第三章 荻窪のラーメン二郎 6
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粗編をしたり、出演する他の映像研のメンバーのスケジュール調整をしたりとなかなか忙しい菜乃と芽里亜であったが、その中においてあらかわ遊園でのロケはある関門が待ち受けていた。
それは撮影料が一時間、17,625円することだ。
いや、ならばゲリラ撮影でもいいじゃんか、とこの頃には他のレコンキスタ部員も協力的になってきたから、意見をもらうこともあったが、菜乃と芽里亜はが反対した。
「スジは通したいんです。無頼気取りのカツドウ屋っぽいマネはもうコンプラ的に流行らない、それにドキドキしながら撮影するんじゃなくて、お金払って、その脈拍数を買うとした方が楽しく撮影できるってこと」
これは芽里亜の反論だったが菜乃も同意見である。
なるべく事前に用意をする。
一時間で撮り終わろうとすると必ずパニックになる。
ゆったり二時間分払おう。
シーンとしては5分強のシーン。
これでちょうどいい。
しかも土日祝は混むから撮影禁止。
「あ、冒頭のホモシーンどう言い訳するの?台本の提出、なかった?」
これは彩の発言。
芽里亜の説明によると台本を渡して説明してある、ということ。
「後になって、そういうシーンが追加された体にします。それに『二人の失楽園』だからキリスト教をモチーフにしたSF作品と言ってあります。あながちウソではない」
「そっかぁ、あのシーン、オレにやってくれ、って言われていたら、土下座して回避していたよ。だから、コレ。撮影料」
彩はそう云って、紙幣を渡した。
「ちょっと、イロドリ先輩!これ、2枚ですよ」
あえて野笛にではなく、菜乃に渡した彩。
「あ、1枚じゃなかった?でも、西荻窪のサブカル育ちのオレは渡した金を戻されるなんて、だせぇマネできないんだ」
「ありがとうございます」
「酉野さん、オレの台詞あるシーン、オレもゆったり撮影に付き合いたい。オレがゲリラ撮影するオレ、かっけぇぇぇぇぇ!ってタイプだったからさっきのは蒙が啓かれたよ」
ということで、臨むのがあらかわ遊園のシーンで、撮影はみんなが調整して金曜の午後イチからとなった。
―梅雨の時期なのに、今のところ、雨天にはぶつからない。曇りならば、むしろ作風的にはついているくらいに考えよう。
芽里亜はあきらと菜乃に好きなようにやってもらう環境をいちばんに考えていた。
「三人は話し辛いから、ここはコガ博士とハッコウだけの対話にしたい」
菜乃の提案はもっともだった。
そこでシナリオを書いた芽里亜に話を通したのだ。
多分、出生が悲惨でテロリストまで堕ちたリュウセイは支配階級で現行システムを作り上げたコガ博士とはソリが合わない。
それならば、園内の乗り物に乗せておこうとレコンキスタの別班にリュウセイ役の虎丸をメリーゴーランドに乗ってもらったり、スカイサイクルをこいでもらったりする撮影を任せた。
コガ博士とハッコウが落ち合うのはどうぶつ広場の中央にあるベンチ。
彩はイタリアンのスーツに対抗してか英国風のスーツにソフト帽、そしてわざとらしい髭までたくわえてきていた。
「きみもきみの相棒も新政府から、大衆からすら忌み嫌われている。それでもやるのかい?」
彩扮するコガの台詞は状況のまとめを語ってもらう。
「こんな無体なことがいつまでも続くワケがない。近々終わる。そして終わった時には誰もが己の犯した罪に恐怖する。それは歴史の道理だ」
「それは構造だけだ。じゃあ、きみらという存在はどうするんだ?相棒のカレ、きみの財力があれば、逃げることができる。彼はここに同席していない。知らせていないんじゃないか、結果を」
菜乃と芽里亜は固まった。
野笛は別班で撮影に付き合っている。
―違う、違うよ、イロドリ先輩、そこの台詞は「その歴史の悲劇をきみらが背負うというのかね。誰も頼んじゃいない。でも気づいたのがきみらならば、それが必然性となるか、その心持ち、美しいが、哀しいな」だろうに!
だが、同時に芽里亜は気づかされた。
―そうか!コガ博士にまでたどり着けたハッコウと違い、リュウセイは孤児の火遊びレベルの活動しかしていない。国家を転覆する程の覚悟がリュウセイにあるのか?それを知っていて、リュウセイを巻き込む覚悟がハッコウにあるのか?という脚本上の不備を本番でついてきたんだ!
「さすが、博士。黎明期から三次元インターネットを開発を取り組んできたことはありますね。ええ、その通り、世界を壊しますよ、リュウセイと。で、リュウセイは私と同じ認識や覚悟があるかですって?ちゃんちゃらおかしい。世界が壊れたら、私もリュウセイも死ぬ。なんで、そんなことを考えなければならないんですか?」
あきらが切り返した。
―違うな。切り返したというより、あのシナリオの展開で、どのようにリュウセイが思うかを相川くんは当然思索していた。
「破滅のあとは、誰にもどういう状態になるかなんて、判らない。二人で逃げればいい。その方がいい」
彩演じるコガ、今度は滂沱の涙をこぼし始めた。
―イロドリ先輩、相川くんの撮影した演技を観て、ケンカを売りたくなったんだな。
そう、菜乃の読みは当たっていた。
モニターする芽里亜のイヤホンからは彩のすすり泣きが聴こえてくる。
―!
菜乃はあきらをアップにする。
「で、二人で逃げて、どうしましょう。美味しいごはんを食べる、海で泳ぐ、セックスをする、持参したDVDで映画を観る。それは幸福だと言えないのだけは判ります」
あきら、台詞はたんたんと発音しているのに、ぼるぼろと頬を濡らす涙の量が彩の量の10倍、滝のように流れる。
―もう、ダメだ。オレの負けだ。
それは彩のものか、コガ博士のものか、ベンチでうなだれた。
カット!の声が鳴り響く。
「急ごう、コガ博士が遊園地の雑踏の中、クールギンに惨殺されるシーンと、殺されかかるハッコウを助けて、逆にリュウセイがゲルドリングを殺すトコ!急いで撮るよ!」
芽里亜は合流してきた別班にも声をかけた。
そして撮影が終わる。
荷物を積んだランドクルーザーで芽里亜の部屋の方角の者は乗ることになった。
ここから都バスで帰れるあきらは辞退した。
「西日暮里は冨士見坂があったろう、久々に夕焼けの富士山みたいから、相川くんの最寄り駅経由で帰るわ」
と彩はあきらと帰宅を共にした。
「なぁ、なんか子役の劇団とか入っていたのかい」
彩はそんな話を聴きだそうとした。
それ以外にも中高で演劇部に、小学校の学芸会でいい役で出たとか、等。
先ほどの台詞を滔々としゃべるあきらとは異なり言葉少なげに「ないです」とか「よく判りません」と繰り返した。
「じゃあ、ちょっと相川くんの家寄っていい?」
バスから降りた時に彩はあきらにそう云った。
「絶対に、やめてください」
それは演技でも・素でもない。諦観を経由した絞りだすような声色だった。
「え、いいじゃんか、ぼくはきみをリスペクトしてだな」
「これ以上はやめてください。部活動をやめます」
彩は「わかった」とだけ発音して、JRの駅を探し始めた。




