他者を守る強大な力
レヴァナスの全神経、その肉体の自由を完全に掌握した俺の意識に、流れ込んできた。
それは――限界すら見えない、世界そのものを手に入れたかのような、桁違いの『強大な魔力』。
「……これは、凄いな。レヴァナス、お前の言ってた意味が、今になってよーく分かったよ……」
魔獣の猛攻に晒されながら、俺の、いや、レヴァナスの異変に気づいたネフィリアさんが、焦ったように大声を張り上げる。
「アルスなの!? あなた……何をしているの!!」
俺はその制止の声に耳を貸さず、レヴァナスの体を使って、意識だけとなったレヴァナスに向けて、心の中で静かに語りかけた。
「レヴァナス。……本当に済まなかったな。お前の体を借りて、初めて、お前がどれだけ恐ろしい強さを抱え込んでいたのかを知ったよ。……でも、俺を気遣うことなんて必要ないんだ」
(アルス……? まさか、君……)
「俺のことなんて、ハナから気にするなよ。お前がどれだけ本気になったって、俺は絶対に死なないさ」
(やめるんだアルス!!! 私のその魔力を完全に開放したら、人間の君が耐えられるわけない!!!)
「さて。とっととこのバケモノを片付けようぜ」
俺はレヴァナスの体に、限界を超えた魔力を注ぎ込んだ。
漆黒の雷光が、洞穴の空間そのものを軋ませていく。
(やめろ……)
レヴァナスの声が、頭の奥で震えた。
(やめてくれ、アルス……)
その声は、恐怖ではなかった。
懇願だった。
(頼む……頼むから……っ!!)
(私はもう……嫌なんだ……!)
(大切なものを、自分の力で壊す絶望を……もう二度と味わいたくないんだ……ッ!!!)
「アルス!! やめなさい――っ!!」
ドゴォ!!!
俺を静止しようとしたネフィリアさんだったが、その隙を突かれ、魔獣の触手によって激しく吹き飛ばされてしまった。
遮るものは、もう何もない。
魔力を極限まで溜め終えた俺は、レヴァナスの体を使い、渾身の魔力をもって眼前の魔獣へとその全てを解き放った。
「喰らいやがれ――『ヴォイド・カタストロフ』!!!!」
(やめろおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!)
レヴァナスの絶叫。
魔獣を中心に、空間そのものが軋んだ。
巨大な漆黒の魔法陣が展開し、その中心から、光すら飲み込む暗黒の奔流が解き放たれる。
着弾と同時に、爆音すら置き去りにして、周囲が木端微塵に砕け散った。
◇
荒れ狂う破壊の嵐が去り、魔獣の気配が完全に沈黙した直後。
濛々と立ち込める粉塵を切り裂いて、黒煙にまみれたネフィリアさんが狂ったように飛び込んできた。
そして、未だ俺の意識が宿っているレヴァナスの体を見るなり、思いっきりその頬に平手打ちを炸裂させたのだ。
彼女の美しい目には涙が浮かんでいた。
「何やってるのよ!!! レヴァナスが望んだのは、あなたの自己犠牲じゃない!!! レヴァナスにとって、あなたは初めて……初めて心を許せる、本当の『仲間』だったのよ!?」
(……)
意識だけのレヴァナスは、絶望のあまり何も言葉を紡がない。
俺は、そんな深刻すぎる空気の中、2人に向けて、お調子者の一声をかけた。
「えーっと……。今、俺の意識がここにあるってことは……ってことなんだけど……」
俺がそう言って、視線を少し横に向けさせる。
徐々に粉塵が落ち着き、視界が晴れていく。……そこには、俺の本来の体である『アルス』が、無傷のままポツンと立っていた。
(!!! まさか……っ)
ネフィリアが息を呑む。
「ありえない……。あの破壊魔法の範囲内にいて……人間の体が残ってるなんて……!」
俺の体の周囲だけ、空間そのものが不自然に静止していた。
2人も気づいたようだ。俺の風魔法をレヴァナスの魔力で極限まで増幅して発動した魔法。
あらゆる破壊を拒絶する絶対防御魔法。
――【ゼピュロス】。
俺はレヴァナスの口を使って、してやったりと高笑いした。
「ははは! 二人とも驚いたろ!? ちゃーんとレヴァナスの魔法から、俺の体を守る魔法も仕込んでたんだよ! ネフィリアさんのあの焦った顔……良いもの見れたよ!」
「……っ!!」
ネフィリアが今度は鬼の形相で、レヴァナスの体に向けて2発目の強烈な平手打ちを繰り出してきたので、俺は慌てて隷属の刻印の制約を解除し、自分の体へと意識を戻した。
パチィィィン……ッ!!!
レヴァナスの意識が肉体に戻った瞬間、静まり返った洞穴の中に、痛烈で乾いた音が響き渡る。
「いったあぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
肉体を取り戻したレヴァナスが、頬を押さえて情けない悲鳴をあげる。
それを見て、自分の体に戻った俺はまたケラケラと笑った。
ネフィリアさんは、俺が自身の体へと意識を戻したことを悟ったのだろう。
レヴァナスに手を挙げてしまったことなど今更お構いなしに、まさに瞬間移動のような速度で俺の眼前に詰め寄ると、その胸倉を思いきり掴み上げた。
「あなた……! 本気で心配したのよ、死んだと思ったのよ!! ふざけるのも大概にしなさい……っ!」
(ぐっ……結構……くるし……)
それは今まさに生命を絶たれるのではと思う程の締め上げだった。……魔族に冗談はやめよう。
「アルス……」
今度は、背後からレヴァナスの声が聞こえた。
振り返ると、レヴァナスは何かを堪えるように唇を強く噛み締めていた。
それでも、その瞳から零れた涙だけは、止められなかった。
「君が……無事で……本当によかった……」
俺は胸倉を掴まれたまま、笑顔を向けて言った。
「俺が生きてるのは、お前の力が守ったからだろ?」
「だから、その力は暴力なんかじゃない。」
「――っ」
レヴァナスは言葉を出さず、静かに微笑みを返した。
ネフィリアは、そんな主の姿を横目で確認すると、ふん、と息を吐き出し、ゆっくりと俺の胸倉から手を離した。
これで、何かが少しずつ変わってくれるといい。
レヴァナスの心を、凍りついた孤独を、ここから少しずつ、時間をかけて溶かしてやろう。
ここから、俺たちの本当の平和が始まるんだ。時間はたっぷりあるんだから――。
そんな風に、未来への希望を確信していた、その瞬間だった。
「――がはっ、え……?」
視界が、急速に歪んでいく。
激痛すら置き去りにして、俺はゆっくりと自分の腹部を見下ろした。
夥しい血が、溢れていた。
振り返ると、今にも消滅しつつある魔獣の触手が、最後のうねりを見せていた。
次の瞬間、黒い閃光が、俺の両目を薙いだ。
「――ッ」
視界が赤く染まり――消えた。
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