人類最強勇者の絶望
犬派と申します。よろしくお願いします。
「魔王! 私怨はないが人類のため排除させてもらう! みんな行くぞ!」
『『おおおおおおッ!!』』
「無駄なことを……」
魔王が、ゆるやかに手のひらを向ける。
その瞬間、俺の視界は真っ暗になった――。
◇
――アルフィーデ王国。
この世界で最も巨大な大陸において、最も栄えた国。
この国では、10歳から20歳までの間に「神からの神託」によって、一人一つ『特別な能力』を授かる。
国民は皆、そのスキルに従った職業に就き、平穏に暮らしていた。
豊かな自然と、強固な城壁。
神に守られたこの国だが、太古の昔からある脅威に脅かされ続けている。
魔物だ。
奴らは無尽蔵に現れ、人々を襲う。
だが、数百年の歴史の中で、魔物が完全に消え去った時代がほんの数年間だけある。
そう――神から【勇者】の神託を得た者が現れた時代だ。
◇
アルフィーデ城の地下。
ほのかに輝きを放つ『神託の泉』の前に、一人の青年が悲壮な覚悟で佇んでいた。
(今年で20歳になる……。まさか、ここまで神託が降りないとは思わなかった……!)
青年の名はアルス。
同い年の友達は数年前にスキルを授かり、とうに自立している。
スキルのない俺は何をやっても普通以下。周囲からは「お荷物」として邪険に扱われてきた。
(お願いします……! どうか、私に神託を授けてください……!)
心の底から願った、その時だった。
『……ルス……アルス……私の声が聞こえますか……?』
脳内に直接、声が響く。
暖かく優しい、でも、どこかゾッとするほど冷たい声。
『アルス……あなたは選ばれたのです。人類を……導くのです……』
ゴガガガガァァァンッ!!!
強烈な雷光が泉から放たれ、アルフィーデ王国全土を眩しく染め上げた。
こうして俺は、人類最強と謳われるユニークスキル【勇者】を授かった。
――人類最強であっても、魔王には指一本触れられないということを。
――そしてその事実を理解せず、俺に期待し続ける国民の『重すぎる視線』に応え続けなければならない絶望を。
この時の俺は、知る由もなかった。
◇
神託を受けたあとの俺は、とにかく凄いの一言に尽きた。
何をやっても規格外。世界中から国宝級のアイテムが勝手に集まってくる。
「アルス! 城の学者に聞いたんだけどよ! 北国のノースドラゴンの巣のさらに奥に氷穴があって、そこに古代神具の鉄甲があるらしいんだ!」
豪快に笑いながら部屋の扉をブチ開けてきたのは、大男のシサロット。
神から【爆拳】のスキルを授かった、俺の幼馴染だ。
拳一つで巨岩を粉砕する彼の戦闘力は、王宮の近衛兵が束になっても相手にならない。
「お前、城の防衛長に就任したばっかりなんだから遠出できないだろ? 俺がちょっと散歩がてら取ってくるよ」
――1週間後。
「シサロット、はいこれ。取ってきたぞ」
「は? これ……マジかよ……っ!?」
一見ただの古びたリストバンドに見える神具。
だが、シサロットがそれを腕に装着した瞬間、薄く輝く魔力の膜が彼の拳を包み込んだ。
シサロットが驚いて、そばにあった頑丈な鉄製甲冑に触れる。
シュウウウ……。
触れた部分が、音もなく一瞬で砂のように朽ち果てた。
「おいおいおいおい! アルス! これアカンやつだろ! 触るもの皆殺しじゃねえか!」
両手の置き場所がわからないのか、両手を万歳の形にあげたままパニックになるシサロット。そのあまりの動揺っぷりに、俺は思わず吹き出してしまう。
「はは、大丈夫だって。それ、持ち主の意識によって『破壊』か『防御』に性質が変わる神具だから。相手を傷つけたくないって思ってる時は、ただのオシャレなバンドだよ」
そう言って、俺は万歳しているシサロットの両手をギュッと握ってみせる。
「ほらな、何も起きないだろ? 次の魔王討伐、頼りにしてるぜ」
「アルス……お前、やっぱり凄すぎるよ! さすが神に選ばれた勇者だ!」
「『勇者様! さすがです!』」
「『勇者様! 勇者様!』」
シサロットが大声で騒ぐもんだから、部屋の外にいた衛兵たちまで便乗して大合唱を始めやがった。
ハハ、と苦笑いしながら、この狂信的な光景に慣れてしまっている自分がいた。
◇
アルフィーデ城の一角。他より一段と厳格で、美しい場所がある。大教会だ。
そこには、シサロットの妹であり、【賢者】のスキルを授かったキューノがいた。
ステンドグラスから差し込む神秘的な光を浴びて静かに祈る彼女は、まさに本物の聖女そのものだった。
「アルス、こんにちは」
「よう、キューノ。この前ノースドラゴンに会いに行ったついでに、北国の『古代聖殿』に寄ってきたんだけど……」
北国の古代聖殿。それは聖職者たちの間で「存在しない幻の地」と言われていた場所だ。
なぜなら、誰も見つけることができないから。俺がピクニック感覚で行けたのは、やっぱり【勇者】だからなのだろう。
そんなお伽噺のような話を、キューノは疑いもせず、瞳を潤ませて身を乗り出してきた。
「古代聖殿……!? 本当に存在したのですか……っ!? それで、中には一体何が……!」
「あ、いや……実は中には何もなくてさ。祭壇の上にこれだけポツンと置いてあったんだ」
俺はポケットから、琥珀色に輝くアミュレットを取り出して見せた。
「これは……! 身体が震えるほどの、純粋な『聖法力』を感じます……!」
「やっぱり? これ、法力を何倍にも強化できる聖具らしいんだ。俺が持ってても宝の持ち腐れだし、キューノにあげるよ」
「えっ……!?」
「い、良いのですか……? 言葉にできないくらい、嬉しいです……!」
普段はクールな聖女が、今にも泣きそうな顔でアミュレットを大事そうにギュッと抱きしめる。うん、その可愛い顔が見られただけで、凍える雪山を走った甲斐があったというものだ。
「さすがアルスだね! 最高の勇者様だよ!」
「『勇者様! 万歳!』」
「『勇者様! 勇者様!』」
普段は静粛な教会が、衛兵やシスターたちの歓声で一気に居酒屋並みの大騒ぎになった。
◇
国王は俺に魔王討伐を命じたが、道中の安全と、一人旅のメンタルを考慮して、国内最強のスキルを持つ若者たちを同行者に任命した。
シサロットと、キューノ。そして――。
「アルスーーーッ!」
シサロットとは別の意味で、いつも元気……というか最高にうるさい少女が突撃してきた。魔物を操る【使役】を授かったフィンだ。
いつも俺に突っかかってくるので若干面倒だが、顔が可愛いからヨシとしている。
「アルス! 聞いたよ! シサロットとキューノにだけ、なんか凄いものあげたんだって!? ずるい! 私にもちょーだい!」
腰に手を当ててぷんぷんと怒るフィン。
「いや、そう言われてもな……。あ、これならどう?」
俺が奇妙な形の耳飾りを取り出すと、フィンは「何これ、変な形ー」と明らかに不機嫌そうに頬を膨らませた。
「勇者になってから各国を回った時、南方の隠れ里に住む遊牧民を助けてさ。その時、仲間の印として貰ったんだ。これ、身につけてると【フェニックス】を召喚できるらしいよ」
「……へ?」
フィンの表情が、不機嫌から驚きへ、そして完全な絶望(唖然)へと変わっていく。
さっきまで威勢の良かった瞳がキョロキョロと泳ぎ、額からじわりと冷や汗が流れた。
「フェニックスって……あの、神話に出てくる不死鳥……? 文献でしか存在しないはずの、あの世界最強の幻獣……?」
「文献のやつは知らないけど、俺が一回呼んだら確かに燃える鳥が出てきたから本物。でも、俺には【使役】スキルがないから言うこと聞かなくてさ。フィンならピッタリだろ? だからあげる」
「あ、ありがとう……家宝にするね……」
フィンは震える手で耳飾りを受け取ると、あまりの価値の重さに顔をニヤつかせながらまじまじと眺め始めた。正直不気味だが、やっぱり可愛いからヨシとする。
「アルスは本当に凄いや! ! さすが人類最強の勇者!」
「『『勇者様! 勇者様! 勇者様!』』」
城下町に出れば、もはや国民全員が合唱団のように俺を讃えてくる。
◇
そして、決戦の日。
アルフィーデ城の謁見の間にて、俺と仲間3人は国王の眼前に立った。
「勇者アルスよ! 信頼の置ける仲間と共に、人類の敵である魔王を討伐してまいれ!」
「はっ。必ずや、皆の期待に応えてみせます」
俺が負けるはずがない。
信頼できる最高の仲間がいる。世界最強の神具もある。
人類最強の俺が、負ける要素なんてどこにもない。
――そう、思っていた。
だが、現実は残酷だった。
「無駄なことを……」
魔王城の玉座の間。
一瞬の間、俺が見たのは、優雅に手のひらを向ける魔王の、ただそれだけの仕草だった。
◇
「……っ!? う、頭が……ここは……?」
俺が意識を取り戻したとき、そこは魔王城から遥か遠く離れた、薄暗い森の中だった。
近くには、白目を剥いて泡を吹いたまま気絶しているシサロット、キューノ、フィンが転がっている。
「みんな! おい、しっかりしろ! ……くそっ!」
いくら声をかけても、身体を揺さぶっても、誰一人として目を覚まさない。
そこからの記憶は完全に曖昧だった。
俺が負けるなんて思っていなかった。まさか、攻撃の予備動作すら見えずに惨敗するなんて。
これからどうなる? 尊敬の眼差しを向けてくれていた国王や、あれだけ俺を讃えていた国民たちは、負けて帰ってきた俺をどう思うのか――。
次に曖昧だった意識がハッキリとした時、俺はすでに、王の前に引きずり出されていた。
演壇。
集まった大勢の国民を前に、国王はいつになく険しい表情で俺を見据え、厳かに語りかけた。
「……アルフィーデの民よ! これが、今回の勇者の旅の全容である!」
国王の言葉が終わっても、広場を埋め尽くす国民からは、一切の声が上がらない。
針が落ちても聞こえそうなほどの静寂。それが、より一層、俺の無力感を削り取っていく。
(何か……何か言わなきゃ。確かに魔王は異常な強さだった。でも俺は死んでいない! 仲間を増やして、後方支援の作戦を立て直せば……! そうだ、俺に足りなかったのは油断のない準備だ!)
「国王……! 恐れながら、発言をお許しください!」
俺が必死に声を絞り出そうとした、その瞬間。
「みなまで言うな、勇者アルスよ!」
国王の地を這うような怒号が、俺の言葉を完璧にかき消した。
(あぁ、終わった……。もう、二度目のチャンスなんて貰えないんだ……)
俺が絶望に項垂れていると、国王は静かに、そしてなぜか『熱い涙』を浮かべながら語りかけてきた。
「仲間を……助けたかったのだろう?」
「……え?」
国王の言葉に続き、目を覚ましたシサロットが、ボロボロと大粒の涙を流しながら叫んだ。
「そうだ! アルスは俺たちを……足手まといの俺たちを守るために、魔王を前にしてあえて『撤退』を選択したんだ! 俺は勇者の矛になるどころか、アイツに守られちまったんだよ……!」
続いてキューノとフィンも、悔しそうに涙を流して民衆に訴えかける。
「シサロットだけではありません! 私は賢者として皆を守る役目だったのに、魔王の威圧に呑まれ、真っ先に倒れてしまった……! 何もできなかったのです!」
「私だってそうだよ! 魔王の目を見た瞬間、身体がすくんで動けなくなった……。アルスの邪魔だけはしたくなかったのに、結局おんぶにだっこで連れて帰ってもらったんだもん……!」
仲間たちだけじゃない。国王も、話をきいていた国民たちも、みんながボロ泣きしながら俺を見つめている。
「違う! みんなだけじゃない! 俺も同じだ! 魔王には手も足も出なかったんだ! だから、援軍や新しい作戦を――」
「嘘をつくな、アルス!!」
シサロットが俺の言葉を強引に遮った。
怒鳴られた俺が呆気に取られていると、彼はさらに大きな涙を拭って言った。
「じゃあ、お前のその傷は何なんだよ!? 背中だけに、もの凄い大怪我を負っているじゃないか! それは、魔王の攻撃に晒されながらも俺たちを必死にかばい、隙を見て連れ帰ってくれた何よりの『証拠』だろ!!」
「なにぃ!?」
背中の傷……?
知らん。それはただ、魔王の衝撃波で無様に背中から吹き飛んで、岩盤に激突した時の傷だ。
「勇者よ! もう良い、それ以上自分を貶めるな! 我らはすべて分かっている……!」
「いや、本当にちがくて……」
「民衆よ! これほどまでに仲間を想い、その身を盾にした彼を、一体誰が責められようか!」
わあああああああおオオオオオッッ!!!
さっきまで静まり返っていた城下町が、一瞬にして爆発的な歓声に包まれた。
国民たちは涙を流しながら大声で俺を讃え、奇跡の生還を歓喜している。
(……あ、あれ? でも、この空気なら、次の支援金とか援軍の要請も通りやすいか……?)
俺は冷や汗を拭い、国王に向き直る。
「国王……! 折り入ってお話が。次はもっと戦力を――」
「そこで私は考えた! 次の魔王討伐は――」
「勇者『単独』で行ってはどうかと!」
「……え?」
単独。つまり、ソロ。一人。
「シサロット、フィン、キューノ。お前たちは国内最高峰の戦士だが、今のままでは魔王戦の足手まといになる。……すまないが、お前たちも私の大切な国民なのだ。これ以上、勇者の足を引っ張る死地へ向かわせるわけにはいかん。わかってくれ」
「国王に言われるまでもねえさ。あそこまで実力が違うんじゃな。アルスの邪魔になりたくねえ」
「そうですね。自分の手で魔王を倒したかったですが……今の実力ではアルスの『盾』としての負担を増やすだけです」
「まぁ、みんなが言うならしょうがないかな! アルス、あとはよろしくね!」
「……ん? いや、ちょっと待ってくれ」
「民衆よ! これより魔王討伐の全権を、人類最強の勇者アルスに一任する!」
おおおおおおおおおおおッ!!!
割れんばかりの歓声が、アルフィーデ王国を揺るがす。
「『勇者! 勇者!』」
「アルスが本気でやるなら、国に闘いの被害が出るかもだけど……避難は私たちに任せてよ!」
「『勇者! 勇者!』」
「何言ってんだフィン。アルスが本気を出せば、魔王なんて1分ともたないさ。それより俺は、帰還後の祝勝会の準備だな!」
「『勇者様ー! 勇者ー!』」
「ちょっ、お前ら本当にちょっと待って――」
「静まるのだ!」
国王の鋭い一喝が飛び、一瞬で静寂が戻る。
「さぁ、勇者アルスよ。我々の想いは一つだ。そなたの不退転の決意、民に聞かせてやってくれ」
数万人の国民、仲間、王族。
すべての人間が、一点の曇りもない『期待と希望と狂信』に満ちた目で、俺をじっと見つめていた。逃げ場なんて、世界のどこにも残されていなかった。
(……あぁ、もう、どうにでもなれ……!)
「……俺に、任せよ! 必ずや魔王を打ち倒し、この世界に平穏を訪れさせることをここに誓う! 神より授かった、勇者の名にかけて!!」
ウオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!
地を揺るがす大歓声の中。
俺の、永遠とも言える絶望の旅が、ここから始まるのだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




