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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第二章 学園生活における非日常

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採寸と刻印

「ちょっと声をかけるの悩んだんだよな。だって、何だかいいところの息子みたいでさ」

 サイモンは苦笑しながらも廊下を歩く。わたしはその隣を歩きながら、彼を観察した。

 彼が着ている服は、何というか……シンプルだ。多分、面談ということで、それに相応しい服装を選んだのだとは思う。しかし布地の質を見ると、わたしの服よりは見劣りするのは否定できない。

 少し、わたしは眉を顰めた。

 悪い言いかたではあるけど、てっきり、この学園に入学するのは金持ち連中ばかりだと思ってたからだ。

「意外そうな顔をしてるなあ」

 サイモンはわたしの視線に気がついて頭を掻いた。「奨学制度があるから、ここは」

「ああ」

 わたしは言われて思い出した。確か、優秀な人間は学費のみ免除されるらしい、とか。その代わり、卒業後に何らかの形で学園のために後援しなくてはならないとも聞いた。

「特待生か。君は優秀なんだね」

 言葉遣いをどうするか悩んだけど、サイモンの砕けた口調に合わせたほうが良さそうだ、と判断した。

 できるだけ男の子らしい口調、と気をつけながら微笑む。

 彼はちょっと困ったようにわたしを見た。

「うーん、まあ、一部だけは」

「一部?」

 わたしが首を傾げると、彼はため息をつきながら頷く。

「僕は魔法科に入るんだけど、魔法にしか自信なくてさ」

「いいじゃないか。それで特待生になったのなら自慢していい」

「できるわけないだろ」

 彼は少し呆れたようにわたしを見つめ直した。「成績よくたって、ここじゃ家柄優先って聞いたよ」

「……そうなのか」

 わたしが眉を顰めているのを見て、サイモンはさらに呆れたようだった。

「金持ちは自分の入学する学園にも興味ないのかな。普通、色々下調べするだろ?」

「それなりには」

 わたしは眉を顰めたまま低く言う。しばらくサイモンはわたしを見つめていたが、視線をわたしから逸らした。

 階段を下りて、さらに歩く。

「やっぱり、人種が違うんかなあ」

 彼が頭を掻く。その横顔が先程より困っているように見えて、わたしは内心焦る。しかし何て言ったらいいか解らず、沈黙してしまったわたしに、そっと彼が口を開いた。

「ここの学園には治癒魔法で有名な先生がいるからさ、僕はそれ狙いなんだよな」

「治癒魔法……」

「治癒魔法で腕のいい魔法使いは、金回りもいいんだ」

 ニヤリと笑って見せた彼だが、どことなく無理矢理悪ぶっているようにも思える。

 わたしがただ頷くと、サイモンは笑みを消した。

「僕はあんまり、裕福じゃない家庭に育ったからさ。現実的な職業を選びたいんだ。安定した収入目的というか。まあ、こういうのって解らないだろうな。ごめん」

 ――つまり、わたしが『金持ち』だから。

 だから、サイモンのように金を儲けるために勉強したりする、そんな人種を理解できないだろう、そう言いたい?

 わたしは少し考え込んだ。

「いや、解るよ」

 否定の言葉は簡単で、あっという間に終わった。

 そして、明らかに彼はそれを信じていないようだった。

「わたしも魔法科に入るんだ」

 やがて、悩みながらも言った。

 サイモンが驚いたように目を見開く。さっきの面談の男性も、わたしが魔法科に入るというのが納得できないようだった。

 そんなに変なのか。

 『金持ち』の人間が魔法使いになりたい、という発言をしたら変人扱いだろうか。

 じゃあ、どう応える?

 面接官に言ったように応えるのがベスト?

 いや、わたしは絶対秀才からは程遠い。カッコつけた台詞は自分の首を絞めるだけだ。

「魔法使いになるのか?」

 サイモンは首を傾げる。わたしは苦笑しつつ首を横に振った。

「そういうんじゃない。ここの魔法科は厳しいみたいだから」

「え?」

 わたしは嘘をつく準備をした。笑顔は自然に見えるように、でも困って見えるように。

「わたしには婚約者がいるんだ」

「婚約者!? さすが、金持ちは違う……」

 と、言いかけた彼の言葉を遮って言う。

「相手の家が凄くてね。この学園でそれなりに結果が出せなかったら、婚約者じゃなくなるかもしれない。つまり、今は試験期間というのかな」

「そんな凄い家なのか……」

「まあね。問題起こせば、わたしはお払い箱。そうなったらマズいから必死なんだよ」

「はー」

 彼は心底驚いたように息を吐く。

「正直に言えば、わたしの取り柄は見た目だけでね」

 わざとわたしもサイモンのように悪ぶった笑みを作る。「本気で頑張らないといけないんだ。もし、同じクラスになったら魔法の解らないところとか教えてもらえないかな? 特待生なんだし、わたしよりずっと凄いんだろうから」

「……どうかなあ」

 サイモンは最初、毒気を抜かれたような表情でわたしを見ていた。「あ、そりゃ僕で解ることなら教えるけど」

「クラス分けか……」

 わたしはため息をつく。生徒数が多いから、同じクラスになれるとは期待できないかもしれない。

 とにかく、入学してからじゃないと解らない。

 わたしが唸っているうちに、目的の場所についた。

 制服の仕立て屋がこの学園にきているらしく、何かの教室だと思うけれど、寸法を計るために準備されているらしい。

 部屋は二つあり、男性と女性が別れて入っていくのを見つめた。

 ――合同で計るのか。

 わたしは少し嫌な感じがした。

 サイモンが先にドアを開けて入っていくのを見送り、わたしは仕方なく気合いを入れてそれに続いた。


 あんまり、見たくなかったなあ。

 わたしは少しだけ現実逃避した。

 いくら上半身だけとはいえ、わたし――いや、グレイ以外の男性の裸を見るのに慣れていないのだから。


 その部屋の中には、数人の少年がいて、それぞれ上着を脱いでいた。

 衝立がいくつか立てられていて、その陰で仕立て屋らしき男性が流れ作業的な動きを見せていた。

 仕立て屋は魔法が使えるらしい。

 目の前に立った少年の身長や肩幅、腕の長さ、首回りなどといったものを紐のようなもので計りながら、何事か呟く。

 すると、近くに置いてあった机の上で、ペンがひとりでに動くのだ。おそらく、生徒ごとの書類なのだろう、次々に記入されていく。

「どうした」

 わたしが身体を強ばらせていると、サイモンが不思議そうな目をこちらに向けた。

「何でもない」

 慌ててそう返したものの、ふと自分の胸にあるはずの刻印を思い出した。

 ――見られてしまうのでは?

 わたしは内心、まずいことになったと考える。

 永久剥奪の刻印は隠されているとはいえ、あんなものがあったら変に思われる。

 しかし、流れ作業はどんどん進む。

 わたしだけ何もしてないのは明らかに変だ。今さら逃げ出すわけにもいかないし。

 わたしはやがて上着を脱いだ。近くに設置されたハンガーにそれを吊しながら、自分の身体を見下ろす。

 わたしの目には、うっすらと刻印が見える。指で触れなければ、そんなに輝かないとは思うけど……。

「怪我してるのか」

 ふと、背後からサイモンの声がかかって飛び上がりそうになる。

 心臓が変な音を立てた。

「え」

 ぎこちなく振り向き、彼の顔を見る。

 すると彼はわたしの胸元に視線を向けたまま、難しい表情をしていた。

 つい、つられてわたしももう一度自分の身体を見下ろした。

 そして、刻印の下に見える肌に異変があった。

 そこには、胸一面に大きな傷跡があった。火傷のような、皮膚が引きつって、そのまま完治したような。

 わたしは言葉を失った。

「詮索はしないよ」

 サイモンは黙り込んでしまったわたしを気にしてか、それ以上何も言わなかった。

 わたしもそれがありがたく感じる。

 どうやら、この新しい刻印は、古い刻印を別のものに見せるために仕掛けがしてあるようだ。

 ただ、傷を隠すための魔法ではなく、他に理由があるのでは――と思わせる魔法に見える。

「傷を綺麗に治すのは難しいからなあ」

 彼は何だか言葉を探しているようだ。おそらく訊きたいことは色々あるのだろうけれど、それを口にしない優しさを持っている。

「治るといいな。頑張れ」

「……ありがとう」

 何とかそう言葉を発すると、わたしは仕立て屋のほうに歩み寄った。

 その男性も僅かにわたしの胸を見て驚いたようだったけれど、さすがプロということなのか。手早く自分の仕事を済ませると、もうわたしには興味がないと言いたげに次の少年へと視線を移した。

 わたしはこれ以上他人に胸の『傷跡』を見られぬよう、素早く服を身につけると、その部屋を出る。

 採寸が終わったらしい少女たちが数名、廊下で立ち話をしていた。一瞬、彼女たちの視線を感じたけれど、そのまま脇を通り過ぎて歩き出す。

「さすが、目立ってる」

 隣を歩くサイモンが楽しげに言う。

 ――目立つ?

 わたしは何か変なところがあっただろうか、と自分の身体を見下ろした。すると、サイモンは肩を揺らして笑った。

「婚約者いると余裕だねえ。入学したら早いうちにバラしておいたほうがいい」

「バラす?」

「女の子たちに付きまとわれたいなら別だけど」

「それは困る」

 わたしは心の底からそう言った。

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