"勇者"足るもの
アルフィーデ城、謁見の間。
俺は今、間違いなく自分の人生の中で最も危険な状況に晒されている。
人間の最高権力者である国王と、魔族の王である魔王、そして魔王の従属者ネフィリアが対峙しているのだ。
謁見の間の空気は完全に凍りつき、呼吸さえできないほど緊迫している。
(頼むから穏便に進んでくれ……)
俺は祈るような気持ちで、一歩前に進み出て頭を下げた。
「……国王。ご期待通り、魔王に【隷属の刻印】を施し、ここに連れて参りました」
国王は玉座に深く腰掛けたまま、鋭い目でレヴァナスを睨みつけた。
そして、その横に佇む不遜な態度の銀髪の魔族を横目で一瞥する。
「ふむ……。魔王の奴隷化は真実のようだな。……して、その後ろにいる魔族は一体何だ?」
俺が説明しようと口を開きかけた瞬間だった。
ネフィリアが俺より早く、冷たい声で言い放った。
「ネフィリアよ。――おじいさん」
(やめろおぉぉ……!!!)
ピクッ。
国王の眉が不快そうに跳ね上がった。
「場所柄を弁えぬ振る舞いだな……勇者よ、まずは退室させよ」
「断るわ。私はレヴァナスの従者よ。あなたの命令を聞く理由はない」
「……ここは対話をする席だ。会話もままならない蛮族は不要だ。」
「話し合いもせず勇者を何度も差し向けておいて、随分と立派な物言いね」
(言葉がつよい!!)
国王は、ネフィリアから視線を外すことなく続けた。
「過去、魔族と話し合いを試みようとしたこともあったが無駄だった」
「おぬしのその態度は自身の強大な力があるからか? 反撃にあってもその力でねじ伏せればよいと……そう考えているのか?」
「過去に出会った魔族どもと同じだ。 全てを力で解決しようとする」
俺はもう、冷や汗を流すことしかできない。
城内の近衛兵たちが、俺に何かを懇願するような目を向けてきているが、どうにかできるわけがない。
「……勇者よ。」
国王の低く、地を這うような声が玉座の間に響き渡る。
「私が連れてこいと望んだのは魔王のみだ」
「そっちの魔族は我々が気に入らないようだ。排除しろ。」
その無慈悲な命令に、ネフィリアの瞳に殺意が宿った。
「やれるものなら――」
「ふざけるな!!」
割れんばかりの大音声が、謁見の間を震わせた。
(……あ、しまった……)
気づいた時には、俺の口から反射的に言葉が飛び出ていた。
玉座の上の国王は目を丸くして驚愕している。
国王だけではない。
その場にいる城の従者たち、近衛兵たち……
そして、ネフィリアまでもが、意表を突かれたような表情で呆然としていた。
くそっ……
確かに俺は人間の勇者だ。
だけど、あんなわずかな口答えで「排除しろ」と命じる国王の言い草が許せなかった。
「勇者よ、其方……今、何と言った?」
国王の怪訝な声。
俺は自分の放った言葉の正当性を必死に頭の中で繰り返すが、国王を前に魔族を庇うような発言をした勇者の姿は、やはり周囲の目には「異常」に映るのだろう。
近衛兵たちの目が、徐々に俺への不信感へと変わっていくのが分かった。
――ただ、二人を除いて。
レヴァナスは、どこか誇らしげで穏やかな目を俺に向けていた。
そして、ネフィリアもまた、いつもの氷のような無表情がほんの少しだけ崩れている。
――レヴァナスが静かに国王へと目線を移し、張り詰めた沈黙を破るように、朗々と告げた。
「国王よ。我が僕が不調法を働き、大変失礼した」
魔王は胸元の奴隷の紋章をあえて見せつけるように、しかし、その圧倒的な王の威厳を一切損なうことなく言い放った。
「だが、一つだけ勘違いしないでいただきたい。我が従属するのはあなたでも、この人間の国でもない。」
「――私の主は、ここにいる勇者アルス、ただ一人」
圧倒的な存在感。
魔王のその一言によって、張り詰めすぎていた玉座の間の空気は、どうにか最悪の決裂を免れて収まった。
「……まぁ良い。【隷属の刻印】が機能しているのなら、今はそれで良しとしよう」
国王は不機嫌そうに鼻を鳴らし、俺を睨み据えた。
「勇者よ。此度の任務に失敗は許されぬ。魔王の言う通り、世界の脅威である魔素の元を完全に断ってまいれ」
「――もし、それが実現できなかった場合、あるいは魔王の言葉が嘘偽りであった場合……」
国王は冷酷に言い渡した。
「その時は、魔王とその僕たる魔族もろとも、責任を持って其方の手で処刑しろ」
レヴァナスの言葉に嘘はない。
であれば、俺たちがやるべきことは、魔素の特異点を完全に閉じること。……これができるかどうかじゃない。何が何でも、必ず成し遂げてみせる。
俺は深く息を吸い込み、真っ直ぐに国王を見据えて答えた。
「――承知しました」
人類の未来だけではない。
自分を信じて奴隷の鎖を受け入れてくれた魔王と、そして、その主を護ろうとするネフィリアの命。
そのすべてを救うため、俺は魔王レヴァナス、そしてネフィリアと共に――
人類禁忌の地――【深淵の洞穴】へと、力強く歩みを進めるのだった。
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