暴と静
【――ウィンド・ライド――】
シュンッッ――!!!
激しい風の鳴動とともに俺は飛翔し、空に佇む神へと瞬時に肉薄する。
胸の黒曜石が激しく熱を帯びる。
「おおおおおぉぉぉッッ!!!」
魂を込めた渾身の一閃。
――しかし。
俺の聖剣の刃は、またしても何もない虚空を裂くように、神の服も、髪も、その肌も、すべてをただ虚しく通り抜けた。
一切の汚れすらない神がそこにいた。
「くそっ……!!」
浮遊しながら、俺は焦燥に歯を噛み締めた。
(斬撃は当たっているはずなんだ……! しかし……まるでその現象自体が消し去られているようだ……!)
俺の焦りを見透かしたように、神が首を傾げる。
「勇者よ。そこから動かず、特等席で世界の終わりを見ていなさい」
神は、白く細い手を無造作に一振りし、その祝詞を紡ぐ。
「――【光使召喚】――」
カッ!!! と、地表が純白の輝きに包まれた。
光が収まった後に現れたのは、流線型の滑らかな輪郭を持つ、白く発光する異形の人型の群れだった。
「なっ……! 魔物、だと……!?」
「魔物ではありません。かつては世界の秩序を維持するため、我が天に置いた使徒たちです。」
神は慈悲深い微笑を浮かべ、冷酷に言葉を繋ぐ。
「――まあ、今この場では、逆の立場ですけどね。」
光の使者たちは、その両腕に凝縮された高出力の光を灯すと、一斉に、地上の人間たちに襲い掛かった。
――だが。
ガキィィィィィィンッッ!!!!
激しい金属音が爆ぜ、使者の頭部が強烈な衝撃でひしゃげた。
「シサロット……ッ!?」
「ぐうぅぅぅんんんッッ!!! どらぁぁぁッッ!!!」
ドガァァァン!!
重厚なフルプレートに神具の手甲を纏ったシサロットが、その自慢の両拳を爆発させ、光の使者を吹き飛ばしたのだ。
俺へと振り返ったシサロットが、大口を開けて笑う。
「アルス! こっちは俺たちに任せろ! お前は、その浮浪者を叩き落とすことだけ考えろ!!」
シサロットは即座に踵を返し、光の群れの中へと再び突撃していく。
その視線の先――。
すでに戦闘態勢に入っているキューノと、フィンの姿があった。
彼らだけではない。
城内から次々と飛び出してきた近衛兵や宮廷魔導士たちも、恐怖を剥ぎ取り、光の使者たちと戦闘を繰り広げている。
「素晴らしい……。あの光の使者たちは、この辺りの魔物などとは比較にならないほど強力なはずですがね。」
神が口を手で覆う。
「……共通の敵を前にして、見事に一丸となる。 実に感激です」
神は、自身の思惑通りに協力する人類を目にし、歓喜に目を細めていた。
「世界の終わりを謳うのは勝手だけどな、お前の神罰なんて災いにすらならねえよ」
俺の静かな怒りの言葉に反応したのか、神は言葉を紡ぐ。
「そのようですね。……では、これではどうでしょう」
神は再度、手を気怠げに揺らし――。
(――ッッ!! まずい、今までの比じゃない……!)
「うおおぉあああぁ!!!」
俺は発動を阻止すべく、縦横無尽に神の肉体を聖剣で切り刻みにかかったが、神はそれを完全に無視して、ただ冷徹に唱えた。
「――【光使降臨】――」
バリバリと、音を立てて空が引き裂かれた。
眩い、天を貫くほどの光柱が幾本も地上へと降り注ぐ。
その中心、光の霧を払って現れたのは――背中に六枚の目も眩むような光翼を持ち、その背後に巨大な光輪を浮かべた、上位の使者だった。
空間が震えるほどの圧倒的な脅威。
その強大すぎる絶対的な戦力差を感じ取れたのは、この場では、俺を含めてほんの一握りしかいないだろう。
それほどまでに、次元が違っていた。
(何だあいつはっ……俺と同等以上の魔力を感じる……!)
俺は、皆を救うべく地上へと急降下しようとした。
だが――
バァンッ!
(ぐっ……なんだ、これは……!?)
俺と神の周囲を囲うように、目に見えない空気の結界が展開されていた。
神が、冷淡な目で俺を見下ろす。
「言ったでしょう、勇者アルス。特等席で、人類の終わりを見なさい……と」
「くっ……! なめるなッ…砕けろおッッ!!」
聖剣を結界に何度も叩きつける。が―― 小さくヒビが入るのみで、即座に修復される。
地上のシサロットたちの姿が遠くに見える。
(シサロット達は近衛兵の中でもかなりの実力をだ……! あいつらでさえ、最初の使者を抑え込むのにやっとだってのに……!)
ギチギチと、六枚翼の使者の背後の光輪が輝いた。
次の瞬間、一閃の光線が放たれ、地上の建造物をもろとも消滅させる。
シサロットが絶望の表情を浮かべている。
「っ……!!! クソっ! フィン! 俺が動きを抑え込む! お前はありったけの最大火力を叩き込め!」
フィンは魔力を高めながら答えた。
「分かってるわよ! あんたごと消し飛ばしちゃうから、死ぬんじゃないよ!!」
シサロットは無理矢理な笑みを浮かべ、大気を切り裂いて六枚翼の使者へと特攻をかけた。
「うおおおおらああぁぁッッ!!!」
常人の目には残像すら映らない、音速の拳の瞬撃を浴びせるシサロット。
使者はその場から微動だにしないが、その行動をわずかに阻害する程度には、シサロットの野生の戦闘センスが善戦を可能にしていた。
その隙を見逃さず、後方でフィンの膨大な魔力が爆発する。
「神獣よ。我が声に応え、その爪牙を剥け――降臨せよ、フェニックス!!」
フィンの高らかな詠唱とともに、空高く、地上を照らすほどの火炎を纏う、伝説の不死鳥がその姿を現す。
「シサロット!!いくよ!!!」
「――フェニックス! 【ブレイズ・ノヴァ】――ッッ!!」
不死鳥の翼の一振りとともに、極限まで凝縮された紅蓮の灼熱が、地上で一気に大爆発を起こした。
紅蓮の爆炎は城下町全体を包み込み、万物を消滅させる勢いで燃え盛った。
(―――!! 何やってんだ!!城下町ごと焼き尽くしてんじゃねえか!!)
フィンの全て巻き込む特攻に、俺は愕然としたが――。
煙の立ち込める焦土のあちこちに、ぽつり、ぽつりと、綺麗に区切られた琥珀色の結界のようなものが残っているのが見えた。
「あれは……っ!」
キューノの結界だった。
彼女の胸元で輝く琥珀のアミュレットから膨大な聖力が溢れ出し、周囲の生存者たちを完全に保護していたのだ。
(お前ら……格好いいじゃねえか……!!)
しかし――胸を熱くしたのも、束の間だった。
バシュッッッッ!
激しい爆煙の中から光線が放たれ、キューノの結界を一つ、また一つと粉砕していく。
六枚翼の使者は、フェニックスの炎によって体表をドロドロに溶かされながらも、今もなお圧倒的な破壊の光を撒き散らしていた。
「あの直撃を喰らって……それでも、倒れないのか……」
神の使徒の、あまりの圧倒的な戦力に、俺の心に絶望の二文字が過る。
「おや……? 人類の限界は、ここまでですかね」
神が残念そうに眉を下げ呟いた。
――だが。
地を揺るがし、全土に響き渡るほどの、豪快な怒号が空気を割った。
「だはははははははッッ!!! このヒリつく空気、実に昔を思い出すのう!!!」
半壊した城の縁に、身の丈3メートルはあろうかという、禍々しい巨大なバトルアクスを片手で軽々と肩に担いだ男が、堂々と立っていた。
アルフィーデ王国の主――国王バルバトス。
そして、その隣。
「……美しい城下町が……。フィンにはあとでお仕置きが必要ね」
反対に、焼けつくはずの焦土が凍るほどの、まるで時が停止したかのような、静寂の空気を纏う王妃――セレナが、静かに佇んでいた。
「情けないのう、若者共よ。 勇者の力に胡坐をかき、自分たちの鍛錬を怠ったか」
2人の強大な魔力に反応したのか、六枚翼の使者が、その光輪から閃光を放つ。
「ぬうううううんんんッッ!!!」
パキャアァァァン!!!
轟音。
国王バルバトスは、豪炎を纏う斧の一振りでその光線を両断してみせた。
(まさか……っ! いくら昔、国王が強かったとしても、あの光線を防ぎきるなんて……!)
俺は驚愕したが、すぐにその理由に気がついた。
王妃セレナの、その両目から、真っ赤な血が流れ落ちていたのだ。
彼女の宿す力は、事象を調和させる【調律者】の神託。
セレナは今、体を破壊するほどの魔力を練り続けている。
彼女が、光線に宿る強大な魔力そのものを、国王が斧で防げるレベルにまで強引に鈍らせていたのだ。
――だが、あのままでは、王妃の身体がもたない……!
俺の焦りを前に、国王は豪快な笑みを空中の俺へと向けた。
「勇者よ!! 私たちが来たからには、もう指一本、民には触れさせん!!!」
叫ぶ国王バルバトス。
しかし、その力強い言葉とは裏腹に、光線の衝撃を受け止めた国王の両腕の皮膚は裂け、ボタボタと大量の血液を撒き散らしていた。
(国王……王妃……っ。そこまでして……!)
傷だらけの国王が、ゆっくりと六枚翼の使者へと向き直る。
そこには、普段のあのバカ面も、王としての厳格さもない。
あるのはただ――その昔、大陸全土で恐れられた本物の“暴君”の姿だった。
王妃セレナが、血に染まった瞳を細め、静かに口を開く。
「バルバトス、構えなさい」
「神とやらの下僕よ。我が愛すべき民に与えた苦痛が、いかに愚かなことだったか――」
息が止まるほどのプレッシャーの中、2人の声が重なる。
「――“調律者”セレナと」
「――“暴君”バルバトスが」
「――その愚かさ、骨の髄まで刻んでやろう」
読んでいただきありがとうございました。




