理外の者
胸が熱い。身体が燃えるようだ。
かつての仲間たちや国王の守ろうとした誇り。ネフィリアの切なる願い。そして、レヴァナスの熱き想いが、俺の全身を激しく躍動させる。
神は、アルスの復活に明確な苛立ちを露わにしていた。
「何度も何度も……いい加減にしていただきたいものですね」
神の背後に巨大な光輪が出現し、世界を圧潰しかねない強大な力がその一点へ圧縮され始める。
俺は慌てることなく、聖剣の柄を力強く握り締め、一足。爆音とともに神へと跳躍した。
――【神罰天穿】――
神の光輪に集束した膨大な光が天を震わせ、世界そのものを盲目の純白へと染め上げる。
次の瞬間、神罰の閃光が天より放たれ、俺の身体は光の濁流の中へと消え去った。
だが――。
「うおおおぉぉぉあああ!!!」
黒煙を纏う聖剣が、世界を滅ぼすはずだった神罰の閃光を真っ向から切り裂いた。
「馬鹿……な……」
「終わりだ!! 神!!」
アルスの放った漆黒の剣閃が、神の胴体を真横に走る。
一拍遅れて、傷口から鮮血のように、目も眩むような白い閃光がドクドクと噴き出した。
「がっ……!! まさか……なぜだ……なぜ我が……!」
神は、激痛に顔を歪めながらアルスに目線を向ける。
「勇者が……なぜこの我に、刃を届かせることが……」
そこには――月明かりの逆光を浴び、姿の定まらない一人の男が立っていた。
その瞳には決意と覚悟を思わせる、まさに人類の「勇者」。
しかし体から発するものは、天を侵食するほどの漆黒の魔力を纏う、まさに深淵の「魔王」。
相反する双方が、見事なまでに溶け合った、何者でもない理外の存在がそこにいた。
「認められるか……! この世界は……我の物っ!!」
神は全身に悍ましい光を纏う。
次の瞬間――激しく発光する腕が、すでに俺の眼前まで振り下ろされていた。
ガシュウゥゥゥッ!!!!
アルスの全身から噴き上がった冥力が、黒き奔流となって神の腕へ喰らいつく。
光と闇が、至近距離で激突した。
「がっ……!?」
神の表情が、大きく歪む。
漆黒の闇は神の腕を呑み込み、侵食し、存在そのものを削り取っていく。
そして――。
神の両腕は、肘から先ごと、跡形もなく消滅した。
「ありえ……ない……」
ついに神はその動きを止め、膝から崩れ落ちた。
「……我は…人類のために……」
神は、その瞳に涙を浮かべ、俺に問いかける。
「我は……間違っていないだろう? アルス……」
俺は神に目線を合わせるように空に膝を付く。
「……それは……誰かに答えを求めるものじゃない。誰かが答えを持っているものじゃない」
「想いは、他者に強制した時点で、ただの傲慢になっちまうんじゃないかな」
神はゆっくりと地上に目線を送る。
光の死者と対等に戦った、シサロット、フィン、キューノ。
六枚翼の使者の攻撃に耐え続けた、バルバトス、セレナ。
人間達を護った、魔族であるネフィリア。
そして勇者アルスのため、その命を賭けた、魔王レヴァナス。
彼らの成長は、神が想定していたものではなかった。
神は笑みを浮かべる。
「そうか……成長を止めてしまったのは、我だったのかもしれないな」
神は俺の目を見つめた。
その目には、後悔、無念、希望……。様々な想いが内包されていたが、俺への期待は一つだった。
俺は、神の願いを叶えるため、聖剣を握り直した。
「神よ。終わりにしよう」
――【天冥斬】――
黒き斬撃が、神を存在ごと消滅させた。
――
「終わった……な…」
俺はここに来て、ようやく全身を襲う凄まじい疲れを感じた。
生死の境を彷徨い……レヴァナスの魔力を限界以上に引き出した俺の肉体は、倒れ込むように空中から崩れ落ちた――。
地表に叩きつけられる直前。その身体を、誰かが優しく受け止めた。
「ネフィリア……」
見上げると、あの冷徹だったネフィリアが、その目から涙を流していた。
「あなたが生きていて……よかった……本当によかった……」
レヴァナスの前でさえ決して涙を流さなかった彼女。
彼女もまた、この過酷な戦いの果てに、自身の中で小さくも確かな変化があったのかもしれない。
「レヴァナスが……呼んでたんだ。あいつに……また会いたかったな……」
神を退けた。
だが、俺が一番会いたいやつが、ここにはいない。
胸の奥から込み上げる熱いものが、今度は俺の目を伝って流れ落ちた。
――私なら、ここにいるよ?――
ふと、聞き慣れた、どこまでも穏やかな声が聞こえた。
「レヴァナス……!?」
俺とネフィリアの声が重なる。
見ると、俺を纏っていたあの黒煙が、ゆっくりと一人の男の輪郭――レヴァナスの姿を形成していく。
「お前……それ……生きてんのか……っ!?」
「私はこれでも魔王だったからね。生命の核さえ無事であれば、いずれ復活するのさ。君にすべての魔力を入れたからかな……君の中に核が生成されていたみたいだ」
あまりにあっけらかんと言うレヴァナスに、俺はいつものように軽口を返したかった。
でも、溢れてくる涙が止まらなくて、どうしても言葉が出なかった。
「……よかった……」
それだけを、どうにか絞り出した。
街中の民が、戦いの終わりを肌で感じ取り、やがて、一人の人間が歓喜の声を上げる。それをきっかけに、割れんばかりの声が街中へと広がっていった。
『勇者様が勝った……!』
『本当に……終わったんだ……!』
人々は涙を流し、互いに抱き合い、空に向かって叫び声を上げる。焦土と化した城下町は、祝福の歓声に包まれた。
俺はその光景を見ながら口を開いた。
「レヴァナス」
「うん?」
「俺、勇者でよかったよ」
レヴァナスが、静かに目を細める。
「お前に会えたからな」
ほんの一瞬の沈黙。
それからレヴァナスは、いつものように柔らかく笑った。
「……私はね、やっぱり魔王はこりごりかな」
思わず笑みがこぼれた。
「そりゃそうだ」
俺は体中から力を抜き、聖剣を地面に落とした。
――俺の
――俺の一人の人間としての、勇者としての旅は――
――今、終わった。
読んでいただきありがとうございます。次回最終話。




