第2話「絶対おかしい」
「……ねぇサヤちゃん、今日ちょっと変だよ?」
友人のナツが、ばつの悪い顔で私を見る。
午後の体育の授業終わり
帰路に着くため、更衣室で着替える途中、そんな言葉が投げかけられた。
ナツがそんな顔をして申し訳なさそうに言わずとも、私が一番この異変に気づいていた。
心配してくれたナツに応えるように私は言った。
「…そうかな」
なぜかは分からないが、私は始業チャイム前に教室のドアを開けていた。
あれほどの遅刻を巻き返せるほどの脚力が私にはあっただろうか?
だが、全力疾走したというのに不思議と息は上がっていないし、体も疲れていない。
正確には、走りながら反射的に強い呼息・吸息を繰り返していたが、今思えば体はそこまで酸素を欲していなかった。
「おはよ〜」
私の前の席でナツが、椅子を横に座りながら私に言った。
ナツは私の顔を見てふと、
「あれ?サヤちゃん、髪染めたの?」
といつもの屈託のない笑顔で私に言う。
「え?染めてないよ?」
夏休み中何回も会っていたとはいえ、久しぶりに学校で会った友人の想像し得ない一言目に、私は反射的に答えていた。
ちょこん、と首を傾げ
「え?でも、色違うよ?ここ」
そう言ってナツは自分の右頭を指す。
私はいつも前髪を整える時に使っている手鏡を鞄から取り出す。
鏡を覗くと、そこには確かに前髪の右側が白?いや銀色に染まっていた!?
何が起きているか分からない。
だが、ナツに混乱している姿を見せると、もっと不安がってしまうかも…
ナツには少し不安症なところがある。
前にも私が遅刻した時、生き別れの娘を見つけた母のように私を抱きしめ、泣いていたほどだ…
まぁそのおかげで先生も何か想像を絶するような理由で遅刻したのだと勘違いして、見逃してくれたのだが…
「…サヤちゃん、大丈夫?」
はっ、とナツを見ると案の定、不安そうな目でこちらを見ている。
「あ、あぁ〜そうだった!夏休み中に髪染めたんだった!忘れてたよ〜ナツありがと!」
明らかにボロな嘘だが、幸いナツはとっても純粋だ(もちろんいい意味で)。
私の下手な嘘でも信じてくれるだろう。
私の言葉を聞いたナツは不安に染まった顔を吹き飛ばすようにぱあっと笑い
「そうなんだ〜びっくりしたよ〜!」
と言ってくれた。
一体何が起きたというのだ。
しかし、そんな驚きと思考の余地を与えないほど、この日は異変の連発だった。
いや、正確には異変が私の日常を侵食して、普通と異常の認識改変が行われていたと言う方が正しい。
「手伝ってくれてありがとね〜サヤちゃん」
私は生徒会に所属するナツの手伝いで始業式の準備に体育館に来ていた。
「必要なのは、マイクと〜パイプ椅子だね〜」
私とナツは体育館の中央に立ち、必要なものの確認をしていた。
カチ…カチカチ…キィィ……
(なんだろう…微かに変な音が聞こえる…)
冷たい金属音がどこからか聞こえてくる…
物体の揺らぎによる気圧の変動を感じる…
「上だ!!」
「へ?」
急に叫んだ私にナツは素っ頓狂な顔を向ける。
私は素早く上を見ると、天井のバスケットゴールの固定ネジが小さく揺れているのが見えた。
「危ないっ!!!!」
バキッ、ドゴーン!!
尋常ではない物音にどこからともなく先生が体育館にやってくる…
「大丈夫か!?」
止め金具ごと破壊し、体育館のフローリングにめり込んでいる金属の塊。
その横で私はナツを抱きながら床に伏せていた…
「ナツ、怪我はない…?」
「イテテテ…うん、頭と背中を床に打ったくらい…」
「あ!ごめんごめん!」
なぜだろう?
なぜ私はナツを救えた?
私は咄嗟に頭上に落ちてくるバスケットゴールから逃げるため、ナツを押し倒すように飛び退けたのだ。
………なぜ、気づけた?
最初に聞こえた金属音…
今思い返せば、あんなの普段なら絶対に聞こえないはず。
その後の肌で感じた気迫、目で見たネジの揺れ。
どれも人間の感覚域を凌駕している……
「………おかしい」
3時間目、数学
無論、始業式は中止。
平常授業に戻ったわけだが、私の心中は平常という二文字の上で殺戮が行われている様だった。
殺戮の真っ只中に微分積分を理解出来るものはどれほどいるだろうか?
故に、授業になど全く気を置いていなかった。
窓の外に気を向ける。
木の内部で木が成長するときに鳴る軋んだ音が聞こえる…
一枚の葉に止まった芋虫が、葉を美味しそうに食べているのが見える…
………おぇ。
3時間目の授業で唯一学んだことがある。
『気を向ける』ことだ。
どうやら対象物に気を向ける、つまり集中することで普段は感じない感覚を受容することができるらしい。
どうも不思議な感覚だが、面白い。
昼休み
私とナツは購買の前にできた人だかりに呆けた顔を向けていた。
普段は自分で料理し、弁当を持参してくる私(ドヤ顔)だが、寝坊をした私に弁当を持ってこいとは酷な話だ。
故に今日は珍しく購買で腹を満たそうという魂胆だ。
ちなみにナツも弁当だが、食べるもののない私のために、ともに購買戦争に身を投じてくれたのだ。
「わ、私がいくよ!サヤチャンノオヒルノタメ…サヤチャンノォ、オオオヒルノタメ…!」
そうナツは両手の拳を胸の前に構えながら言い、人だかりに飛び込んで逝った。
「ひゃうぅ!うぅぅ…」
円の外に弾き出されたナツは私の胸元に帰り、今にも泣きそうな潤んだ瞳で戦績を申し訳なさそうに私に伝えてきた。
「ああー!!ごめんごめん!怖かったね〜」
ヨシヨシと頭を撫でると口を窄ませ彼女は俯きながら涙を堪えた。
次は私か、と死期を悟りつつ、人だかりを気にかける。
すると、押し合っている人と人との間に気迫の揺らぎを感じた。
他の感覚を捨て、前に進むとまるで岩の間を流れ落ちる雫のように人だかりをスルスル抜け、購買のおばちゃんの前にたどり着いた。
この力は使いようによっては、とても便利かもしれない。
そう思いながら私は叫ぶ。
「メロンパン!!」
午後の授業、体育
今日は1500メートルの計測だ。
新学期最初の体育に走りをチョイスした体育教師にクラス全員の苛立ちが高まりつつ、午後の日差しのきついグラウンドに整列していた。
クラスのやる気のない雰囲気の中、私は今朝の感覚をもう一度試そうとしていた。
「それじゃあ始めるぞー」
体育教師の掛け声で一斉にスタートを切る。
と同時に私は出せるだけの全力疾走をした。
屈強な男子生徒を軽々追い抜き、私は駆けていく。
だが、一向に息切れや疲れはやってこない。
「すごいすごい!」
目にも止まらぬ速さで、私は1500メートルを走り切った。
走り切ってしまった。
「おい!!お前なに休んでんだ!」
体育教師が私を睨んで怒鳴ってくる。
「何って、もうゴールしたんですよ」
私は得意げに教師へ言った。
しかし、教師はこちらへとドスドスと足音を立てて歩み寄り
「何言っていんだ!?まだ走り出して2分30秒しか経ってないぞ!!」
彼は私の顔の前へ紋所のようにストップウォッチを突き出した。
(や、やばい)
速く走る爽快感で、調整を怠った結果がしっかりと数値化されてしまった…
「え、えぇ〜〜と、あ!一周数え間違えてました!」
「馬鹿か!!一周多く走ったって、お前の記録は世界に中指立てたような、舐め腐った速さしてんだよ!」
普段、ナツを不安から遠ざける程度に使っていた私の嘘は、どうやら世間様には通用しないらしい。
放課後、私は罰としてグラウンドの後片付けをしていた。
「…ごめんね、ナツ…」
「ううん、気にしないで?今日助けてくれたお礼だよ!」
ナツは私と一緒に片付けを名乗り出てくれた。
どうしてこうなったのか。
私の不注意だ。
今日一日、力を試すために色々なことをしすぎたのだ。
まぁ幸い、その力でナツを危険から救えたケド………
……………力?
「!?」
そういえばこの力、ナチュラルに受け入れてたけど、どうして私こんなもん持ってんの!?
底なしの体力、人間では考えられないほど鋭くなった感覚。
それと、突然銀色に染まった私の髪。
普通に考えればおかしいでしょ!?
なぜかは知らないが、私はすぐにこの『異変』を理解し、受け入れていた。
まるでそれが普通かのような………
マッサージを受けて、上がらなかった腕が自由自在に動かせるようになったような(?)
でも、一体いつ?
そこで私は今日一日を朝から振り返ってみることにした。
振り返って……みる………こと、に…
「ふぅ〜大体終わったね〜サヤty…」
「あいつだァーーーーーーー!!!!!!!!」
「キャウン…(泣)」
全てはあの男だ。
あの男とぶつかってからだ、異変を感じるようになったのは!
思い出すと腹が立ってくる。
なぜか沸騰した血が頬にまで上ってくるが、そんなことはどうでもいい。
「あの男にこの異変の原因があるのかも」
「…」
更衣室
「……ねぇサヤちゃん、今日ちょっと変だよ?」
急にナツに言われてドキッとしてしまう。
確かに今日一日いつもと違う行動したり、さっきだって赤面しながら叫んだり…
だいぶおかしい奴になっていたことだろう。
でも原因がわかった今、さらなる不安要素を彼女に与えたくない。
これは私とあの男の問題。
彼女を巻き込む意味はない。
「…そうかな」
少し怪しいが、続ける。
「今日新学期で久しぶりにナツに会えて、ちょっとはしゃぎすぎちゃったかも…?」
「…」
それは本音だ。
久しぶりに会った友人と再開した学校生活を楽しみたいという気持ちに嘘はない。
私はナツに対して本音に嘘を被せることはない。
嬉しいと思えば嬉しいと伝える。
彼女が間違っていれば、間違いを素直に伝える。
感情に嘘を被せるのは私のポリシーに反するからだ。
ナツは少し俯き、涙を流した…!?
瞬間、ナツは私に下着のまま抱きつき、そのたわわな胸に私の顔を埋めた。
「うわぁぁぁん(泣)わ、私も嬉しいよ〜!変だなんて言ってごめんね?」
「く、苦しい…」
「わぁ!ごめん!でも何だか、サヤちゃんをぎゅってすると落ち着くんだ〜♡」
「そ、そうなの?」
「うん、いつもそうだけどなんだか今日は、いつもより落ち着く〜」
本当にこの子はいい子だ。
私には勿体無いくらい。
学校前
「今日は一緒に帰る?サヤちゃん」
「いや、今日は万代に用事あるから、先帰ってて」
「そっか、じゃあまた明日ね!」
ナツと学校前で手を振りながら別れる。
私に起きた異変の落とし前と明日の平穏を取り戻すために、私は今日の振り出しに戻る。
「あの男を探さなくちゃ」
敏感になるってなんかいいですよね。
残念ながらサヤちゃんは感覚に気を注がないと敏感にはならないみたいなので、年中ビンビン少女にはなれないみたいです。
でも自分の意志で敏感になれるっていうのも乙かもしれませんよ。
一般的には敏感というものは一つの抗えない効果であって、その先に様々な感情表現やツンデレのデレ心理の漏洩とかがありますけど、それ自体に意志が宿るというと、新たな表現段階が生まれますね。
逆に自分の意志で鈍感にするっていうのもまた感情表現的が煎り深くなっていきますね。
個人的にはそこに他者(相手)による感度操作の介入ができない方が煮崩れしなくていい塩梅になると思います。




