第5話:邂逅
窓から朝の光が差し込んでくる。夜が明け始めているようだ。
アカネは少し前に目を覚まし、簡単に朝食を済ませると、城内を抜け出し、周囲の散策へと向かっていた。
城門には、この早朝にも関わらず衛兵たちが複数人身構えていたため、悪事を働くわけではないものの、なんとなくそこを通ることを避け、乗り越えられそうな足場と壁面を見つけるとそこから城外へと飛び出していった。
(勢いで城壁から外に飛び出してしまったけど、結局、帰りは城門から戻らないと城には入れないんだし、やましいことはないわけだから普通に城門から出ていけばよかったかしら)
そんなことを考えながら、昨日のルーベンとの会話を思い出し
(ここが過去の世界というなら、とりあえず私たちの時代との相違点など、わかる範囲で探していってみましょう)
アカネは少しでも自分たちの立場について、役立つようなことがないか、城の周囲に気を配りながら歩き始めた。
(ここら辺の道なりはやっぱり、似ているわよね……)
しかし、城の周囲の大半は木々に覆われた林になっており、人家や商店がある街にたどりつくまでは一定の時間を必要としている。
そのため目に見える範囲から受ける情報はほとんどが木々をはじめとした自然であるため、自分の知るアカネイト城の周囲も林ではあるが、その差は正直よくわからなかった。
その後も、アカネは林のなかに入り込み小一時間程度、散策してみたものの
(うーん。やっぱり、木を見ているだけじゃよくわからないわよね。そもそも、私自身もアカネイト城の周りの木々についてなんて詳しく調べたこともないもの。
同様に林であるという類似点があるだけでも、一つのポイントともいえるし、アイナが迎えに来るであろう時間帯になるまでには、あまり猶予がなさそうだから、この辺りで引き返しましょう。少し奥まで入りすぎたし、早く戻らなくちゃ)
アカネは、周囲の調査を打ち切り、城へと引き返していった。
(私が知っている林と似ているような気がするものの、やっぱり木々が生い茂っているだけじゃ決め手には欠けるわね……)
そんなことを考えながら帰路についていた時だった。
上空から、大きな風の揺らぎを感じた。
アカネは、それを受けて風がきた方向である後方に向き直った。
「な……」
アカネが振り返った空には一頭の魔物が漂っていた。
魔物の羽ばたきにより周囲の木々も、大きく揺らいでいる。
その魔物はアカネを認識すると、ゆっくりと空中から地上へと降りていき、アカネを標的として捉えている素振りをみせる。
一方のアカネは、その魔物を視界にとらえた時点で、言葉を失っていた。
魔物の正体は、フライングライオン。獰猛な性格をしており、牙と爪を武器に対象物を狩る肉食の魔物で、素早い動きと、飛行を用い、人間のみならず家畜など、自らが餌と認識したものには執拗に襲い掛かってくる。
魔物の強さとしては中位に属しているだろう。
アカネがいたアカネイト国でも、フライングライオンは生息しているものの、アカネイト城など、都市部周辺に出現することは稀で、草原が広がるような辺境の地に現れることが主だった。フライングライオンは、人を限定として襲撃をしているわけではなく、しばしば自身が迎撃されるような地域を襲うよりも、野生動物があふれる郊外のほうが住みやすいのだろう。
実際に、城下やその周囲に現れたときは騎士団によって討伐されているが、強力な魔物であることは間違いなく、討伐にあたって騎士団が大きな被害にあうことも珍しくなかった。
アカネを前にしたフライングライオンは、完全に襲い掛かるタイミングを計っているようだ。
(まいったわね……)
アカネは、こちらに飛ばされるときに持ち歩いていた護身用の短剣があり、今も万が一のためにも携帯していた。
ただその剣に頼るには心細く、刃渡りは20cm程度のもので、2mほどはありそうな相手には到底太刀打ちできなさそうな武器である。
しかし、背を向けて逃げようものなら瞬く間にやられてしまうであろうことは明白だった。
(ここは、やるしかない……わね。わけもわからずこんなところにとばされて、わけもわからないままやれらてなんてあげないわよ!! アカネ。考えなさい)
アカネは剣士を志した幼少のころから、いつか訪れるかもしれない魔物との戦闘に備えて、魔物に関することの書物を読むことが好きだった。
剣の鍛錬に比べてそれほど熱は入っていなかったものの、雨天や体が不調の時などは書物を見ては、魔物と自分が戦う場面を思い描いていた。
(ふんふん、この魔物は打撃が得意なのか。こっちは、魔法のような攻撃を仕掛けてくると。それなら、私ならどうしようか……)
などと、脳内でシミュレーションを繰り広げては、来るべきに備えていた。
通常の王女としての生活を送っていれば、そういう事態は訪れないのだが……
しかしアカネは、これまでに魔物を目にする機会はいくたびもありつつも、王女や幼少という立場から実際に戦ったことは皆無であった。
時折、魔物退治についていこうと画策したことはあったが、そのたびに強くとめられ実現することはなく、実戦といえば、剣術大会がほぼすべてある。
それでも、初の魔物との戦いとなった先の切り裂きカラスとの戦いで臆することなく臨めたのは、これまでに切り裂きカラスを目にしていたこともあったが、書物を通じて彼らの特徴を知っていたことも大きかった。
そして、今、眼前に迫っているフライングライオンに関しても知識は持っている。
目の当たりにすることは初めてではあるが、魔物の容姿からアカネは記憶をたどり、種族を判別していた。
フライングライオンに関しての記述を思い返すと、難敵ではあることは間違いないものの、特殊な攻撃方法を有しているわけではなく、噛みつきやひっかきなど物理的な攻撃が中心であることが思い出される。
物理攻撃ということは実際に接触を伴うことから、魔法を使えないアカネにとってはそこに活路を見出すほかなかった。
(噛みつきでこられたら、一か八かで顔面に攻撃しかないわね。ただ、ひっかきあたりできてくれたら、前足を振り上げたときがチャンス。振り下ろされてからでは、到底、こんな短剣では受け止めきれない。足をあげた瞬間が勝負ね。そのときに斬りかかりましょう。それによって時間をつくりだし、なんとか逃げ出すしかないわ)
アカネは、腹をくくり、じりじりと後ずさりながら間合いをはかる。
フライングライオンには武器を持っていることを悟られぬよう、ゆっくりと腰から短剣をぬき、そのまま剣を背にして身構えた。
アカネは1歩、2歩、後方に下がりながら決してフライングライオンからは目線を外さない。
そのときだった。
フライングライオンは一気にこちらと距離をつめてくる。
(速い。だけど、これなら……)
アカネはこの短い間で想定していたいくつかのパターンの一つ、なかでも、もっともくみしやすいと考えていたパターンで相手が襲ってきてくれたことに少し幸運を感じていた。
フライングライオンは、アカネの前に現れると、右足を大きく振りかぶる。
(ここだ!!)
アカネは、隠し持っていた短剣を手に、相手が振りかぶったと同時に、相手の身体めがけて体ごと突き刺しにいった。
その作戦は見事に功を奏し
「ぐぎゃぁぁぁー」
アカネが刺した短剣は、フライングライオンの喉元の下方に突き刺さり、相手は悲鳴のような叫びをあげながらそのまま後方に下がっていった。
「今ね!!」
同時にアカネは、くるっと向きを変え林を抜けるべく走り始める。
しかし、フライングライオンはそれを許さなかった。
「ぐごがぁぁぁ!!!!」
フライングライオンはひと際大きな咆哮をあげ、アカネを見据えている。
あまりの叫びにアカネは思わず振り返ると、相手の瞳は怒りに満ちているようで、今にも飛びかからんとしているた。
ふしゅー、ふしゅーと怒りの息遣いが聞こえてくる。
短剣が突き刺さったその首筋からは、血がにじみ出ていたが、致命傷はおろか、相手にさほどのダメージすら与えられていないようだった。
(うわぁ。やはり、あの短剣では無理があったかな。かえって怒らせちゃっただけになったみたい?! これは、どうしたものかしら……)
アカネは焦った。
頼みだった短剣はフライングライオンの身体に突き刺さったままになっており、自身は丸腰である。
周囲を見渡し、なにか使えるものがないか模索するも、そこには、こぶし大の石や、子どもたちが剣に見立てて遊ぶような棒切れが落ちているばかりだ。
(それでも……)
アカネが戦っていたすぐそばで、この林の警戒にあたっていた二人の男性の姿があった。
彼らは、国王の命により、近ごろ定期的に、城下周囲の警備を続けている騎士団の一角である。
一人は腰と背に剣を携え簡単な防具を身に着けた剣士のような出で立ちで、一人は帽子をかぶって肩からかばんをかけた軽装で魔導士のようだ。
「アラン。今のおたけびは」
「あぁ。近いね。いこう」
程よく伸びた長い金髪をひとまとめにして、整った顔立ちが目をひくアランと呼ばれた剣士風の男性と、それに追従しているメガネをかけた魔導士風の男性。
二人はフライングライオンの咆哮を聞くや否や、声の聞こえた方向に向かって林の中を走り始めていた。
間もなくして二人の前には、一人の少女と、目を血走らせた魔物の姿が目に飛び込んできた。
「これは、なんだ……」
一瞬にして危機的状況を察した二人は
「えぇ。一刻の猶予もなさそうですね」
赤く光る髪をなびかせた少女が、フライングライオンと対峙している。
その姿は、まるで戦いを演じていたような雰囲気を醸し出していることに、アランは状況の理解に苦しんでいた。
(フライングライオンに狙われているのに逃げるそぶりもみせず、なぜあんなに落ち着いて向きあっていられるんだ?)
「あの美少女は、どうしてこんなことになっているんだかよくわからないけれども、美少女の危機には違いない。ここは、僕が華麗に助けて、お近づきになっちゃうっていうのがベストだよね」
アランは背負っていた剣を手に構える。
「リロイ。ライオンに飛ばれると厄介だから、あいつを怯ませて! そこを僕がやるから。時間がない。ミスしたら罰金ね」
アランからの無茶ぶりに、リロイと呼ばれた男性は
「どうやって、怯ませろと」
「そこは、いい感じにやってくれればいいよ。一瞬足止めしてくれればいいだけだから」
「簡単に言ってくれますが、そんなに簡単なことではないんですよ」
「なーに、リロイならやれるって。じゃぁ、いくよ」
アランは、フライングライオン目掛けて駆けだした。
「本当にそんなに簡単なことではないんですが、今は、文句を言っている時間はありませんね」
リロイと呼ばれた男性は、ぶつぶつと何かを唱え始めている。
一方、アカネは、
(こうなったら、木の棒でもやるしかない?いや、でもできるの? こんな木の棒で。他に何か方法が……)
アカネは命の危機が差し迫っているような状況にも関わらず、未だ、前を向いている。
今にも、フライングライオンは体勢を整えて飛びかかってくるだろう。
(石でどうにかできない? いやいや、それは無謀でしょ? でも、やるしか……)
そしてついに、フライングライオンが踏み込んだ。
(くる!! こうなったら破れかぶれ攻撃をかわすしか……)
そんな絶体絶命の思考の外から不意に
「後ろに下がって!!」
ひと際大きな声が、アカネの耳に入った。
「えっ」
アカネはわけもわからず、とっさに身をひく。
「サンダーボルト!!」
少し離れた位置からリロイが魔法を繰り出した。
すると、アカネに飛びかかろうとしていたフライングライオンの前に、大きな落雷が発生した。
思いもかけない攻撃にフライングライオンは思わず、急ブレーキをかけ、とっさにその場に停止する。
そこに、アランが現れ、瞬く間にフライングライオンの首を一太刀で切り落とした。
「ふぃー。一丁あがり」
アランはこともなげにひとりごちる。
魔物の血をぬぐいさると、静かに背中へと剣を収納した。
「え……」
アカネは、突然の出来事にあっけにとられている。
「そこの素敵なお嬢さま。お怪我はなかったかい?」
アランは何ごともなかったかのようにアカネに声をかけた。
「え、えぇ、問題ないわ」
アカネは、なんとか自分を奮い立たせていたものの、いざ、先の戦闘を振り返るとさすがに肝を冷やした。
(最後の場面は、一か八かで逃げるくらいしかなかったものね……)
そして、改めて助けに現れてくれた男性を見つめる。
(……かなりの美形ね)
アカネは、思わずアランの容姿に見とれてしまう。
「それは、なにより。その可憐な姿に傷がついたら、国家の損失だからね」
アランはにこっとアカネに微笑みかける。
(でも、少しチャラそうかしら?)
アランは冗談交じりに、会話を交わす。
「しかし、お嬢さんは最近の城下のお触れについてはご存じではない? みたいだね。 まぁ、この辺りの住人にも見えないし、どこか他国からきた貴族さんかなにかだろうか?」
アランはアカネの雰囲気から城下町の住人とは思えなかった。
「確かに、私はこの国の住人ではない……と、思う」
アカネの少し不可思議な返答に、アランは首をかしげながらも
「ま、いずれにしてもここは危険だから、早急にお嬢さんの家まで送り届けるよ。もちろん僕が護衛にあたるから安心して!!」
アランは、アカネに流し目を送り、親指をぐっと立て、軽薄な口調でアカネに声をかける。同時に、フライングライオンの死を確認するために、自ら首をはねた屍に目をやると驚きの光景が目に入った。
切り落とされた首の下方に、短剣が刺さっていたからだ。
(ん? これは…… この子が刺したものなのか……?)
アランはとてもじゃないが目の前の女の子がやったものとは思えない。
(それとも、ここに来るまでに傷を負っていたということなのだろうか……)
「あらためて、ありがとう。本当に助かったわ」
アカネは安堵の言葉を発するとともに、相手の身なりを見るに平民ではないであろうことを察知すると言葉を正し
「失礼いたしました。こたびは私の危機に多大なお力添え、ご尽力……」
感謝の意を述べようとしている言葉をアランは遮って
「あーーーー。そういう堅苦しいのはいいから。とにかく、無事でよかったよ。こんな素敵なお嬢さんに何かあったら僕も寝覚めが悪いからね。でも、なんで、お嬢さんは早朝からこんな場所に?」
「お嬢さん呼びはやめてほしいわ。アカネ。私の名前はアカネよ」
アカネはマグダットの名はあえて伏せた。これまでの経緯からマグダットを名乗れば、ひと悶着起きる可能性を感じたからだ。
相手の素性が知れるまではそのほうが無難なのではないだろうかと考えていた。
しかし、アカネはアランを怪しんでいるからではなく、身なりからアランがマグダット王国に仕えているような人物に感じたため、この場では、無用な詮索等は避けたかったこともある。
アカネの名乗りにアランは、
「アカネちゃんか。かわいい名前だね。で、アカネちゃんはここで何をしていたのかな?」
立場上これまで、あまりちゃん付けで呼ばれたことがなかったアカネは、慣れないアカネちゃん呼びに、なんとなくむすっとしながらも、
(ちゃん付けされて嫌がったミサの気持ちもこんな感じなのかしら)
「詳しいことは言えないけど、調べ物をしていたの。でも、さっきの発言ではなにかお触れがでているみたいで。この辺は立ち入り禁止区域かなにかだったのかしら?
それだったらごめんなさい。私は何も知らなかったの。あなたの手を煩わせて申し訳なかったわ」
「僕もあなたじゃない。アラン、アラン=シーカーだ。好きに名前を呼んでくれてかまわないよ。なんならアランお兄ちゃんでもかまわない」
「そ、それは遠慮しておくわ。それにお兄ちゃんと呼ぶには、年齢が少し……」
「えぇ、それは少し傷つくなぁ。僕もまだ20代なのに。ぶつぶつ」
いじけるそぶりを見せるアランをよそに
(それにしてもシーカーって、どこかで聞いたような……)
「最近は魔物の活動が活発化しているふしがあって、立ち入り禁止というわけではないけど国王様からこの林を含め、魔物が現れそうな場所には十分警戒するようにお触れがでているはずだよ」
そのとき、アランの表情が途端に険しくなり、素早く周囲に目を配る。
「そうだったの? ごめんなさい。でも、本当に助かったわ」
アランは、かたい表情を崩さず
「いや。まだ、助かってないかもね」
「えっ?!」
その発言のあとに、リロイが大声をあげながら駆け寄ってくる。
「アラン!!」
「わかってる。第二戦だね」
アランは背中におさめた剣を再び引き抜き、身構えた。
アランたちのやり取りにあっけにとられているアカネは、程なくして自分たちが魔物に囲まれていることに気がついた。
生い茂った木々の向こう30mくらいだろうか。目を見開き、牙をむき出しにして、小さくうなりをあげながらこちらに向いている3体のフライングライオンの姿が確認できた。
周囲の木々が、彼らの怒気で揺らいでいるように見えるくらい殺気立っている。
右方向に一体、左方向に一体、後方に一体……まさに三角形のような形でアカネたちを取り囲んでいた。
「アラン。先ほどのうちに、狼煙をあげましたので、間もなく周囲の騎士団が駆けつけてくるでしょう。しかし、それでもいくばくか時間がかかります」
「上出来。まぁ、応援など待たずとも、僕が片付けてしまうだろうけど」
「はぁ…… 状況を理解していますか?」
リロイはため息をついてアランに非難の視線を送りつつ、いつも通りのアランでいてくれることは心強かった。
「状況ならわかってる。たぶん、さっきのライオンの仲間なんだろうね? とんでもない殺気を感じるよ」
「えぇ。数にして三体でしょうか」
「そのくらい楽勝でしょ!!」
しかし、アランは言葉とは裏腹に対応策に苦慮していた。
おそらくは、応援が駆けつけてくるまでには、相手からのこちらへの攻撃はすでに行われているであろうこと。
そのときに一体はアラン、一体はリロイ、とするとどうしても残りの一体をどちらも相手にすることができないからだ。
(どうするべきか…… 二体を自分に引き寄せて一体をリロイがやるのがベストだと思うが、三体はそれぞれ別方向で構えていて、間違いなく同時に仕掛けてくるだろう。その場合は、どうしても一人一体を相手にせねばならず、こちらの思い通りに敵を誘導するのは困難だろう。かといって、このまま突撃させたらアカネがまずい……)
「アラン、どうしても一体が……」
リロイが小声でアランに話しかける。
リロイもアランと同じことを考えているようだ。
そのとき
「アランさん……? で、いいかしら?」
不意にアカネから声がかかる。
「剣二本持っているわよね? 私に一本貸してくれない?」
突然の申し出にアランは驚きつつも、先の屍に刺さった短剣を思い出し
「あいつに刺さってたアレはアカネちゃんがやったのかい?」
ちゃん付けがどうにも気になるアカネだったが、それはさておき
「えぇ。私よ」
アカネは毅然と答える。
アランはアカネの目をじっと見つめ、アカネもまたまっすぐに見つめ返す。
「そうか」
そういうと、アランはいったん目を閉じて一呼吸おくと、装備していた一方の剣を引き抜き、アカネに差し出した。
「やれるかい?」
「やるわ」
アカネは力強い返答をする。
「ちょ、ちょっと待ってください、アラン。そんなの、無茶です!! それに、あなたも」
リロイが慌ててアカネを止めに入る。
「いえ、やるわ。それに、あなたたちも感じているのでしょう。敵の配置的にそれぞれが一体を引き受けざるをえないであろうことに」
アカネの発言を受けてリロイは一瞬押し黙るものの
「……だからといって、危険すぎます。普通の女の子にそんなことができるわけないでしょう」
リロイは、アカネが、というよりも一般人、ましてや女の子なら一瞬でやられてしまう姿が容易に想像できるからだ。
戸惑いの表情を隠せないリロイにアカネは
「大丈夫よ。私、こう見えても結構すごい剣術大会で優勝しているのよ。普通の女の子じゃないかもね」
アカネはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「そんなことくらいで……」
そこに、アランが
「リロイ、あれを見て」
そう言ったアランの視線の先には、短剣が刺さったフライングライオンの屍が転がっていた。
「え?」
リロイは、先ほどアランが感じたであろうものと同じ衝撃を受ける。
(あの短剣は? まさか、彼女はアランが駆けつける前からフライングライオンと戦っていて、しかも、剣を突き刺していた? ……のか?)
「ね? ここは彼女の言葉を信じてみよう」
リロイは改めてアカネに目を配ると、アカネの決意はかたいことがうかがえた。
「……わかりました。けれども、私は反対です……」
リロイの半ばあきらめの発言を聞きながら、アランは
「よし。では作戦を授ける。僕は、ささっと敵を倒す。リロイは自分の方向にいる敵を全力でなんとかして。アカネちゃんは向かってくる敵からの攻撃を全力で防ぐ。以上!!」
「……それって作戦なの?」
と、思わずアカネが突っ込みをいれる。
しかし、アランはまじめな顔で
「うん。そこのリロイは優秀な魔導士なんだ。だけど、この状況かつ短時間で広範囲に及ぼす魔法であいつら複数体をどうにかするのは難儀だ。ミサちゃんやミアちゃんのような規格外ならともかく、通常の魔導士ならあのようにいきりたっているフライングライオンは一体でも倒すのはおろか、防ぐこともなかなか難しいだろうね。でも、リロイなら問題ない。そして僕は説明の必要がない」
「いつも通り、作戦のようで、まるで作戦ではありませんね」
リロイの言葉が宙を舞う。
「あとは、アカネちゃんだ」
アランはアカネの目を再び見据えて、まじめな口調で語り掛ける。
「アカネ。あいつに短剣を刺せるほどの実力があるならきっとできると信じている。とにかく攻撃を防ぐんだ。そうすれば、僕が絶対に助けにくるから。幸か不幸かあいつらは怒りに満ちているからおそらくは飛行攻撃よりも直線的に突っ込んでくるだろう。十中八九、噛みつきかひっかきを繰り出してくる。噛みつきだと感じたら顔面に、ひっかきだったら足をあげた瞬間に切りかかるんだ。いずれも、攻撃されてからでは相手の力で押し切られてしまうだろう。なんとか攻撃を防いで、先手必勝!! これでいこう」
「あはは」
アランの発言を聞いて、アカネは思わず笑ってしまった。
「?」
突然、笑い始めたアカネにアランは訝しむも
「突然ごめんなさい。今、アランさんが伝えてくれたその戦略は、さっき私が戦ったときに考えたものと全く同じだったから思わず笑ってしまったの」
アカネの言葉に、アランは衝撃を受けた。
(この子は……)
リロイの表情からも大きな驚きをうけていることが見て取れる。
「さっきは、うまく間隙をついて短剣を刺せたんだけど、短すぎて全く効かなかったみたいね。でも、今度は大丈夫よ!!」
アカネはぐっと剣を持つ手に力をこめる。
アランは再び真剣な眼差しでアカネを見つめ
「本当なら女の子にこんなことを任せるなんて、僕は団長失格だよ。その場で更迭されても文句は言えない状況だ。だけど、なぜかキミならいけそうだと感じている自分がいる。僅かな時間でいい。どうにか攻撃を防いでくれ」
「団長?」
アカネは思わず問い返すが
「積もる話はここを、切り抜けてからだよ。お茶でもしながら楽しく語りましょ!!」
アランはきりっと敵がいる方向に構えをとる。
「わかったわ。いろいろ聞きたいことができたしね。でも、お茶しに行くかは別問題よ」
アカネも、アランの振る舞いに気合を入れ直して、戦闘態勢に入った。
「二人とも、そんなのんきな会話をしている場合ではありません」
リロイはすでに詠唱の準備に入り始めた。
「そうだね。さぁ、くるよ!!」
アランのその言葉と同時に、茂みの中から一斉に、魔物たちが襲い掛かってきた。




