そして皆それなりに幸せに暮らしました。(完)
「あ、あの、ロストク」
「ん? なんだ? ヘンリエッタ」
熱い瞳がヘンリーことヘンリエッタを見つめる。ドレスの腰に回された腕に力が込められた。
「私、どこかおかしいのかな? 視線が……」
いやいや違うよ。ヘンリエッタちゃん。それは、君があんまり美人さんなのと、無愛想無表情無感情で有名なロストクがそ~んな甘いデレデレの表情で君と一緒にいるから、皆目が離せないんだよ。
と、いっても熱く見つめ合っているお二人には聞こえないかな? ……あれ、ねぇ、ヘンリエッタちゃん。君、なんで女の子の格好してるの?
その時、完全に二人の世界に入りつつあった彼らに、近づいてくる勇者がいた。
それはぼさぼさの黒髪に太縁眼鏡の……あれ、ヘンリーが二人? なんで?
第二のヘンリーは、やけにカイネに似た声で二人にぼそぼそと話しかける。
「……君たち、いい加減にしないか」
睨みつけてくるロストクに、カイネはため息をついた。
「気持ちはわかるが、ロストク。さっきから校長が君を呼んでいるのに気付いていなかっただろう? さぁ、行きたまえ。今年の主席卒業者殿。皆が君のスピーチを待っているよ。さっさと君が挨拶をしてくれないと始まらないじゃないか……卒業記念パーティが」
しぶしぶ不機嫌な表情で壇上に上がっていくロストクを呆れたという表情でカイネは見守る。
「まったく、君達には驚かされるよ。……ヘンリエッタ嬢」
その一言にヘンリエッタ嬢の肩がびくりと揺れ、それを見逃さなかったロストクが鋭い視線をカイネに投げる。
「はぁ。あれが、愛しい婚約者殿のドレス姿が見たいが、正体がばれるといけないからと頼まれて、わざわざ影武者になってやった幼馴染に対する態度かな。ねぇ、ヘンリエッタ嬢、あれのどこがいいんだい? まぁ、確かに君にべた惚れではあるけど。なんといっても、君と婚約するために、この僕を押さえて首席卒業するくらいだからね」
そういいつつも、カイネは次席であったことを特に気にしていない様であった。
逆に、愛する人のために父親の出した条件『首席卒業』を見事果たしたロストクに感心していた。だからあっさり影武者役を引き受けたのだ。聞けば、ヘンリエッタが女と知った三年前から計画していたというのだから呆れる。十歳から将来の妻のために根回しをする男がどこにいるんだ。……いや、目の前の壇上にいて、晴れて明日婚約発表をする婚約者の傍らにいるカイネを睨みつけてきているが。
「あの、カイネ君。ウィンザー君は? 私、卒業式の後、このパーティの準備が忙しくて会っていないの。領地にウィンザー君が戻る前に挨拶したくて。寮にいるの?」
おずおずと件の婚約者殿が尋ねる。
「え、聞いてない? あの方は、昼の卒業式後すぐに退寮なさったよ。パーティには出席しないとおっしゃっていた」
驚いた顔をしたヘンリエッタ嬢に、まったく薄情な方だ、とカイネは苦笑いした。カイネ自身も、卒業式後すぐ、彼の部屋を訪ねなければ知らないままだったであろう。
**************
「ウィンザー様!?」
旅装に身を包んだウィンザーにカイネが目を丸くする。
「ああ、見つかったか。ちょうどいい。俺、パーティには出ないでこのまま退寮するから、二人にまたなって伝えておいてもらえるか?」
平然とそんなことを言うウィンザーにカイネは慌てた。
「そ、そんな、ウィンザー様。どうして」
もう当分の間会えないというのに、そんなあっさりと。
カイネとロストクは騎士団に入団するし、ヘンリエッタはロストクの婚約者として彼と同居するから、三人はいつでも会える。だが地方にある領地に帰るウィンザーはそうはいかない。聞けば都から馬車で一カ月かかるらしい。それぞれ目指す場所が違うのだから仕方がなくはあるが、今日は夜が明けるまで四人一緒に語り明かそうと思っていたのに。
泣きそうな顔のカイネにウィンザーは苦笑する。
「そんな顔をするな、カイネ。別に今生の別れじゃない」
「ですがっ。……お願いです! ウィンザー様! まだ、行かないでください」
震える声で懇願するカイネの頭をウィンザーは優しく撫でた。
「あ~。それは無理だな」
優しい表情とは裏腹な、その残酷な言葉にカイネの表情が歪む。
「まったく。ほら、泣くな。いいこと教えてやるから」
そして、そっと大切な秘密のように囁いた。
「俺、もうすぐ、剣を握る理由が一つ増えるんだ。それでだなぁ、まだ秘密なんだけど、その理由って王都にあるんだ」
その言葉に、カイネは俯いた顔をばっと上げる。
「え、それって、ウィンザー様! まだ王都に滞在されるということですか?」
いいや、違う。とウィンザーは首を振る。
「滞在じゃなくて、こっちに住むことになるかな?」
「本当ですか!? どこにお住いになられる予定ですか?」
目をキラキラさせて聞いてくるカイネによしよしとウィンザーは再びその頭を撫でた。
「ん~。秘密。でも、カイネがこれから俺が言う条件をのんでくれるなら、ヒントをやるよ」
カイネは、はいっ、と力強く頷いた。
「んじゃ、お前、次から俺のことティナって呼べ。ティナは、俺が仲間だって認めた人間だけが呼んでいい俺の呼び名だ。あ、ロストクとヘンリエッタにも教えといてくれ」
仲間と認めてもらえて、カイネは尻尾を振りちぎらんばかりに喜んだ。
そんな彼に、伝言忘れるなよと念を押して、荷物を持ち上げたウィンザーはふと振り返って、ああ、そうだ、ヒントを教えてやるよ、といたずらっぽく笑う。
「王都一いい男を探しな」
え? と首をかしげたカイネに、ウィンザーはサービスだと囁いた。
「それ、俺がこれから一緒に暮らす婚約者だから」
爆弾発言に固まったカイネが解凍される頃には、ウィンザーはすでに部屋から出て行ってしまっていた。
さて、とカイネは、壇上からまっすぐ婚約者のもとに向かうロストクと、そんな彼をうっとりと見ているヘンリエッタに、どう考えても伝言を伝えられる状況ではないなぁと溜め息をついた。
だが、もっと溜め息をつきたいのは王都自治団の人間だった。
約束の期限がすぐそこまで迫っているのに、一向にティナが見つからないからだ。
昨日から王都じゅうを駆け回り、ティナという名をもつ少年や、火魔法を使う少年、容姿の似た少年、柑橘系ジュースの好きな少年を探したのだが、どれも彼らの捜しているティナではなかった。時間は刻々と過ぎ、作戦会議所の居酒屋には重い沈黙が立ち込めていた。
居酒屋で団員たちの持ち帰る情報をまとめていた副団長は、息を荒くして店内に駆け込んできた団長に首を振る。昨日から走りまわって、一時も休んでいないため、ボロボロなその姿は、彼のティナへの愛を副団長たちに示すのに十分だった。だから、彼らは協力を惜しまなかった。しかし、状況は絶望的だった。いまだ彼の足取りすらつかめていない。
再び外に駆け出そうとした団長が、入口で小柄な人影とぶつかった。
それは、旅装に身を包んだ少女だった。
どこにでもいるような凡庸な顔立ちに、ありふれた茶髪と茶色い瞳。
群衆に紛れこめば、たちまち見失うであろうほど、平凡な容姿の少女。
倒れそうになった少女の腕をとっさに掴んだまま、ヴォルグはしばらく固まっていた。
「団長、時間が」
せまっています、と続けようとした副団長の声は遮られた。
「ティナ!」
というヴォルグの叫び声によって。
団員や店の客達による喝采の中、ティナはヴォルグに抱き上げられたまま、奥のカウンターまで運ばれた。すかさず、店員が柑橘系ジュースを運んでくる。全員がジョッキを掲げたのを確認して、ヴォルグはティナに微笑みながら乾杯の音頭をとった。
「俺の嫁『ティナ』に乾杯!」
「乾杯!」
その晩、居酒屋『三日月亭』は大盛況だったという。なんでも店主が婚約した祝いに、店の客全員に酒を奢ったらしい。多くの人に祝福を受け、腕の中に婚約者を抱きかかえた店主はそれはもう幸せそうな顔だったそうだ。
うん。それから、皆それなりに幸せに暮らしました。めでたし、めでたし。で、お話は終わろうか。祝宴の最中に、「ティナには女装癖があったのか?」とヴォルグに問われたウィンザー君が馬鹿兄貴と一緒にするな! と怒り出して、婚約者を慌てさせたことや、伝言とウィンザー君の婚約者の話を聞いたロストクが「そうか。だからヘンリエッタの胸を見ても、あんなに冷静だったのか。に、しても、あいつ、そういう趣味だったのか」と納得したことや、「男でもいいのでしたら、僕がウィンザー様の嫁になったのに!」とカイネが悔しがったことや、そんな男二人を見て、本当にウィンザー君が女だって気づいてなかったんだ、とヘンリエッタが微笑んだという話は、きっと余計だからね。
さて、さて、皆様。
そういうわけで、そろそろ幕を下ろしましょう。
さすがにラブラブカップルにいつまでも引っ付いているは無粋かと。
それでは、私はもうそちらに帰ってもよろしいでしょうか?
シャロット・ウィンザー様
「ええ、ご苦労だったわね。じゃあ、引き続き、あの男がティナに悪さしないか、浮気しないか、弱みがないか、探って。あと、王都で流行のドレスについてと、元老院の動きについて調べておいてちょうだい」
……ええええと、シャロット様。私、まだ、帰っちゃだめなんですか? そろそろ休暇が欲しかったりするのですが。
「何か言った?」
いいえ! なんでもございません。それでは行ってまいります。
シャロット・ウィンザーってどんな人?
妹思いの優しいお兄様
間諜使いが荒い厳しい上司
ドレスと甘いものとシャルティナが大好きな兄貴
この後裏の権力者となって自分とシャルティナを引き裂いた元老院をぶっつぶした男
これは、そんなシャロットに命じられ、『シャロット・ウィンザー』として王都に旅立った妹君のストーカーをさせられている哀れな人物が、後に、お前いつもティナを尾行しているよな、どういうつもりだ、と脅されて無理やり語らされた物語。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。