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王妃と素敵な仲間たち

魔王城を前に佇む俺の足取りは、不思議なほど軽かった。


国王や仲間、そして民衆の前で大見えを切ってソロ討伐を引き受けてしまった時は、この世の終わりのような絶望感があった。

だが、今になって冷静に考えれば、あれは少し悲観的に捉えすぎていたのかもしれない。


魔王の手のひらを見ただけで意識が遠のいたこと。

そして、パーティーの中で【勇者】である俺だけが、ほぼ無傷で生還したこと。


これらの事実から導き出される答えは、ただ一つ。


(あの魔王の最初の動き……あれは攻撃ではなく『幻惑系』の魔法だったんだな!)


実際に食らうのは初めてだったが、城の文献によると、幻惑魔法の中には相手の意識を乗っ取り、行動を自由に操るものもあると書いてあった。

前回の俺は、それをまともに食らって気絶しただけに違いない。


そして何より、パーティーの中で俺だけがほぼ無傷だったという点。

これはつまり、魔王ほどのバケモノであっても、人類最強たる俺の肉体に傷をつけるのは容易ではないという動かぬ証拠じゃないか!


禍々しくそびえ立つ魔王城を前に、ドクドクと心臓が高鳴る。

これは恐怖ではない。魔王と戦い、勝利する――その未来を見据えて、武者震いしているのだ。


「よし……勝てる、勝てるぞ俺……!」


意気揚々と玉座の間に踏み込んだ俺は、剣を抜いて叫んだ。


「魔王! 前回のようにはいかんぞ!」


「無駄だと……言っているだろう」


魔王が、前回と同じようにゆるやかに手のひらを向けてくる。


「かかるかよ!」


俺は一足飛びにその場を跳躍し、魔王の幻惑魔法を鮮やかに避けてみせた。

すぐさま着地し、体勢を立て直す。


だが、俺の目の前には無数の「黒いモヤ」が浮かび上がり、それは不気味に変形していった。

バリバリと不穏な雷鳴を帯びた、無数の『黒い剣山』。

それが四方八方から、逃げ場のない超スピードで俺めがけて殺到する。


「くっ……! 【勇者】を……なめるなああああッ!!」



無理だった。


「だめだこれ、普通に勝てないわ」


どうにかボロボロになりながら魔王城を脱出し、近くの森へと姿を消した俺は、美しい夜空を見上げながら「とりあえず実家に帰ろう」と心に決めた。



アルフィーデ城、謁見の間。

国王を待つ俺の心は、いつになく冷静沈滞であった。


王国の城門をくぐった時、盛大なパレードを準備していたであろう国民たちが、俺のなんとも言えない死んだ魚のような風貌を察したのだろう。

何事もなかったかのようにサッと普段の生活に戻っていくのを横目で見ていたが、今の俺には後ろめたさも恥じらいも一切ない。


(この感じ……あれだな。子供の頃、学び舎で長期休みの宿題を1文字もやらずに当日を迎えたあの虚無感に似てるな。あの時、隣の席のシサロットもこんな顔で平然としてたっけ。人間、もうどうしようもない限界を迎えると、心って無になるんだな……)


いつになく険しい表情で、なんなら隠しきれない苛立ちさえ覗かせている国王。

その圧倒的な威圧感を前にしても、俺は身じろぎ一つせずに言い放った。


「国王! 私では魔王を倒せません!」


よし、言ったぞ。

その一言で国王が激怒し、ブチ切れるかと思った。

しかし、予想に反して国王は焦燥に駆られた表情になり、明らかに動揺した素振りを見せた。


「……な、何を言うか。まるで全てを諦めたような物言い……そんな不届きが、このアルフィーデの地で通ると思っておるのか……!?」


「私は事実を伝えているのです。神の授けし【勇者】のスキルを以てしても、あの魔王を討ち倒すことは不可能なのです」


「アルス! 貴様……っ!」


若き日の国王は【暴虐】のスキルを授かり、その豪胆な戦闘能力は一国を滅ぼす軍勢すら止められなかったと言われている。

そんな国王の、はるか昔に封印されたはずの『暴虐の覇気』が周囲の空気をピキピキと震わせ、今まさに発現しようとした、その時――。


「お待ちなさい、王よ」


凛とした声が響く。この国で唯一、国王の暴走を完全に制することができる人物。

王妃が、底知れない笑みを浮かべながら王を静止させた。


「一国を治める王ともあろうあなたが、勇者殿の『真の意向』をお分かりにならないのですか?」


「な、何……? それは一体、どういう意味だ、我が妻よ」


困惑する国王を一瞥したのち、王妃は俺の方を向いて優雅に言葉を続けた。


「アルス殿は『倒せない』とおっしゃいましたが……それはつまり、『魔王をこの世界から完全に【消滅】させることはできない』……と、そう言いたいのですよ」


(……ん? 何言ってんだこいつ)


心の声が出そうになったが、この異常な空気の中で否定することの無意味さを理解している俺は、スンと心を無にして静観することにした。


「この王城の地下には、数多の古代書物が眠っています。私が研究を続けてきた解析データの中には、このように記載されている一節がありました」


――【悪きもの……そこにあらず……深淵の地……発現せし】……。


「所々が風化して読めず、これまでは明確な意味が分かりませんでしたが、先ほどの勇者殿のお言葉でハッキリと氷解いたしました。……つまり、魔王とは『何度倒そうが、その都度復活する不死の存在』なのです!」


「なんだとぉぉぉーーーッッ!!!?」


(なんだとぉぉぉーーーッッ!!!?)


国王の驚愕の叫びと、俺の内心の絶望の叫びが綺麗にシンクロした。


「国王が驚くのも無理はありません。なぜならそれは『実際に魔王を倒してみないと分からない事実』なのですから!」

「すなわち――勇者アルス殿は、すでに一度、魔王を圧倒して打ち負かしているのです!」

「しかし、その直後に魔王が何事もなかったかのように復活したため、その脅威の根本を突き止めるべく、一時撤退してここに戻ってこられたのです!」


「なんだと本当にぃぃぃぃーーーーッッ!!!!?」


「なんだってええええええええーーーーッッ!!!!?」


どうやら俺のリアルな「なんだって!?」という声は、国王の怒号にかき消され居並ぶ近衛兵たちには届かなかったらしい。


「勇者アルスよ……。よもや、すでに単身で魔王を一度ぶちのめし、その上で敵の不死性の謎にまで迫っていたとはな……。先ほどまでの我が無礼、どうか許してくれ……!」


ガタガタと椅子を鳴らし、目頭を熱くして俺を拝むように見つめてくる国王。

もういい。

説明するのも面倒くさいから、そういうことにしておいてくれ。


「だが、復活の謎が分かったところで、それを解決する手段がなくてはな……」


腕を組んで唸る国王に、王妃はフッと妖艶に微笑む。


「私が、何の考えもなしにこのようなお話をするとお思いですか?」


「ふははは! さすがは我が妻! わしにできない頭脳労働をすべて補ってくれるな!」


「だから私はあなたといるのよ、王」


仲睦まじいのは素晴らしいことだが、完全に蚊帳の外に置かれている俺は、これから事態がろくでもない方向に向かうのを肌でビンビンに感じ取っていた。


急げ、脳細胞。今のうちにこの状況を脱出する言い訳を考えるんだ。


「アルフィーデ王国からはるか西、大陸を超えた先の離島に浮かぶ『ドルパ帝国』。その地中に、古代のカタコンベが存在することは有名ですね。」

「そのカタコンベの悪霊を封じるために作られた太古の遺物……あらゆる魔力を吸い尽くす【吸魔の宝玉】と呼ばれる、伝説のレッドダイヤモンドが存在することが、私の研究で明らかになっています」


「レッドダイヤモンド……! まさか、あのドルパ帝国の……!」


「ええ。皇帝である『ドルパ王』が現在も肌身離さず身につけている王冠の宝飾。それこそが、吸魔の宝玉なのです」


ドルパ帝国。ドルパ王。

その名前を聞いた瞬間、俺の脳内に一筋の、まばゆい救いの光が宿った。


(待てよ……? ドルパ帝国って、完全実力主義の鎖国国家だよな……? 他国を攻めもしない代わりに、他国のいざこざには一切耳を貸さない)

(俺が昔挨拶に行った時も、ドルパ王は俺を『役に立つ駒』として品定めするような目で見ていたっけ)


あの時は最高に不快だったが――今なら、それが最高のチャンスになる!!


あの大国に乗り込んで、ドルパ王の「お抱えの最強用心棒」として取り入ってしまえば、もう魔王なんかと戦わなくて済むじゃないか!

人類最強の勇者を、ドルパ王がみすぼらしく死地へ行かせるわけがない。

亡命だ! 帝国への亡命こそが俺の生き残る道だ!!


正気を取り戻した俺は、床を強く踏み締めて大声をあげた。


「国王! 話は分かりました! すぐさまドルパ帝国へ立ちます! 必ずやそのレッドダイヤモンドを手に入れ、魔王を永遠なる闇へと葬り去ってみせましょう!!」


「おおお! さすがは勇者殿! 先ほどまでの覇気のなさが嘘のような、恐ろしいほどの闘志だ! よし、では早速、帝国のドルパ王へ親書を――」


「ふふ、勇者よ。そんな面倒なことをする必要はありませんわ。……彼らを此処へ!」


王妃がパチンと扇子を鳴らす。

その合図とともに、謁見の間の重厚な扉が開いた。


入ってきたのは、見慣れた3人の幼馴染。

シサロット、キューノ、フィン。


彼らは砂埃にまみれ、ひどく疲弊した出立ちだったが……その表情は一様に、これ以上ないほど誇らしげに輝いていた。


嫌な予感しかしない。さっきまで体中に満ち満ちていた「亡命計画」の覇気が、音を立てて急速に萎んでいくのが分かった。


見てしまったのだ。

中央を歩くキューノが、まるで世界の至宝を扱うかのように、大事そうに抱えている豪奢な宝匣ほうこうを。

そしてその隙間から、赫赫と禍々しいまでの赤い輝きを放っている、一玉の宝石を。


「アルス! とってきてやったぜぇ!!」


(とってくんな!!!)


「アルスだけに、そんな重い負担をさせるわけにはいかないからね」


(逆に追い詰めてんだよ!!!)


「まぁ、私はちょっと魔物の道案内をしたついでだったけどね!」


(お前はなんなんだよ! ツンデレとか古いんだよ!!!)


ガバァッ!と宝匣が開けられ、謁見の間が真っ赤な魔力に染まる。

間違いない、神話級の遺物【吸魔の宝玉】だ。


「ハハハハハ! さすがは勇者の同胞たちよ! わずか数日でドルパ帝国から秘宝を奪い去ってくるとはな! さあ勇者アルスよ、機は熟した! この宝玉を手に、今度こそ魔王を討伐するのだ!!」


パチパチパチパチ!と鳴り響く、場内の割れんばかりの拍手と喝采。

国中の期待を一身に浴びる俺に、もはや人類の言語で反論する余地など残されていなかった。


俺は乾いた笑みを浮かべ、震える手で剣を天に突き上げる。


「……この命に代えても、必ずや成し遂げてみせましょう!」


(3回目ともなると手土産を用意したほうがいいかもしれないな。)

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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