面談は成功か?
わたしは毎晩、鏡台を睨む。
鏡台に触れるとうっすら浮かび上がる魔法言語を読み解こうとし、そして断念する。わたしが読んでいる魔法書には載っていない記号が多いのだ。
グレイがこの鏡を使って話しかけてきた日から、随分日にちが過ぎた。あれから二回目の接触はまだない。
誰にも言えない秘密を持つというのは、酷く苦しい。
しかし、自分が本当はエアリアル・オーガスティンであるという秘密は、もうすでにわたしに取って些細なものになった。カートや体術の先生には、最近は上手く『エイス・ライオット』を演じることができるようになったし、この調子なら学園でもバレずにやっていけそうだ。
しかし、この鏡については何とも自信がない。
もちろん、鏡のことは誰にも言うつもりはない。身内を守るためなら、わたしはどんなことでもする覚悟があるからだ。
問題はカウンセリングだろう。わたしは最低でも月に二回はカウンセリングを受けることになっている。今のところ、かろうじて秘密があることを誤魔化している状況だ。
運がいいことに、彼はわたしの記憶を無理に取り戻さないよう、気を使ってくれている。以前のように、魔法か何かでわたしの記憶を読み取ろうとしたことはない。
しかし、彼の双眸の中に見える知性の輝きが怖いのだ。
ハワードを欺くだけの演技力をつけなくては、いつか司法局の誰かにバレる気がする。
「鉄仮面か」
わたしは鏡を見ながら呟いた。「わたしだってできるはず」
わたしは毎晩自分自身に言い聞かせる。
とにかく、わたしは入学までの期間を、あらゆる勉強に費やしたと言っていい。
そうしているうちに、カートは自分の仕事を終えたと宣言した。
体術の先生も、そろそろ大丈夫でしょう、と言い出している。
「面談と制服の寸法計りがあるの」
ある朝、お母さまが食事の場で言った。
テーブルの上にはミネストローネ、かぼちゃのバターロースト、オムレツに小さめのパン、オレンジジュース。健康的な朝ご飯。
わたしは食事の手をとめると、お母さまを見つめた。
「面談とは?」
「学園の関係者から、簡単な質問をされるでしょう」
お母さまは薄く微笑み、わたしを注視する。「普通だったら、どんな勉強を今までしてきたかとかでしょうけど、おそらく、オーガスティン家の関係なども」
「じゃあ、上手く説明します」
わたしは微笑む。最近のわたしは、カートに言われた通り、屋敷の中でもほぼ敬語を使うようにしている。
テーブルについていたお父さまは何も言わない。ただ、心配そうにわたしを見つめるだけだ。
「お願いね。学園に時間の確認をしておくわ」
お母さまはそう言うと、手を叩いて召使いを呼んだ。
面談はウェクスフォード学園の一室で行われた。
おそらく、生徒を指導するための個室がいくつかあるのだろう。わたしと同じ立場だと思われる少年が隣室に入るのを見ながら、わたしは指定された部屋の扉をノックした。
「エイス・ライオット。どうぞ、おかけください」
ドアを開けると、年配の男性が椅子から立ち上がって微笑んできた。
事務的な机に椅子がいくつか。書棚はあるけれど、あまり本は並んでいない。
机の上には封筒がいくつかあり、その中の一つに『エイス・ライオット』と書かれた表書きが見えた。
「失礼します」
わたしは礼儀正しく頭を下げ、促されるままに机の前にある椅子に腰を下ろした。
彼も椅子に座り、封筒の中から書類を取り出して内容を黙読した。
「気を楽にしてください」
やがて彼は顔を上げ、わたしを観察する眼差しで見つめた。「君はオーガスティン家の方々と縁があるようですね」
「はい」
「オーガスティン家のご令嬢と婚約しているとお聞きしています。当初は、そのご令嬢が当学園に入学する話であったとか」
「その通りです」
「それが、変更になったことについて、お聞きしてもよろしいですか?」
「はい」
わたしの笑みは完璧であった自信がある。
これについてはお父さまたちと打ち合わせは万全だ。
「わたしはオーガスティン家の遠縁に当たります。婚約の話が持ち上がりまして、わたしはオーガスティン家の婿として必要な教育を受ける必然性が出てきました。話し合った結果、それにに最適であるのがこちらの学園であると」
「光栄です」
彼の口元が自慢げに緩む。しかし、僅かに疑問がその目に浮かんでいた。
「しかし何故、ご令嬢は別の学園へ?」
「まだ我々は婚約者の立場ですから。一緒の学園に通うのは少々……」
「なるほど」
彼は頷いたけれど、あまり納得していないようだった。
だから一言付け加える。
「オーガスティン家の奥方様は厳しいかたです。結婚前の必要以上の接触を良しとしません。以前から女性は慎みが大切だと仰ってまして」
「ああ」
やっと彼は心得た、と言いたげに頷く。「確かにそれはその通り、素晴らしい考えですね。残念ながらこの学園も、最近はそこまで考える生徒が少なくなってきていまして。品位に欠ける者も少なくない」
彼は嘆かわしいと言いたげに大仰にため息をつく。
それから笑顔をこちらに向けた。
「しかし君は魔法科が希望だとか。何故、普通科ではなく魔法科を? 卒業して魔法使いとして生計を立てる必要性はなさそうですが?」
「ええ、そこまでは考えてはいません」
わたしは笑顔を崩さず答えた。「ただ、こちらの魔法科は試験の難易度が高いと聞きました。わたしは趣味が勉強のようなものなので」
素晴らしい嘘!
勉強が好きな人間など絶対いないはずだ!
開き直れ、わたし!
「せめて勉強できるうちは、できるだけのことをしたいと思っています」
「素晴らしい」
彼は少し驚いたようだったが、すぐに何度も頷いてみせる。「今回の面談はクラス分けの参考にもさせていただきますので、配慮いたしましょう」
クラス分け?
わたしは内心慌てた。
超秀才クラスに放り込まれたらやっていけるのか!?
いや、意地でもやらなきゃいけないんだけど!
あのグレイに対抗するためには、むしろそのほうがいいのかも!?
素晴らしく大見得切った発言をしたわたしは、大きな墓穴も掘った気がした。
「あ、でも」
わたしは口元を引きつらせながら続けた。「剣術もしっかり習いたいと考えています。やはり、勉強だけでなくあらゆることに通じていたいので」
「なるほど、なるほど」
彼は上機嫌だった。何だか必要以上に気に入られた気がする。大丈夫だろうか。
「それも配慮いたします。入学が楽しみですね」
「……はい」
――わたしは不安になってきました。
最後に挨拶をして廊下に出ると、ちょうど隣の部屋から少年が出てきたところだった。
わたしがぐったりして壁に手をつくと、彼がこちらを見て笑いかけてきた。
「面談お疲れ様でした」
そう言った彼は、人懐こい顔立ちをしていた。
赤毛に茶色の瞳、僅かに鼻の上に散ったそばかす。
「お疲れ様でした」
何とかわたしも笑顔を返す。すると彼はわたしに歩み寄り、手を差し出してきた。
「サイモン・ウィリアムです」
「あ、エイス・ライオットです」
わたしは背筋を伸ばして彼に向き直り、握手を交わす。
「これから制服の寸法計りだよね。一緒にどう?」
彼は砕けた口調で続けた。一瞬、わたしは悩んだけど頷いた。




