共に歩むための力
昨日から、レヴァナスと会話できていない。
俺ができることをぐるぐると考えているうちに、目的の場所についていた。
「……魔素の元を閉じるだけなら、実はとても簡単なんだよ」
【深淵の洞穴】の最奥。
過剰な魔素がドロドロと五感を狂わせる最悪の空間で、レヴァナスはいつものように飄々と、当然のように言ってのけた。
(へえ~……。簡単なんだ。そっかそっか……)
どうするのかなぁと、思考能力が下がった俺は呆けたようにレヴァナスを見ていた。
そう思った次の瞬間、レヴァナスは躊躇なく、魔素が噴き出している噴出孔へと、自ら飛び降りていったのだ。
「おい、何してんだレヴァナスッ!!?」
俺が慌てて叫ぶと、隣で鋭い視線を噴出孔に向けていたネフィリアが、冷静に俺を制した。
「落ち着きなさい、アルス。この噴出孔の内部には魔素を過剰に生成させる『魔成脈』があるのよ」
「……簡単に言うと、過剰な魔素を、その『魔成脈』ごとレヴァナスが吸収してしまえば、元を閉じること自体は完了するわ」
「えっ……!? でも、そんな大量の魔素を吸収したら、魔力が暴走するんじゃ……!」
「だから、レヴァナスも言っていたでしょう? 閉じる“だけ”なら簡単だって」
ネフィリアの、どこか決意を孕んだ声。
「それは……どういう―――」
その言葉の意味を問おうとした瞬間、背筋が凍りつくような『嫌な予感』を告げた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!!
突然、洞穴全体が崩壊するかのような強烈な地鳴りが、俺たちの足元を激しく揺らす。
「アルス! くるわ、身を引き締めなさい!」
ネフィリアの警告と同時だった。
地面を突き破り、黒い霧をまとった、おぞましく鋭利な『触手』のような物体が、何本も何本も突出してきたのだ。
「うおおぉぉお!!??」
ゴガアァァァンッ!!!
一瞬で足場の地面が爆発したように崩壊し、黒煙と濃密な魔素の粉塵が視界のすべてを覆い尽くしていく。
「アルス! さぁ、ここからが正念場だ!」
奈落の底から触手とともに現れたレヴァナスの鋭い声が響く。
それと同時に、爆煙の向こう側から這い出してきた『それ』の姿が、俺の視界を塗りつぶした。
「おいおい……マジかよ……っ!!」
そこにいたのは、もはや生物とも魔物とも形容できない、醜悪極まる『災厄の権現』だった。
山のような巨大な肉塊に、無数の腕が歪に癒着し、全身を覆う黒ずんだ皮膚は心臓のように不快に脈打っている。顔と呼べる部位には、ただ横一文字の巨大な裂け目のような口だけがあり、その奥で無数の牙がぎちぎちと蠢いていた。
その姿はまさに「災厄」そのものだった。
俺がその圧倒的な威圧感に気圧されたのは、ほんの一瞬だった。
次の瞬間には、ネフィリアさんはすでに無数の黒氷の刃を展開し、災厄の眼前へと接近していた。
奈落から戻ったレヴァナスも、空間全体を覆う広域魔法陣を展開し、破壊魔法を連発する。
――ッ!?。
俺の目では、二人の動きを追うのがやっとのことだった。
シュッ――!
「――っ!?」
ドゴォ!!!
「ぐうっ……!!」
死角から伸びた触手の一撃を、俺は咄嗟に聖剣で受けた。
だが、衝撃を殺しきれない。
たった一撃で、意識が飛びかけた。
(防御はダメだ……! 受けても衝撃を逃がせない……!!)
俺にできるのは、紙一重で回避し続けることだけだった。
攻撃などできるわけがない。
「くっ……!」
ドガァッ!!!
激しい攻防の最中、一瞬の隙を突かれたネフィリアが、触手の痛烈な一撃を浴びて地面に激突する。
「ネフィリアさん! ――っ!!」
その光景に気を取られ、一瞬だけ視線を逸らした俺に、死角から巨大な触手が牙を剥いて迫る。
(やべっ……! 間に合わない……!)
キィィィィン……ッ!!!
鼓膜を割るような鋭い金属音と共に、俺の目の前で触手が真っ二つに両断された。
傷を負いながらも地面を蹴ったネフィリアが俺を救ってくれたのだ。
彼女は、肩で呼吸をしながらも、俺に襲い掛かる触手を1本、2本と冷徹に切断していく。
(クソ……っ! このままじゃ、ただの足手まといだ……!)
ネフィリアさんは、背後で息を呑む俺を一瞥すると冷静に口を開いた。
「いい、アルス……? レヴァナスは今……自分の魔力を制御して戦っているわ」
「え? 本気出さなきゃマズいだろ……!?」
「レヴァナスは……本気を出せないのよ」
「……あなたを巻き込んでしまうから」
「っ……なら、俺がここから離れれば……!」
ネフィリアさんは、一度だけ俺に視線を向け言葉を続けた。
「あなたも分かっているでしょう……? なぜそれを、レヴァナスが口にしないのか」
ネフィリアさんは激しく黒氷を振るいながら、絞り出すように告げた。
「レヴァナスは……あなただけは、あの『花』じゃないことを願ってる」
「……隣を歩める存在であることを信じているのよ」
それだけを言い残すと、ネフィリアさんは即座に魔獣の元へと跳んだ。主の背中を、その命を守るために――。
じゃあ、俺は……?
この絶望的な戦力差の中、俺に一体、何ができる……?
逃げるわけにはいかない。
あいつに「俺は花じゃない」って証明して、あいつを救ってやりたい――。
『――私は――そこに生きる無力な人間たちの生命を、悪気なく刈り取ってしまう――』
違うよ、レヴァナス。
お前は確かに、世界を滅ぼしかねない脅威の力を持っている。でもな、その力は、大切な他者を守るための世界で一番強固な『盾』にもなるんだ。
お前自身が、自分のその優しさに気づいていないだけだ。
「……俺がその力を、正しく引き出してやるよ」
俺は、静かに詠唱を始めた。
かつて人間がそのあまりの非道さと危険性ゆえに、歴史から完全に抹消したとされる禁忌の呪法。
術者の精神を対象へ接続し、その肉体の主導権を奪う禁忌の呪法。
かつてレヴァナスと交わした、あの奴隷の制約を――今、俺の意志で強制発動させる。
「――『エンスレイブ』!!!」
――ドクン
レヴァナスの胸の刻印が眩いばかりの漆黒の輝きを放ち、レヴァナスは自身の意志に関わらず、体が完全に固定される感覚を覚えた。
(これは……っ!? 隷属の刻印……!? アルス!! 何をするつもりだ、アルス!!!)
次の瞬間――俺の意識は、レヴァナスの肉体へと潜り込んでいた。
「……なるほどな」
流れ込んでくる。
底すら見えない、規格外の魔力が。
俺は、静かに笑った。
「レヴァナス――」
「お前、自分の力を何も分かってないよ」
読んでいただきありがとうございます。




