第二話 精算
「待て!」
彼女の父親の声だった。悲鳴に近かった。彼女は振り返らなかった。男の手を取って、扉の外へ出ていった。
扉が閉まる音は、思っていたよりずっと軽かった。
しばらく誰も声を出さなかった。それから、ざわめきが起きた。ひそひそ声が回って、やがて怒号になった。僕の父が彼女の父に詰め寄る声がした。「どういうつもりだ」と言っていた。彼女の父は、ただ頭を下げていた。
僕は動かなかった。
動けなかったのではない。動く理由が思いつかなかった。追いかけるべきだったのかもしれない。今でもときどき考える。でもあのとき僕の頭にあったのは、この後の料理をどうするんだろう、ということだった。九十人分だった。
彼女の父が僕の前で膝を折った。
「結婚式にかかった費用は、すべて弁済させていただきます」
「いりません」
僕がそう言ったのは覚えている。声が震えていたのも覚えている。差し出された封筒を押し返して、格好のつく台詞をいくつか言った。
三日後、父から封筒を渡された。「先方から預かった」と父は言った。式場の請求分だと。僕が突き返した後で、控室で、父はそれを受け取っていた。
「お前が受け取らんでも、こっちが払うことになるんだ」
正しかった。
式場から届いた明細は、A4で三枚あった。
挙式料。披露宴会場使用料。音響照明。司会。
料理は九十名分。当日キャンセルのため、規定により百パーセント。飲み放題プランも同じく百パーセント。
引き出物は、両家の名字を入れた箸のセットだった。名入れ済みのため返品不可、と備考欄にあった。九十個。いまも実家の物置にある。
装花。メインテーブル、ゲストテーブル九卓、チャペル装花。純白のユリと淡いピンクのバラ。彼女が三回打ち合わせに通って決めたものだった。四十万円だった。
僕は、花にそんな値段がつくことを知らなかった。
ウェディングケーキ。彼女の衣装。僕の衣装。ヘアメイク。前撮りの写真はもう仕上がっていて、紙焼きもアルバムも、代金だけは発生していた。
合計は三百八十万円を超えた。ご祝儀は入らない。当たり前だった。
新居は二年契約だった。
解約違約金は家賃の二ヶ月分。敷金は原状回復で戻らない。礼金と仲介手数料は当然戻らない。入居したのは式の二週間前で、彼女の荷物はもう運び込まれていた。段ボールが十二箱、開けられないまま積んであった。
実家に送り返した。着払いにするか迷って、元払いにした。それくらいの見栄は、まだ残っていた。
カーテンは彼女が選んだものだった。日当たりがいいから少し厚めのがいい、と言っていた。取り外して、捨てた。冷蔵庫と洗濯機は引き取り業者を呼んだ。ソファは処分料の方が高かったので、そのまま置いてきた。次に入る人が使うかもしれない。
ご祝儀の返却は、母がリストを作った。
九十人分の名前と、金額と、返却済みかどうかのチェック欄。母はそれをエクセルで作った。母がエクセルを使えることを、僕はそのとき初めて知った。
何人かは「いいから」と言って受け取らなかった。その人たちには後日、商品券を送った。一人だけ、返しに行ったのに留守で、そのままになっている人がいる。連絡先は知っている。行けばいいだけだ。行っていない。
リストは、まだ捨てていない。
会社は一週間休んだ。
戻ったとき、誰も何も聞かなかった。上司は僕を三日間、名古屋の出張に出した。気を遣ってくれたのだと思う。実際、助かった。
それが一番こたえた。
喫煙所の前を通ったとき、話し声が止まったことがあった。悪意はなかったと思う。悪意がない方がきついということを、僕はそのとき初めて知った。
半年ほどして、後輩に彼女ができたという話が飲み会で出た。その瞬間、全員が一度、僕を見た。見たことをごまかすように、誰かが話題を変えた。僕は笑っていた。笑っていられる自分に、少し驚いた。
母は一ヶ月ほどして「もう終わったことにしよう」と言った。
僕は何も終わっていなかった。母にとっては終わっていた。近所への説明も、親戚への電話も、写真屋へのキャンセルも、全部母がやったのだから、母の方が先に終わるのは当然だった。
父はその後、彼女の家の話を一切しなくなった。同じ町内の話を、しなくなった。
三ヶ月後、僕は弁護士に会いに行った。
三十分五千円の相談だった。三十分で終わらなかったので、一時間分払った。
婚約は成立していた。式場との契約書、両家の顔合わせの写真、指輪の領収書、新居の賃貸契約。証拠は揃っていた。不貞についても、相手の男の存在が式当日、九十人の証人の前で確認されている。
「珍しいくらい立証が楽です」と弁護士は言った。
褒められている気がした。
「相場としては、婚約不履行で五十万から百五十万というところです。ただ今回は式当日で、しかも不貞が絡む。悪質性が高いので、二百五十くらいまでは狙えます」
「三百でお願いします」
弁護士は書類から顔を上げた。少し意外そうだった。それまでの僕は、たぶん、おとなしい被害者に見えていたんだろう。
「根拠を作りますか」
「なくていいです。三百と書いてください」
根拠はなかった。ただ、三百と言いたかった。
「相手方のご住所はわかりますか」
わからなかった。彼女がどこにいるのか、誰も知らなかった。
「では、ご実家に送ります。ご両親に法的な支払い義務はありませんが、届けば動くことが多いので」
僕は頷いた。
彼女の父親の顔が浮かんだ。ネクタイの結び目を何度も押さえていた指が浮かんだ。あの日、あの人は知っていた。知っていて、僕の顔を見なかった。「ああ」と言っただけだった。
内容証明の下書きが届いた。定型的な文章だった。婚姻の予約、不履行、精神的苦痛。僕の三十年が、A4一枚に収まっていた。
宛先を確認するとき、僕の手は震えなかった。
その夜、僕は彼女の名前を検索した。何も出てこなかった。
次の夜も検索した。それから毎晩検索した。同姓同名の別人のブログを、一年近く読み続けた時期がある。文体が似ていると思った。似ているわけがなかった。
やめたのは、二年くらい経ってからだ。
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