第三章 荻窪のラーメン二郎 5
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次の日の火曜は講義があったが、さすがに睡眠にあてた。
菜乃と芽里亜は野笛のお墨付きをもらい、更にテンションが上がったので、水曜に撮影を行うことにした。
そのためにグループLINEであきらと虎丸に集合時刻と場所を投げた。
撮影場所はあの東京湾に降り注ぐ荒川の終点地。
ラストシーンだ。
流れとして、暗号をハッコウから受け取ったリュウセイはそれを破壊工作に使うも、局地的な破壊しかできなかった、そこで次は更に広範囲の壊滅プログラムを発動させようとするが、ガードが堅い上に、以前の破壊工作で警戒も厳重、ハッコウを疑う存在も出てくる、リュウセイはレジスタンスとして闘っているのに、大衆からは皆が支配されることに疑問を持たないため「よけいなことしやがって」と褒められるどころか、ハッコウ以外のチーム全員が官憲に売られる、そして最後の壊滅プログラムを発動させるために遊園地でこの世界を創った学者の一人・コガ博士から、そのプログラムを受け取る、発動させるために、官憲や支配者側の有力者と闘うが、プログラムを発動させ、支配者たちは滅ぶ、大衆に追われる、着いた先がこの川の終わり、ということで、ラストシーンだ。
これは既に岩渕水門あたりの荒川で撮影してあるのだが、ハッコウがリュウセイに当て身を食らわせ、川に横づけしてある木製のボートにリュウセイを乗せ、川へ流すシーンへ繋がるようにするのだ。
もっともその時のボートに乗ったリュウセイは仰向けであり、それはミレーの描くオフィーリアのようで、行先は良くないことを暗示している。
東京湾まで追い詰められるワケだが、それだけのエキストラを用意できるワケないので、歓声や胴間声だけでリュウセイとハッコウを追い詰める演出をして、何かが二人の視界を横切るのだが、それが最後に空一面のドローン(CGで数を水増しする)として現れる、という圧倒的不利を描く。
「酉野さん、最後、アドリブをしていいですか」
あきらが聴いた。
彼の演技は台本や画コンテを忠実に再現すること、演出家やプロデューサーの考えを外れないことだと思っていたのに、菜乃にはそれが意外だった。
「なにをするの?」
「それを言ったらアドリブではない。どうしてもイヤならばやめます」
勿論これはこの作品から降りるという意味ではなく、アドリブをやめるという意味だった。
菜乃は許可を出した。
それにはこういう意味もある。
あんな裸体で交わるシーンを経たためか、次の丸ビルのオフィス内のシーンはあたかも10年来の親友のような息があった。
今日もあきらと虎丸はツーカーで通じ合っていた。
だから急なアドリブを入れても受けて立つのではないかと菜乃は判断した。
「うん、この作品で私だけクリエイターというのもおかしいし、いいよ!やっちゃって!」
追われるリュウセイ、川の沿岸の芝生に転がるハッコウ。
ハッコウの腰と肩に手をかけ起き上がらせるリュウセイ。
背中合わせじりじりと見えない敵に囲まれるリュウセイとハッコウ。
この後、ボートのシーンに繋がるので、ここまでが本日の撮影であった。
振り返ったハッコウがリュウセイの両耳を両手でくるみ、口づけを始める。
舌を見せることでハッコウの口内に彼の舌が入って行くことが判る。
目だけで驚いてみせるリュウセイだが、ゆっくり目をつぶり、彼も舌を見せ、ハッコウの口内に入って行く。
固まる菜乃と芽里亜と野笛。
だがそれは同時にここにはいない・後でCGで追加する敵の大群をひるませるのと同じ効果を三人に味わせた。
それを瞬時に三人の娘たちも理解した。
敵の大群が動揺している!
その誘った動揺を最大限に生かすため、二人は川へと逃げる。
そして先月撮ったボートのシーンに繋げる。
―よし!これで最初と最後は撮影完了だ!
ランドクルーザープラドで北上し、西日暮里のあきら、椎名町の菜乃、それに近所の虎丸と野笛の順番で、送る予定の芽里亜だった。
運転する芽里亜の横には助手席の菜乃。
後部座席には野笛と男の子二人。
「これ、こんなラブシーンがまだまだ続くのかね?」
野笛。
「いや、違います。アドリブでやったのはひるませるためです。室井くんには何をするかは言っていませんでしたが、『アドリブをするから、受けて立ってくれ』と言っておきました」
あきらの言葉に微笑で返す虎丸。
「で、未だ続くの?お姉さん、心臓がばくばくだよ!」
「いや、それは無いです。冒頭であのファックシーンがあるでしょう。普通映画で主演が脱ぐのは最後とか山場です。それをいきなり。すると観客は未だエッチなシーンがあるかも?と思いながら見ます。なのに冒頭以外にそういうシーンがないというのは観客にとっては裏切りになります」
「あ!演出論とか演技論ではなく、観客視点か!」
あきらの説明に菜乃がそう解釈する。
「はい、ただでさえ、映画というのは小説のような純文学とエンターテインメントという区別がない。だから冒頭で観客を喜ばすシーンをやったならば、受け狙いとかでなく、もう一度やらなければいけないのです。『誰も発砲することを考えもしないのであれば、弾を装填したライフルを舞台上に置いてはいけない』、チェーホフの言葉です」
あきらはたまになんか凄い知識を動員してくるな、ラーメンとか特撮とか、今回はチェーホフとかと皆は思っていた。
そのあきらを西日暮里の駅前で下し、次に椎名町の酉野家を目指す。
助手席の窓ガラスを菜乃は突然下げた。
「にーに!どうしたの!?」
立教通りを歩く若いサラリーマンに声をかけた。
信号機で止まっていたから早く次のステップに進みたいと思った芽里亜。
「どちらさま?」
「上の兄です」
その上の兄・恵草は軽く目礼した。
「乗ってください」
芽里亜のその誘いに恵草はあきらの座っていた後部座席に座った。
話を聴くと西武池袋線が不通になったので、ひと駅歩くことにしたとのこと。
「お勤めはどちらですか」
聴いたのは野笛。
「楽器店です、銀座の。バイトからなんとか採用されて去年新卒扱いで入社しました」
「楽器、お好きなんですか」
次は芽里亜。
「ええ、学生時代はトリオ編成のバンドしていました。それなのに今は音楽教室運営の部署に回されちゃいましてね」
「あ!バンドでもジャズですか、私は地元の高校でロックバンドしてました」
そうこうしているうちに山手通りを左折し、酉野家に近づいてきた。
すると菜乃が「あっ!にいにいだ!」
それは酉野家の次兄・呈良。
恵草がメンバーと状況を説明していて、兄二人で皆に挨拶する。
菜乃が判れの挨拶をした。
「老舗の楽器店の社会人一年生に、理系大学の三年生、しかも二人とも180くらいと背の高い・顔もいい・多分性格もいい、菜乃、それではカレシ作る気はおきないだろうねぇ~」
これは芽里亜。
「上のお兄さん、恵草さん。私の一つ上かぁ」
これは野笛。
「おれに何かコメント求めているのか?」
これは虎丸。
「なんかあるの?」
と芽里亜が義務感から尋ねる。
「そうだな、酉野さんのにーにとにいにいといおう呼び方は凄くよかったな」




