久しぶりの外出
「やっぱりさ、ちょっと変だよね」
「それは間違いない。確かに金払いはいいけど、何か隠し事がありそうだ。必要以上に関わるのはな……」
「でもさ、すっげえ美少女だし」
「ギャリーはそればっか。顔さえよければそれでいいの?」
「あんな美少女、滅多にいないだろーが!」
「人間、中身だろ。いい加減に見た目で判断するのはやめろ。多分、かなり厄介な相手だぞ、あれは」
「厄介な相手を口説いてこそ男」
「あ、バカだ」
「やっぱりバカだ」
ドアの向こう側で、ぼそぼそと会話しているのが聞こえてきた。僕は息を殺しながら、じっとそれを盗み聞きしていた。
僕の手の上には、四人分のお茶のカップ。最近は、彼らがこの屋敷にくるたびにお茶だけは必ず出すようになった。レティシアと一緒に生活していた時は、彼女の身の回りの世話は全て僕がやっていたから、掃除だけではなく料理も一通りこなせる。お茶くらいは日常的すぎて、本当ならば何かお菓子でも出すべきなんだろう、という意識はあったものの、何かが間違っている気がしてそれはできずにいた。
何だろうか、この違和感。
自分は一体、何をやっているんだろうか。
「本当に誘拐する気なんだと思う?」
ロッドの声が低くなった。「エアリアルって子、全然屋敷に戻ってきてないみたいじゃない? 何かあるんじゃないの?」
「誘拐を恐れて隠れてるってか。本当にグレースはストーカーなんかなあ……」
ギャリーが深いため息をつき、ヴィンセントが唸る。
「司法局に追われてるってのが事実だとしたら、それだけとは思えないな」
そこで僕は、ドアを開けて部屋の中に入った。途端、ソファに座っていた三人が驚いたように身じろぎするのが視界の隅に見えた。
「で、今回の成果は?」
僕が彼らを見ないまま、テーブルの上にカップを並べていく。一つ残ったカップをソーサーごと取り、自分の定位置である椅子に座る。お茶を啜りながら彼らを見やると、ヴィンセントが一番最初に口を開いた。
「どうやら、魔法使用許可証を取ろうとしているみたいだ。父親が動いているみたいで。申請して少し時間が経ったから、そろそろ許可が下りると思うけど」
「そうか、それは助かる」
「グレースは魔法が使えるのか?」
「免許はないから見つかるとまずいけどね」
そう微笑んで彼らを見回すと、ヴィンセントだけが渋い表情で唇を噛んでいた。ギャリーもロッドも驚いたようではあったけれど、それ以上の反応はない。
「魔法使用許可証を取るってことは、屋敷の中に魔法使いを入れる、ってことだろう」
ヴィンセントがやがて小さく言った。「そこに侵入するというのは、危険すぎないか?」
「だろうね。だから、魔法使いが屋敷に入る前に侵入するんだよ」
僕は言葉を選んだ。
そろそろ潮時なんだろう、と考える。
「グレース」
ヴィンセントが何か続ける前に、僕は言った。
「もう充分色々調べてもらったし、距離を置こう。情報が必要ならこちらから接触するようにする」
「何だよいきなり」
ギャリーが不満げに鼻を鳴らし、ソファから立ち上がって僕の前に立った。「逢引きの時間が減るってことか!」
「世の中の『逢引き』とは四人で会うことを言うのか」
僕は思い切り嫌そうな表情を作って見せた。「まあ、二人きりで会うよりはマシだが」
「あ、墓穴! 二人きりのほうが嬉しいです、はい」
ギャリーが慌てたようにいつになく必死に敬語を使ったのは、明らかに混乱の末の結果だろうか。
「悪いね、ギャリー」
僕は全く悪いと思っていない口調で続けた。「君だけが気づいていないようだけれど、僕は君が考えているより極悪非道な人間だよ。二人きりで会おうなんて考えないほうがいい。頭のいい君の友人は、それがよく解ってる」
そう言いながらヴィンセントを見やると、酷く気まずそうな視線とぶつかった。ロッドも困ったように僕を見つめている。
「君たちはここに通いすぎてる。少し、頻度を減らしてもらえないだろうか。司法局に目をつけられている人間からのお願いだ」
「それが正解だよね」
やがて、ヴィンセントが言った。「こちらも、君だけが客じゃないし」
彼はテーブルのお茶に口をつけないまま立ち上がった。つられて彼の弟も立ち上がり、ギャリーの腕をつかんで立たせようとする。
「帰ろう。迷惑をかけてるんだって気づきなよ」
「えー」
ギャリーは明らかに不満そうではあったけれど、『迷惑をかけてる』という単語に何か思うことがあったのか、意外と簡単に立ち上がった。
彼らを玄関先まで見送りに出て、僕は別れ際にヴィンセントに告げた。
「縁を切りたいならいつでも歓迎だ。接触されたくないなら先にそう言ってくれ」
「……ああ、そうする」
ヴィンセントは奇妙な感情の映る瞳を僕に向け、戸惑いの滲んだ口調で続けた。「ギャリーが納得したら、そうさせてもらいたい。悪かったね、出してもらったお茶も飲まずに」
「いや」
僕は微かに首を振った。「素性もよく解らない人間の出すお茶など飲むのは馬鹿げたことだ。正解だよ」
そう言いながら、僕は心の隅に何かが引っかかったような気がして動きをとめた。
「グレース?」
「……ああ、ごめん」
僕は心ここにあらずといった状況で手を軽く上げた。「色々感謝する。また今度」
そう言った時、ギャリーが何か別れの言葉を口にした。でも、それを最後まで聞かずに僕はドアを閉めた。
他人を拒否するのは慣れている。
久々の外出だ。
僕は黒い服に身を包んで、気合を入れた。黒いシャツにズボン、革のブーツ。一応、それは女物だ。それから、フード付きのマント。髪の毛は後ろで縛り、邪魔にならないようにまとめてフードを被る。
深夜、屋敷の外には人気もない。
葬儀屋には棺桶を運ぶために馬車があったけれど、ここにはそういったものはない。徒歩での移動は厄介だが仕方ない。いざというときには魔法で移動するのもありだとは思うが、できるだけ危険は避けたかった。
最近は、空き時間を全て魔法の訓練に使ってきていた。この肉体に潜む魔力のコントロールを目的にしたものだ。
魔法を使えば、やはり痕跡は残ってしまう。司法局の連中に気づかれる可能性が上がる。
しかし最近は、できるだけ魔力を抑えて痕跡を残さないようにする、ということを意識して魔法を使うようにしていた。普通だったらとても難しいことだろう。しかし、この肉体ならそれも可能。それだけの力がある。
エアリアル・オーガスティンの存在には謎が多いのだ。
レティシアは彼女を適度に見張れ、と言っていたけれど、これも謎だった。レティシアの目的は本当にグレイ・スターリングの肉体の確保だけなのか、それとも他にあるのか。
ただ、そういったこともエアリアルと接触すれば理由が解るのかもしれない。
エアリアルはただの人間ではないのは事実だ。肉体に凄まじい魔力を持った、特別な存在。
夜道の冒険はなかなか刺激的だった。できるだけ問題を起こしたくないので、人通りがありそうなところは全て避けた。それでも、完全に誰とも会わずに外出、というわけにはいかない。
夜盗かもしれないし、ただの一般人かもしれない。司法局の捜査官の見回りかも。
通りすがりに声をかけられることもあって、心臓が暴れることもあったけれど、とりあえず何の問題も起こさずに目的地には到着できた。
オーガスティン家。立派な柵に囲まれた、巨大な屋敷。
たくさんの窓には明かりがそれぞれ灯り、たくさんの人間がそこにいるのだろうということを教えてくれる。それらのほとんどが使用人なのだろう。
魔法使いの気配はない。このエアリアルの肉体に入ってからは、そういう気配にも敏感になった。
「二階、か」
ヴィンセントたちが持ってきた情報の中には、エアリアルの部屋の位置もあった。窓には鉄格子も何もない、豪奢なだけの造り。しかし、庭には警備のために何かの気配があった。おそらくは犬か何かだろう、と思う。
一瞬だけ魔力を放出する。僕の肉体をエアリアルの部屋の窓にまで飛ばすための力。
それは、あまりにも簡単だった。
彼女の部屋にも明かりが灯っていた。しかし、部屋の中には誰の気配もない。だから、あっさりと魔法で彼女の部屋の中に移動できた。
――明かり、ね。
必要もないのに明かりをともしておくなんてことがあるのだろうか、と奇妙に思う。
しかし、金持ちの考えることは解らない。主のいない部屋をこうして毎日、主がいるかのように保っているというのだろうか。
使用人も大変なことで、と嫌味の一つも言いたくなる。
そして改めて思う。
僕と彼女はあまりにも違いすぎる人種なのだ、と。
綺麗な部屋だった。富豪の娘。何もかも持っている人間。
大きなベッドに豪華な鏡台、机に椅子といったものも彫刻の入った立派なもの。クローゼットにはたくさんの服、柔らかな絨毯。欲しいものは全て持っているだろう、と思われるそんな部屋。
――運が悪かった?
僕はぼんやりとそんなことを考える。
レイチェル・ハリスが髪の毛を切ったこと。そして、僕が彼女を運悪く狙ってしまったこと。
それさえなければ、完璧な人生を送ったに違いない。何一つ不自由のない、幸せな毎日。それを彼女は失った。
同情すべきなんだろう。本当ならば。
僕は鏡台に魔法をかけた。僕とのつながり。それをここに作る。
彼女を見張り、怪しい動向を察知したら牽制しなくてはならない。
冷静に行動しなくては、と自分に言い聞かせつつも、心のどこかが落ち着かなかった。




