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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第六章 一番の敵はどこにいるか

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隔離室の魔法使い

「話?」

 そう言ったエドガーの表情は硬い。ディーンの視線は誰とも合わず、テーブルの上に落ちたまま動こうとしなかった。

「そりゃ、ああいう立場の人だから何だか問題はあると思ってましたけど。中央の隔離室に入ったままで、絶対に逃亡できないように祖父は色々やってたみたいでしたし」

「隔離室……?」

 わたしはつい口を挟んだ。

 地下って、中央魔法司法局の地下?

 北部魔法司法局の造りは、取調室と留置場はあったと思う。でも、それは本当に一時的な牢屋に過ぎない。取り調べが終われば、司法局の建物から出されて、別の刑務所へと送られる。

 だから、わたしが司法局にいた時だって、犯罪者を見かけることはなかった。

「中央の連中が使っている監獄は外部にあったはずだよな?」

 アレックスが怪訝そうにそう言うと、ディーンは少し気まずそうに上目づかいで彼を見上げた。

「俺、まずいことをしゃべってますかね? これって内部情報だし」

「情報交換だと思えよ」

 エドガーが酒の入ったボトルを手に取り、ディーンのゴブレットの中に酒をなみなみと注ぎいれる。それを困ったように見た彼は、一応ゴブレットを手にしたものの、飲もうとはしない。

「……隔離室って解ります? 普通、あんなところに凶悪犯を入れることはないじゃないですか。身分の高い人間が事件の関係者になった時なんかに使われるところで、色々な家具だってあるし、とにかく部屋は広いし。だから俺、あんまりよく解んなくて」

 ディーンはそこで少しだけ言葉を切った。

 話を続けるかどうか、悩んでいるようだ。おそらく、言いたくないのだろうと見て取れたけれど、わたしたちの視線を一身に浴びているせいか、その圧力に負けたように続けた。

「結構、彼女は弱ってるみたいでした。全身に司法局の魔法をかけられているみたいだったし、歩くことも難しそうな雰囲気で。だからちょっと、俺は……何て言うか……同情もしたし」

「同情ねえ。絶対お前、女に騙されて苦労するタイプだな」

 エドガーが苦笑している。

「……ええ、多分」

 ディーンは泣き笑いのような表情を作り、エドガーを見つめた。


「さっきの話、本当っすか」

 やがて、彼は苦しげに言う。

「さっきのって?」

 エドガーがそう首を傾げると、ディーンが一瞬だけわたしを見た。

「レティシア、って言うんすよね、彼女? 俺、捜査協力者だと祖父に言われました」

「捜査協力者?」

 それを聞いていた皆の表情が驚いたように強張る。

 ディーンの言葉は少しずつ小さくなっていく。そして、どこか悩ましげでもあった。

「使い魔とか……あれって使い魔? 前に見た赤いトカゲ、あれがそうですか? 俺、守護獣だって聞きました。重要人物を守るための魔法生物だって。そんな、危険なものじゃないって」

「どういうことだ」

 いつの間にか、局長がすぐそばに立っていた。

 シドは相変わらず眠っていたけれど、マチルダも気づけばわたしのすぐ後ろに立ってこちらの話に耳を傾けている。

 しかし、ディーンは周りが見えていないようで、ぶつぶつと何事か口の中で呟いていた。

「捜査協力者って言うから、あんなところにいたんだと思ったのに。そんな危険人物なら何で。大体、どうして……」


「ウェクスフォードの視察」

 わたしは思わず囁いた。

 わたしが司法局にいた時、ディーンが言っていた。彼は、ウェクスフォードの視察にきたんだと。金持ち学園だよね、と笑っていたじゃないか。

 使い魔。

 守護獣?

 そんな危険じゃない?


 ギリアム先生はいつあの使い魔を?

 グレイは言っていた。最初の目的は、おそらく監視だと。でも、いつあの赤いトカゲは先生の中に?

「最初の殺人はいつですか?」

 わたしは思わずマチルダを見上げた。「レベッカのお姉さんが殺される前にも、似たような事件があったと」

「アレックスが潜入捜査に入ってすぐの頃だったわよね? そして、似たような事件が立て続けに」

 マチルダがそう小さく呟いて。


「すいません、ちょっと俺、確認してきます」

 ディーンが青白い顔をして立ち上がった。局長がその腕を掴んで、静かに言った。

「誰に何を確認する気だ?」

「……俺は」

 ディーンは一瞬だけ怖気づいたように局長を見つめたけれど、すぐにその表情を引き締めた。「俺だって、新米ですけど捜査官ですよ。もしも俺がまずいことしてたら、始末書じゃないですか。だから、確認しなきゃ」

「待て、下手に動くとまずいだろ」

 局長が鋭く、それでも相手を気遣うような優しさを含ませた口調で続けた。「まずは落ち着いて行動しろ。うちの研修が終わって、お前は中央に戻ってる。中央に信用できる人間は?」

「信用できる人間なんてあそこにはいません」

 ディーンは苦笑した。「だから、気を付けます。大丈夫です。あの、何か情報を得たら相談しに戻ってきてもいいですか?」

「もちろんだ」

「多分、祖父はその女に騙されてる。利用されてるんだと思います」

 ディーンが苦しげに呟き、局長を真剣な表情で見つめ直す。「すいません、今はこれだけしか言えないですけど、絶対に戻ってきますから助けてください」

「解った」


「局長」

 ふと、アレックスが口を開いた。

 局長の目がアレックスに向けられて、細められた。アレックスは小さく微笑み、肩をすくめつつ言う。

「俺もそろそろ引き上げていいですかね? ジェンキンスのことは後回しにしましょう」

「そうだな。適当に抜けられそうか?」

「彼女に引き抜かれたことにします。色仕掛けに参ったとでも言っておけば、多少は納得……してもらえないかもしれねえなあ」

 と、彼の声が低くなった。

 『彼女』――、つまりマチルダか。

「まあ、何とかします。ただ、またあの野郎の傘下に戻るのは難しくなるでしょうねえ」

「それはもうどうでもいい」

 局長が頭を撫でながら笑う。「色々やることができたな。さて、ここにどうグレイ・スターリングが絡んでくるかが厄介だ」

 そこで、ディーン以外の人間の視線がわたしに向いた。

 いきなりのこの状況に戸惑っているうちに、ディーンが部屋を出ていってしまった。そして、また大きな魔力の動きが感じ取れる。

 空間移動魔法というやつだろうか。わたしがまだ教えてもらっていない魔法だ。


「わたしにできること……」

 やがてわたしは恐る恐る口を開いた。「グレイから情報を引き出す?」

 それを聞いて、局長が優しく微笑んだ。

「できるかね」

「やってみます。でも、彼がいつ接触してくるか解りません」

「さあて、それよりも気になるのは、グレイの目的だ。彼がレティシアの手駒で間違いないのだとしたら、君に接触していることにも何か理由がある。肉体を交換したことにも」

「局長、危険じゃないでしょうか」

 マチルダが眉を顰めた。「敵がグレイ一人ならそんなに危険ではないと思えましたが、どうも違うようなので」

「……確かに、それは不安要素の一つだ。エアリアル君には司法局にまた滞在してもらうか? そうすればこちらも目が届く」

「あの」

 わたしは慌てて口を挟む。「司法局に保護されてしまえば、グレイはわたしに接触できません。彼が接触できるのは、わたしが……司法局の保護下にないからです」

 正確に言えば、わたしの部屋にある鏡だけが接点なのだ。

 もしもわたしが北部魔法司法局に入ってしまえば、きっと彼はわたしに話しかけてくることはなくなってしまう。

 わたしの身は安全かもしれない。でも、何もできなくなる。

「屋敷に戻ります。わたしが普通に生活していれば、きっとグレイも油断します」


 そう、願いたい。

 わたしは心の中で呟いた。


 それに多分――グレイは純粋なレティシアの手駒ではない、ような気がする。

 だとすれば、上手く話を持っていけばこちら側についてもらうこともできるのでは?

 だって、神殿で――シャーラに言われたじゃないか。わたしだって、落ち着いて行動すればグレイを上手く手玉に取れるって。

 まだ、わたしにだってやれることはある。

 そう自分に言い聞かせた。

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