何と呼べばいいのかわからなかった。

 一年が過ぎた頃、先輩が「住民票、そろそろどうにかしないとな」と言った。

 どうにかする方法があれば、とっくにしている。私がそう言うと、先輩は「そうだよな」と言った。それきりだった。先輩は、私の問題を自分の問題として引き取らなかった。引き取る義理もなかった。私が勝手についてきたのだから。

 あの日、先輩は「行こう」と言った。

 「一緒に暮らそう」とは言っていない。「責任を取る」とも言っていない。

 私が全部、勝手に足した。

 冬に、一度だけ実家に電話した。

 母が出た。泣かれると思っていた。母は泣かなかった。

「お金の話が来てる」と母は言った。「三百万」

 私は何も言えなかった。

「お父さんが払うって。分割で」

 それから母は、体に気をつけなさい、と言って電話を切った。私の居場所は、聞かれなかった。

 三百万。その数字を、私はしばらく理解できなかった。式の費用は、それとは別に払っている。合わせていくらになるのか、計算しようとしてやめた。

 先輩にその話をした。

「聞いてない」と先輩は言った。

 嘘ではなかったと思う。先輩のところには何も届いていなかった。請求は、彼から、私と私の家に向かって飛んでいた。先輩は、その線の外にいた。

 あの日、教会の入り口に立っていた人が、いま、この件のどこにもいない。

 ——本当の君は、ここにいるべきじゃない。

 先輩は本当にそう言ってくれた。あの言葉は嘘じゃなかったと、今でも思う。

 ただ、先輩が言ったのは、そこまでだった。「ここにいるべきじゃない」の続きを、先輩は持っていなかった。私はそれを、先輩が持っていると思い込んでいた。

 風呂上がりに、洗面台の鏡を見た。

 式の朝、私は鏡の中の自分を見て、別人のようだと思った。プロがつくった顔で、感情が全部消されていて、作り物の笑顔だけが貼りついていた。

 いまの鏡には、化粧をしていない私が映っていた。感情も、たぶん、ちゃんと映っていた。

 私はそれを、しばらく見ていた。




お読みいただきありがとうございます! ブックマークや下の☆☆☆☆☆の評価にて応援していただけますと励みになります! どうぞ、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 ソコまで無理して逃げる必要も無いような。正面突破で慰謝料払えば良いんじゃ無いですかね。無駄に辛いとは思いますが。
まあ当日トンずらは彼への当てつけの可能性も考えたが、ただの無計画か。 花嫁攫うあほうに付いてくバカか。 しかし、平日でも休み取って地元の役所行けば直ぐに手続き出来たろうに(地元の役所だと関係者勤務して…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ