対峙する者
「……まさかまだ生き永らえていようとは思いませんでした」
天空に佇む神は、その表情を微塵も崩すことなく、冷徹に言い放った。
「悪霊みたいなものさ。アルスがまだ眠っているからね。だから、彼の身体を少しだけ借りているだけだよ」
レヴァナスは、立ち尽くすネフィリアへ視線を送り、静かに口を開いた。
「ネフィリア。ここからは想像以上の激戦になる。だから……皆を守っていてくれないかい?」
ネフィリアはその双眸を決意に染め、毅然と言い放つ。
「――あなたの守りたいものは、この私が、そのすべての命を賭して護り抜いてみせるわ」
「できれば、君も生きていてくれると嬉しいな」
レヴァナスはいつもの優しい笑顔を返し、それから、ゆっくりと神へと視線を戻した。
神は、はぁ、と退屈そうに深い溜め息を吐く。
「まさかと思いますが……その紛い物の身体で、この我に勝てるとでも?」
「どうだろうね。確かに私は、『神に匹敵する力』を与えられている。だけど、あなたは規格外だからね」
そう淡々と、まるで他人事のように述べながらも、レヴァナスは神の元へと躊躇なく近づいていく。
(っ……?)
神は、自身を前にしても寸分も引かないレヴァナスに対し、微かな、しかし奇妙な違和感を抱き始めていた。
(不思議ですね。無策なまま無謀な戦いを挑むような愚か者ではないはずですが……)
「……まぁ、良いでしょう。あなたには我と同等の力を与えています。この世界の、最後の幕引き(フィナーレ)を飾る相手としては、相応しい」
神はその両手に、周囲のすべての光を吸い尽くしたかのような、悍ましく輝く極大の光球を発現させた。
「それはどうかな。私たちのこの戦いは、ただの始まり(プロローグ)に過ぎないかもしれないよ?」
レヴァナスもまた、その両手に、周囲の空間ごと極限まで圧縮した漆黒の闇球を激しく発現させる。
神と魔王。2人の決戦は、文字通り壮絶を極めた。
お互いの放つ光と闇が溶け合い、強烈な閃光とそれを覆い尽くす漆黒が幾度も爆発する。
その激突の余波で、世界を崩壊させてしまうほどの凄まじい衝撃。
しかし、純粋な戦闘能力だけで言えば――レヴァナスの方が、遥かに神を凌駕していた。
神の放つ無尽蔵の光撃を最小限の動きで即座にいなし、神へと鋭い一撃を次々と叩き込んでいく。
「――【アビス・スフィア】――」
レヴァナスの両手に凝縮された漆黒の球体が、禍々しい波動を放ちながら、幾度も神へと解き放たれる。
ズガアァァァァンッッ!!!!
直撃。――しかし。
「――【神光穿】――」
立ち込める黒煙の奥から、極限まで圧縮された閃光がレヴァナスへと真っ直ぐに放ち返された。
レヴァナスに直撃することはなかったが、神は退屈そうに苦笑しながら言った。
「何か策があるものかと思えば……結局はこの世界の魔王というただの存在に過ぎませんね」
神はレヴァナスの放った極限の闇魔法の直撃を受けてなお、傷一つつついていなかった。
神の絶対防御。もはやそれは防御とすら言えない。
まるでそこに何も起きていなかったかのように、すべての事象が消失する。
「やはり……『魔王』である私であっても、あなたには届かないか」
レヴァナスの言葉は、諦めのそれのようにも聞こえた。
だが、その風体はいかにもふてぶてしく、絶望など微塵も感じていない様子だった。
「悲しまなくても良いですよ。 人類も、あなた方も、すべてここで美しく終わるのですから」
神がまた、その両手に光を宿す。
「ひとつ――」
不意に、レヴァナスが静かに口を開いた。
「――ひとつ、聞いても良いかな?」
レヴァナスが何かを目論んでいる。神の胸の内に、小さな興味が湧いた。
この男の抱く考えがなんなのか、その楽観的な態度の正体が知りたかった。
その上で、その期待もろとも、終わりにする。
「……何でしょう?」
「……あなたのその長い髪、随分と綺麗ですね」
神は一瞬、呆気にとられた。
この世界の命運をかけた最終決戦の最期に、何を言い出すのかと思えば。
くくっ、と神の口元から、嘲笑が溢れ出る。
「そうでしょう? 我が身を飾る、自慢の髪ですよ」
「そんなに気に入っているなら、もっと丁寧に扱ったらどうだい? ……例えば」
レヴァナスは不敵に笑う。
「――後ろで、綺麗に一本に縛るとか」
「――!?」
その瞬間、神の全身に、生まれて初めての『戦慄』が走った。
神は自らの髪を、後ろで一本に紐で縛っていた。……はずだった。
しかし、今。
その留め紐は跡形もなく斬り落とされ、自慢の長髪は、無造作に、バラバラと肩へと降りている。
神の肉体に、攻撃は当たらない。
――それは、神が身に付けている『衣服』や『装飾品』も同様であった。
(いつ……!? なぜ、我は気づかなかった……!)
神の脳裏に、ひとつの光景が蘇る。
最上位の天界の使者が地上を白く染めた直後。
黒い気流を纏った勇者アルスが、猛烈な一撃を斬り込んできたあの瞬間を。
(あの時…アルスに何かが起きていたのか……? 我に届く…何か異変が……)
神の信託を超え、己の刃を届かせたアルスの奇跡。
レヴァナスは、その肉体に残るわずかな手ごたえに気づいていた。
「私では、あなたを倒せない」
レヴァナスは、笑みを含んで口を開く。
「だから――」
「くっ……!!」
「――彼にお願いするよ」
レヴァナスは、アルスである自身の胸の結晶へと、そっと優しく手を当てた。
「無駄なことです! 消滅しなさい!!」
神の手から、最大出力の神罰の光が放たれる。
「――【神光穿】――ッ!!」
世界を白く塗り潰す極大の閃光が、レヴァナスの肉体を完全に呑み込もうと襲いかかる。
迫り来る光の中で、レヴァナスは、心の中でその名を呼んだ。
(――アルス。ちょっと困ってるんだ……助けてくれ――)
(――アルス――)
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