三人組
襲撃はあっという間だった。魔力の制御だけに必死だったからかもしれない。
建物の中にいたのは六人の男たちだった。それを確認したのは、最終的に転がった遺体の数を確認した時のことだ。
罠を回避するのは、自分が考えていたより難しかった。予想していたのとは違って、罠は魔法によるものも含まれていたからだ。人間を攻撃するための魔法は、司法局の取締も厳しい。司法局に目をつけられているということはないだろうか、と苦々しく思う。
ただ、魔法を使わない物理的な罠も多かったし、それさえ突破してしまえば内部は普通の居住スペースだ。しかし、魔法の罠を解除したことで、簡単に僕の存在は相手に伝わったのだろう。急に辺りの空気が乱れて、内部にいた男たちが武器を持って動き出した。
運に感謝すべきなのは、魔法を使えたのが敵の中の一人だけ、ということだ。魔法使いが複数だったら、もっと時間がかかっただろう。今の僕は肉体だけはか弱い女の子なのだ。五人だけはそれぞれ瞬殺、魔法使い相手に多少手こずった。それでも何とか彼の喉を魔法の刃で切り裂いて、僅かに疲れた息を吐く。
彼の魔法による攻撃で、ほんの少しだけ髪の毛を切られたらしい。目立つほどではないが、やはり長い髪の毛というのは厄介だ。
「魔法ね」
僕は死体をそのままに、建物の中を見て回った。そして、書斎と思われる部屋の壁に、魔法使用許可証があるのを発見した。さっきの男が魔法が使えたのだから、おそらくあるだろうとは思っていたが、これはかなり助かる。
有効期限は発行してから一年。その許可証を確認すると、残りは半年程度。それだけあれば、この建物内を改造するとしても充分だ。
まずは、一通り建物の中を見て回った後、僕は庭に死体を埋めることにした。
朝がくる前に、片づけなくてはいけない。
建物の中には武器庫もあった。売り飛ばせばそこそこの金額にはなるだろう。
問題は、宝石関連だろうか。案の定ここには地下室があり、そこには明らかに盗品だと思われる宝石や美術品などが保管されていた。これらは下手に売りさばけば足がつく。
地下室は封鎖しておいたほうがいいのかもしれない。もしくは、侵入者が――司法局の連中が踏み込んできた時に備えて、地下室への扉を隠しておくべきか。
部屋の掃除をして、血の痕跡を消した後、僕は少しだけソファで眠った。
さすがに疲れていた。
夜明け直前に目が覚めて、僕は庭へと出た。明るくなってくる空、暗闇でははっきりと全貌が解らなかった建物が、朝日の中に現れる。予想以上に『要塞』だな、というのが感想。
全ての窓には鉄格子がついている。僕が昨夜、魔法で突破した一階の窓だけは悲惨な有様ではあったけれど。
ここに『僕』一人で住むのは目立ちそうな気もするが、仕方ない。できるだけ出入りする時間を気を付けて、近隣の住民に見られないようにしなくてはならない。
幸いなことに食料はまだしばらく買いに行かなくても大丈夫なくらい、貯蔵庫にあった。
食事、寝る場所だけは確保できた。後は、服だろうか。
僕はエアリアルのドレスを見下ろして舌打ちした。
屋敷の中にある服は、全て男物だけ。食料が尽きれば、買い出しのために外出は避けられなくなる。その時に、体格の違いすぎる男性の服を身に着けてうろつくのは、見た目的に問題がある。しかし、このドレスで出歩けば目立ちすぎるのは明らかだ。召使いを従えて歩くような、そんな女の子であると一目で解るのは間違いないわけで。
――着替えか……。
何だか酷く憂鬱になった気がするが、この際、何も気にしないようにしよう。タダで女の子の裸が見られると考えれば喜ばしい……とは思えるような、おめでたい頭ではなかったのは確かだ。
うんざりとした気分でもう一度建物の中に入り、男物の服を漁る。とにかく、しばらくはこの屋敷の中でひっそりと息を殺していなくてはならないだろう。
今頃、エアリアル――グレイ・スターリングの身体は司法局に拘束されているだろう。当分の間は、彼らの捜査の手も緩まない。
さらに、この屋敷にいた連中の仲間が他にも生き残っていた場合、そっちからの攻撃もあるだろうし。
完全にここの屋敷にいた連中が孤立化していたら助かるんだが。もし、誰かが訪ねてくるというようなことがあれば、どうやって誤魔化したらいいのか。
そしてその日の午後、僕の心配は現実となって現れた。
ドアノッカーの音が屋敷に響いた。
僕はその時、広い台所の探索をしつつ、食事の用意をしているところだった。不格好ではあったけれども、何とか男物の服を身に着けている。
台所の窓には鉄格子ははまっているが、カーテンなどで遮られてはいない。覗かれたら姿を見られてしまう。
僕は料理の手をとめて、ゆっくりと足音を消しながら二階に上がった。ちょうど、玄関の辺りを見下ろせる窓があったはずだ、と思って寝室の中に入る。その窓にあったカーテンを少しだけ開き、玄関のポーチの部分に、若い男が三人ほど立っているのが見えた。
男、というより少年に近い。まだ十代後半といった感じの連中だった。
ただ、その服装はあまり紳士的とはいえない様子で、あの死体連中の仲間だろうか、と眉を顰めつつ考える。
玄関には鍵をかけておいたので、彼らは幾度かドアノブを回したものの、それ以上どうすることもできず、困惑しているようだった。このまま放置していればいなくなるだろうか、と少しだけ期待して僕は身体を窓から引いてベッドに腰を下ろした。
彼らが諦めて門から出ていったのを確認できたのは、それから十分以上経ってからだった。
それから数日間は、夜の間は明かりを屋敷の中でつけずに生活した。
「やっぱ、中に誰かいるって」
そう聞こえた瞬間、僕はとうとうきたか、とため息をつくことになった。
数日間は平和だった。何とか誰にも姿を見られず、屋敷の中に引きこもることができたからだ。完全に引きこもっているせいで、外の世界の情報が何も入ってこないのが問題だった。だから、いつかは外の人間と接触しなくてはならないとは思っていた。
だが、まだ早すぎる。
少年たちは、毎日のようにこの屋敷の様子を見にきている。僕は二階の寝室に隠れつつも、それとなく彼らの会話を盗み聞きするようにしていた。彼らは魔法が使えないらしく、こちらが魔法でその会話を聞いていることに気づかず、色々話をしている。
「台所、前に見た時と少し物の配置が違ってるし。誰か動かしてるのは間違いないよ」
一人の少年が困惑したように言っている。その少年は一番気の弱そうな顔立ちをしていて、庭に埋まっている連中と関わりがあるとは思えない。ただ、もう二人の少年の顔立ちは、少々ふてぶてしい感じがした。
気の強そうな笑顔の黒髪が、彼らの中では一番強そうだった。
「おかしくねえ? 誰かいるなら出てくるだろ」
黒髪が言う。太い眉が寄せられ、不機嫌そうな口調。
「夜逃げかねえ」
あと一人の仲間――茶髪が頭を掻きながら言った。「ま、司法局にいつかは目をつけられると思ってたよ」
「だよね」
気の弱そうな茶髪がそれに頷いた。「いいじゃん、もう関わるのよそうよ。下手にここにきてたら、こっちも司法局に捕まるかもしれないし」
「何だよ、まだ報酬もらってないだろ」
黒髪が舌打ちした。「せっかく情報仕入れてきたのに!」
「ギャリー、帰ろう。兄さんも何とか言ってやって」
どうやら気の弱そうな茶髪は、もう一人の茶髪の弟らしい。兄のほうが頭を掻いて、小さく唸る。
「ま、ロッドの言う通りかな。いつまでもここにきてたって無意味だし、今、中にいるのが司法局の連中かもしれないって可能性もあるんだぜ」
「それなら出てくるだろ、フツー」
黒髪――ギャリーとやらが不満そうに茶髪兄を睨む。「こっちは別に悪いことはしてないんだし、司法局に見つかっても問題ないだろ。それに、本当に中にいるのは司法局の連中か? 違うというほうに銅貨一枚賭ける」
「ギャリー、もしそうだとしてももう小遣い稼ぎは無理だろ。別のところ当たろう。人間、諦めも肝心だぜ」
「お前はあっさり諦めすぎなんだ、ヴィンセント。もうちょっと食いつこうぜ」
「お前は食いつきよすぎて墓穴を掘るタイプ。だからバカと呼ばれるんだ」
「何だとコラ」
「もういいよ、兄さん、帰ろう」
「おう、帰れ帰れ、俺は残る」
「ギャリーは一人で残ってて」
玄関先で何を話しているのか。こんな騒々しい連中にいつまでも粘られたら困る。
僕は魔法での盗み聞きをやめ、少しだけ考え込んだ。
どうやら玄関先で騒いでいる三人組は、情報屋というやつなんだろうか。小遣い稼ぎに情報を持ってきた、というのが事実であるならば。
しかし、若い。彼らの情報とやらは本当に売り物として役に立つものだったんだろうか。少なくとも、庭に埋まっている連中は活用していたらしいが。
情報屋、か。
僕は一瞬だけ躊躇した。
僕が今、一番欲しいものが情報だ。司法局に関しての動き、そしてエアリアルの素性に関するもの。
外出できるようになったら、何とかして調べなくてはならないと思っていたこと。しかし、なかなか思い通りに動き回ることができそうにない。
そうとなれば、彼らのような情報屋に頼るのもありなんだろうか。今の自分は魔法が使えるのだし、記憶操作だって簡単だ。困った事態になったら、彼らの記憶を消して放り出せばいいだけだ。
リスクは――高い。彼らを利用している間、彼らが僕に関しての情報を他の人間に漏らしたら終わりなのだ。
しかし、これ以上のチャンスはない。完全に信用できる情報屋を探すのにかかる手間を考えれば。
僕は小さく深呼吸をしてから、階下へと降りた。到着するまでに彼らが玄関先から消えていれば、これはなかったことにしようと思っていた。
しかし、彼らはそこにいた。
ギャリーの声は大きく、残り二人はぼそぼそと何やら宥めている。
「……どちら様ですか」
僕がそう声をかけると、急に沈黙が降りた。
「やっぱ、いたじゃん!」
ギャリーのテンション高そうな声。
それを聞いて、声をかけたのは間違いだったか、と落ち込んだ。凄まじいまでの後悔に苛まれつつ、僕はさらにドア越しに言った。
「すみませんが、騒がれると困るんです。静かにしてもらえないでしょうか」
「あ、すみません」
ロッドの慌てたような声。「ほら、ギャリーが騒ぐから」
「うっせ」
「あの、こちらにいた人たちの関係者でしょうか」
ヴィンセントの落ち着いた声が聞こえてきた。一番頭の良さそうな雰囲気。会話するならヴィンセントが一番よさそうだ。
「……はい」
僕は困惑している様子を装いつつ、必死にどう応えるか考えた。「色々あって、皆、留守にしています。ですので、今は」
「関係者……妹さんかな」
探るようなヴィンセントの台詞に、僕は少しだけ警戒したような演技をしつつ、そっと扉を開けて顔を覗かせた。
「兄も今、外出中ですので。兄を知ってるんですか?」
「いや、あまり個人的な会話をしたことがなかったので」
と、ヴィンセントがびっくりしたように僕を見つめながら言った。彼らは皆、その場に硬直していた。ヴィンセントだけが少しだけ冷静で、まじまじと僕を観察している。
「中にお入りになりますか? 人目を避けたいですし」
僕がそう言って残りの二人を見た瞬間。
「すっげえ美少女」
ギャリーがぽかんと口を開いてそう言った。
途端、ドアを閉めたい衝動に駆られた。




