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第12話「鉄屑の風車③」




アールの男「クズ鉄ばっかだな…」

テネル「…」


 机に並べられた元は何に使われていたのかもわからない金属の破片。

 金属らしい輝きを放つものなど中には一つもない。

 男はものを選別する機械のように、使えない錆鉄や不純物の多いものを私の後へ容赦なく投げ捨てる。


アールの男「これもこれも、これも使えねぇ」


 二十個ほど拾ってきた金属も、五つにまで減らされてしまった。

 残った金属を男がかき集めると、汚らしく燻んだ銅貨を机に放り投げる。


アールの男「ほらよ、五個で3パルスだ。それを持ったらとっとと失せろ、臭くてかなわねぇ」


 私は土汚れと痛々しく膿の溜まった手で銅貨を掴み、その場を立ち去る。


テネル「…」


 帝国ヴァニタスの大都市が遠くに見える辺境、小さな町のすぐ横にある巨大なゴミの山に私は棲みついていた。

 定期的に捨てられにくる都市のゴミの中から、溶かして使えそうな金属を見つけては、街にいる溶鉱を生業とする男に売っている。

 もうこの生活を…いや、生活とも呼べないみっともない生き繋ぎを続けてどれくらい経つだろう。

 最近はゴミの中にある金属も売れない半端物が多くなってきて、ますます飢えが苦しい。

 遠くに見える大都市は今もなお広がり続け、その労働にはルーテが携わっている。

 皇帝の作った新たな法が布告されてからというもの、ルーテの民はカラディ、アールの両民族の奴隷として日々家畜同然の待遇を受けながら、労働に励んでいる。

 もちろん、両種族と変わらない、ルーテの民も生物的には人間だ。

 そのような扱いを続ければ、死者は増え続ける。

 このゴミ山にもかつての人間達が捨てられることも増え、それを見るのにも慣れてきた。

 だが、心配はいらない。

 国は労働力を増やすための政策も怠ってはいないからだ。

 父と母も何処かで既に野垂れ死んでいるかもしれない。

 もう顔も思い出せない私の村の人たちだってそうだ。

 最初は悲しくて辛くて怖くて苦しんだ時期もあったのかもしれない。

 だが、絶望と時の流れは私の心を砕くにはちょうど良かった。

 もう今は何も思いはしない。


テネル「…街に行って何か腹に詰めよう」


 ゴミの山を後にし、私は弱々しい足取りで街へと向かうのだった。




ー




 少し歩くと最寄りの街に近づき細く薄暗い路地で立ち止まり、ローブとも言えないボロい布切れのフードを深く被り、通りに出る。

 この街にはカラディはおらず、アールとその奴隷たちしかいない。

 平等な権利を持ったとはいえ、やはり格差はまだ埋まっていないようで、大都市には住むことができない者たちがここに群がっていた。

 最近は需要と供給が釣り合っていないのか、奴隷の強奪が横行している。

 私はまだ奴隷として誰にも飼われてはいないため、こうしてルーテの一番の特徴である赤い髪を隠すためにフードを深く被って街に出ているのだ。


テネル「…何か買えるものは」


 汚らしくも賑やかなこの街は多くの商店が立ち並ぶストリートとなっていた。

 こうしてみると、どこかブルセの街並みを思い出すが、ここにいる奴らの品性と醜さをあの街と比べるのは野暮というやつだ。

 …ブルセに住むアールたちは、私たちルーテの権利を主張し続けたがために、密かに皆殺しにされたという話を聞いたことがある。

 これもおそらく、皇帝の国の発展を見据えた決断とやらなのだろう。


テネル「5パルスか…」


 いつも立ち寄る、安い雑穀を売っている店の最低価格は5パルス。

 手持ちの銅貨ではどうしようも足りない。

 仕方なく、その店を諦めて他の店を探すことにした。


男「早く立ちやがれ!!」

ルーテの女「うぅ…」

男「使い物にならねぇお前を、いくらで買ったと思ってる!!ふざけんじゃねぇぞ!!」

ルーテの女「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」


 地面に倒れて起き上がることのできないルーテの女をアールの男が怒鳴りつけ、脇腹を蹴り上げている。

 こんな光景も日常のなんでもない一コマだ。


テネル「どこもかしこも最近、値上がりしたみたい」


 どうしても5パルスを切る食料品を見つけることができず、私は大通りを探すのを諦め、路地に入って探すことにした。

 薄暗い路地裏はその名の通り、日のもとで大っぴらに売れないような商品や、さまざまな取引、欲望の塊が揃っている。



 カランカランッ



テネル「…?」



 店を探し路地を歩いていると、足元を見ていなかったせいで空き缶を蹴っぽる。

 私の蹴った空き缶がコロコロと転がり、店の中に入って行ってしまった。


テネル「あっ…」


 慌てて目線を上げてその店を眺めると、そこは店とも呼べないようなただのスペースのようだった。

 建物と建物の間に突っ張り棒を張り、これまた薄汚いローブのようなものをカーテンがわりにそこにヒョイっとかけただけの簡易的なものだった。

 地面と布でできた隙間からは、女の痩せ細った白い素足に赤い花が咲き乱れているのが見えていた。

 転がって行った缶を気にしている様子は見られない。

 中に入り、缶をとろうか迷っていると後ろから太った大柄の男がやってきて、躊躇なくそのカーテンを半分ほど開けた。


大きな男「おお、今日も頼むぜ」

???「一回6パルスね…」


 弱々しい女の声がかろうじて私にまで届き、その店がなんの店なのかを即座に理解する。

 すぐにその場を離れればよかったが、私はその場に立ち尽くし、開かれたカーテンから中にいる女が見えた。

 私と同じくらいの歳だろうか…やはりというか、赤いボサついた髪を生やし、痩せこけていた。

 彼女もここで、私と同じ様に生き繋いでいるのだろう。

 彼女の肋骨の浮き出た腹部を見ていると、ふと目が合ってしまう。


テネル「!!?」


 私はすぐさま走り出し、今見た光景をフラッシュバックさせる。



 そんな……嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!



 私は目的の食料の調達も忘れ、路地を通り抜ける風のように走り続けた。




 かつて、憧れに満ちた心と体を持ったものも、絶望の前では等しくそれらを砕くしかない。

 清く神聖に保たれ続けるはずだったものも、汚く醜い穢れを受け入れてしまうのだ。

 全ては生きる、それだけのために。




ー




テネル「っ!!」

屈強な男「うおっ!?なんだ!?」


 私は前をよく見ておらず、男とぶつかってしまった。

 転んだ拍子に、フードが脱げて、燻んだ赤髪が見えてしまう。


屈強な男「あぁ?おいおいルーテじゃねぇか。こんなとこで何してんだ?」


 華奢な私にぶつかられた程度ではびくともしないアールの男は、こちらを振り向き不敵に笑う。


屈強な男「ちょうどいいぜ、今金がなくて困ってたんだ」


 男はしゃがんで私に向かって手を伸ばしてくる。


テネル「っ…いやっ!!」

屈強な男「っせぇ!!」


 男は私の手を容易く振り払い、首元を掴んで無理やり立たせてくる。

 私の足が地面についても、爪先立ちになっても男は腕を上げるのやめない。


テネル「うっ…ぅ…っっ…」


 息ができず苦しくて反射的に首元の男の手を掴み離そうとするが、全く敵わない。

 男は突然、私を壁に叩きつける。


テネル「かはぁっ!!」


 力無く脱力し俯く私を尻目に、男は私の服を胸元までたくしあげる。


屈強な男「ほぉ…これなら問題ねぇ」


 私の腹を確認した男は手を離し、私は地面にへたり込む。

 私を壁に叩きつけた音を聞いたのか、奥から男たちがゾロゾロと出てきた。


アールの男たち「兄貴?なんの騒ぎっすか?」

       「あれ?ルーテの女じゃないっすか」

       「どこで見つけたんで?」

屈強な男「今バッタリ出会ったとこだ。こいつを売りに出しに行くぞ」

アールの男たち「兄貴〜使わなくていいんすか?」

屈強な男「馬鹿野郎、売値が下がる様なことはすんな。いいからとっとと馬車に詰めろ」

アールの男たち「へいへーい」


 私は思う様に力が入らず、男たちに縄で手足を縛られてしまう。

 そのまま馬車の荷台に雑に放り込まれて布で姿を隠し、ガタガタと揺れ始めた。


テネル「…」


 私もついに奴隷の仲間入りか。

 どんな使われ方をしようと最後に苦しんで死ぬことに変わりはない。

 どの道あのままでは飢えで死んでいた。

 同じ尸なら少しは肥えた尸の方が見窄らしくないだろう。

 そんな思考を募らせながら、馬車は荒野を駆けて、遠くに見える大都市を目指すのだった。




ー




 しばらくすると、あたりが騒がしくなってきた。

 おそらくヴァニタスの大都市についたのだろうか。

 馬車が止まり、先ほどの屈強な男が荷台に登り、布をめくって私の髪を掴んで持ち上げる。


テネル「くっ…」


 頭をジクジクと走る痛みに耐えながら、辺りを見ると建物の隙間から大きな城が見えた。

 やはりここは間違いなく、帝国ヴァニタスの中心都市のようだ。

 足の拘束だけ解き、腹の前で結ばれた手首から伸びる縄を引っ張り、私を歩かせる。

 馬車の止まった前は案の定、奴隷市場のようだ。

 店側の人間も手慣れているようで、私の身と金銭は速やかに交換されるのだった。

 手の拘束が解かれたのも束の間、今度は冷たくざらついた金属製の首輪をはめられ、牢屋の中で鉄格子と鎖で繋がれた。


店主「フンッ…」


 あいつらは一体私の身をいくらで売り捌いたのだろうか。

 私の腹を気にして、無意な手出しはしなかったことを考えると、この市場は労働力を買うための奴隷の売り場ではないのだろう。

 精々一万パルスがいいところだ。

 私の買い手は小金持ちの薄汚い男と言ったところか。

 通路を挟んだ向かい側の牢を見遣ると、錯乱しているのか目の焦点が合わずに頭を掻きむしっているもの、ハエが集り、息が弱いもの……既に静かなものまで、多くの奴隷が収容されていた。


「△◎!! ❇︎?%◯! ★$◇ーー!!!!!」


 隣の部屋から言葉にならない叫び声が聞こえてくる。

 金属物が強く叩きつけられる音に呼応するように響き渡るその声に、牢の中にいるもの達も薄れた恐怖を刃物で刺されたように暴れ狂う。

 だんだん弱まっていく叫び声と反比例するように。


テネル「ふっ…」


 己の惨めさ故か、先程の目に焼きついた光景が私の砕けた心に纏わり付く絶望を燻るせいか笑みを浮かべる。

 重たく冷たい首輪についた赤錆を指で労るように撫でながら、シンパシーという言葉に嫌悪するのだった。




ー




???「レジテーレ様、レジテーレ様!」

???「ん?」

???「ん?ではありません!到着いたしましたよ」

???「あぁ、そうか」

???「はぁ…おい、使い達と護衛を外に集めなさい」

???「かしこまりました」


 馬車の中で、一人の騎士の装いをした青髪の女が肘をつき、窓の外に見える城を眺めていた。

 向かい側に座るカラディの執事はため息をつき、主人の素っ気ない返事を聞いて馬車を出る準備をするよう、外にいるメイドに知らせた。


???「…」

???「はぁ…レジテーレ様は何故、奴隷をそこまで嫌っているのですか?」

???「嫌っているわけではない。私には必要がないと、そう思っているだけだ」

???「しかし、今回は陛下からの直々のお達しです。一つでも構いませんから、今日は奴隷を買って頂きますよ」

???「わかっている、うるさいやつめ。さぁ行こう」


 女は傍に置いてある大剣を背中に納め、馬車の開かれた扉を潜る。

 見たことがないほどに美しく綺麗な馬車が止まっているのを、物珍しいと見物人があたりに集まる。

 屈強な護衛の男が腰に刺した剣を見せびらかす様に、不審な行動をとっているものがいないかを腕を組んで睨みをきかせている。


???「ご苦労」

???「おう!団長。やっと出てきたか!」

???「なんだ、辺りが騒がしいな。これが奴隷市場というものか?」

???「団長ぐらい有名な人がいると分かれば、これくらいの人だかりはできるもんさ。さぁ!!邪魔だー!道を開けろ!!」


 護衛の男は声を張り上げ、集まっていた通行人を散らす。

 それを見ていた執事はやれやれと言わんばかりに頭に手を当てた。


???「まったく…あいつは。自分のせいで主人の品性を下げていることを理解していないのか…」

???「ハッハッハ!お前には今更下がるほどの品性が私にあるように見えるのか?クロー」

???「見えないから、日々取り繕うのが大変なのです!陛下の前での所作など、いつも手に汗を握りながら後で見ているのですからね…」

???「ハッ!いつも助かっているぞ」

???「それより、奴隷選びです。レジテーレ様、まずは店選びです。あのデカブツが通路を開けているうちに見てまわりましょう」


 護衛が先に進み、その後を女と執事、メイド達が歩く。

 女がふと立ち止まり、一つの店を目につける。

 店先に置かれた看板をじっと見つめ、その場から動かなくなってしまった。

 不審に思った執事が声をかける。


???「レジテーレ様、どうかなさいましたか?」

???「この店にしよう」

???「…え?」


 執事も女に続いて店の看板を見るが、やはり疑問が隠せない。


???「あ…あのレジテーレ様?本当にこの店でよろしいのですか…?」

???「ん?不満か?クロー」

???「い、いえ!別に…レジテーレ様がよろしいのであれば…」

???「入るぞ」


 女は迷いなくその店へと足を踏み入れ、メイド達と護衛を外に待たせ、執事も後を追った。


???「ほう、ここが奴隷屋というやつか」


 外の慌ただしさと女の見た目から店主が慌てて近づいてくる。


店主「よ、ようこそいらっしゃいました」

???「店主、奴隷を一人買いたいのだが」

店主「えぇ、かしこまりました。うちでは若いものばかりを取り揃えてありますから、きっとお気に召すものがありますよ」

???「どうやって選べばいいのだ?」

店主「そうですねぇ、うちには多くの品がありますから、最上級のものを今こちらに持ってきまs…」

???「実際に見て選びたい」

店主「え?」

???「ダメか?奴隷達の元へ案内してくれればいい」

店主「いえ、そのダメというわけではありませんが…」


 見かねた執事が女に声をかける。


???「レジテーレ様、奴隷の牢などという下劣な場所、我々アールやカラディの立ち入るものではありません。ましてや、あなたのような方は尚更です」

店主「えぇ、売れ残りの汚い品もありますし、あのような場所に行かずとも、私が最上級の品をおm…」

???「諄い」

店主「ヒッ…」


 女が店主を鋭い眼差しで突き刺す様に見下ろし、言葉を遮る。


???「私がそうさせろと言っているのだ」

???「レジテーレ様…」

店主「はっ…はいぃ…こ、こちらへどうぞぉ…」


 店主が弱々と返事をし、店の奥へと案内する。


店主「…こちらが牡の奴隷の牢となっております」

???「…」


 女はその場で立ち止まり、鉄格子の広がる部屋を見渡す。


???「…女は居ないのか?」

店主「えぇ、牝の奴隷も置いてありますが…あの、牡でなくてよろしいのですか…?」

???「構わん、案内してくれ」

店主「?…はい、こちらです」


 一行は廊下を進み、別の牢屋へやってきた。

 店主は疑問と恐れを女に抱きながら、恐る恐るじっと牢を見つめる彼女に案内の声をかける。




ー




店主「…こ、こちらが牝の奴隷の置いてある牢になります…」


 部屋の入り口から、先程の店の男の声が小さく聞こえてきた。

 どうやら一人ではなく、他にも人を連れているようだ。


テネル「客…?」


 こんなにも醜く汚い部屋にまで来て熱心に奴隷を選ぶ客なんて相当なモノ好きだ。

 まともな客のはずがない。

 私は気にも止めず、地面のシミを見つめるでもなく視線の中心に据える。

 

???「お前はここで待っていろ」

???「いえ、私も参ります」


 コツコツ…と品定めをしているのか、ゆっくりと足音がこちらへ近づいてくる。

 コツコツ…コツと足音が最大になったところで突然止まった。

 ボーッとその音を聞いていた私は漸く異変に気づき、少しだけ目線を上げ、鉄格子の外の床を見ると、綺麗で丈夫そうな革のブーツが見えた。

 向かい側の牢を見ている可能性もあったが、やはりと言うか、願いとは裏腹に靴のつま先はこちらを向いていた。

 こんなイロモノに気に入られてしまっては困る。

 私は何も気に留めないふりをした。

 靴底が床をギュギュゥと擦る音を立てて、その音を立てた主が私の牢の前で膝立ちをした。


???「レジテーレ様!この場所は大変不潔です!その様なことはおやめください!!」


 付き添い人だろうか、確かにここの床は大変不潔と言うに相応しい。

 声が籠っているのを聴くに、布か何かで口元を押さえているのだろう、ここは臭いもひどい。

 だがその忠告をこの綺麗な靴の持ち主は聞こうとせず、反応を示そうともしない。

 私は恐ろしいが、こいつがどんな顔をしているのかが気になって仕方がない。

 好奇心とも呼べない何かに勝てない私が目線を上げようが迷っていると、先に声をかけられた。


???「お前、私を見てどう思う?」


 買う前の奴隷と言葉を交わすのも珍しいと言うのに、こいつは私に問いかけてきた。

 何よりその声の主は、女だった。

 私は思いもよらないことの連続に驚き、そいつの顔を見てしまう。

 真っ直ぐとこちらを見つめる目は、切長で女性らしくもありながら、鋭く冷たい金属のようでもあった。

 青色の髪、彼女らの種族では珍しくない褐色の肌、額を覆う様につけられた仮面、傷だらけの屈強な体、肩の上から少しだけ見える大剣。

 特徴的なアールの見た目に、私は記憶の壺をひっくり返されたようにこれまでの光景がフラッシュバックする。

 消し去ろうと努力した、私を苦しめ続けたあの記憶たち。

 憎悪と怒りと恐怖と絶望。

 こいつの顔を見て沸いてきた感情はどれもそんなものばかりだ。

 何も躊躇う必要はない。

 お前を見てどう思うかなんてどうでもいい。

 私はそいつから目を離し、また地面のシミに目線を据えて、放り投げる様に答える。




テネル「死ね」




 私の言葉を聞いて店主と付き添い人が何やら大声で喋っているが、何を言っているのか理解しようともしなかった。

 頭が痛い。

 冷たい鉄に反響してうるさい声が一層頭に響く。

 金属が伝える情報はルーテには敏感に伝わってしまうのだ。

 痛みに耐えるように俯きながら顔を顰めていると、突然頭の上に重みがかかる。

 痛みに耐えながら、その重みの正体を掴もうと顔を挙げると、女が鉄格子の向こう側から私の頭に手を伸ばしていた。

 女は撫でるでもなく、ただポンッと手のひらを私の頭に乗せ、じっとしている。

 それに気づくと周りの音がサーと消え去り、頭痛が和らいで、頭が軽くなる。

 しかしそれは幻だったのか、ハッとするとまだ後ろの男二人はうるさく吠えていた。

 そんな止まらない喧しさを切り開く様に女が言葉を発する。


???「気に入った。店主、この少女を買おう」

店主「へ?」

???「早くしろ。牢から出し、首輪を外せ」

店主「え?あ、あぁ…は、はい!ただいま鍵を!」

???「レジテーレ様なりません!!この様な態度をとる奴隷など!!」

???「ん?お前も見てみろこの少女を。そうすれば私の意図が読めるはずだ」

???「意図…」


 付き添い人の男が嫌々牢に近づき、私の顔を見下ろす。

 私を隅々まで見渡しながら、男は思考に潜る。

 私も釣られる様に男を見る。

 白髪の正装を纏った男、主とは打って変わりカラディのようだ。


???「全くわからない…一体この奴隷にどんな特別な意味が…いやいやレジテーレ様がああおっしゃったんだ。きっと何か深いお考えがあるのでしょう」

???「ん?わからないか?みろ、こんなにもかわいいではないか」

???「………はい?」


 男は真剣な顔から一転、素っ頓狂な声を上げてポカンとする。


???「そんな理由で、お選びになったと…?」

???「?、そうだが?」


 付き添いの男は表情を七色に変化させ、言いたいことをグッと飲み込み、もう何も話そうとはしなかった。

 店主が鍵を持ってきて、牢の扉を開き、私の首輪も解いた。

 久しぶりな自由な感覚に体を伸ばしたいが、これは束の間の休息に過ぎない。

 ここから私はこの女に奴隷として飼われるのだから。


店主「潰しはどういたしますか?」

???「必要ない。支払いは任せたぞ、クロー」

???「はぁ…かしこまりました」


 これから主人となる女に目線だけを向ける。

 先ほどは膝立ちをしていたためよくわからなかったが、背が高い。

 2メートルほどはあるだろう。

 目を向けるだけでは全体を掴むことができず、仕方なく顔を上げて女の顔を見ると、女も目線だけをこちらに向けていた。

 ハッとしてすぐに目を離すと、女が話し始める。


???「お前、名はなんというのだ」

テネル「…」

???「名前ぐらいあるのだろう?」

テネル「…」

???「奴隷の名など気にするものではありません。普段から名を呼ぶこともありませんから。仕える者の名前だけ覚えさせれば問題ありません」


 支払いを負わせた付き添い人が女の言葉を聞いていたのか、主人に指摘をする。


???「…ふむ、そうか」

テネル「…」


 女は納得したのか、それ以上言葉を発さず、店を出ようとする。

 私はそれについていくようにゆらゆらと歩き出す。


???「ん、ご主人様お戻りになった様ですね…あら?」

???「ふあぁあ…どうした?ルーラ」

???「いえ、ご主人様このお店を選ばれたので、てっきり…」

???「ん?この店がどうした?」

???「ギルジャー…あなたは読み書きぐらい身につけるべきですよ…?」

???「フンッ、また始まったぜ」


 この女に仕えるもの達だろうか?

 何やら喋っているが、私の気にするところではない。

 店を出て少し歩き噴水のある広場に着くと、徐に女が立ち止まり、私はぶつかりそうになる。

 私を含めた仕様人たちが首を傾げると、思いもよらない言葉が飛び出る。


???「…決闘だ」

一同「え?」


 この女が頭の中で何を考えているのかちっとも理解できない。

 そもそもあの頭の中身が詰まっているかすら怪しい。

 広場で固まった一行はそれぞれ自分の頭で彼女の言ったことを処理しようとするが、結論に至るものはいない。

 先にギブアップしたのは先ほどの付き添いの男だった。


???「あの…レジテーレ様?決闘だとはどういう…」

???「奴隷の少女よ、そこに立て」

テネル「!」


 こちらを振り返り、顎先で私の立つべき場所を指す。

 なるほど、やっと理解できた。

 私は言われた通り女と向き合う位置へ歩き、結論を出す。

 この女は、私を八つ裂きにして民衆に対する見せ物にしたいのだろう。

 女の思惑通り、広場の人たちがこちらへ注目を向け始めているのを風を通して感じた。

 先ほどの私の返答を聞いて気に入ったと言ったのは、あの言葉をアールに対する反逆心だとでも思ったのだろう。

 どうしようもない現実を変えたいと思うほど、私はもう子供ではない。

 確かにさっきは心に満ちた黒い物を溢したが、それが私の行動や感情を活発的な方向へ変化させることはない。

 所詮私は奴隷、人間ではない。

 民衆の前で自身の力を見せつけられるというのなら、安い買い物だっただろう。

 せめて苦しまずに殺してほしい。

 苦しみはもう十分味わったから。


テネル「…」


 女の向かい側に立ち、彼女の刃を待つ。


???「奴隷の少女よ、私はお前を金で買ったが、お前の自由までも買ったつもりはない」

テネル「…?」

???「お前を私の傍に置くかは、この決闘で決める。故にお前を殺しはしない」

???「団長、何言ってんだ?」

???「あら珍しい、今回ばかりは私もあなたに同意見です」

???「そうだな…お前は私から逃げるだけでいい。それから今より私はこの場を一歩も動かない。私がお前をこの手で捕らえることができたら、私の勝ち。私の言う通りにしてもらおう。お前が私から逃げ切れば、お前の勝ち。そのあとは自由だ」


 突如与えられた身の自由。

 女は決闘に勝ってそれを掴み取れという。

 奴隷として一生拘束されるとばかり思っていた私は、呆気に取られるがこのチャンスを逃したくはないとそう思った。

 この感情はなんだろう。

 昔、確かに持っていた気がするこの思い。

 自分の取り戻したい、守りたいもの…私の欲するものを自分の力で掴み取ろうとするこの感覚は、長らく忘れていた『意志』の存在を浮き彫りにし、何者でもない私を再び形作る材料となった。

 私は久しぶりの感覚に何故だか鼓動を少しだけ早め、緩んでいた体の力を入れ直す。



 やってやろう。



 しかし、その場を一歩も動かずに私を捕まえる?

 言葉が矛盾している気もするが、何か策があるのだろうか。

 考えても仕方がない。

 今は私の意志に従って、自由を掴み取る、それだけを考えよう。

 目つきの変わった私を見て、女は口角を上げこちらを煽るように見下ろす。


???「クロー、仕切りは任せたぞ」

???「そうくると思っていましたよ…おい、民衆を広場の壁際まで遠ざけなさい」


 メイドたちと一際大きい男が声をあげ、民衆に壁際へ寄るよう諭す。

 一瞬にして広場は私と女のリングへと変わった。

 付き添いの男が決闘を仕切るように声をあげた。


???「これより、決闘を執り行う。ではまず、双方の意志を問う。汝らは己の意志によって今この場に立っているか?」


 男が問うと女は静かに頷いた。

 私も女に続き、男に頷きを返し、意志を表明する。


???「よろしい。それでは名乗りを上げたまえ」

テネル「名乗り…?」


 私の疑問に答えが返ってくることはなく、その代わりに女の姿勢が正され、騎士の敬礼のポーズのようなものをとって私の目線を引き付ける。


レジテーレ「我の名はレジテーレ・フラギリス。帝国ヴァニタス国政統括組織「パルス」の十二賢者の一人にして、帝国国防軍「ティモール」を統帥するアール騎士団団長。「滅邪の騎士」の名の元、民に集う暗影はこの私が全て斬り従えると誓おう」


 一頻り名乗りをあげた女は私の方に目配せして、早くしろと諭してくる。

 こんな茶番に付き合いたくはないが、名乗らなければ始まらないのなら仕方がない。


テネル「…テネル」

レジテーレ「フッ…いい名だ」


 女はニカっと笑い私に笑顔を振り撒いてくる。

 あんなにも恐ろしく鋭い眼差しをする女が、あんなにも大きな体と大きな大剣を備えた女が、この上なく優しい笑顔で、この上なく柔らかい声で私の方を見る。

 こんな、こんなにも…


???「初め!!」

テネル「!?」


 私があの女に気を取られている間にどうやら決闘の火蓋が切られたらしい。

 しかし、女はあの場から一歩も動けない。

 私はすぐさま女と反対方向へ全力で走り出す。

 これで自由だ。

 自由なのか?

 私の元の生活は自由と言えたのだろうか。

 そんな思考が私の足を一瞬、錆が走ったようにぎこちなくさせる。


レジテーレ「名前も知れたし、満足満足」


〈レジテーレは背中の大剣を抜くと同時に虚空に振り下ろし、黒い空間の歪みのようなものを作り出す〉


 みるみるうちに歪みは辺りの空気の流れを掌握し、吸収していく。

 噴水の水までもが、渦を作って吸い込まれてゆく。


テネル「!!!」


 女と反対方向に走っていた私に突然突風が吹く。

 足取りを重くさせる風に全身で争うが、その強さに押し戻される。

 なんとか踏ん張っていたが、足が地面から離れ、体幹の支えがなくなり、宙に浮いて吸い込まれてしまう。

 風を切る音以外に何も聞こえず、目も開くことができない。

 しかし突然風が止み、あたりが静寂に包まれる。

 恐る恐る目を開けると同時に、頭にポンッと何かが置かれる感覚が届いた。




レジテーレ「捕まえた」




民衆「うお〜〜〜!!!」

  「すげぇぇぇ!!!」

  「あれが国防軍を従える団長の力か」

  「キャーーー♡♡」

  「さすがレジテーレ様だわ♡」

???「勝負あり!勝者、レジテーレ・フラギリス」

テネル「…っ」


 悔しい、普通なら悔しがって当然だ。

 己の取り戻したいものを手に入れることができなかったのだから。

 だが、私の体に渦巻く悔しさはそれらからくるものではない。

 自分の取り戻したかったものがどれほど醜く汚いちっぽけなもののかをこの場に立ち、この女に気付かされたから悔しいのだ。

 長らく忘れていた私としての自由な在り方。

 自由とはこれまでの私の姿を指すものではないと、ようやく気づいた。

 このまま一生気付かずに死ねれば良かったのに。

 クソ……なんなんだ…この気持ちは…。


レジテーレ「…」


 辺りに木霊する歓声を受け流しながら、女は私の頭の上に置かれた手をスリスリと動かし、頭を撫で始めた。

 私は女の手を払いのけ、やるせない気持ちを少しでも表明する。


レジテーレ「では、屋敷に行こう」




ー




???「レジテーレ様!なぜその奴隷を同じ馬車の、しかも隣の席に乗せたりするのですか!はしたない!!」


 私たちは女の屋敷に向かうため馬車に揺られていたのだが…


レジテーレ「やかましいやつめ…私がそうすると言ったらお前はそれに従えば良いのだ」

???「奴隷と馴れ馴れしくするなど、品性のかけらもありません!!陛下にこんな姿を見られでもしたら…」

テネル「うるさい」

???「なっ!?」

レジテーレ「そうだそうだもっと言ってやれ」


 女は足を組み、腕を背もたれに放って私の肩の後ろを通す。


???「はぁ…どうしてこんなことに。奴隷の分際で…」

レジテーレ「奴隷ではない、テネルだ」


 女はドヤ顔を向け、大人に屁理屈を並べる子供のように振る舞う。


???「まさかとは思いますが、先ほどの決闘、その奴隷の名を聞くために行ったのではありませんよね?」

レジテーレ「さぁてね。一般民衆に私の力を思い知らせる機会にもなっただろう?」

???「「にも」ってやはりそっちが主目的ではないでしょう!」

レジテーレ「ハッハッハ」


 女は高々に笑いをあげる。

 真に笑いが込み上げたのか、誤魔化すためかはわからないが。


レジテーレ「さて、テネルよ。今日から私がお前の主人だ。呼び方は…」

???「レジテーレ様と呼ぶようn…」

テネル「レジー」

???「なっ!!己先ほどから無礼な!!」

レジテーレ「ダッハハハ!!そうかレジーか!グフッ随分可愛らしい響きになったなぁ。いいだろう、それでかまわん」


 私はこの女に媚を売ることはない。

 この女もどうせ私を労働力として扱う事しかしないはずだ。


レジテーレ「お前の名も教えてやったらどうだ。この先関わることもあるだろうしな」


 そう言われた男は渋々その提案を受け入れ、姿勢を正して気丈に振る舞う。


クロー「私はクロー・パラミルド。レジテーレ様の執事を務めている。気安く呼ぶでないぞ、奴隷が」

テネル「クロ」

クロー「ク・ロ・ー!!それに様を付けろこの戯けが!!」

テネル「はいはいクロ様」

レジテーレ「テネルはこいつの扱い方を学ぶのが早いな」

クロー「己覚えていろ…この奴隷が」


 話が弾んでいる内に馬車が止まり、どうやらレジーの屋敷に着いたらしい。

 馬車から降りて先を見ると、それは大きい屋敷と庭が広がっていた。

 私がそれらに目を取られていると、レジーが諭すようにいくぞと歩き出す。

 クロはさっきの一連の出来事を根に持っているのか私をゴミのように見下ろすなり、ふんっと歩いていく。

 私のこの屋敷での生活が、始まろうとしていた。




へそというのは体幹の回旋運動の際、男女で違った動きをします。

男性のいわゆる縦長の骨盤と関節の可動域、そしてそれを補う内・外腹斜筋の筋力によってへそは回旋運動に従った位置変動、つまり腹部に従って横向きに動きます。

腹直筋の発達による部分も大きいと考えますが。

しかし女性においては前述の要素を対象的に置き、へそは前面を位置したまま捩れる様に動きます。

このねじれが重要で、体幹運動の躍動性を強めてくれているんですね。

前にもお話ししましたが、へそというのは視点になりますから、それらの与える影響は実に大きいと言えます。

つまり女性のおへそはステキという事ですね。

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