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【08】船上のゼイン・アグリウス

ナホトカを離れた船は、次の寄港地であるウルク王朝の港町ドゥブロヴニクへ向け、航海を続けていた。


ゼインは、船中でも日が昇る前に日課の素振りを行っていた。


十六歳のゼインは、身長百七十センチほどだった。

短く切った少し巻き癖のある黒髪と切れ長の瞳を持ち、日に焼けた肌に、無駄なく引き締まった体つきをしている。

顔立ちは端正だったが、鋭い眼光と武骨な雰囲気のため、同年代の少年よりも年上に見られることが多かった。


その様子を、アリステアがじっと見ていた。


相変わらずゼインの素振りは美しい。

これを「素振り」と言っていいのだろうかと、アリステアは思った。


アリステアは十五歳ながら、身長はゼインよりも五センチほど高かった。

鮮やかな赤い髪と澄んだ青い瞳を持ち、すでに均整の取れた大柄な体つきをしている。

整った顔立ちには穏やかさがあり、その体格から受ける威圧感を和らげていた。


ゼインの鍛錬は、単に木剣を振るだけではない。

右や左へと移動しながら振ることもあれば、時には飛び上がることもある。

その動きは、まるで踊っているかのようであった。


アリステアには、ときおりゼインが誰かと実際に戦っているようにも見えた。

身長が二メートル近い大男と戦っているように見える時もあれば、素早く動き回る相手を追っているように見える時もある。


背後に人の気配を感じ、アリステアが振り返ると、アーチーが立っていた。

アリステアは立ち上がり、丁寧に頭を下げた。


「おはようございます」


アーチーはゼインから目を離すことなく答えた。


「ああ、おはよう。ゼインは船に乗ってから、毎日あれをしているのか」


「そうです」


「ふうん、なるほど。あれは実際に敵と戦うことを想定しているわけか」


「そうですね。今日は素早い相手と戦っているようです」


「おっ、お前にはゼインが戦っている相手が見えるのか」


アーチーはゼインの動きを注意深く見つめた。

言われてみれば、素早い相手に翻弄されないように戦っているように見える。


「見えるというのは、言い過ぎかもしれません。

しかし、木剣の動きや身体の使い方を見ていれば、なんとなく分かる気がします」


アーチーはアリステアの言葉を聞き、もう一度ゼインの動きを確かめ、なるほどとうなずいた。

確かに、実戦を想定した素振りだった。


ただ、十六歳のゼインには、実戦経験の不足も見え隠れする。

動きは見事だが、実戦を知る者から見れば、まだ演武の域を出ていないように思えた。


「お前はしないのか」


「とても参考になりますので、ゼインの素振りを見てからしますよ」


「なるほどな。俺もこの船に乗っている間は、少し手伝ってやるか」


水平線から太陽が昇り始め、船員たちが甲板に上がってきた。

アーチーは、その中でもひときわ大柄な男を呼び止め、ゼインを呼ぶように伝えた。


ゼインは朝日を浴びて光る汗を拭きながら言った。


「アーチー、おはよう」


「さっきの素振りを見ていたぜ。毎朝しているのか」


「ああ。アルクのところにいた時からだから、八年近くはしている。毎朝の日課だ」


「なるほど。それだけ続けていれば、あの動きも納得できるな。

同年代じゃ、相手になる奴なんていなかっただろう?」


アーチーは、少しからかうようにゼインへ問いかけた。


「ああ。同年代だけじゃないぜ。

アルクのところでも、俺に敵う奴はごく一部だった」


ゼインは誇らしげに言った。


アルクのもとには、腕に覚えのあるならず者たちが集まっていた。

その中でも、ゼインに敵う者はごく一部だった。


「こいつは、この船で一番でかい男だ。

剣は少し苦手だが、お前の実力を試すつもりで、軽く一勝負してみねぇか」


甲板には、他の船員たちも次々と集まってきた。

何が始まるのかと、ゼインたちを囲んで様子を見ていた。


ゼインは、ナホトカに住んでいた頃にも大柄な男と喧嘩をしたことがある。

相手の体格を見ても、特に臆することはなかった。


「いいぜ。あんたの船に乗っている男たちの実力を教えてもらえるなんて、光栄だな」


「ああ、お前のためになるぜ」


アーチーはそう言うと、大柄な男の耳元で何事かを囁いた。

そして男から離れ、ゼインに向かって言った。


「では、ゼイン。一本勝負だ」


ゼインは男から距離を取り、足を止めた。

相手の男は、試合ということで胴を守る木製の防具を身につけ、盾を手に取った。


「ゼイン、お前は防具を着けないのか」


「動きが鈍るから、防具は着けないことにしているんだ。

それに、街中で防具を着けて戦うこともないだろう」


アーチーが口を開いた。


「ゼインは着けないと言っているんだから、お前はそれでいいな」


大柄な男がうなずき、開始の合図を待った。


集まった船員たちは二人を囲むように輪を作った。

「ゼイン坊や、頑張れよ」

「こんな子供に負けるようじゃ、海に投げ落とされるぞ」

と、思い思いにはやし立てた。


アーチーが手を挙げると、船員たちは一斉に静まり返った。

甲板の上に朝の光が差し込み、波の音だけが聞こえた。


「開始!」


二人は徐々に距離を詰めていった。

船員たちは、大柄な男が圧勝すると信じて疑わなかった。


しかし、アリステアだけはゼインが簡単に勝つと思っていた。

なぜなら、これまで一度もゼインが負けるところを見たことがなかったからだ。


だが、勝負は一瞬で決まった。


ゼインは甲板に倒れ、困惑の表情を浮かべていた。

その眼前には、大柄な男の木剣が突きつけられていた。


取り囲んでいた船員たちの間から、歓声が上がった。

倒れたゼインも、勝負を見ていたアリステアも、あっけに取られていた。

二人とも、ゼインが負けるとは思っていなかったからだ。


勝負がついたあと、アーチーが声を張り上げた。


「おい、てめぇら!さっさと準備をしやがれ!ほら、解散だ!」


アーチーはゼインとアリステアを手招きし、船員たちの邪魔にならない場所へと移動した。

そこで三人は、話を始めた。


「あんなもんは剣技でもなんでもねぇ。

体格に任せて、俺を押し倒しただけだ」


ゼインの言葉を聞いたアリステアは、その通りだと思った。


大柄な男と対峙したゼインは、相手が左手に盾を持っていたため、盾のない右側から腹部を狙った。

しかし男は、剣で受けるでもなく、盾で防ぐでもなく、胴に着けた木製の防具でゼインの木剣を受け止め、そのまま盾で突き飛ばしたのだった。

【外伝】ナホトカのゼイン・アグリウスは、全十一話となります。

本日中に全話投稿予定です。

順次投稿していきますので、ブックマークをしてお楽しみいただければ幸いです。

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