第6話「痛みを伴うということ」
「ッ!!!」
凄まじい轟音が頭の中を駆け巡り、すぐさま目を覚ます。
床に敷かれた布団で寝ていたヒビキは、手をついて上半身を起こす。
夢の中で聞こえたあの轟音が耳鳴りとして少し残っている。
周りに視線を送る。
どうやら夜が明けてしまったらしく、窓から日差しが入ってくるのが見えた。
力無く布団にゆっくりと倒れる。
一体あの夢は何だったのか。
妙に鮮明で妙に断片的な光景が脳裏に焼き付く。
もう見飽きた感情すら湧かない朝日から目を背けるため、うつ伏せになる。
もう少しこのままで居たい。
未知と既知の狭間で。
「………知らない枕」
スー……
「………知ってる匂いだ」
ー
少し後、ヒビキは布団から起き上がり、辺りを見渡すとどうやらリビングの床に布団が敷かれていたようだ。
近くにはテレビやソファー、部屋の中心のテーブルに紙が置いてあるのを見つけた。
「手紙?快月かな?」
ヒビキへ
昨日動けなくなったあんたを運んでる途中に、急に眠ったせいでどこに送ればいいかわからなくなった。
道端に捨てようか迷ったけど、仕方なく私の家に連れてくことにした。
おにぎり作ったから食べといて。
学校行ってくる。
「おぎにり…?」
手紙の下のお皿に2つ、おにぎりが置いてある。
ヒビキはおにぎりが何かわからないまま、とりあえずダイニングテーブルの椅子に腰掛けた。
「おぎにりって、なんだろう…」
お皿に手を伸ばす途中であることに気づく。
「あ!そういえば食べる前に、儀式をしないといけないんだっけ…。えーっと、どんなポーズだったっけな…」
ヒビキは左右の掌を使い、さまざまなポーズをして、しっくりくるものを見つける。
「ああでもない、こうでもない……あっこれだ!
なんていうんだっけ…う〜ん…確か何かの気持ちを表明するって言ってたっけ?」
考えた末、彼は満面の笑みで、今の自身の気持ちを言葉にする。
「…食べまーす!」
そう言って、彼はおにぎりを手に取り、勢い良く口に頬張る。
目をキラキラさせ、「美味しい!」という気持ちと味を噛み締める。
おにぎりを食べながら、昨日のことを思い返す。
「………」
一人の少女を自分の同類へと変貌させてしまったこと。
彼女に向かって飛び掛かる気隷の姿。
頬にできた傷。
恐怖の表情。
蒼銀の光。
…そして、胸に走る違和感。
「あの力…」
傷口を癒し、継続的に触れると気を抑制する。
疑問に思っていた、なぜ気隷が自身に対して何の害も与えない快月の方へ一目散に飛びついたのか。
耐え難い苦しみからの解放…
それを前にした時、失ったはずの人間の欲がどう働くか、想像するまでもない。
全身を炎で焼かれた者の前に湖が広がっていれば、そこへ飛び込むのは自然な話。
快月が危ない…
結論を出す前に、ヒビキはおにぎりを口に突っ込んでサヤの家を飛び出し、彼女の学校へと全力で駆ける。
「気隷が彼女を欲している」
ー
ヒビキは大人しくしているだろうか。
黒板に描かれた正三角形を見ながら、私は頭を授業から離脱させていた。
ゴーーーンッ!!!
突然鈍い轟音と共に教室が揺れる。
咄嗟に机の淵を手で掴み、揺れに耐える。
何が起きているのか少しでも情報を得るため、周りを素早く見渡す。
しかし、そこには日々の何ら変わりない授業風景が広がっている。
あれほどの音と揺れを感じたのが、私だけとは…
私は、教師に向かって投げるように体調不良を言い捨て、教室を飛び出す。
「間違いない、あの感覚だ」
ー
「この数…尋常じゃない…」
ヒビキは学校の屋上に立ち、雲一つない空に蠢く無数の白い影を見つめていた。
「この様子じゃあ、快月はおそらく、気を無意識的に放出し続けている。気隷にとってはいい目印だ。よりにもよって意抑型とは…対策を考えないと」
〈指を軽く曲げた状態で構え、掌の中で気を結晶化する〉
彼女が来る前に、終わらせよう。
気隷達が一斉にヒビキに飛び掛かる。
〈結晶を握り潰し、眩い光と共に拳が爆発する〉
気の爆発が連鎖し、気隷が次々と爆散していく。
しかし、それが仇となった。
かろうじて留めていた人の姿を失い、空中に散乱した気隷の残骸が、ひとつにまとまっていく。
やがて、大きな気塊は巨大な波となって、彼を握り潰そうとする。
迫り来る気隷の残骸を見上げながら、ヒビキはもう一度、気の結晶化を始める。
「天啓………これが、これが神の意志だとでもいうのか」
顔の筋がメキメキと収縮音を立てるほど、力強く顔を顰める。
〈気隷の波がヒビキを握った瞬間、一筋の光が走り、気が液状となって周りに飛び散る〉
「!!!」
私は蹴破る勢いで屋上の扉を開ける。
そこにはただ一人、ヒビキが立っていた。
他には何もない。
ただ、雲一つない空から大粒の雫が一気に降り注いでいた。
ヒビキがゆっくりとこちらに振り向く。
濡れて額を覆う前髪から、彼の瞳がチラッと見える。
鋭く尖った瞳から一瞬放たれる赤光の眼差しが、私の身体前面を強く突き刺し、後面へと貫通していく気がした。
困惑と驚きの表情をして、立ち尽くすしかできない私を見て、ヒビキはハッとして前髪を掻き上げる。
その重たい幕の裏側にあったのは、
「快月…みーつけた!」
瞳を閉じて眉尻を下げ、口角を上げた顔だった。
ー
「さっきの音と揺れは何!?」
状況を確認するため、私はヒビキに駆け寄る。
「あぁ〜さっき、どえらい雷が何発も落ちてきたんだよ。すっごくびっくりした」
「雷?雷如きであんなにすごい揺れ起きないでしょ!?」
「自然を舐めちゃいけない…きっと授業に集中せず、今日の昼食は何かを考えていた者に、天罰が降りたんだよ…」
ヒビキは恐怖の表情をして、震えながら両手で身体を摩る。
私は呆れた表情で「そんなわけないでしょ…」という。
「いーや!あれは天からのお告げだったね!快月は気の力を得たばっかりだから、分からないかもしれないけど、こういうことはしょっちゅう起きてるんだよ?」
確かに、私とヒビキ以外、誰もこの雷?に気づいていないのが証拠となるし、この体になって日も浅い。
「…でもそんな、アホな理由で一々雷落されちゃたまらないんだけど…」
「天のお告げだから仕方ないよ。恨むんなら今日の昼食に想いを馳せてる人を恨むんだね!」
「…そんな、小学生じゃあるまいし…」
〜授業中〜
ナツ(今日のお昼ご飯は何かな〜〜。またサヤちゃんとわけっこできるといいな〜)
「それより、どうしてここにいるの?」
「それは…おぎにりが美味しいから、「美味しい!」って伝えようと思って」
「どうでもいい!!あと「おぎにり」じゃない!おにぎり!!」
「………美味かった」
「ハァ………。それで、どうしてここがわかったの…」
「う〜ん………運命の赤い糸が〜」
ヒビキの耳を引っ張る。
「イテテテテ」
「真面目に答えて(怒)」
「は、はい!!真面目に答えます!すみませんでした!」
彼の耳から手を離し、大きくため息をつく。
ヒビキは一応耳が取れていないか確認し、話を続ける。
「気を辿ってきたんだ」
「気を辿る?」
「うん。まだ気の制御を教えてなかったから、快月は今、気を常に放出した状態でいるんだ」
「だから私の居場所を見つけられたの?」
「その通り!今なら快月がどこにいようと俺は君を見つけることができちゃうんだ〜」
「うぅぇ…なんか嫌だ…」
「だから、その放出を抑える方法を教えてあげようと思って、ここに来たんだ」
「…そういうことね」
やっと掴める話が来たことに安堵する。
世間一般的には掴み所のない話だが、それに安堵の気持ちを向ける私は、もうこっちの世界に染まりつつあるということだろうか。
「右手を出して」
「…うん」
ヒビキに言われるがまま、私は手を差し出す。
すると、彼は私と向かい合う形で、指を絡めて恋人繋ぎをしてくる。
突然のことで私は動揺し、手を離そうとするが、彼がしっかりと握り込んでいるせいで離せない。
彼の手が暖かい。
しかし、私の顔も負けないくらい熱が込み上げてくる。
ヒビキは真剣な顔をして、私を真っ直ぐ見つめてくる。
そんな眼差しに私が答えられるはずもなく、目線を下に落として、赤く染まる頬を必死に抑えようとする。
「ね、ねぇ…まだ?」
「あとちょっと。ふむふむ、なるほどなるほど」
すると、二人の手が光り出し、蒼銀の輝きに包まれる。
「よし、じゃあ俺の手を強く握ってみて」
「わかった」
言われた通り、彼の手を強く握り込む。
それに合わせ、ヒビキも何やら顔を強張らせる。
十秒ほどその状態を続けると、段々と光が弱まり、やがて消えていった。
「うん、もう離していいよ」
「一体何をしたの?」
「快月が力を込めている間、俺は快月の気を打ち消すように気を発したんだ。そうすることで、力を込めると気を抑制するっていう感覚を体に与えることができる」
「じゃあ、ずっと体に力を入れてないといけないの?」
「ふふ、そんなことはないよ。ほら、手を乗せてみて」
今度はヒビキが手のひらを私に差し出す。
言われた通り、私も手のひらを彼の手の上に置く。
しかし、先ほどのように光を発することはない。
「すごい…」
「じゃあ、深呼吸してみて」
深呼吸をすると、少し落ち着き、手が青く光り出す。
「わぁ…」
「ね、力を入れなくてもいいでしょ?」
「うん」
「これなら俺に追いかけられる心配もぉ…なぁい、ねぇ〜」
急にヒビキがふにゃりと地面にへたり込む。
「ど、どうしたの!?もしかして、また体の力が抜けちゃった!?」
「あぁ、大丈夫大丈夫。今日は十秒くらいしか気を受けてないから、すぐ立てると思う〜」
「そう…なら良かった」
「授業の途中だったよね、戻らなくていいのぉ?」
とろけた顔で少し煽るようにヒビキが言う。
「あ!そうだった。急いで抜け出してきたんだった…」
「ふふ、俺のことは気にしないで戻っていいよ。学校が終わったら、また会いに行くから」
「うん、わかった。じゃあ放課後にね」
「うぃ〜〜」
サヤは小走りで屋上の扉を通り、階段を下っていった。
飛行機が大気を引き裂く音を聞きながら、ヒビキは屋上の床に仰向けになる。
ふと、自分の左胸を押さえる。
昨日よりも強くなった、ズキズキと痛む心臓を感じた。
「この痛みも、人である証……か」
校舎の外、グラウンド外周に張られたネット越しに、スーツを着た一人の男が真っ直ぐ校舎を見つめていた。
男は耳についた無線機から信号を発する。
ピーピー
「聞こえるか」
[はい、こちら第七小隊、何か動きがありましたか?島影さん!]
「たった今、周囲に居た全ての気隷が、跡形もなく爆散した」
[え!!?ば、爆散?]
「あぁ、シーズン終わりにしちゃ、どえれェ花火だった」
[示神による介入でしょうか]
「いや、『原創の定め』も『式』も感じられない。おそらくは…」
[例のアレですか…?]
「さぁな、まだわからん。隊を一つよこせ、お前たちは付近の警戒を頼む」
[はい!了解です!]
プツ…
男は片手でポリポリと頭をかきながら、片手をポッケに突っ込み、歩き出す。
「神が先か、人が先か。その答えをじっくり見物させてもらうぜ」
学校の屋上って得も言われぬものがありますよね。
コンクリート、金網、青空の集合体からそれらを感じ取ると、自分が人間なんだと再確認させられます。
日に焼けたコンクリートの香り…いいですね。
金網越しにグラウンドのみんなに見られちゃうってやつ、結構怖そうですよね。
恐怖に勝るその…それがあるんでしょうか。
金網越しに顔を描くときに、そこの部分だけ透けて顔が見えるようにしたりしますが、私は金網越しに見る方が好きですね。
「幽玄」という言葉がありますが、私自身かなりこの感覚が好きで今後も語ることが多いかもしれません。
何の脈絡もありませんが個人的にナツちゃんが癒しです。




