情報収集の次は
「まさか、ここに一人で?」
ヴィンセントがドアを閉めてから小さく訊いてきた。僕は何も応えなかった。しかし、屋敷の中には僕以外の気配がないのは明らかだ。
「一人は危険じゃないのか。えーと、名前訊いていいかな」
と、ギャリーがそれとなく僕の横に立ったので、僕もさりげなく彼から逃げた。
「……あ、警戒されてる」
ロッドが呟くのが背後で聞こえ、ギャリーが落ち込んだように唸る。やっぱり失敗だっただろうか、と心の中で舌打ちしつつ、僕は彼らを居間へと案内した。血の付いた絨毯は始末したし、掃除もほとんど終わっている。ここで何が起きたかは彼らには解らないだろう。
あまり豪華とはいえないソファに座るよう彼らに促し、自分は少し離れた場所の椅子に腰を下ろした。いくら来客とはいえ、お茶を出すようなことはしない。まだ、彼らを信用したわけではない、というポーズにもなる。
「あなたがたは情報を売っているようですが」
僕は手っ取り早く質問を開始した。「いつも三人でお仕事をされているのですか?」
「ああ、そうだ」
ギャリーがソファに深く座り、落ち着かないような様子で辺りを見回しながら頷く。
「ここに訪ねてこられたということは、今までもここの人間に情報を売られたことがあるということですよね?」
「その通り。何度もきてるし、そこそこ信用はされてるはずだぜ」
と、彼がニヤリと笑って僕を見つめる。僕は僅かに眉を顰め、彼のそばに座っているヴィンセントを見やる。すると、彼は苦笑しながら頷いた。
「一応、正確な情報を売るようにしてるし、確定でない噂などはちゃんとそう伝える。ただ、情報を得るためとはいえ、あまり危険なことはできない。こちらもできることとできないことがあるしね」
ヴィンセントの口調は穏やかだ。しかし、どうも彼は僕を警戒しているようにも見えた。その目の奥に輝く光が、他の二人より鋭い。
「それなら、できる限りで結構です。僕……こちらも調べて欲しいことがあります」
「え、えーと、それは一体」
と、言いかけたヴィンセントの台詞を遮るようにして、ギャリーが身を乗り出してきて言った。
「その前に一つ質問! 彼氏とかいるのか!?」
「このバカ」
ヴィンセントが素早い動きでギャリーの後頭部を張り飛ばしたのが見えた。
そして僕はといえば、すっかりギャリーの存在が面倒になっていた。つまり、開き直ったのだ。
「いませんし、作りません」
「えー、だってもったいな」
「僕は男には興味ないですから」
「は?」
「女の子が好きなんです。そういう性癖なんですね」
「……」
「……」
多分、僕は凄まじいまでに明るく微笑んでいただろう。目の前にいた三人は、それぞれが呆気にとられたように目を見開き、僕を見つめていた。
一番驚いていたのは、やっぱりギャリーなのだろう。おたおたしつつ、何か言おうと口を開きかけ、しかし言葉が見つからないようでヴィンセントの肩を乱暴に叩いた。
「なるほど、だから『僕』か」
我に返るのもヴィンセントが一番早かった。「それに、男物の服は……似合っていないけど……うーん」
やがて僕は乱暴に髪の毛を掻き上げた後、ため息をついてから口調を改めた。もう何もかもが面倒だ。
「僕のことは中身は男だと思ってくれていい。こちらが欲しいのは情報で、友人でも恋人でもない。君たちが僕が欲しい情報を集めてきてくれれば、報酬を支払う。そういう関係だけが欲しいんでね」
急に口調を変えたせいか、三人がさらに困惑したように顔を見合わせている。
しかし、もともと『女の子』らしい仕草も口調もできやしない。ならば、男みたいな女、ということにしておけばいい。どうせ、こんなところに住んでいる『犯罪者の妹』という設定だ。多少おかしいところがあっても仕方ないだろう。
「じゃあ、まずはこちらの自己紹介から」
やがて、ヴィンセントが額を指先で掻きながら笑った。
僕は自分のことをグレースと名乗った。
病気で死んだ仲間。いや、僕が殺した少女。すっかり今まで忘れていた存在だけれど、何の因果か名前が似ている。グレイとグレース。
「で、グレース、君が調べて欲しいのは、エアリアルという少女のこと」
ヴィンセントが目を細め、確認するように呟く。「レイチェル・ハリスという富豪の一人娘の親戚、ということだよね」
「そう。似ているから間違いないと思う」
僕は椅子の肘置きで頬杖をついて、自分の指で唇を撫でた。「どこに住んでいるのか、家族構成はどんな感じなのか、手に入る情報なら何でも」
「解った、調べてこよう。ハリスの名前は知ってる。かなり有名だしね」
「だろうね」
僕が薄く微笑むと、ヴィンセントが困ったように笑う。明らかに何か訊きたいようだ。そこに、ギャリーが少しだけ不本意そうな目つきをヴィンセントに投げてから、恐る恐る口を開いた。
「何で……そのエアリアルという子を調べるのか訊いてもいいのか?」
「そうだね」
僕はさらに笑顔を作った。「早い話が、好きだからかな」
「……女だろ?」
泣きそうな表情をしたギャリーが、必死の形相でこちらに詰め寄ってきた。「ダメだ、絶対間違ってる!」
ロッドが慌てたようにギャリーの腕を掴んでとめた。そうしなければ、今頃僕の手を握っていたことだろう。迷惑なことだ。
「人を好きになるのに間違いとか決めつけられるのは嫌だね」
僕がわざとらしく肩を竦めながら言うと、ギャリーが眉間に深い皺を寄せて唸る。
「いやいやいや、可愛い女の子が女の子を好きになっても意味がない! だから、結婚を前提に俺とつきあ」
「断る」
「いやいやいや!」
「ギャリー、だったか、君はなぜ僕がこんなところに住んでいると思う?」
僕は彼の言葉を遮り、低く笑って見せた。「普通の女の子が住んでいるような場所じゃない。なぜ僕はここにいると?」
「え、だってお兄さんがいるって」
「その前に、僕は犯罪者なんだよね。女の子が好きで、誘拐したり付きまとったり脅迫したり触ったり人には言えないようなことをするから問題になって追われているわけで」
「え、ちょっ、触っ……? え? ええ!?」
「とにかく、君たちは僕の願い通り調べてきてくれればいいんだ。ただし、エアリアルという女の子がどんなに可愛いとしても、手を出さないでくれないか。彼女は僕の獲物だしね。それに、レイチェルという女の子もエアリアルほどではないけど凄く好みなんだ。手を出したら君の……を、切り落とすから」
「ちょ」
「うわあ」
ロッドがドン引きしたように僕を見つめていた。心なしか、ヴィンセントも顔色が冴えないようだ。
ギャリーが頭を抱えて黙り込んだのを見つつ、とりあえずこれだけ言っておけば自分の身は安心だろう、と頭のどこかで考えていた。頭の変な女に手を出したい男などいないはずだ。
彼らが僕のことをどう感じたにしろ、依頼した仕事はきちんとこなしてくれた。
一週間後には、ある程度の情報を持って僕のところにやってきて、エアリアルの素性を明らかにした。
エアリアル・オーガスティン。大地主の一人娘。
過保護に育てられたのか、ほとんど外出したことはない。だから、あまり彼女の姿を見た人間はいないし、それでも美少女だという噂だけは広がっているらしい。
来年にはウェクスフォード学園に入るのではないか、という話もあるらしい。親戚であるレイチェル・ハリスがそこに通っているからだろう。
そしてここ数日、エアリアルの姿は屋敷には見えない。やはり、司法局に身柄を拘束されたままなのだろうな、と思う。
いつ彼女が屋敷に戻ってくるのか、それが気になる。彼女は犯罪者ではなく、被害者だ。いくらあの司法局の連中が好き勝手に色々やれるとはいえ、さすがにオーガスティン家の娘を拘束しておくことはできないだろう。遅かれ早かれ、いつかは屋敷に戻ってくる。
グレイ・スターリングの肉体のままで。
彼女に監視はつくだろう。司法局の連中が彼女から目を離すはずがない。ならばその前に、こちらも何か仕掛けをしなくてはならない。
「侵入したいな」
僕は三人を目の前にそう言った。
いつものように居間の椅子に座り、頬杖をつきながら。
「侵入って」
ヴィンセントがテーブルの上に出されたお茶のカップを手に持ったまま、動きをとめた。「……オーガスティンってかなり大きな屋敷だよ。警備もそれなりに厳しい」
「警備の穴を調べてきてくれないかな。君たちは調べるだけでいい。忍び込むのは僕がやる」
「あのさ、グレース」
ヴィンセントが続けた。「そういうのって……ストーカーって言わない?」
「初耳だね、その言葉は」
僕はただ微笑んで見せた。すると、ロッドの「変態だ」と囁くのが聞こえ、ギャリーが目尻に涙を浮かべながら「人類の損失ってやつだ」と嘆いていた。
男が泣くな、気持ち悪い。
僕は舌打ちしつつ、ギャリーを睨んだ。それから、ヴィンセントに視線を向ける。
「金は払う。忍び込むのに最適な服を一式、買い揃えてきて欲しい。ギャリーは信用できないから、君に頼むよ」
「服、ね」
ヴィンセントがため息をついた。疲れたような表情ではあったけれど、あっさり頷いて見せた。
「ギャリーの趣味は悪いから、頼まなくて正解だけどな。忍び込むってことは、夜だよね? 黒い服でいいか?」
「ああ、それでいい。ありがとう」
僕がお礼を言うと、ヴィンセントは複雑そうに笑った。




