友の生命
◇
『――魔王だ! 化け物が出たぞ!』
『違う! 僕は、僕は魔王なんかじゃない……!』
『やめて……なんで、なんで……?』
『苦しい……、体が、熱い……っ』
『見つけたぞ、魔王の生き残りだ! 殺せ、今すぐ殺せ!!』
『――っ!! やめて!! 来ないでえええええええ!!』
『身体が……、何かが、溢れる……! ああぁあぁああああッッ!!!!』
……妙な夢を見ていた。
いや、夢というには生々しすぎる。まるで誰かの記憶を、無理やり覗かされたみたいだった。
(……なぁ。そんな、何もかもが燃え尽きた焼野原で……お前、一人で何してんだ?)
◇
「……っ……う、、は……っ」
深い、深い闇の底から浮上するように、俺は意識を取り戻した。
酷く頭が重い。ここはどこだ……?
レヴァナスと、ネフィリアさんと一緒に、魔素の元を閉じて……。 魔獣……。 それで――。
(……あれ? 俺……生きてんのか……?)
視界の先が、やけに眩しい。チカチカとして、まともに目が開けられない。
ここはどこだろう。俺は一体、どうなって――。
「――アルス」
聞き慣れた、だけどどこかいつもより穏やかな、レヴァナスの声が鼓膜を震わせた。
あぁ、よかった。レヴァナスの声だ。……よかった? 心配してた……?
いや、違うな。
ただ純粋に、すぐ傍に、あいつがいてくれることが――嬉しかった。
「ここは……どこだ……? なんか、やけに眩しくて……上手く目が開けられないんだが……」
「無理に開けようとするなよ。お前、さっきまでほとんど死んでたんだからさ」
レヴァナスの言葉に、思考が繋がっていく。
(あぁ、そっか…… 最後の最後、油断したところをやられたんだった……)
「……もしかして、またレヴァナスが助けてくれたのか?」
「……アルスの言葉があったからさ。私の力を、誰かを救うために使ってみた。私の魔力をありったけ流し込んでみたんだ」
「……」
何だろう。
言葉はいつものレヴァナスそのものなのに、『違和感』があった。
心の奥が、奇妙なざわめきを訴えかける。
「お前、すごいことするんだな……」
俺の呆れたような言葉に、レヴァナスは「ははっ」と、どこか遠い場所から響くような軽い笑い声を返した。
「冷静ではなかったかもしれないな。腹を貫かれて、両目まで失っていたからね」
「……怖いこと言うなよ」
「ははっ。 まぁ意識が戻ってよかったよ。 構築された体が馴染むまでは動かない方がいい」
「そうだな……」
身体に感覚が戻ってくるのを感じながら、俺はふと思い至って尋ねた。
「そういえば……ネフィリアさんは? 目がまだ見えなくて……」
「ネフィリアもいるよ」
(ん……? いるのか……?)
油断してたことを詰められてもおかしくないはずだけど……。 周囲からは気配も、声も聞こえてこない。
(なんか……おかしい。 変な感じがする……)
「――なあ、アルス」
「なんだよ」
レヴァナスの呼びかけに、胸の奥が一層ざわつく。
――もう、すべてが変わってしまったような。
――もう、取り返しのつかないことが起きてしまったような。
「ありがとう。……そして、すまない」
レヴァナスは、暖かく、そして、冷たい声で言った。
「なんだよ、お前……。なんか……変だぞ……?」
「アルスのおかげで、私の力が他者を救えるって気づけた。今こうして君の命を助けることができた」
「『死にそうだから魔力を流し込んじゃおう!』は、ちょっと俺のイメージと違かったけどな」
違和感を誤魔化すように、俺は茶化すように言った。
「ははっ……確かにね。 ……でも、誰かを助けるために力を使うなんて思ったことなかったから。それだけで、十分さ」
目を開けたい。
すぐ目の前にいるはずなのに、どうしてこんなにも遠くから聞こえるのか。
この声の主を、今すぐこの目に映さなければならない。
俺はまだ激しく霞む両目を、痛みに耐えながら必死にこじ開け、周囲の景色を無理やり視界に焼き付けた。
……人影が、見える。二人。
徐々にハッキリとしてくる。確かに、そこにはレヴァナスと、ネフィリアがいるようだ。
「アルス。君は本当に凄い男だよ」
レヴァナスが言葉を紡ぐたびに、胸の奥の不安が肥大化していく。
頼む。もう話さないでくれ。
「君は、私たち魔族に比べれば圧倒的に弱い。……だけど、どんな状況でも立ち向かうその姿は『勇者』そのものだったよ」
やめろよ。
「私の、『魔王』としての生に、もし少しでも意味があったとするなら。……それは、ネフィリアと――」
世界が、焦点を結んだ。
「――そして、君という友に出会えたこと、だろうな」
そこに立っていたのは、ネフィリアだった。
彼女は、一点を見つめたまま、一切そこから目をそらさない。
その唇を、血が滲むほどに強く噛み締めながら、溢れ出そうになる感情を、必死に押し殺して立ち尽くしている。
彼女の、目線の先――。
―――レヴァナスの肉体は、灰のように白く染まり、今にも崩れ落ちそうだった。
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