第三章 荻窪のラーメン二郎 4
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撮影が始まり、しばらくすると野笛が「うん?何か変わっている」と声に出して云った。
その声色はなにかしらのレスポンスを期待していないように聴こえたので、菜乃も芽里亜もそのままにしておいた。
丸ビルの、芽里亜のバイト先である会社のオフィス。
野笛と菜乃はロケハン入れもう三回来ている場所。
撮るものは前と変わらない。
リュウセイ役の虎丸が清掃員に扮し、ゴミ箱からゴミを回収し、ハッコウ役のあきらがキーボードを入力する。
この二人が一度、視線を絡ませるカットが追加された。
昼頃に撮影は終り、日本橋まで歩いて鴨南蛮の店で昼ごはんにした。
そこでは主にこれからの撮影日程が検討された。
だが演技論という程ではないが野笛が口火を切った。
「今のシーンは無表情なんだけど、前回分では無表情だったんだけど、今回は無表情の演技をしていた感じで、フシギだった」
「それはハッコウという人物がよく理解できたからです。前回はどういう人なのか判りませんでした」
応えたのは虎丸ではなく、あきらだった。
「それはその人物の過去を掘り下げたり、周囲の人々からの影響とかを自分で設定していった、とかそういう役柄の作り込みのことか?」
こっちは虎丸の質問。
「なんか、そういうのは口に出して言わないんですけど、だいたいその場で設定します。核があるんですよ。例えば、さっきの撮影からこの店につくまで、室井くんはその斜め掛けの鞄を身に着けたり、この店で店員さんに『鴨ざるそばで』って注文したでしょう。それを映像作品や小説でいちいち描写しますかね。トイレ入ったとか・歯を磨くとか、いちいち撮らない。世の中で成功したお金持ちとか話題のインフルエンサーだって用を足したり・顔くらい洗います。その仕草にその人の価値はそうそう出ません。だから役者が演じていない登場人物の仕草や言動は無いんです。つまりトイレもいかないし・歯も磨かない、映っている時が全てなんです。核とはその登場人物の映されている時の行動原理です」
「じゃあ、ハッコウの核となる行動原理とは?」
これは菜乃の質問。
「リュウセイが好きだということです」
―そうか、私はそういう話を作っていたのか。照れくさいがその通りだ。
菜乃は心の中だけでそう思った。
「本来ならば、好きな人や付き合っている人のことを終日考えている人なんていないんですよ。用を足している時や顔を洗っている時に考えないでしょう?でも作中の人物はそうしないといけない。だからフィクションなんです。現実とは違うんです。おばけや宇宙人がでなくても」
「そうか、逆に言うとトイレ入っている時や歯を磨いている時にその人のことを考えているならば、撮影する・描写する必要があるってことか」
―相川、独特な演技論だな。
そして虎丸はあきらのその演技力に知らぬ間に従っている自分に気づいた。
―道理で飛躍的にやりやすくなったワケだ。
実は虎丸はこの時に初めてやり易くなっていたことを認識した。そのくらい自然にできていたし、あきらは更に自然体だったのだ。
この日は、皆、電車で早々に帰宅した。
菜乃は野笛から編集を教えてもらったので、自宅の自室で編集を独りで没頭することにした。
『粗編、終わった』
グループLINEのナノメリアでなく、芽里亜のアカウントにLINEがきた。
その文章の後にノートPCにその映像が送られていることを告げている文言。
時刻は21時。
―じゃあ、帰宅して直ぐだとしても6時間以上、編集をしていたのか。
そして再生すると送られてきた意味が判った。
―これは誰かに見せたくなる。
そう思った芽里亜は『合流しよう!クルマ出す!』とLINEした。
井の頭通りから芽里亜は自動車を走らせ、菜乃は山手線に乗り、二人は中間点の新宿で合流し、そこから芽理亜の住む部屋へ。
粗編、粗い編集の後は細かく数秒単位で、テンポやリズムを尊重し、編集を詰めていく。
菜乃が客観性を持ちたいということが判った。
数秒単位の作業、これは論理性とかより、「なんか良い」とか云ってくれる仲間が必要なのだ。
「あっ!なんか途中で食べ物を買っておけばよかった!」
「菜乃、今度菜乃が部屋に来た時に頼もうと思っていたデリバリーがあるから、それをオーダーしよう」
帰宅した芽里亜は編集環境を整えたながら、電話した。
「なに!?なに!?」
菜乃はそう言うが芽里亜は「来てからのお楽しみ!」とごまかした。
早速編集を始めた40分後に配達員が来た。
そのユニホームから「ピザか!?」と菜乃は思ったが、にここにの笑顔でテーブルに置いたのは地中海風パエリア。
「おおっ!テンション上がるわ~!」
「一人だと頼み辛かったので、ちょうどいい」
ナゲットや冷製スープのサイドメニューも並び、完全に徹夜モードとなった。
完成は6時頃、芽里亜は野笛にLINEをしていた。
芽里亜の部屋で三人の女の子が合流したのは14時頃。
「―、これは驚いたわ」
その編集された冒頭5分を観て野笛がつぶやく。
良いものを繋いだから完成としたが、それでもそれは二人して繋げたからテンション高くなり、その作業にかかった熱量と時間と準備がそうさせていると思わせたかもしれないという懸念があったが、野笛にそう云われて初めて、二人は「良いものを創った」と確信した。
野笛と二か月付き合い、こういう時に後輩だからとお世辞を云ったり、つまらないと云い辛いから褒めるようなひとでないことを知った上で呼んだのだ。
「勝手に相川くんと室井くんのエッチなシーンを撮られたことは淋しいけど!」
「いや、アレは撮る方も撮られる方もできればもうやりたくないです」
そう発言したのは芽里亜。
「それは少し、画に焼き付いているよね。若いコたちが恥ずかしいと思いながら、脱いで・撮られて、撮っている方のカメラマンの動揺も伝わる。でもそれすらも演技なのかどうか判らないようにしている存在感がある」
その存在には菜乃も芽里亜も編集の段階で気づいていた。
撮影の時もそうかも?と思っていたが、編集の時にそれは確信に変わった。
「相川くん、でしょう」と菜乃。
「そう、撮影の現場にいなかったけど、相川くんだけ、本当の同性愛者のようで、つまりこの現場に本物が迷い込んだように映る。冒頭の二人の性交を映して、それからオフィスでキーボードの叩く音で暗号を報せる行為、それすらもセックスのようだった」
野笛はその単語を口にして後悔したようで、二人はそれをかわいく思った。
―でもそうか、ノブさんも同じことを思っていたか。
菜乃はようやく自分の映像作品を肯定するようにした。
―確かにそうなんだよね。素人がああいう撮影して、ノンケの若い男の子を絡ませると最悪、野獣先輩みたいになるけど、相川くんは次のシーンを想定した上で演技している。絡みはただの通過点にしか過ぎないという態度、だ。
芽里亜はここで初めて、菜乃以外にも自分たちのチームに天才がもう一人いたことに気づくのであった。
「これ、相川くんと室井くんにも見せる?」
「私はイロドリ先輩にも観てもらいたい」
最初のは菜乃で、次が芽里亜。
この次が野笛。
「いや、ここまできたら完成させてからにしよう。スケジュール的にはあと三週間くらいでクランクアップでしょう。編集は、今度は付き合わせてよ。ここまできたら、完パケ作って、お披露目しよう!傑作ができることは私が保証する!」




