異世界に聖女として召喚されたのに、なぜか「ブス」呼ばわりされています(ブスじゃないのに!)
それは、突然のことだった。
バイト先から帰って、自分の部屋のドアを開けたら、なぜだか部屋の床が消失していたのだ。
そんなこととは知らない私は、当然、落ちた。
「いやぁあああああああ!!」
落ちて、落ちて、落ちて。
え?落ちすぎじゃない?私の部屋、二階なんですけど?
と、思い始めたころ、フワリと誰かに抱きとめられて、落下が止まる。
「ひゃあ!?」
気づけば、銀髪で青い瞳の超絶イケメンに、お姫さま抱っこされていた。
嘘でしょ!?
何がなんだか、分からない。
とにかくイケメンと至近距離で見つめ合うことになって、恥ずかしさに私はもだえる。耳元で脈がバクバクと打ち、全身が燃えるように熱くなる。
今の私は、きっと耳まで真っ赤になっているに違いない。
恥ずかしくて目を逸らしたいのに、青い海のように澄んだ瞳から、どうしても目が離せなかった。
しばらく見つめ合ったあと、国宝級のイケメンはフッと優しい笑みを浮かべた。そして低い落ち着いた声で私に話しかける。
「神聖なるブスの乙女よ、よく我がテルネ王国に参られた」
「……え?」
今、「ブス」って言った?
気のせい?聞き間違いかな?
私の困惑をよそに、イケメンは私を抱いたまま、クルリと向きを変えた。
今気づいたが、ここは周囲を白い大理石で囲まれた、ギリシャの神殿のような場所だった。
私たちは、舞台のように一段高くなったところにおり、その周囲にはたくさんの人が集まっている。中世の騎士のような姿の人や、白いローブを着た神官のような人たちが、いっせいに私を見た。
「喜べ!ついに我らのブス様が降臨されたぞ!」
イケメンが高らかに叫ぶと、周囲から「うぉおおおお!」という歓声が上がった。
(え?もしかしてこれ、異世界転移ってヤツ!?私ったら召喚されちゃったの?)
毎晩寝る前に、スマホでラノベを読み過ぎたせいだろうか?
夢かと思ってほっぺを抓ってみる。ちゃんと痛い。
「嘘でしょ……?」
だが、呆然としている私の耳に、さらに信じられない声が聞こえてきた。
「ありがとうございます、ブス様!」
「ブス様、バンザイ!!」
「ブス様、サイコー!」
「やったぜ、ブス様!!」
……私、歓迎されてるの?
それとも、ディスられてるの?
私は二十歳になったばかりの大学生だ。「超絶可愛い」とは言えないが、大勢に「ブス」と罵られるほど容姿は悪くない。
絶対、ない。
「あの、『ブス』ってどういうことですか?」
私はイケメンに尋ねた。まだ彼の腕のなかにいて、少々恥ずかしいが、今はそれを脇に置いておくことにする。
「ああ、我が国では、偉大なる女神が遣わした乙女のことを『ブス』と呼ぶのだ」
なぜか、眩しそうな目で私を見つめながら、イケメン様はそう説明してくれた。
つまり、「ブス」というのは、「聖女」ってことなのだろう。
自分がディスられてるのではないと分かって、少しだけ安心する。
やっぱり私は、聖女として異世界に召喚されたらしい。
「皆の者、静まれ!」
白いローブの老人が、長い杖を振り上げて声をあげると、「ブス、ブス」と騒いでいた周囲が一気に静まり返る。
それが合図のように、銀髪のイケメンは私を床の上へとそっと降ろした。大事な荷物を扱うような、慎重な手つきで。
そして、うやうやしく頭を下げた。
「ブス様、私はテルネ王国の第二王子……ハナゲ・デ・テルネと申します」
……へ?
鼻毛、出てるね?
再びの困惑が私を襲う。
「この度は我が国においで下さいまして、ありがとうございます。ブス様に快適にお過ごしいただけるよう、このハナゲが責任を持ってお世話をさせていただきます」
「は、はあ、よろしくお願い致します」
私は混乱しつつ答える。「ハナゲ」とはこの人の名前らしい。日本人的には残念な名前だけど、異国の名前なのだから仕方ない。
「ハナゲ殿下」
先ほどの老人が前に進み出る。白い顎髭を長く伸ばした、いかにも善良そうな風貌だ。優しいお爺ちゃんという感じ。
「紹介しよう。我が国の最高神官長である……」
ハナゲ殿下はうなずいて、お爺ちゃんを手のひらで示しながら続けた。
「ゲス・ヤロウ殿だ」
ゲス野郎?こんなに優しそうなお爺ちゃんなのに?
いや、それが彼の名前なのは分かる。分かるんだけど……。
戸惑う私に、ゲス・ヤロウお爺ちゃんは頭を下げた。
「ブス様、ようこそおいで下さいました。これも偉大なる女神さまのお導き。感謝いたします」
どう反応していいか分からずに、私はただコクリとうなずく。
ゲス・ヤロウ神官長の挨拶を皮きりに、関係者の自己紹介が始まった。
筋骨隆々の天を突くような大男が、前に進み出る。
腰に剣をさしているから、騎士なのだろう。その顔はもじゃもじゃの毛で覆われていて、周囲に鋭い眼光を放っている。
彼は筋肉モリモリの腕を胸に当て、腰をかがめてこう言った。
「ブス護衛騎士団の団長を仰せつかりました……」
う、うん。
私は身構えた。
「ハルノ・ヨウセイと申します!」
かっ、可愛い!
見た目と全然合わないけど、可愛いから許す。
「「ブス様!」」
騎士が二人出てきて、ハルノ・ヨウセイ団長の隣に並ぶ。こちらは細マッチョといった体型で、両名ともハナゲ殿下ほどじゃないけど美形だ。
「私はブス様の身辺護衛を務めます、ボク・カワイイノウと申します!」
胸を張って黒髪の騎士がそう言えば、金髪の騎士も直立不動の凛々しい姿で名乗る。
「同じく!私はワンコノ・シッポーと申します!」
……なんだろうこのネーミングセンス。素人が暇つぶしに書いたラノベみたい。
「ええっと、よろしくお願いします」
ともあれ、私の身を守ってくれる人たちなので、ちゃんと頭を下げた。
「ブス様、お疲れのところ申し訳ないのですが……」
ハナゲ殿下が私の背中に手を添え、労わるように言った。手のひらの熱が伝わってきて、なんだかドキドキする。
「なんでしょうか?」
見上げれば、鼻筋のスーッと通ったイケメンが、私に向かって微笑んでいる。鼻毛はもちろん出ていない。
その眩しい笑顔に、私は目を細めた。
「これから神殿で儀式を行いたいのです。そう長くはかかりませんので」
聞けば、その儀式が終わらないと、私は「正式なブス」として認められないのだそう。
「正式なブス」って何だよ!と、思わずツッコみたくなったが、この国にとってとても重要なことらしいので、私は素直にうなずいた。
「では、こちらへ」
私たちは儀式を行う場へと移動した。
先頭を歩くのは、ゲス・ヤロウ神官長。次にハナゲ・デ・テルネ王子、「ブス」の私と続き、しんがりをハルノ・ヨウセイ騎士団長が務める。
儀式を行う場所は、同じ建物の中にあったので、ほんの五分歩いただけで着いた。
重厚な扉が開かれると、そこはさっきまでいた部屋と同じように、壁も床も真っ白な大理石でできている。高い天井近くにもうけられた窓から、日の光がキラキラと差し込んでいた。
「あちらです」
ゲス・ヤロウ神官長が指し示す場所には祭壇があり、優雅な古代ギリシャ風のドレスを纏った、美しい女神の像が飾られていた。
祭壇も女神像も大理石で、眩しいくらいにピカピカだ。
あまりの美しさに見惚れていた私の耳に、ハナゲ殿下の心地良い声が響いた。
「ブス様、あちらの女神像は、我らが信仰する最高神、ブス・ノオ・ヤブン神です」
ブス、ノオ、ヤブン……ブスノ、オ、ヤブン……ブスノ、オヤブン……?
「さあ、ブス様」
「は、はい」
動揺する胸を抑えて、私はゲス・ヤロウ神官長の導きのもと、数分間の短い儀式を行った。
真面目にやった。
だって、みんな真剣なんだもの。
そして無事に儀式を終えた時、ゲス・ヤロウ神官長が両手を上げて宣言した。
「この儀式をもって、ここにいる乙女は、テルネ王国の正式なブスと認められた!」
「「「うぉおおおおお!」」」
周囲から歓声が上がる。
「ブス様」コールがさざ波のように、集まった人々のなかに広がっていく。
ハナゲ殿下に促されて、私はひきつった笑顔のまま、人々に向かって手を上げる。
歓声がいっそう強くなった。
……こうして私は、ゲス野郎の導きをうけ、ブスの親分から正真正銘のブスと認められたのだ。
これから鼻毛殿下や春の妖精団長たちに支えられながら、ブスの務めを果たしていくことになるのだろう。
まだ続く……たぶん




