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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第六章 一番の敵はどこにいるか

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酔っ払いの話

「ジュースを飲んでるみたいだったから、ちょっとだけ酒を混ぜてみたんすけど」

 ディーンがからからと笑いながら言い、局長が目を細めてシドを見つめていた。それは、少しだけ観察しているような感じだった。

「……どうしてこんなに弱いんだかなあ」

 その局長の言葉は心から残念がっているようだった。「酒を飲む場所での捜査はできないという欠点さえなければ、色々やらせるんだが」

 ――そういう意味で残念なのか。

 わたしはぼんやりと彼らを見つめていた。


「はいはい、こっち飲みなさいね」

 マチルダが呆れたようにシドの手の中にあったゴブレットを取り上げ、代わりに自分のものと交換する。どうやら彼女はお酒を飲んでいなかったらしい。僅かに気遣うような視線をシドに向けた彼女の手を、椅子に座っていた彼が掴んで口を開いた。

「結婚しよう」

「ちょっと!」

 マチルダが悲鳴じみた声を上げ、慌ててシドの手を振り払う。

「エリ君」

 局長が素早く言った。「言質確認したか」

「はい、しっかりとぉ」

 エリザベスがにこにこ笑いながら手を挙げた。局長はそれを確認後、何か小さく呟いたように見えた。そして気が付けば、彼の手の中に一枚の羊皮紙らしきものが現れた。それに、羽ペンも。

 羊皮紙の隅には、神殿のものと思われる刻印が押してある。

「準備いいねえ」

 エドガーが食事の手を休めず、気のないような口調でそう呟いた。わたしが困惑してエドガーの横顔を見つめると、アレックスが小声で教えてくれた。

「いわゆる婚姻届けだろう。あれを書いて神殿に提出」

「はー……、何だか突然、凄いことになってますね」

 わたしはぽかんと口を開けて言った。婚姻届けとか、初めて見た。結婚には神殿からの祝福が必要だとは知っているし、あの羊皮紙を提出しただけでは終わらないとも知っているけど。色々手続きがあるんだとか聞いたことがある。

「一部にはバレバレだったし、突然じゃないだろ」

 エドガーがそこで苦笑した。「長すぎた春ってやつだ。まあ、あの堅物から求婚なんかできるとは思ってなかったし、こういう手もありだろうな」

「ちょっと待ってよ! 素面になってから出直してきなさいってば!」

 マチルダの慌てっぷりはいつになく凄かった、というべきか。

 顔を赤くして辺りを見回し、怒っているようにも見えたけれど、声に迫力はない。その場をうろうろと歩き回りつつ、時折シドを睨む。

 シドはと言えば、言うだけ言ってしまったらいきなり頭をテーブルの上に伏せ、今にも眠ってしまいそうだ。

「待て、まずサインしとけ」

 局長がシドが眠りこける前に、と必死になってその手を掴んで羽ペンを押し付けている。それを引き留めようとするマチルダ。

 局長が真剣な表情でそんなマチルダを見やる。

「ハゲの家系の子孫を作ってくれないだろうか」

「局長!?」

 マチルダがこれ以上はない、というくらい顔を赤く染めた。「プロポーズは本人からお願いします!」

 ――ああ、やっぱりそうなんだ。マチルダもシドのことが好きなんだろう。

 わたしは思わず吹き出していた。


「こりゃ時間かかるか」

 アレックスが疲れたように頭を掻いている。彼は少しだけ、時間を気にしているようだった。ジェンキンスのところに戻るのが遅れるのはまずいんだろう。わたしはつい、彼に言った。

「もう帰るんですか?」

「いや」

 彼は低く唸る。「せっかく来たんだから、少しは情報を得てから帰りたい。そういや、お前はどうなんだ。グレイの足取りはつかめたのか」

「それは」

 わたしはちらりと視線をエリザベスに向けた。すると、その視線に気が付いた彼女が椅子から立ち上がってわたしの横に立った。

「すみません、局長たちには伝えてあります。例の件」

「うーん」

 わたしは眉根を寄せて唇を噛んだ。つまり、グレイの接触の件、だ。

「相手の居場所は解らないんです」

 やがて、わたしは言葉を選びながら言った。「それに、何か言えばわたしの身内を殺すと彼が言ったので……まだ、その」

「なるほど、言いたくないわけだな」

 アレックスが納得したように頷いた。そして、少しだけ笑う。

「それは仕方ないさ。誰だって大切なものがあるしな。こちらも――司法局も情報は欲しいが、強制はできん」

「そう、でしょうか。でも、犯罪者の逮捕につながることを隠すのは……」

「嘘は歓迎できんがな。しかし、言えないことだってあるだろうよ。ただ、言いたい時には言ってもらわんと。一人で抱え込むには厄介だぞ、それ」

「解ってます」

 わたしは少しだけ俯いてため息をこぼした。

「だから元気がないのか。脅されて不安だから?」

「いいえ」

 わたしは俯いたまま、すぐに否定した。「それは関係ありません。ただ、目的が解らなくなってしまって」

「目的?」

「はい。グレイを捕まえて、身体を交換するために強くなろうとしたのに、あんまり意味がなかったみたいで」

「意味ねえ? 意味が必要かね?」

「目標は必要だと思います。今、それを失って迷走してる感じがします」

 わたしが顔を上げて彼を見つめ直すと、彼はただ微笑んでいた。何だかいつも思うけど、司法局の捜査官の笑顔って、誰でも余裕たっぷりに見える。アレックスだけじゃなく、局長もマチルダもエリザベスでさえ。

 まあ、今はわたしたちの横で何か問題が起きてるみたいだけど、それはどうでもいい。

「笑い事じゃないですから」

 わたしが思わずそう文句を言うと、アレックスはテーブルの上に乗っていた料理の皿から、お酒のおつまみ用だと思われる細長いチーズスティックをわたしに差し出してきた。意味が解らないけどそれを受け取り、とりあえず食べる。美味しい。

「目標は自分の身体を取り戻すことだろ? 何でもかんでも全部やろうなんてのは、わがままってもんだ」

 彼はそう言った後、ニヤリと笑って続けた。「真面目だねえ。身体を取り戻して学園を卒業したら、捜査官訓練所に入ったらどうだ」

「は?」

「魔法取締捜査官も、そんなに悪い仕事じゃないぞ。まあ、休みはほとんどないけどな」

「……」

 わたしは一瞬の後に我に返り、頭を掻きながら唸るように言った。「考えときます」


「何の話をしてるんすか」

 やがて、ディーンがふて腐れたような口調でわたしたちの会話に割り込んできた。相変わらず局長とマチルダは何やら言い合っていて、シドはすっかり眠り込んでしまったようでテーブルの上に乗った頭は微動だにしない。

「おう、ちょうどいい」

 エドガーがゴブレットを傾けつつ笑う。彼はお酒が強いらしく、その顔色も全く変わらない。

「お前には訊きたいことがあったんだ。本当はハゲ局長から話すつもりだったんだが、何しろ取り込み中だ」

「本当、予想外ですよ」

 ディーンがぶつぶつ言いながら料理の皿を引き寄せた。どうやらやけ食いでもするつもりなのか、片っ端から皿の中を空っぽにしていく。

「で、こっちは何の話を? そういや、この美形は確か捜査協力者って話じゃなかったっすか」

 ディーンがそう続けて、エドガーがそれに頷いた。

 そして、わたしの現在の状況に至るまでの事件の流れを説明し始めた。


「……女」

 長い説明が終わる頃、ディーンは何とも奇妙な目つきでわたしを見つめていた。「中身が女……」

「結構な美少女だぞ」

 エドガーがからかうようにそう続けたけれど、その言葉に対する反応は薄かった。ぼんやりとわたしを見つめるディーンの目には、何か考え込んでいるような輝きがある。

「珍しいな、食いつかないのか」

 エドガーが不思議そうに首を傾げていると、ディーンがそこで慌てたように首を横に振った。

「いやあ、ちょっと驚いてしまって」

 彼は酔いの冷めたような表情で、わたしをじっと観察していた。そこに、アレックスの説明も加わる。

 グレイ・スターリングの現在の逃亡状況、アレックスの捜査状況には行方不明の教師のことも。

 アレックスは困ったように笑っていた。

「おそらく、ウィストー通りで起きた殺人事件の犯人はその教師で間違いない。しかし、教師については、死体が見つからんことにはどうにもならん。その身体に入っていたと思われる使い魔は死んだし、手がかりが消えてしまった。だから、その使い魔の主――中央に逮捕されている女魔法使いについての情報が欲しくてな」

 そう言葉を区切ったアレックスに続いて、エドガーが口を開く。

「中央局長の孫という立場だし、お前はそこそこ権力があるだろ? 中央に何か変な動きはないのか。その女魔法使いに変化は? 確かに逮捕されているんだよな?」

「逮捕、されています、ええ、はい」

 ディーンは歯に何か挟まったような口調で応えた。

 そして、困惑したようにぎこちなく笑う。

「そんな、危険な人なんすか、あの人」

「あの人?」

 エドガーが眉を顰めた。

「……凄い美人だったし。いや、笑顔はちょっと怖かったですけど」

「おい」

「いえ、あの。一度、会ったことありますよ」

 ディーンはそこで笑みを消した。「祖父と一緒に一度だけ、話をしたことがあります」

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