第五章 三保松原の燈台下焼肉センター 5
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映画大学のカフェテラスには池というか水を張れる程度の直系1メートル程のくぼみがあって、涼しさを演出するものだったのだが、けれどもポンプが壊れて水を張ることはなくなり、埋めるのも直すのも面倒なのか、そのままにしてあった。
今そのくぼみに亜美衣が両ひざを曲げ・身を折り曲げ、寝転んでいる。
「亜美衣さん!何があったんですか!?」
「菜乃、エースを、エースを狙え!」
菜乃は亜美衣を抱き上げたが、直ぐにこと切れるかの如く、頭がガクッと崩れた。
「もう!いろいろ混ざり過ぎですよ!」
「いやぁ、菜乃、これはタダごじとゃないよ」
芽里亜が周囲を見渡しても、みんな反応をしない。
カフェテラスのイスの上で全員がうなだれている。
立ち上がった亜美衣がスラックスをぱんぱんと払った。
「どうする!?私が解説するかい?とは言っても事情は未だによく判らないのだけれども」
「いや、亜美衣さん、オレが話すよ」
彩がようやく立ち上がって、そう云った。
すると周囲の皆も立ち上がって、屈伸運動等、身体に軽いストレッチを与えた。
「あれだけ緊張感があると身体バキバキになるのな。初めて知った」と簗木部長。
「きみら会わなくてよかったよ」と菜乃たちの同学年の住田くん。
「すみません、私たち、誘われていたんです」と高木彩花。
「いやー、残ってくれて嬉しいよ」と野笛。
「いや、先輩方に相談すべきでした」と星ヒカル。
「何があったんだってばよー!」と虎丸。
そこで先ほどの騒動の解説になるが、彩・野笛あたりから龍王院エリスの初出現から話は始まった。
最初はトップ合格の女性の入学者が映画学科に入って、元映画監督の教授にじしんの短篇映画を見せて大絶賛を受けたと彩は聴いた。
次に野笛と未だ連絡を取り合っていた伊野省吾から、「俺らのシリアス・ユナイテッドでワークショップをやったんだが、ベテラン役者がアドリブ勝負で次々と負けた。うちの大学の新入生で、名前は龍王院エリスといったな」と聴いた。
だがこの時の伊野はあたかも伝言のように話したが、実際はそのアドリブ勝負で負けた一人で、現在撮影中だった「児戯なき闘い」に多くの助言を残し、伊野にすら忘れられない存在となっていた。
「彩、今年のうちの新人で、スゴいパース連発して、躍動感ハンパないアニメーターが入部したぞ!」
「綾川、その女の名は!?」
「龍王院エリス」
その頃の彩は卒業論文を商業出版しようと奔走し、まずは文学フリマで手売りすることを考え、あまり部室に来なかった。
そんなある日、その部室に行くと、岸間や簗木の様子がおかしい。
「どうした?なんかヘンだぞ、二人とも」
「あのエリスってコ来たんですけど、美人で話面白くていいコです」
「彩さんも話せば判ります」
と簗木に云われたので、ちょくちょく顔を出すようにした。
「はい!凄く!イイ子ですよ!龍王院さん!」
これは新入部員の島カリン。
同学年の同性たちとスイーツとコスメの話しかしていないコだが、なんの話をしたのだか。
新入部員の千田くんという男の子が彩に話しかける。
「ぼくらの学年の龍王院さんを主体に映大ナビゲーション・フェスタに40分程の短篇を制作することになりました。よろしくお願いします!」
彩は未だにその龍王院エリスに会えていない。
だがテレヴィジョン学科のドラマ制作で課題とは思えぬ程のレベルのドラマを作ったとか、ゲーム学科の授業ですごいCGを皆の前で披露したとか、映像配信学科で解説当日に1万再生を打ち立てたとか、学内デウソかマコトか絶えず話題をふりまく存在であった。
7月、ナビゲーション・フェスタ、開催。
龍王院エリス監督作品「パーティーズ」上映。
それは島カリンが女子高生に扮したSFで、開始5分で日常生活からトラックにはねられ、又このシーンがどうやって撮ったのか、それともCGかやけに真に迫った事故シーンで、公開時生唾を飲み込む音が聞こえたと噂された。
転生というよりサイボーグのように機械化されたのだが、それが特撮なのかCGか抜群の撮影技術で映されていた。
それから同類であるサイボーグたちとの闘い、ヒロイン自体の出生の秘密、科学者役で西田敏行が出演(本作が遺作となる)と急展開のつるべ落としで、観客の目を釘づけにした。
「どうでした?」
確かにナビゲーション・フェスタも事前の打ち合わせがあったので、彩はその頃にはもう何回も龍王院エリスには会っていたが、それでもドギマギした。
「スゴいよ。約40年前に発表された〈サイバーパンク〉のいちばん完成度高い映像化だと思った」
「ふふ、私、先輩が同人誌に発表した『ブルース・スターリング論』読みましたよ」
そう、多くのことを知っていて、多くのことができる人で、カリスマ性の塊みたいな女性であった。
「西田敏行、なんで出てくれたんです?」
これは現在の話者・彩へのあきらからの質問。
「知らんよ。付き合いがあったとしか。だが彼女はナビゲーション・フェスタの後に、直ぐ辞めた。すべきことを全てしたからと言って」
それから彩や簗木部長、岸間と云った映画マニアの部員がスタッフロールで龍王院エリスの名をよく目にした。
海外の映画祭で短編映画で受賞した話や各国の映画スクールで受講していたことに断片的に知った。
「なんで、その人、うちの大学に来たんですか?こう言ってはなんですが、美大の国立とか映像を学べるもっと偏差値の高いトコ行けばよかったのに」
これは虎丸の質問。
「実際行っていたらしい。その国立って例えば、東京藝大のことなんだろうけど、そこにもちょくちょく現れていたらしい。同人仲間の院生から聴いていて、勿論皆大絶賛だった、と。おそらく龍王院エリスがこの大学を支配するためだ。理事を4人まで傀儡にして、この大学を己のための映像人養成所にしたいのだと思う」
「ダメだ。とてもじゃないけど、スケールが違う。私のは違うんだよ。同じことが好きな人と面白いものを作って、更に大勢の同じことが好きな人に読んでもらったり、観てもらったり、するだけだ。業界全体の底上げとか世界クラスの仕事なんて、もう同じ世界の話とは思えない」
菜乃が嘆息する。
「でもね、菜乃、そんなに悲観しないでよ。龍王院さんの短編映画、面白かったけど、『二人の失楽園』程の観客動員数は果たしてなかったよ」
「!」
これは菜乃と芽里亜の表情めいた反応。
「いや、立ち見が出たし、少なかったワケじゃなかったんだけど、熱気というのか、熱量は『二人の失楽園』の方があったのは確か」
野笛の言に彩が付け加える。
「今までなんで龍王院さんの話を今年の新入部員にしなかったか考えていたけど、ノブのその台詞で判った。龍王院さんは龍王院さんでしかないんだ。でも『二人の失楽園』は酉野さんのものだし、安さんのものだ。同時に相川くんものだし、虎丸のもので、俺やノブ、簗木や岸間、星さんや高木さんのものだ。レコンキスタのものだ、そして映大を代表するものだ。なんでだか判らないんだけど、同学年の女の子、島さんをヒロインに起用しておきながら映像研のものでも、映大ものでもないと思わせる」
「あのー、なんでしたっけ、そのさっきの話だとその龍王院さん『説明の必要を一切感じません』とか言っていたようだけど、そのひとの作戦目的って、もう決まってますよね」
「どういうこと、芽里亜?」
「そういうことよ、菜乃」
つまり、『二人の失楽園』の噂を聞きつけて、帰って来たのだ!




