第11話「鉄屑の風車②」
ビューーキュルキュルキュル…
窓枠にある見えない弦を弾くように風が音を立て、窓際に置いてある歪な形の錆びついた風車が、不快な音を私の耳元まで運んでくる。
テネル「んぅ〜…」
眠たい目を擦って布団を捲り起き上がる。
軽く伸びをしてから窓に近づき、風車の羽を留め具で固定する。
毎日早朝におじさんが溶鉱炉に火を入れるため、気流で私の目覚ましが反応する仕掛けだ。
我ながら名案だが、この不快な音はなんとかしたい…
燻んだ赤色の髪をポリポリと掻きながら、家の扉を開けて外の新鮮な空気を肺いっぱいに取り込む。
テネル「?、今日はいつもより気流が乱れてるな」
私たちルーテ族は風の流れを敏感によめる。
おばばが言うには、お前は少しとくべつ?らしい。
やっぱり私って違いが分かるステキな女の子なのかも(ドヤァ)
そのため、私たちの種族は昔から風を自由に操り、火を起こして金属の加工をしてきた。
今では私たちの村も小さいながら大いに賑わってきている……とおばさんが言ってた。
昔のことなんて知らない…私まだ子供だし。
とまぁ、そんなこんなで何気ない日々を送っている。
でも、今日はなんだが村も風も忙しない。
何かあったのかな?
私は家のすぐ隣にある、おじさんの溶鉱炉に向かった。
テネル「おじさ〜ん、おはよ〜」
ヤーマ「おぉやっと起きたか!おはよう!テネル」
テネル「なんだか今日はみんな忙しそうだけど、何かあったの?」
ヤーマ「ん?何って、お前忘れたのか?明日は長の『風満の宴』の日だぞ?」
テネル「え…?そっか…もうそんな日なんだね」
私は少ししゅんとして黙ってしまう。
でも、おじさんは何事もなかったかのように、また声を張り上げた。
ヤーマ「………。さぁ!今日は忙しい。テネル、早くアラの手伝いに行ってくれ」
テネル「はーい……」
ヤーマ「おいテネル、まず先に顔洗ってこい。お前昨日の晩食ったウィンの実のジャムが耳の裏についてんぞ?」
テネル「え!?嘘!?」
ヤーマ「嘘だ……デヤァハハハハハ!!!」
テネル「むぅ…」
私はおじさんが私を馬鹿にするように笑い飛ばすのを頬を膨らませながら睨み、その場を後にする。
私の家と溶鉱炉のある小路から少し大きな通りに出て、共同水道へ行き、顔を洗うことにした。
ハルラ「おはよ〜テネル」
テネル「あっおはよ〜ハルラ」
同い年で友達のハルラは私の横に立ち、一緒に顔を洗い始める。
朝の水は少し冷たくて、目をぎゅっと瞑ってないと耐えられないくらい。
ぷはぁっと同時に私たちは顔を洗い終えた。
ハルラ「ねぇねぇテネル、今日はあんたのとこも忙しいんじゃない?」
テネル「ん?うん。そうだね」
私のそっけない返事に、ハルラは少し疑問符を浮かべるが、話を続ける。
ハルラ「ヤーマさんとアラさんの作る装飾品は綺麗で有名だもんね〜」
テネル「そういうハルラだって、教会の聖女は大忙しでしょ?」
ハルラ「うん!お姉様達みんなバタバタしてた。いいなぁ〜私も早く聖衣を着てあんな風にお祈りを捧げてみたいな〜」
テネル「また始まった、聖女見習いさんの憧れ話(笑)」
ハルラ「いいでしょ!今は聖女見習いだけど、いつかは立派な聖女になって…テネルの作った装飾品を着けるの。ね?ステキだと思わない?」
テネル「!、そうだね。うん、私もとびきり綺麗な装飾を作れるようになるよ」
ハルラ「へへ…」
なんだか朝から照れくさい話をしてしまい、二人の顔がふやけてしまいそうになる。
でも忘れちゃだめ。
今日はとびっきり忙しい日になるんだから。
聖女「ハルラー!いつまで顔洗ってるの!早く戻って手伝って!!」
ハルラ「は、はーい!お姉様!!じゃあ、またね」
テネル「うん、またねハルラ」
ハルラは急いでその場を離れ、聖女達の元へと駆け寄り、教会へ戻っていく。
…彼女はすごい。
5歳にして父母の元を離れ、教会に入り聖女になるための勉強をしている。
一度、彼女に聞いたことがある、寂しくないかと。
でも彼女は「ああ見えてお姉様達、優しいんだよ?」と笑って言った。
答えになっていない気もするけど、寂しくないわけない。
多分私を心配させないために、そう言ったんだと思う。
私には…親はいないけど、おじさんおばさんが家族のように接してくれるおかげで、寂しくはない。
テネル「私も早く行かなきゃ」
私は足早に大通りから小路に入り、おじさんとおばさんの家へ向かう。
ー
おじさんおばさんの家は通り側はお店で、裏側は普通のお家になっている。
私はお店側の扉を開け、シャラランという心地いい金属装飾の来店を知らせる音を聞きながら、奥に居るであろうおばさんに会いにいく。
テネル「おばさん、おはよ〜」
アラ「あっ、おはようテネル。ちょうどいいところに来てくれたね、ちょっと風筆を手伝ってくれる?」
テネル「うん、任せて」
椅子に座り机に向かっているおばさんは私の方をチラッとみて笑顔を溢し、作業の手伝いをお願いする。
いつもなら、朝のぎゅ〜とやらをしてから作業に入るけど、さすがのおばさんも今日はその余裕がないみたい。
…別に寂しいなんて思ってないよ?いつもいつも力が強くてちょっと苦しいし…
いつものように私はおばさんの隣にある、机の高さに合わせた私用の少し高めの椅子に座り、おばさんの手元を見る。
見たところおじさんが作った聖杯に筆を入れるところみたい。
私はおばさんの筆を邪魔しないように手を翳し、力を込めると、静かな風が聖杯に向けて吹く。
私たちルーテ族に伝わる、風の導き。
力を込めると風が起き、起こした本人の求める方へ吹いていくらしい。
おばさんは集中して聖杯に当たる風をじっと見つめ、筆を動かし始める。
筆の先には何もついていないのに、聖杯に綺麗な薄緑色の模様が浮かび始める。
少しでも導きから逸れた筆の動かし方をすると、模様が解けて消えてしまうらしい。
私から見れば、手から出てるのはただの風で、導きなんて見えやしない。
なのにおばさんは迷わず筆を進めていくから本当にすごい。
アラ「よし、ありがとう。後はいいから、いつも通り削りと磨きを頼むよ」
テネル「え?あ、うん」
おばさんの筆捌きに見惚れていると、私に声をかけて、完成を告げる。
出来上がった聖杯には、言葉にできないほど神秘的で美しい模様が浮かび上がり、目が吸い込まれてしまいそう。
…それよりも、いつもなら一つの作業が終わるたびに定期的に私の頭を撫でてきていたおばさんが今日はなんだが、マジメ?な感じ…
いつもいつもそうするから、今日はなんだが呆気に取られて、横に置いてあるツルツルのまだ何も模様のついていない食器をとり、自分の頭をポリポリ掻く。
今の私の仕事は、おじさんがある程度形作った食器なんかについてる、小さな出っ張りやザラザラを磨いて、複雑なものはおばさんに任せるが、簡単な装飾を彫るくらいならしている。
その後も、おばさんに筆の手伝いを頼まれては、そちらを手伝い、また自分の作業に戻るのを繰り返した。
しばらくすると、おばさんが椅子から立ち上がり、ふぅ〜と息を吐いて伸びをする。
時計を見ると、もう針は12時を指していた。
アラ「よーし、テネル。休憩にしよう」
テネル「うん、疲れたぁ…」
アラ「ふふ…今日は村のみんなが忙しいからね、頑張らなくちゃ。でも、確かに疲れたわねぇ〜………」
テネル「?」
なんだかおばさんの声色が変わった気がして、首を傾げる。
おばさんを見ると、ニマニマとした笑顔で私を手招きしている。
私はそれに従って椅子から降り、おばさんに近づく。
アラ「えいっ!」
テネル「!?」
次の瞬間私の視界は闇に呑まれた。
少し息苦しいこの空間から逃げようと、後退りしようとするが何かに押さえつけられる。
空気を求めて顔を上げると、おばさんが優しい笑みで私の頭を撫でていた。
私はおばさんに抱きしめられていた。
アラ「ふふふ、今日は朝の頑張ろうのぎゅ〜もできなかったし、お昼のお疲れのぎゅ〜にしちゃおう!」
テネル「んん〜…何それ!」
私は子供扱いに少し照れ臭くなり、おばさんの手を拒む。
それでもおばさんは私の気持ちなんてお構いなく、頭を撫でてくる。
少しして、お店の扉が開く音がし、作業部屋におじさんが入ってきた。
ヤーマ「おーお疲れさん、今日の昼飯は…って何してんだ?」
私はおばさんの頬に手を伸ばし、突き放そうとするがおばさんはそれに抗って何故か近づいてこようとする。
アラ「あぁ、あなた、お疲れ様〜。何って今日は朝の熱い抱擁が忙しくてできなかったから、今やってるのよ!」
テネル「やらなくていーい!!」
ヤーマ「やれやれ…相変わらずだな…お前たち!!」
アラ・テネル「!?」
呆れた表情を浮かべていたはずのおじさんは、急に私たちに飛びかかり、私を抱きしめるおばさんをさらに外から抱きしめる。
ヤーマ「はは〜!俺も混ぜてくれよ〜…。ん?どうした?」
アラ・テネル「汗臭い!!」
ヤーマ「ダハハハ!!これが仕事の匂いだ〜!!」
おじさんが笑いながら私たちを抱きしめる力を強める。
少し苦しいけど、なんだかおかしくなってきて、自然に私とおばさんからも笑い声が漏れてきた。
相変わらずの日常だけど、なんだかとってもあったかい。
ー
ヤーマ・アラ・テネル「ごちそうさまでした」
私たちは昼食を食べ終え、午後の仕事について話し合う。
ヤーマ「さて、今日の午後は前も話したように、作業はやめて街に商品を売りに行こう」
アラ「でもあなた、教会に頼まれた品を卸に行かないとよ?」
ヤーマ「今日の教会は人の出入りが激しい。人が少なくなった夕方頃に向かうのがいいだろう。だから先に、昼間の人が多いうちに隣街に品を売りに行ったほうがいいさ」
アラ「そうね…でもあなた、大丈夫?」
ヤーマ「ん?…あぁ、抗議運動はヴァニタスで起こってる。アールの街ブルセなら、暴動には巻き込まれないさ」
アラ「…」
おばさんは私の方を見て不安そうにおじさんの方を向き直す。
アラ「この子もいるのよ?置いて行くわけには行かないし、今日は誰にも預けられそうにないわ」
ヤーマ「大丈夫。俺が目を光らせておくから、少しでも危険な状況になったらその場を離れよう」
テネル「…」
アラ「…そうね」
この大陸には白髪の『光の使者カラディ』、青髪の『在るべき形の継承者アール』、そして私たち赤髪の『風と赤鉄の詠唱者ルーテ』の3種族がいる。
一番栄えているのが中央大都市、帝国ヴァニタス。
圧倒的な技術力、軍事力を持って成り立つ巨大な国。
そこは、国民の全てをカラディ民族が占め、繁栄を極めた。
約百年前、皇帝であるハーレイはさらなる国土の拡大のため、国の周辺に散在したアールの一族の街をそのまま強引に自国に取り込んだ。
発展し制度の確立された国ではあったが、カラディ民族はアール民族を快く受け入れようとはしなかった。
アールにはカラディの国民以上の重課税やそれまであった産業の統合・経営権の剥奪、職業選択や教育の自由を奪い続けた。
自分たちの文化、暮らし、幸せを無理やり捻じ曲げられたアールは武器をとり、戦う道を選んだ。
戦争は多大な犠牲を払ったが、帝国ヴァニタスはアール民族の権利の主張を認める形となった。
今では、帝国ヴァニタスはアール民族を受け入れ、カラディ民族と同等の権利を持っている者が多い。
しかし、民族間による人種的差別が消えようと、重課税の影響による貧困、教育の不十分による職業選択の間接的不自由など、時間が経とうとまだまだ社会的差別の痕は消えようとしない。
最近では、アール民族は豊かな生活水準を求め、国に抗議を行っている。
アールの街、ブルセは私たちの村の隣にある小さめな街だ。
たまにおじさんとおばさんと一緒に商品を売りに行く。
ブルセの人たちは比較的私たちルーテとも交流があって、商品を買ってくれる。
アラ「安全に商売できるのはブルセくらいなものね〜」
ヤーマ「ああ、あそこの街長は俺たちとも友好的に接してくれるからな。最近じゃあ、俺ら以外のルーテの一族もはるばる遠くから来て商売をしているらしい」
アラ「そうなの〜、テネル、疲れてない?」
テネル「うん、大丈夫だよ」
私たちは商品を荷車に乗せ、隣街までの道を歩んでいた。
私は荷台に乗って商品が傷まないように見張る役…という名の荷車のお客さん。
ヤーマ「にしてもテネルもおっきくなったなぁ。荷車の重みが増してきたぜ、ハハッ!」
テネル「おじさんの力が鈍ってきたんじゃないの?ふふ」
ヤーマ「ん、なにを〜!そりゃ!!」
テネル「きゃっ!」
私は荷台から顔をひょこっと出し、おじさんをおちょくるように言った。
おじさんもそれに乗ってきて、荷車を勢いよく引っ張り出す。
ヤーマ「おりゃおりゃおりゃ〜!!」
テネル「キャハハッおじさんごめん!許してってばぁ!!ハハッ」
おじさんはゼーゼー言いながら、どんなもんだいとこちらに顔を向けるが、顔から汗が止まっていない。
やっぱりそれがおかしくて私はまた、笑ってしまう。
おばさんも少し先で止まった荷車を追いかけるようにゆっくり歩きながら、笑みを溢す。
何にもないただの村と街をつなぐ道も、3人なら退屈しない。
ー
私たちはブルセにつき、商店街の一角で荷を解き、美しく磨かれた装飾の細かい食器などを並べる。
私たちの商品が時折、日差しをキラッキラッと反射して、それに惹きつけられた人たちが私たちの品物に目をつけてくれた。
???「おぉ、これは実に素晴らしい」
一人の髭を生やしたアールの老人が私たちの簡易的な店に近づいてきた。
ヤーマ「おぉ!これは街長殿。いつも大変お世話になっております」
街長「うむ。テネル、元気にしてたかい?」
テネル「うん!街長は?」
アラ「こら!」
街長「ははは、構いませんよ。そうだね〜私も元気にしているよ。せっかくだ、その食器をいくつか貰いましょう」
アラ「ありがとうございます。今お包みしますね。ほらテネル、手伝って」
テネル「はーい」
私とおばさんが食器を布で包んでいる間、おじさんと街長の会話が聞こえてきた。
ヤーマ「そうですか…そんなことが」
街長「気をつけたほうがいい、どうやら帝国では密かに軍の編成が行われているようだ」
ヤーマ「まさか、またアールとの戦争ですか?」
街長「…いや、軍部の上層にはアールも多数在籍している。そのようなことは起こらないはずだ。しかし、帝国側のアールの民もここ百年ですっかり変わってしまった。商売に行ったルーテの民も、我々ブルセのアールでさえ、彼らは交流を断ち始めた」
ヤーマ「時代というものは恐ろしい」
街長「全くだ。明日は長の宴の日だったね」
ヤーマ「はい」
街長「大変申し訳ないが、私は明日ヴァニタスへ行き、皇帝の新たなお告げを聞きに行かなければならない。昨日そちらへ伺い、長とはしっかりと話をしておいた。彼女とは長い付き合いだが、こうしてこの日が近づくと昔の記憶が鮮明に蘇ってくるよ」
ヤーマ「長もあなた方アールの民のさらなる繁栄を願っておられました」
街長「うむ。ありがたいお言葉だ」
私とおばさんは商品を全て布で包み、街長の付き添い人に手渡し、代金を頂いた。
それを見た街長はおじさんとの話を切り上げ、私たちに一礼して去っていった。
ヤーマ「よし、そろそろ村に戻ろう。教会にもよらなくちゃいけないしな」
テネル「はーい」
アラ「ええ」
ー
私たちは村へ戻り、教会に来ていた。
ハルラ「おーい、テネルー」
テネル「あっ、ハルラ」
おじさんおばさんは教会の奥の部屋で聖女達と話している
大聖堂の椅子に座って、少し暇だった私に、ハルラが声をかけてくれた。
ハルラ「今日は本当に忙しかったなぁ〜」
テネル「未来の聖女様がこんなんでへばってていいの?」
ハルラ「へ、へばってなんかないよ!お姉様達はこれから一晩中お祈りをするんだし…これくらい、楽勝よ!」
テネル「へへ、頑張り屋さんだね」
ハルラ「も〜!!頑張ってない!これくらい楽勝だってば!!」
ハルラと他愛もない会話をしていると聖女達と二人が奥からやってきて、私に声をかける。
聖女「テネル、奥の部屋に長がお見えになっているわ、あなたに話があるそうよ」
テネル「おばばが、私に?」
聖女「ええ、最後に話がしたい。と」
テネル「…」
ルーテ、アール、カラディの3民族にはそれぞれ共通でありながら、それぞれ違った特徴がある。
それは『寿命』だ。
3つの種族はそれぞれ決まった寿命がある。
ルーテは100年、アールは250年、カラディは300年。
例えどれほど健康であっても寿命を超えた年数を生きることはできない。
村の長であるおばばは、明日の12時に100歳になる。
『風満の宴』は寿命で亡くなる人を盛大に送る宴のこと。
今回は村の長ということもあってこれまでにない賑やかさを作っている。
テネル「…うん」
聖女「案内するわね」
亡くなる人に会えなくなるのは寂しい。
特におばばは、拾われたばかりの小さい頃から私の面倒を見てくれた。
本当に私のおばあちゃんみたいな存在。
でも、それ以上に村のみんなは嬉しさと感謝で胸がいっぱいになっている、もちろん私も。
病気も怪我もせず、寿命まで生きる人はそう多くはない。
だから明日は、みんなおばばにたくさんのありがとうを伝える。
健康でいてくれてよかった。
ずっと一緒にいてくれてありがとう。
抗うことのできない寿命、予め決められた理の結果を本能的に理解する彼らに満ちる感情が、喜びと感謝であることは実に自然なことだ。
テネル「おばば…?」
私は教会の奥にある応接間の扉を少し開け、恐る恐る顔をのぞかせる。
机に向かうように並べられたソファーの片側におばばが深く座っていた。
おばば「テネル、ノックはどうしたんだい」
テネル「あっ、ごめん…」
いつもとは違い、少しおっかないおばばの声に私は縮んでしまう。
おばば「ケッケッケ、誰に似たのか礼儀知らずな子に育ったねぇ、いいことだ」
テネル「いいことなの?」
おばば「ん?もちろんさ。さぁ、こっちにおいで」
どうやらおばばはおっかない声を出して私を脅かそうとしただけらしい。
私はふぅと緊張を解き、おばばに言われた通りに向かいの椅子に座った。
おばばはいつもの古ぼけた服ではなく、装飾のついた綺麗な正装を身に纏い、その上からいつものローブを羽織っていた。
なんだか綺麗な白い服と茶色いほつれたローブが喧嘩するように似合っていない。
おばば「今日は忙しかっただろう。ちゃんとサボらずに働いてたかい?」
テネル「宴の準備なのにサボったりしないよ。おばばだって毎日しっかり真面目に働いてたんだから、私も見習ってるの」
おばば「真面目?…アタシはね、アンタぐらいの頃はそれはもうイタズラ好きの村一番の悪ガキだったさ」
テネル「そうなの!?」
おばば「ああそうさ!ヤーマの祖父のケツに火を放った極悪少女とはアタシのことさ!」
テネル「ふふふ、あはははっ」
おばば「だが、村の長となってそうは行かなくなった。仕事は尽きないし、休む暇なんてちっともなかった」
テネル「大変だったんだね…」
おばば「あぁ、だがなテネル。アタシは一度も村の元気な少女をやめたことはなかった」
テネル「どういう意味?」
おばば「人に歩み寄るという意味さ。子供の頃のように近所のおじさんに挨拶をして、子供達と遊び、困っているおばあちゃんを助けた。ヤーマの祖父の火傷した尻に薬を塗ってやるのも忘れなかったぞ?」
テネル「プフッ」
おばば「今の村の者どもに言わせれば、そんなこと村の長がやるべきことではないと言うかもしれないが。私は村の一人の少女でいる事を捨てたくはなかった。人が人である限り、他人との関係は付きまとう。人に歩み寄ることで、人は人以上の力を生み出せる。おっとこれは表向きの話だがね」
テネル「裏があるの?」
おばば「みんなが元気にいてくれるためさ。私が変わらないままでいたから、村のみんなも変わらず元気でいてくれた。村の長としてこれ以上に嬉しいことはなかった。だが、歳をとって村のみんなに歩み寄ることが難しくなった。それにアタシの小さい頃を知る人はもうこの村にはいなくなってしまったしな」
テネル「寂しい?」
おばば「いいや?ちっとも。アタシの話を聞きにきて笑ってくれる子供がここにいるからね。いいかいテネル、これはアンタにする最後の話だ」
テネル「…うん」
おばば「どんな時も人に歩み寄ることを忘れちゃいけないよ。人は知らないものを恐れ、自然と自分から遠ざけようとする。例えそれが自分と同じ人であってもだ。だがどうか恐れないでおくれ、こうして握った手は大きさも力も確かに違うが、その温もりはみんな一緒だ」
テネル「っ…うっ…うんっ…」
おばばのしわくちゃの手で私の手が包まれた。
ゴツゴツした苦労…積み重ねを感じる手、指先は冷たいが掌は私と同じ、温かい。
なぜか溢れてくる涙を隠して拭いたくなるけど、おばばから手を離したくない。
おばば「おやおやどうした?いつものように私のローブの中で泣くかい?」
テネル「…ぅん」
私はすくっと立ち上がり、おばばのローブの中に潜り込む。
今よりももっと小さい頃、よくこうして泣きたいことがあると、おばばは自然とローブの中に潜らせてくれた。
懐かしい埃の匂いに包まれて私は声を上げて泣いた。
きっとおばばは私が泣いてしまうのを知っていて、ローブを着ていてくれたのかもしれない。
それに気づいた途端、さっきよりも溢れる涙に熱がこもった気がした。
おばば「今生の別れを惜しむことなかれ、我の熱は風となりいつまでも其方を満たし続けるだろう」
私は泣き止み、ローブの中で静かに呼吸を整えていた。
テネル「おばば、死ぬのは怖くない?」
ローブの中からする小さな質問におばばはしわしわの顔をニヤリと上げる。
おばば「さぁね、死んでみなくちゃわからないさ。あの世でヤーマの祖父の薬塗りを続けないといけないとも限らないからねぇ?ダハハハハッ!!」
私はローブをかき分けて顔を出し、おばばのにこやかな笑顔を目にしっかりと焼き付けるのだった。
私は涙を拭い、おばばとの最後の挨拶を交わして部屋を後にする。
アラ「長とちゃんとお話はできた?」
テネル「うん、ちゃんとできたよ」
アラ「そう、それは良かった」
おばさんは自然に私の頭を撫でて、拭いきれていない涙を親指で払ってくれた。
ヤーマ「そろそろ帰るぞ〜」
教会の入り口で聖女と話しているおじさんが、話に区切りがついたのか私たちに声をかける。
ハルラ「あっテネル!もう帰っちゃうの?」
テネル「何?寂しいの?ハルラ」
ハルラ「ふ〜んだ、聖女になる女の人はみーんな気高いせいしん?…を持ってるんだから!これくらいで寂しくなったりしないよーだ。それに明日も明後日もいつでもテネルの顔は見れるんだし」
テネル「ふふ、聖女見習いさんは強いんだね」
ハルラ「うぐ…もうすぐ!もうすぐよ!本当の聖女になるのは時間の問題なんだから!」
テネル「うん!私もハルラの聖服のとびきり綺麗な装飾を作れる職人になるから、それまでには聖女になっててね」
ハルラ「!、もちろん!」
ハルラは私に抱きついてぴょんぴょん跳ねる。
未来の聖女がこんなにも落ち着きがなくていいのかな?と思いながら私は彼女との笑い声を大聖堂へ木霊させるのだった。
私もそろそろ進むべきなのかも。
教会の外、温かい夕陽に向かって私たちは歩き始めようとしていた。
アラ「さぁ〜帰って夕飯にしましょ!明日は一日豪華な料理が出るし、あんまりしっかりしたものじゃなくてもいいわよね〜」
ヤーマ「そうだな、軽めに済ませても…ん?どうしたテネル」
二人が並んで歩き出しても私は一歩を踏み出せずにいた。
その場で立ち止まり、俯いている私に気づいた二人が顔を見合わせて、おばさんが私の元へと近寄る。
アラ「どうしたの、テネル。さ、帰りましょ」
おばさんは少し屈んで私に手を差し出す。
人に歩み寄ることを忘れてはいけない。
おばばに言われたその言葉を胸に、私は一歩を踏み出した。
テネル「うん…お……おかあさん」
アラ「!!!」
おばさんは驚いて目を見開き、固まってしまった。
でも少しずつ手は震え出し、開かれた瞳から大粒の涙が伝っていくのが見えた。
おばさんはその場に膝をつき、私を強く抱きしめる。
私の目線の先にはおじさんがいて、彼にも一歩を踏み出す。
テネル「ほら、おとうさんも」
ヤーマ「…っ、…あぁ…っ」
私たちは道の真ん中で抱きしめ合い、お互いの温もりと幸せを分かち合った。
さっきまで引っ込んでいた私の涙もまた溢れてきちゃったりしたけど、この涙も家族で分かち合いたい。
しばらくして、落ち着いた私たちは立ち上がり、夕陽に雫がキラキラと光るのを名残惜しそうに拭った。
アラ「さぁ、帰りましょうテネル」
テネル「うん!」
差し出されたおかあさんとおとうさんの手を両方の手で握り返す。
本当の家族じゃない。
でも、その手に宿る温もりは私と一緒だった。
それだけで、十分。
翌日の風満の宴は盛大に執り行われ、村のみんなは風となって旅立っていった村の長に最大限の感謝と祝福を捧げた。
おとうさんおかあさんもその日は仕事を休み、私と一緒にいてくれた。
ハルラも立派に聖女見習いのお仕事をして、その後一緒にたくさん遊んだ。
幸せな時間は短く、その日の賑やかさが嘘のようにみんな夜になると静かに心地よい眠りに落ちるのだった。
……全て…全てはその日の、風のない静かな夜に訪れた。
ー
私は両親と3人で家に向かう夜道を歩いていた。
すると、村の外れにある道の真ん中に村の大人たち数人が集まっているのが見えた。
ヤーマ「何かあったのか?」
アラ「さぁ…何かしら」
私たちはその集まりに近づき、話を聞いてみる。
ヤーマ「おい、一体何が…」
???「おーーーい!!!急げ!!!逃げろ!!!!!」
お父さんが周りの人に声をかけるまでもなく、村の外の遠くから馬に乗り、こちらへ大声をかけるものがいた。
暗闇の中でその存在がよく掴めない村の人は少し警戒しながらも、その者の到着を待つ。
思っていたよりもすぐに、人影はこちらへ辿り着き、まだ止まり切っていない馬から飛び降りる。
私たちの元へ駆け寄ってきたのは、昨日ブルセの街長の隣にいた付き添い人だった。
アールの民「はぁはぁはぁ…っはぁ」
村の人たち「おいおい大丈夫か?どうしたんだ、一体何があった?」
アールの男は息を整え、簡潔に言葉を連ねた。
アールの民「先程、帝国ヴァニタスにて皇帝から新たな法が布告された。」
村の人たち「一体どんな内容の?」
アールの民「大陸に広がる土地全てを帝国ヴァニタスの領土とし、周辺民族は速やかに我々の指示に則り、行動しなければならない」
ヤーマ「なん…だと」
アールの民「それだけじゃない。周辺民族であるルーテは国民としてではなく、労働力、又は労働力を生産する者として国に従事しなければならない。と…」
村の人たち「…それではまるで奴隷ではないか!!」
ヤーマ「街長はどうした…?」
アールの民「街長は最後まであなた方の権利を主張し続けたが、法に背く行動を取ったとして、皇帝の命令により…処刑された。私は街長にルーテたちにこのことを急いで伝えろと言われ、ここにきた。だが、帝国軍の行動は早く、ルーテを捕縛しようともうすぐそこまで迫っている。だから早く逃げるのだ!!」
ヒューーードカァァァン!!!
突然私たちの頭上を火の玉が通過し、教会の鐘に命中して大きく爆発音を立てる。
火の手が周りの住居に届き、一瞬にして辺りを火の海へと変えようとしている。
村の人たち「帝国軍だ!!!」
「もう逃げられない」
「すぐそこまで来てるぞ!!」
平野の遠くから、大地を埋め尽くすほどのカラディ、アールによって編成された兵士が現れ、付近に置かれた大砲の砲口は真っ直ぐにこちらを捉えていた。
地面を揺るがす重低音がどんどんと近づき、絶望感と私たちの無力さを伝えてくる。
村の住民たちは何が起こっているのかわからず、パニックになり逃げ惑うしかない。
倒れた家屋からもがく様に血塗れの手を出し、助けを求めるもの、燃え盛る家の中に取り残された我が子を助けるため火の中に飛び込むもの、あたりは一瞬にして地獄と化した。
ヤーマ「っ!!!」
おとうさんは私を抱え、おかあさんの手を引き、急いで家の方向へ走り出す。
風を切りながら走る私たちに、無情にも風は辺りの状況を鮮明に伝えてくる。
目も当てられない惨状をただただ瞑り耐えるしかない。
家に着くと、すでに軍によって破壊され尽くし、人がいないかを漁っていた。
帝国軍「居たぞ!!追え!!!」
もう逃げられない。
軍に見つかった私たちは急いで溶鉱炉の影へと身を隠す。
ヤーマ「もう時間がない」
おとうさんは辺りに何かないかと見渡し、溶鉱炉に目につける。
おとうさんは迷うことなく私を溶鉱炉の燃料口に押し込んだ。
何が起きているのか理解できない私を落ち着かせるようにおとうさんは言葉をかける。
ヤーマ「ごめんよテネル、大丈夫だからな」
おとうさんは燃料口を除くために屈んでいた姿勢を戻し、今度はおかあさんの肩を掴み、屈めさせようとする。
しかし、おかあさんはその手を払いのける。
ヤーマ「!?」
今思えば、おかあさんは冷静だった。
静かな眼差しでおとうさんを見つめていた。
溶鉱炉の中に人が二人も入れるスペースなどないことに気づいていたのだろう。
おとうさんはその目を見て覚悟を決めた様に冷静になり、おかあさんに向けた手を下ろす。
二人は燃料口を覗くように腰を屈め、私をみる。
まだ戸惑いの抜けない私をおかあさんは優しく撫で、それにおとうさんも続く。
アラ「大丈夫よ、テネル。私たちはどこにいても一緒」
ヤーマ「あぁ、そうだ。なんてったって俺たちは…」
アラ・ヤーマ「家族だから」
テネル「おとうさん…おかあさん…いやだっ、いやだよ…」
アラ「どうか、あなたらしく生き続けて。負けないで」
テネル「おかあさん!!!」
燃料口の蓋が勢いよく閉められ、ガチャンと留め具が動く音がした。
テネル「おとうさん!!!おかあさん!!!いやあぁぁ…っ!!いやだぁっ!!開けて!!!一緒にぃ一緒にいたいよおぉ…っ」
私は暗闇の中で泣きじゃくりながら扉を引っ掻き、叩き、叫び続けた。
声が掠れて血の味がしても、指の爪が全て剥がれ落ちても、私は叫び続けた。
どれぐらいそうしていたのかもわからない。
辺りがしんと静まり返り、先程の出来事など嘘だったのではないかと思うほどになった頃、ようやく…ようやく私の願いに扉が答える。
ガチン…カランカラン…ギギギギィー
留め具が壊れ、ゆっくりと蓋が開き始めた。
私は震える体で溶鉱炉から這い出て、やっとの思いで立ち上がる。
覚束ない足で通りを歩き、昨夜まで村だったものを見渡す。
崩れた家屋、木造のものにはまだ少し火の手が残っていた。
溶鉱炉の隙間から入ってきた風が伝えた、大人も子供も捕縛され、連れられて行った声。
その結果を示す景色が私の網膜に焼き付いて離れようとしない。
既に私以外の人は……生きている人はいなくなってしまった。
風に乗って血の香りが鼻の奥に抜ける。
外気に触れて黒く凝固し、冷たく放たれる香り。
大人と子供だけを捕え、労働力にならない老人はみんな殺して行ったのだろう。
私の砕けた望みに答える気力が湧かず、その場をゆっくりと離れるしかない。
おとうさんもおかあさんもハルラも村のみんなももう居ない。
ぐちゃぐちゃに人の足跡がついた草原をただ…ただ歩くことしかできない。
絶望は風のように訪れ、冷たい鉄釘のように体に突き刺さった。
世は「きのこ・たけのこ論争」なるものが昔からありますが、私はそれよりも「縦へそ・横へそ論争」の方に強い熱を持っているんです。
すらっとスタイリッシュな印象を受ける縦へそと、柔らかく可愛らしい印象を受ける横へそ。
実に悩ましい。




