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後編

「し、失礼いたしましたっ」

 思わず叫んでしまったミリアが慌てて謝罪しているのを聞いても、声も出せないほど驚いたリュシールはまだ呆然としていた。


「リュシール姫、私は本気です」


 跪いたまま、熱の入った口調で言い募られた。

 すでに立ち直ったらしいミリアの、「まぁ」と喜色を含んだ声が背後から上がる。

 ロマンチック好きのミリアの好きそうな展開だ。

 そう思った瞬間、リュシールは逆に頭が冷えた。

 まるでよくある恋愛小説のようだ。そう、筋書き通りに話が進んでいるように思えてならない。

 なによりも、


 『冷酷』『冷淡』と噂される、あのエリックが「惚れた」などと非現実的にもほどがある。


「エリック様は軍の参謀でいらっしゃいましたね」

「はい。ご存じでいただけたとは光栄です」

 黒い瞳が、楽しそうに輝いている。

 その光を見て、リュシールの中にある仮説がひらめいた。


「―――あなた、ですのね?」


 そう言った瞬間、エリックの穏やかな笑みが、ニヤリと意地悪そうなものへと変わった。

「なにがでしょう?」

 その顔とその言葉で、リュシールは全部エリックの手の上だったのだと悟った。

 未だに捕らわれていた手を、乱暴に振り払って取り戻す。

「アレックス様を唆して、この結婚を破談に導いたのはあなたですね? いいえ、『帝国』がというべきですか」


 両国が和平を結べば、生活の基本となる食料の価格が高騰するかもしれない、と帝国は恐れたのだろう。

 競合している状態なら価格が安くなるが、結婚が成立し両国の仲がより近いものとなれば、競い合わず価格を操作されるかもしれないと。

 確かに、最近主食となる小麦の値段が若干高めになっている。しかし、それは天候不順により収穫量が少なかったという、人の手ではどうしようもない理由からだ。だから、ファストロ国内で流通している小麦の値段も上がっている。


「戦場では恐れ知らずと言われる帝国の方々も、戦を離れるとずいぶんと―――慎重でらっしゃるんですね」

 「臆病な」と非難を込めて睨みつければ、エリックは苦笑して立ち上がった。


「輸入している物の値段が最近上がり気味なのは、両国の結婚が近いせいだという声がありまして。もちろん、そんな理由からでないのはわかっています」

「それならば何故」

「それを切っ掛けに両国の結婚を問題視する意見が出始めたんです。両国は自給自足ができ、自国のみで生活が可能です。けれど、帝国は食料を完全に輸入に頼っています。両国が手を組み、帝国に食糧を売らないとなれば、私たちは飢え死にしてします。それは避けたい、と」

 

 婚約が整ってもう何年も経っていた。それを今さら破談に導くには、正当な手段ではできなかったということか。

 エリックの主張もわかる、けれどリュシールは納得ができなかった。

 沸々と怒りがこみ上げ、リュシールは外面も装うこともせずに怒鳴りつけた。

「だから、こんなことを? そんなくだらない仮定で? 馬鹿じゃないですか?! 帝国の軍事力を私たちは嫌というほど知っています。反抗する気なんてさらさらありません!」


 食料を売らない、なんてことできるわけがない。そんなことをしたら、問答無用で征服されるに決まっている。

 帝国の武力の前には、両国はなすすべもないだろう。だから、そんな可能性万に一つもありはしない。

 難癖をつけて両国をあらそわせようとしていた目の前の男を、リュシールは力いっぱい睨みつける。


「まぁ、それは建前ですが」


「は?」

「そんな可能性もある、と言ったら平和ボケした貴族どもが騒ぎだしましてね。でも、私の本当の目的はそんなものじゃありません」

「本当の目的って一体…」

 輸入物の価格とは別の理由。

 考えてみたが、リュシールには思いつかなかった。問うようにエリックを見つめ返すと、「それも当ててください」と、教えてくれる気はないらしい。


「あなたらなら、きっと正解に辿りつくはずです。いいえ、辿りついてもらわないと困る」

「買いかぶりです」

「いいえ、さっきの言葉は嘘じゃありませんよ。先ほど神殿でのあなたの対応は予測もしてませんでした。いろいろ準備していたのですが、無駄になってしまいましたよ」


 なんだろう。褒められている気が一切しない。

 逆に非難されているかのように感じたリュシールは、エリックの視線に耐えきれず、視線を床へと落とした。


「あなたは優しいから、機会を見て二人を逃がすだろうとは思っていましたが、まさかあの場でやってのけるとは思ってもいませんでした」

 その言葉に、リュシールは密かに安堵した。

 アレックスはあの場から逃げることができたのか、と。


「優しいから逃がしたわけではありません。二人がエジェンスに居られないようにしただけです」

「エジェンスから逃げだせば、生きていくことができる。そう思ったからですよね?」

「―――思い違いです」

「当事者のあなたが『逃げろ』と宣言したから、ファストロもエジェンスもあの場で二人を捕えることができなくなった」


 本来ならば捕らえ、責任を取らせるべきだった。

 自分がしたことが正しくないとわかっているリュシールは、責めるようなエリックの言葉に言い返すことができない。

 

「そうまでしてあの男を守りたいのですか?」


 今までと同じ口調なのに、何故かその一言はヒヤリとした冷たさを持って響いた。

 思わずそらしていた目をエリックに戻してしまった。すると、怖いほど真剣な黒い瞳とぶつかる。


「エリック様?」

 なぜそんな目を? と聞く前に、同じような質問を繰り返された。

「そんなに、あの男が大切ですか?」

 リュシールにとってアレックスはすでに「家族」のようなものだった。物心ついたときから、夫となるべき人だと言われ、共に育ってきたのだから。だから、できるならば死んでほしくない、と思ってしまった。

 けれど、リュシールはあのとき神殿で民とアレックスを天秤にかけて、結局アレックスを切り捨てたのだ。

 その程度の「想い」を、これほどまでに真剣な顔で聞いてくるエリックに、「大切」と言ってしまっていいのかリュシールは迷った。


 どう返事していいのか悩んでいると、ふぅっとエリックが大きくため息をついた。同時に感じていた威圧感もなくなり、先ほどまでの真剣な表情は消えて、そこには苦笑が浮かんでいた。

「あの場にも、帝国の兵まで紛れ込ませていたのですよ?」

 それは、いろいろと準備していた、という物の一つであろう。それが「兵」であったと聞いてリュシールの眉間にしわが寄る。

 

「争い嫌いです」

「拘束するのはあの二人とエジェンスの王族だけですよ? ファストロにも十分利益があると思っていたんですが」

「エジェンスは私の第二の故郷のようなものですから」

 その言葉に、エリックの顔が一瞬怒りに歪んだ。苛立ちの混じったそれは、見間違いかと思うほどのわずかな間で、綺麗に掻き消えてしまった。


「それは違う。あなたの第二の故郷は帝国だ」

「は?」

「あなたは、私と結婚して帝国に嫁ぐのです。だから第二の故郷は帝国です」


 まるでそれが当然とばかりにエリックが断言する。

 あまりにも自然にそう言い切られ、リュシールは呆気にとられた。

 パチパチと何度も瞬きをしてエリックを見返すが、「当然」とばかりの余裕の顔は変わることはなかった。

 妄想癖でもあるのか、とうんざりしながらリュシールが待ったをかける。


「待って。いつそんな話に」

「さっき正式に求婚しました」

「承諾なんてしてないわっ」

「では、拒否されるのですか? 他国へ嫁ぐつもりだったのなら、帝国でもいいではありませんか。それに、帝国と国交強化されればいろいろ有利なことがあるのでしょう?」


 確かにその通り。

 それに、そもそもファストロに拒否できるだけの強さはない。

 そのことはリュシールもわかっていたが、何故かこのままエリックの言いなりになりたくない、という反発心が沸き起っていた。


「エジェンスとの結婚を潰したんだから、もうあなたに嫁ぐ必要なんてないじゃないっ」

「そうですね。でもあるんです」

 意味わからない。

「リュシール姫。結婚相手として私は不足がありますか?」 

 政略結婚の相手としてエリックは十分すぎるほどの好条件だった。

 不足があるわけがない、と自分の価値がわかっているエリックは思っているのだろう。

 実にいい笑顔で、先ほど払いのけられた手を伸ばしてくる。今度は強引に手を取ることをせず、まるで自分で選べとばかりにリュシールの目の前に差し出した。

 悔しいが、エリックの主張を否定することができないリュシールは、しぶしぶ口を開いた。

「……不足、は…ありません」

 けど、思いっきり不服です! と心の中で付け加えながら、差しのべられたエリックの手を取った。



 そして数ヵ月後、異例の速さでリュシールは帝国へと嫁ぐこととなる。

 結婚の誓いを立てた後のエリックが見せた、本当に嬉しそうな笑顔に違和感を覚えながらも、これが政略結婚ではなかったと気づくのには、長い時間が必要だった。

拙作を読んでくださってありがとうございました。

ツッコミどころが多いかもしれませんが、生温かくスルーな方向でお願いします。


甘々好きな私としては糖度が足りない作品になってしまいました。

なので、両想いになった後などいつかお話を書きたいなと思います。

その前にエリック視点とアレックスのその後など考えていますが、出来上がってませんので少々(かなり?)時間がかかるかとっ。

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